2025年11月24日、「欧米諸国政府の対中東政策を批判的に論じる思想家ハミッド・ダバシの新著『イスラエル=アメリカの新植民地主義: ガザ〈10.7〉以後の世界』を読む! 岩上安身によるインタビュー第1208回ゲスト 東京経済大学教授 早尾貴紀氏 第3回(その4)」を初配信した。
インタビュー第3回(その4)では、「ガザのおかげでヨーロッパ哲学の倫理的破綻が露呈した」と題して、ユルゲン・ハーバーマスに代表される西洋哲学の欺瞞を露わにした。
ダバシ教授は、著書『イスラエル=アメリカの新植民地主義~ガザ〈10.7〉以後の世界』の中で、もし仮に、「イラン、シリア、レバノン、トルコが、ロシアと中国に全面的に支援され、武装し、外交的に保護されながら、テルアビブを現在のガザ地区と同じように、昼夜を問わず爆撃し、何万人ものイスラエル人を殺害し、数え切れないほどの負傷者を出し、何百万人もの家を失わせ、この都市を人が住めない瓦礫の山と化す」ようなことがあれば、「既存の世界秩序では1日たりとも耐えがたいだろう」と指摘している。
つまり、現在ガザで現実に起きていることと逆の場合を仮定して、欧米諸国にとって「パレスチナ人のような世界の無力な人びとは重要ではない」という差別意識をあぶり出しているのである。
ダバシ教授は、「これは『西洋』を自称するものの道徳的想像力や哲学的普遍にも当てはまる」と述べ、イラン人であるダバシ教授自身も含めて、「アラブ人、イラン人、ムスリム、あるいはアジア、アフリカ、ラテンアメリカの人びと」は、「ヨーロッパの哲学者達にとって、征服し黙らせなければならない形而上学的な脅威でしかなく、いかなる存在論的な現実でもない」と論じている。
ダバシ教授は、イマヌエル・カント、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル、エマニュエル・レヴィナス、スラヴォイ・ジジェクといった、著名な哲学者や現代思想の知識人を列挙し、ヨーロッパ人にとって、ヨーロッパ以外の人々は、「奇異な存在」でしかなく、「何万人もの人間が殺されたところで、ヨーロッパの哲学者達の心には、わずかも響かない」と、断じている。
早尾教授は、上記の4人に加え、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルとユルゲン・ハーバーマス、さらにイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの名前をあげ、次のように批判した。
「ハマスは脅威である。だから、その報復は当然である。そして、反ユダヤ主義が高まることの方が恐ろしい。そちらの方に警戒すべきだと。
つまり、ガザやヨルダン川西岸の占領地における、入植者やイスラエル軍の過度な暴力については諌めるけれど、イスラエル国家を支持している。
なぜ、シオニズムに対して、批判的な視点に立てないのか?
シオニズムがどれだけいかがわしく、政治的に捏造され、歪んだものなのか、そして、宗教・文化に照らしても、本当に奇異な、キメラみたいなものなのか、ということに、なんで触れられないのか?」。
現代ドイツとヨーロッパを代表する哲学者であるハーバーマスは、イスラエルによるガザ侵攻とパレスチナ人虐殺が始まって約1ヶ月後の2023年11月14日、ハマスの脅威とイスラエルによるパレスチナ人へのジェノサイドの正当化を訴える「連帯の原則声明」を、他の3人のゲーテ大学フランクフルト校の哲学者や政治学者と連名で発表した。
この「連帯の原則声明」では、「ハマスの残虐極まりない攻撃とイスラエルのそれに対する反応によってもたらされた現在の状況」「ハマスのユダヤ人一般の生命を抹殺するとの明確な意図にもとづく虐殺は、イスラエルに反撃を余儀なくさせました」などと、イスラエル側の主張のみを一方的に正当化し、イスラエルによるガザでのパレスチナ人虐殺を「正当反撃」だと表明している。
さらにこの声明では、「イスラエルの行動にジェノサイドの意図を帰属させることは、評価の基準を完全に逸脱しています」と主張し、ドイツで起きている反シオニズムのデモを「反ユダヤ主義」だと決めつけ、イスラエルがパレスチナ人を虐殺している最中に「自由と身体の安全、および人種差別的な中傷からの保護という基本的な権利は不可分であり、すべての人々に等しく適用されます」と主張して、「イスラエルとユダヤ人への連帯」を表明している。
ダバシ教授は、この声明について、「残酷な下品さを驚くほど露わにして、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺を支持することを表明した」「パレスチナ人の命を無視するハーバーマスの姿勢は、彼のシオニズムに全面的に一貫している」と批判している。
