2024年12月17日、岩上安身による東京大学法学部・松里公孝教授インタビュー第1部を撮りおろし初配信した。
ロシア帝国史、ウクライナなど旧ソ連圏の現代政治が専門の松里教授は、2023年7月に、『ウクライナ動乱~ソ連解体から露ウ戦争まで』(筑摩書房)を上梓した。
同書は、命がけのドンバス現地での調査と、100人を超える政治家・活動家へのインタビューにもとづき、ウクライナ、クリミア、ドンバスの現代史の深層を分析。ユーロマイダン革命(クーデター)、クリミア併合、ドンバスの分離政権と戦争、ロシアの対ウクライナ開戦準備など、その知られざる実態を内側から徹底解明した、貴重な一冊である。
特に、西側の意図的なプロパガンダによって、2022年2月のロシア侵攻以前に、何が起きていたのか、まったく見えなくなっているが、2014年のユーロマイダン・クーデター以降、ロシア系住民は、民族浄化の対象となり、自治を求める東部ドンバス地方は、ウクライナ軍によって、ジェノサイドの対象となってきた。松里教授は、そのドンバス紛争について、現地調査を含めて、詳しく記述している。
2022年2月のロシア軍侵攻をもって、ウクライナ紛争が起きた、それ以前には何もなかった、とか、ウクライナには非はまったくない、というデマだらけのプロパガンダを毎日浴びせられて、多くの人々が「洗脳」されてきた。
しかし、そうした嘘もめくれてきて、それが真実ではないとわかってきても、どうしても頭が切りかえられない人がいる。
そうした人達には、ぜひとも「中立的」な立場から、ソ連崩壊後からユーロマイダン・クーデター、そしてウクライナ紛争勃発から核戦争前夜の現在に至るまで、ひとつながりで説明している松里教授の書籍をお読みいただきたい。
本を読むのはなかなかきつい、という場合は、ぜひ岩上安身によるインタビューを御覧いただきたい。「ロシアのみ悪」という単細胞な決めつけから自由にならない限り、目がさめることはない。
インタビューは、この松里教授の著書に沿って、連続シリーズで進めていく。
第1部のインタビューは、ウクライナ紛争の現状の確認から始めた。
ウクライナ軍がロシア領クルスクを占領した軍事作戦について、松里教授は「クルスク作戦というのは、そもそもウクライナ国内でも、非常に批判が強いですよね」と述べ、以下のように語った。
松里教授「ゼレンスキー大統領が記者会見とかをやると、『これが、果たしていい作戦なのか?』ということを、ウクライナの記者から、かなり厳しく質問されている感じがしますね。
あと、やはり軍人自身が、非常に不満であると。ドンバスでこれだけ劣勢なのに、そこから兵力を割いて、クルスクに投入するのが、正しいやり方なのかと」
岩上「そういう意味では、これは軍のトップからの進言ではなくて、ゼレンスキーの…」
松里教授「好みがあるんでしょう。
あと、よく言われますでしょう。ゼレンスキーとザルジニー(2024年2月に解任された元ウクライナ軍総司令官)の方針が違うんだ、みたいなことを。
今、イギリスの大使をやっていますけど、彼が総司令官だった頃は、抵抗していたという説もあるんですよ。
『いい指導者と、悪い指導者』という言い方が、本当かどうかはわからないですけど、でも、もしそれが本当だとしたら、やはり軍部の意向で、あまりにも無謀だということで、止めていた作戦であるんだということは、あると思いますね」
松里教授は、ドンバスの戦線についても、次のように語った。
松里教授「あと、ドンバスの話になったついでに言いますけど、ウクライナ軍の考え方がわからなくて…。ずっと最前線に、兵力を集中してきたわけですよね。
普通、戦争を準備する時には、第2戦線というのを考えるんですよ。だから、ここを最前線にしても、第2戦線をここ(現在の戦線の西側後方)に作るはずなんですよね、普通でしたら。(中略)
それを、あまりしない。非常に特殊な、最前列にすべての資源を投入するというやり方で、今、突破されたら、もう総崩れみたいになるでしょう。
だから、本来であれば、ここ(第1戦線)に兵力を集中するにしても、ここ(第2戦線)に、やっぱり防衛線を持っていないとダメなはずなんですね。
それで今もうポクロフスク(ウクライナ東部の要衝)も、もう危ないんじゃないかと。ドニプロ(ポクロフスクの北西にある工業都市)まで来るんじゃないかと。(中略)
ちょっと、どうしてこういう特殊な作戦を取ったのか。
でも反面、それでも2年半もあったわけですからね。普通、最前線にすべての兵力を集中する、というやり方は、うまいやり方ではない。でもまあ、それでも2年半、持っているじゃないかという言い方も、もちろんできると思うんです。
同じような批判は、ウクライナ国内でもしている人はいて、戦争が始まった時に、マリウポリに立てこもったでしょう。何であんな馬鹿なことをするんだと。なんでメリトポリまで出てこないのと。
つまり、マリウポリに立てこもったら、アゾフ海もロシアのものだし、東側もロシアのものだし、北側は(ドネツク)人民共和国のものなんですね。
