昨今のイスラム国(IS)にまつわるイラク情勢について、高遠菜穂子氏は「去年(2013年)12月28日からファルージャ、ラマディでイスラム国とイラク政府の内紛が激化。イラク政府の市民デモへの締め付けが厳しくなった」と話し、これは2005年5月から行われた、イラク移行政府によるスンニ派や反政府的な市民への虐殺が原因であると説明した。
岡真理氏は、この高遠氏の話を受けて、「イラクの都市モスルは、最初はマリキ政権の大弾圧に抵抗するため、イスラム国を歓迎した経緯がある」と述べ、アメリカが支援するマリキ政権の蛮行は一切報道せず、イスラム国ばかりを悪者にするマスコミ報道に疑問を呈した。さらに、ガザのジェノサイドに関して、「イスラエルが、一切裁かれていないから続くのだ」と述べた。
泥憲和氏は自衛隊のイラク派遣について、「世界で唯一、成功した例になった」と述べ、軍の服装、銃器の扱い、現地市民からの信頼、乳幼児の死亡率が5分の1まで下がる真面目な民生復興への取組みを紹介。「安倍首相は、その自衛隊のサマワでの成功を、今、集団的自衛権と重ねあわせて利用しようとしている」と批判した。
2014年11月3日、大阪市中央区のエル・おおさかにて、「憲法公布69周年記念シンポジウム 『武力で平和はつくれない』」が開催された。2004年に起きた、イラク邦人人質事件の当事者で、イラク支援ボランティアの高遠菜穂子氏、京都大学教授の岡真理氏、元自衛官の泥憲和氏が、イラクとイスラム国、パレスチナのガザ攻撃とイスラエル、自衛隊イラク派兵について講演した。三者とも日本のメディアの偏向報道のひどさを訴え、イラク、ガザ、自衛隊の実態を明かしていった。
- 「イラク危機の現状―人道支援の現場から」高遠菜穂子さん(イラク支援ボランティア)
- 「ガザ・ジェノサイドの実相」岡真理さん(京都大学教授、アラブ文学)
- 「自衛隊イラク派遣の教訓と集団的自衛権」泥憲和さん(元自衛官)
- 日時 2014年11月3日(月・祝) 14:00~
- 場所 エル・おおさか(大阪府立労働センター)(大阪市中央区)
政府、イスラム国、武装集団が絡みあい複雑化したイラク
はじめに、高遠菜穂子氏の「対テロ戦争とは何か 泥沼のイラクから学ぶ」と題したスピーチから始まった。「今年(2014年)は3回イラクに入ったが、去年12月28日からファルージャ、ラマディでイスラム国とイラク政府の内紛が激化、イラク政府の市民デモへの締め付けが厳しくなった」。 そして、イスラム国に対する報道のあり方に疑問を投げかけた高遠氏は、このように断じた。「イスラム国は残虐だと評して『対テロ攻撃』の建前で排する。しかし、事の発端は2005年5月、イラク移行政府と、その後のマリキ独裁政権による、スンニ派や反政府的な市民への虐殺だ」。
独裁政権が行う虐殺には何も言わない国際世論
高遠氏は複雑なイラク内紛の真相を、こう分析する。 「シーア派政権は、イスラム国の10倍以上の殺戮を行った。そのため、イラク市民はイスラム国に支援を求めるしかなかった。また、スンニ派部族らによる武装集団が、2005年から2008年、米軍がなし得なかったアルカイーダ掃討を成功させる。が、シーア派のマリキ前首相は彼らを冷遇。それに反発した部族集団も、抵抗勢力になってしまう」。 現在、モスルはイスラム国の支配下で、市民は監禁状態だと憂慮する高遠氏は、「少数宗派のヤジリー教徒がイスラム国から激しい迫害を受け、国会議員が泣き叫びながら国会で訴えた有名な出来事があったが、日本では一切報道されていない」とも述べた。
『芝を刈る』と例えられるイスラエル軍のガザ攻撃
次に、岡真理氏による「ガザ・ジェノサイドの実相」と題した講演に移った。岡氏は高遠氏のモスルの話に補足した上で、「過去の出来事を掘り起こして、それを悼むなどの贅沢は許されていない」というパレスチナの医師の言葉を引用し、「いまだ、ジェノサイドは進行中だ」と訴えた。そして、この夏のイスラエル軍の破壊の激しさを、ガザ・シュザイヤ地区の空撮映像で示した。 51日間の攻撃で戦死者2200名以上、うち8割が民間人で、500人以上が子どもだという。日本の人口比に換算すると14万人にあたる戦死者で、広島原爆以上の推定18~20キロトンの爆撃である。