その上で、ナチスに協力したドイツの哲学者マルティン・ハイデガーになぞらえ、「今こそハーバーマスの暴力的なシオニズムに対しても、同じように問わなくてはならない」として、以下のように続けている。
「パレスチナ人に対する完全な軽視は、ドイツとヨーロッパの哲学的想像力に深く根ざしている。ホロコーストの罪悪感からドイツ人はイスラエルに強固に献身するようになった、というのが通説だ。
しかし、ヨーロッパ以外の世界にとっては、ドイツがナチス時代に行なったことと、シオニスト時代に現在行なっていることの間には、完全な一貫性がある。
ハーバーマスの立場は、シオニストによるパレスチナ人虐殺に加担するドイツ国家の政策と同一線上にあると私は思う。
また、ハーバーマスの立場は、『ドイツ左派』と言われる人びとが人種差別的・イスラーム嫌悪的・外国人嫌悪的にアラブ人やムスリムを憎悪していること、および、『ドイツ左派』がイスラエルという入植者植民地による大量虐殺行為を全面的に支持していることとも、やはり同一線上にある」。
これについて、早尾教授は次のように解説した。
「先ほど、入植者植民地主義、セトラー・コロニアリズムに通底するレイシズムと、野蛮人に対する根絶やしということを言いましたが、それはもう、ドイツ左派、ハーバーマスにまで一貫している、ということですね。
人種差別、イスラム圏のアラブ・ムスリムに対する一貫した、『対等な人間ではない、ヨーロッパ人とは違う』という位置づけにおいて、シオニズムとはシンパシーがある。
そして、容易に、イスラム・フォビア、反アラブ主義というところに結びつく」。
また、先にあげたハーバーマスらの「連帯の原則声明」について、早尾教授は、以下のように述べた。
「『ハマスのユダヤ人一般の生命を抹殺するとの明確な意図にもとづく虐殺』というところですが、これは本当に一方的な決めつけで、根拠もなく、『ハマスの行為は、ユダヤ人一般の生命を抹殺するものだ。要するに虐殺だ』と。
まず、この認定自体が、非常におかしいもので、これは(2023年)10月7日に起きたことの事実にも反します。ですからこれは、非常に反ハマス、反イスラム、反パレスチナ的な発想で、偏見にもとづいています。
こんなことを、世界的に著名な哲学者が、ヘイト、フォビア丸出しでやっているということが、もう明らかだというふうに思いますね」。
ダバシ教授は、「ドイツが今日抱えているのはホロコーストの罪悪感ではなく、大量虐殺のノスタルジアなのだ、と考えたとしても許されるはずだ」と訴え、「ドイツは、(この100日間だけでなく=このエッセーが書かれたのは、2022年10月7日から約100日後)過去100年以上にわたって、イスラエル(シオニスト)がパレスチナ人を虐殺するのを我が事のように楽しんできた」と指摘している。
これについて、早尾教授は、次のように解説した。
「この『100年以上』というのは、ドイツ帝国が、ドイツ領南西アフリカの、現在のナミビアにあたるところで、先住民の大虐殺をやっているんですね。ヘレロ人(族)約6万人、ナマ人(族)約1万人。
これは、当時のヘレロ人の約8割、ナマ人の約半数50%にあたる人を、文字通りジェノサイドしている。
それが、1904年から1908年ぐらいの出来事なので、120年ぐらい前ですね。
『100年以上に渡って』というのは、そのことですが、そこから、途中にホロコーストがあり、そして今現在に至る、パレスチナのガザでのジェノサイドを支持しているのみならず、ドイツはアメリカ合衆国に次ぐ、イスラエルに対する第2の支援国でもある。連帯の表明とかではなくて、物理的な、金銭的な支援において、アメリカに次ぐ規模で行っている。
100年前のドイツ帝国の虐殺から、ホロコースト、パレスチナでの虐殺まで、レイシズムにもとづくジェノサイドをやってきた、という、その点において、一貫している、ということですね」。
早尾教授は、さらに以下のように続けた。
「ダバシさんの指摘したいところというのは、これは、ハーバーマスの思想に通底して、一貫しているんだというところが、ポイントだと思うんですね。
ハーバーマスが言う、民主主義とか、理性とか、コミュニケーションができる対象というのは、ヨーロッパの白人ということですね。
(イスラエルは)ヨーロッパ出身のシオニストがベースになっていますから、そして、欧米の植民地主義の一環としてのシオニズムということですので、そこ(イスラエル)はもう、(ヨーロッパの)内部なわけですね。
その中での理性、民主主義だということなので、そういう点で、このハーバーマスの声明というのは、彼の哲学思想に一貫したヨーロッパ中心主義、一貫したレイシズムとみなすべきだ、というのが、ダバシさんの主張なんだと思いますね」。






































