【IWJ号外】ピーター・ティール氏率いるパランティアが発表したマニフェストは「テクノ・ファシズム」!(第8回)ティール氏の不死願望と『ワンピース』は真逆! 2026.7.19

記事公開日:2026.7.19 テキスト
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(文・IWJ編集部)

 IWJ代表の岩上安身です。

 パランティアをめぐる問題の【IWJ号外】第8回です。

 ピーター・ティール氏に関しては、これまで、さまざまなインタビューや取材・調査を通じて、その驚くべき人物像が明らかになっています。

 2021年に、米国のジャーナリスト、マックス・チャフキン氏が執筆した、ピーター・ティール氏の伝記『無能より邪悪であれ〜ピーター・ティール シリコンバレーをつくった男』(原題は「Contrarian: Peter Thiel and Silicon Valley’s Pursuit of Power」)は、ティール氏の異様な思想と実験の実践について、こう述べています。

 「現在、多くの人が彼(ピーター・ティール氏)の名から連想するのは、パラパイオーシスの名で知られる実験生物学の新分野に対する関心だ。

 この用語は、2つの体を手術で結合して、循環系器官を共有させ、事実上の人口結合性双生児をつくることを意味する。

 1970年代には、高齢のラットと若いラットを結合させるというおぞましい実験が行われ、科学者やアンチエイジングマニアは、これが老化プロセスを止め、あるいは死そのものをなくす鍵になるかもしれないと推測した。それは、少なくとも信奉者達にとっては、若返りの泉への入り口だった。

 2026年にはマウスを対象にした研究によって、この試みを人間にも適用できるのではないかとの期待が高まった。

 高齢者に若者の血を輸血することにより、高齢者の若返りが期待された。

 言い換えれば、一種の吸血鬼行為である。

 『私はパラバイオーシスについて調べているところです。非常に興味深い分野だと思っています』と、ティールは同年公開されたインタビューで述べている。そして若者の血を注入することを自身の健康法として検討したが、まだ実行していないと語った」。

 ピーター・ティール氏は、死を嫌悪し、永遠の命を強く求めています。

 不老不死の願望を、キリスト教の死と復活のドグマに託して、こう述べています。

 「『私が何よりも強く信じているキリスト教の見解として』と2015年に神学者N・T・ライトに(ティール氏は)語っている。

 『死は悪であり、間違いであり、我々はそれを受け入れるべきではないという考え方がある。

 可能な限りあらゆる手段を使って(死と)闘わなくてはいけないものだと考えています』」。

 キリスト教の根本的なドグマである「死と復活」は、「生老病死」は受け入れざるをえない運命と見きわめた、ブッダの説いた仏教根本思想と決定的に異なります。キリスト教と親鸞の説く浄土真宗を、みだりに重ねあわせてはならない一線です。

 ピーター・ティール氏は、宗教的には、両親にエバンジェリカル(福音派)として育てられた、という『ニューヨーカー』の記事もあります。福音派は、キリスト教シオニズムと重なります。

 米国のジャーナリズム批評家・宗教記者のテリー・マッティングリー氏は、ピーター・ティール氏が、「現代は反キリストの時代」と認識し、「福音派のディスペンセーション主義の終末論を真剣に受け止めている」として、次のように述べています。

 「ティールは、自他ともに認める異端的なプロテスタントだ。男性と結婚しているが、同性愛を罪とする教義を持つ保守的なプロテスタント教会に通っていると(本人以外から)(マッティングリー氏は)聞いた。(中略)

 そして、彼は、私達がおそらく反キリストの時代に生きているということを、本当に本気で信じており、これをポップ・エバンジェリカリズム(福音派キリスト教の大衆化・商業化した形態)のディスペンセーション主義者達の取り組みとして一笑に付すことなく、時代の徴候を読み解くことを真剣に受け止めるべきだと考えている」。

 このように、ティール氏は、死を忌み嫌い、永遠の命を強く希求していることがわかります。

 この点は、先に述べた通り、生・老・病・死は、避けがたい人間にとっての苦しみであり、決して望みのままにならない(苦諦)と説いたブッダの教えとは、出発点からして異なります。

 望まずとも生まれてきてしまったことも、病を得ることも、老いも死も誰も避けることはできない生命体としての理(ことわり)であるという考え方は、神やあの世を妄想せず、ありのままに人生と生命を見つめれば、古代人であっても、現代人であっても通じる自然の理(ことわり)です。

 仏教は、万能の人格、神の代わりに法(ダルマ)を説きました。

 ダルマとは、結局のところ、自然の法則です。

 この世界は、万能の神によって創造されたものではなく、相互に影響しあう「縁起」によって生成しているのであり、特定の個人、民族、集団を選び出して、救いを与えるということなどしません。

 一神教における、最後の審判、死からの復活などは、ゾロアスター教のアイディアをユダヤ教が取り入れて、キリスト教へと受け継がれてきた妄想です。

 そして、ピーター・ティール氏は、思想的に、福音派やシオニズムに非常に近く、根本的には選民思想を深く抱いていると思わせるのです。

 そのピーター・ティール氏が、日本のコミック・アニメ『ワンピース』を論じた2025年のエッセイの中で、人類の向かうべき道として、こう述べています。

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