戦争が始まったら、唯一、西に逃げられるわけだから、西に移って…。
ロシア軍は、クリミアに陸上回廊というのを作りたかったわけですよね。だから、それを阻止する作戦を展開すべきだったと思うのに、やっぱり何かこう、ドンバスに集中する、何らかのイデオロギーみたいなのがあるんじゃないかと思いますね」
さらに松里教授は、この「第2戦線」について、日本の大手メディアではまったく報じられない、重要な指摘をした。
松里教授「スロヴィキン防衛線、ロシアが22年の秋に(ウクライナ軍に)押されて、ハリコフとかヘルソンとかから撤退した時に、これ以上は進ませないということで、ドニプロ川を境にして防衛線を作ったんですね。
あれが、ウクライナ軍はできないんですよ。(ウクライナは)資材を横流したり、資金を横流ししているから。
ハリコフも同じですよ。本来は防衛線を作るはずだったんだけど、資材とかお金が、どこかに消えちゃうんですね。
これも、別にロシアが言ってることじゃなくて、ウクライナの中で非常に批判されてることです」
IWJは、何度も、ウクライナでは汚職が蔓延している事実を指摘してきた。
- はじめに~ウクライナの隣国で関係の深いポーランドの元労働副大臣が見るに見かねて告発! ウクライナ支援金を横領していたのは、ウクライナの官僚だけでない! 米国民主党が支配する「闇のシステム」が50%も横領!「すべての欧州や米国の納税者への侮辱でもあります。このシステムは初めから終わりまで犯罪的です」!(日刊IWJガイド、2024.11.27号)
会員版 https://iwj.co.jp/wj/member.old/nikkan-20241127#idx-1
非会員版 https://iwj.co.jp/info/whatsnew/guide/54158#idx-1
武器も、資金も、何であっても横領されて、必要な最前線などに届かない、これでは戦争に勝てるはずもない。このようなウクライナのリアルな現実を、松里教授も指摘した。これは、とても重要な指摘であり、認識である。
- 岩屋大臣が「承知していない」と記者会見でIWJ記者に述べた、西側支援の50%をウクライナは横領しているという、ポーランドのピョートル・クルパ元労働副大臣の告発証言! IWJは、ウクライナ汚職対策タスクフォースを主催する法務省に直撃取材! 法務省は「ウクライナは非常に厳しい汚職の状況にある」と率直に認め、G7各国とも、国内の外務省はじめ関係省庁とも認識を共有していると回答!(日刊IWJガイド、2024.12.10号)
会員版 https://iwj.co.jp/wj/member.old/nikkan-20241210#idx-3
非会員版 https://iwj.co.jp/info/whatsnew/guide/54215#idx-3
また、松里教授は、トランプ次期米大統領が意欲を示している停戦交渉案についても、以下のように重要な指摘をしている。
松里教授「トランプさんの提案が、『領土はもうしょうがない(ロシアが占領した地域は奪還をあきらめるしかない)』と。あと『NATOにも入れない』ということなんですけど、ちょっと、不思議なのは、普通、停戦交渉の場合は、領土問題というのはもう触れないんですよね。
だから、それがちょっとおかしいと思う。ウクライナ側の考え方もおかしいし、プーチンさんの考え方もちょっとおかしくて、(領土問題は触れずに)認めなきゃいいんですよ。
今あるところで、とにかく停戦しますと。その後、領土をどうするかは、時間をかけて考えていきましょうと。
だから、昔の日本とソ連の間にも、停戦協定しかなかったわけですよね。平和条約はなかったわけです。それでも、まったく正常に関係を持てるから。
だから、今、とにかく一番大事なことは、戦争をやめることで、これ以上ウクライナ人が死ぬのを止めることで、そのためには、とにかく停戦しなきゃいけない。
普通は、停戦というのは、領土を認めるということじゃないんですよね。
ところが、何か停戦すれば、そのままそれは、領土の問題を認めることになるんだというふうに、ゼレンスキーの側は言ってますし、プーチンさんの側も、それを言っているから、だから逆に言うと、停戦ができないんですよ。
だから、何かこの話の中で、停戦協定と和平条約の混同があると思うんですね。
今、大事なことは、領土の問題は棚上げにして、とにかく現時点の境界線で、戦闘をやめること。これ以上人が死ぬのを止めること。
あとは、話し合っていくということになるのがいいと思うんですけれどもね」
即時停戦が、一番重要なことだ、という主張は、岩上安身およびIWJは、早い時期から一貫して主張してきた。この点の認識も、思いがけず、共通していた。
このあと、インタビューでは、ドンバス地方がウクライナから分離独立するための国際法上の条件や、ロシアへの帰属意識に関するクリミアとドンバスの違いなどについて、ソ連邦の解体までさかのぼって、松里教授の解説をうかがった。
また、後半では、現在報じられている「トランプ和平案」の実現可能性について、松里教授の見解をうかがった。