「6年間に3回、イスラエルは攻撃したが、今回は群を抜いて過激だった。イスラエル軍の隠語で、ガザ攻撃を『芝を刈る』と言い、もはやルーティーン作業になっている」岡氏は、イスラエル軍による甚大な被害をまざまざと語った。 今回のガザ攻撃の理由は、6月2日、パレスチナの政党ハマースとファタハが和解したことで、イスラエルが、この統一政権に危機感を募らせたのが理由だと、岡氏は説明する。また、ガザ攻撃はイスラエル軍の兵器の在庫整理や、無人攻撃機ドローンなど新兵器の実験も兼ねているといい、「石原慎太郎議員、安倍晋三首相、西村眞悟議員、山谷えり子大臣など、日本の右派政治家と言われる人たちはイスラエル支援者だ」とも訴えた。
民族浄化、封鎖、占領の不正を訴えると「テロリスト」にされる
岡氏は「1948年、イスラエルは民族浄化を行ない、パレスチナ人を追い出した。ガザは50年近く続く難民キャンプで、イスラエル人にとっては悔恨の念を常に想起させるため、抹殺したい。それに対し、ガザの政党ハマースは、民族浄化や封鎖、占領による不正を訴え続けているだけで『テロリスト』と呼ばれている」と語り、次のように続けた。 「国際法では、民族自決権も武装闘争も認められている。しかし、ハマース、パレスチナ人の正当な抵抗権の行使だ、とは報じられない。いまだにガザの封鎖は続く。これは、殺戮なきジェノサイドだ」。 ※2014/07/26 ガザ封鎖と民族浄化 「パレスチナ人は芝のように刈られる」〜岩上安身による岡真理・京都大教授インタビュー さらに、今回、無条件停戦案をハマースが拒否したのは、封鎖解除なき停戦案では意味がないからだと話した。 また、西村眞悟衆議院議員の「沖縄の普天間基地反対を叫ぶ者の背後には、ガザ地区のテロリストと同じ冷酷非情の論理がある」という発言に岡氏は異を唱え、「人権や尊厳の回復を、ガザの人たちは訴えているだけだ」と力を込めた。
対テロ戦争は低強度紛争と呼ぶ
続いて、泥憲和氏のスピーチに移った。「米軍は対テロ戦争を、低強度紛争(市街戦、ゲリラ戦)と呼ぶ。1986年、対テロ戦争の成功を、自由市場経済の成長に寄与することと定義していた。また、対テロ戦争を、反乱支援、対反乱支援、テロリズム対策、平和維持活動、平時の緊急活動と分けている」。 このように話した泥氏は、その中の対反乱支援とは、資金・武器の供与、軍隊・警察の訓練、教育・土木・職能支援などの民生復興だと説明。「イラクでは、自衛隊が参加して、世界で唯一成功した例になった」と述べ、軍の服装、銃器の扱い、現地市民からの信頼、乳幼児の死亡率を5分の1まで低下させるなどの真面目な民生復興への取組みを紹介した。その上で、「安倍首相は、そのサマワの成功を、集団的自衛権と重ねあわせて利用しようとしている」と批判した。
BDS(ボイコット・投資引き揚げ・経済制裁)とイスラエル
休憩後、パネルディスカッションと質疑応答が行われた。まず、岡氏が南米のアパルトヘイトへの対応でも行なわれた「BDS」について説明した。B(ボイコット)=イスラエル製品のボイコットなど、D(ダイベストメント)=投資引き揚げ、S(サンクション)=経済制裁である。「世界はBDSなどを通じ、イスラエルに圧力を加えている。しかし、2014年5月、ネタニヤフ・イスラエル首相と安倍首相は『包括的パートーナーシップ構築による共同声明』を発表。日本は、イスラエルがパレスチナに何をしても協力する、という宣言をした」。
現在、ガザにはイスラエルからしか資材を運び込めないため、イスラエルはガザを破壊して復興するというマッチポンプで儲けているという。また、パレスチナ弾圧とホロコーストの関係について、岡氏は「19世紀末から、すでにイスラエル再建論(シオニズム)はあり、一方、それに背を向けたユダヤ人が各地に散り、ナチス・ドイツのホロコーストで虐殺された。当時のホロコースト経験者たちは、自らが悲惨さを経験しているが故に、パレスチナへの虐殺行為には反対で、イスラエル内でも意見が二分している」と語った。
集団的自衛権の派兵にイヤでも従うのが自衛官
次に、泥氏が「鹿児島県奄美大島に、500人規模の対空・対艦ミサイル基地の建設予定がある。経済効果はあってもわずかだ。デメリットは、中国を刺激すること。日本の将来に大きくかかわる」と話した。