IWJ代表の岩上安身です。
パランティアをめぐる問題の【IWJ号外】第5回です。
『テクノロジカル・リパブリック』の要約であるパランティアのマニフェストは、国内外から大きな反響を呼んでいます。日本の「有識者」からの手放しの「賞賛」とは違い、海外の有識者からの主な反応は、批判的なものが少なくありません。
ウィーン大学の技術哲学者、マーク・クーケルバーグ氏は、4月22日の自身の『ミーディアム』の中で、このマニフェストを、「露骨なテクノ・ファシズム」と呼び、以下のように、批判しています。
「(前略)アレクサンダー・カープが率い、ピーター・ティール(ドイツ系でプロテスタント)が創業したパランティアは、政治シンクタンクではない。
選挙で選ばれた機関でもない。公衆に対して、説明責任を負う立場にもない。
パランティアは、あくまで請負業者だ──世界中の軍、情報機関、法執行機関が使用する強力なソフトウェアとデータインフラを構築するテック企業である。そのような企業が自ら脚光を浴び、社会の進むべき方向について大仰なイデオロギー的言辞を語り始めるとき、当然ながら疑問が湧いてくる。
しかし特に問題なのは、この投稿(パランティアのマニフェストのこと)の内容、トーン、そして行間に潜む含意であり、だからこそ、私達はこれに注目しなければならない。
製品発表や、通常の企業が表明するような漠然とした企業理念にとどまらず、この文書は一つの世界観を提示している。
それは、政治的イデオロギーであり、しかも非常に特定の性格を持ったものだ──自由民主主義に公然と敵対し、多元主義、包摂、共感を拒絶する。
代わりに『ハードパワー』(要するに武力)と恒久的な戦争状態を受け入れ(兵器商にとっては理想的だ)、国家のための犠牲を語り、国民を軍に徴兵することを論じる。
犯罪を厳しく取り締まり、権力の領域に宗教を招き入れ、文化の平等を認めず、西洋の覇権とエリート主義を推進する。
大衆には、内省や思慮は不要とし(それはエリートのための特権だ)、ビッグテックと国家の協働を促進し、常にあなたの居場所を突き止める監視システムによる反体制の抑圧を肯定的にとらえ、ドイツと日本の再軍備を語り、『国家の敵』に対する技術的優位を主張する。
テック企業の言葉としては異例だ、ビッグテックとしても。
これが聞き覚えのある響きを持つとすれば、それは当然だ。力と戦争と国家の礼賛、国家への市民の従属、そして企業権力と国家権力の癒着──これは確かに聞き覚えがある。
ファシズムの鐘の音だ。
シリコンバレーは、イーロン・マスク、ピーター・ティール、その他の人物を通じて、しばらく前からその方向へ漂流してきた。(マスクについて言えば、パランティアの投稿がXというソーシャルメディアプラットフォーム上でたちまち拡散されたことは、おそらく偶然ではない)。
しかし今や、事態はより危険で、より深刻な結果をもたらしうる段階に差し掛かっている。
私は、著書『なぜAIは民主主義を損なうのか』と『テクノ・ファシズム』に関する論文の中で、デジタル技術が単にガバナンスを支援するにとどまらず、権威主義的な方向に、それを作り変え始めるという政治的軌跡に対して、すでに警告を発していた。
危険なのは、露骨な弾圧や戦争扇動だけではない。
より静かな変容がある──監視の正常化、判断の不透明なシステムへの委譲、そしてこれらのインフラを設計・管理し、グローバルな影響力を行使する少数の主体への権力の静かな集中だ。
私は、論文の中でこう論じた。AIやその他の技術の急速な発展は、『歴史的なファシスト的現象と著しい類似を持つ、支配のメカニズム、組織の形態、イデオロギーのパターンを生み出してきた』と。
そして、トランプ主義的な現在の政治文脈において──権威主義的・非自由主義的なイデオロギーと実践が跋扈するこの環境において──事態はいっそう悪化するばかりだ。
そのレンズを通して読めば、パランティアの投稿は、挑発というよりも事例研究として響く──テクノ・ファシズムの完璧な実例として。
広範な監視、予測分析、そして国家権力の融合は、長らく効率性、安定性、あるいは国家安全保障の名のもとに正当化されてきた。
しかし、これらの正当化は、民主的な説明責任からの深い離脱と、権威主義・ファシズム的方向への大きな一歩を覆い隠している。(中略)
パランティアが目指しているのは、新たなリヴァイアサン(※)の構築だ。
安全を保証するが、自由と民主主義の喪失という代償を伴うホッブズ的な怪物。
カープとティールは、その代償を払う覚悟がある。
いや、むしろ、あなたに払わせようとしているのだ。(中略)
(※)リヴァイアサンは、元々は『旧約聖書』に登場する海の怪獣の名前。ヨブ記などに出てくる、神が作った巨大な海の生き物で、誰も制御できない圧倒的な力の象徴として描かれている。トマス・ホッブズが同名の著書『リヴァイアサン』で、この怪物のイメージを国家の比喩として使った。
ホッブズいわく、自然状態の人間は、「万人の万人に対する戦い」の中にいる。生は「孤独で、貧しく、汚く、残酷で、短い」。そこで人々は、自らの権利を一つの絶対的権力──主権者──に譲渡することで、秩序と安全を手に入れる契約を結ぶ。この絶対的権力こそがリヴァイアサン、すなわち近代国家であるとホッブズは論じる。しかし、ホッブズが論じた国家の権威は、「いかなる行為でもなしうる権利」とされており、国民の自由と基本的人権を犠牲にし、権威主義国家、独裁国家、全体主義国家を擁護した危険な一面がある。
パランティアとその政治的同盟者達は、この(マニフェストの)ビジョンをすでに部分的に実装している。
AIの兵器を誰が作るかという問いは、すでに近年の歴史が答えを出している──パランティアだ。(中略)
彼らは、自らが生み出すのに加担した暴力と混乱という問題への回答として、自分達を(その問題を解決する者として)提示することに成功した。
私達は、すでにその代償を払っており、特に『私達』のうち、これらの技術(の影響)を受ける者達が(代償を)支払っている。
予測的警察活動ツールは、法執行機関がリソースをどう配分するかを形作る。
入国管理システムは、AI分析と膨大なデータベースを頼りに、個人を追跡し分類する。
軍事作戦は、リアルタイムのデータ融合プラットフォームにますます依存し、AIは、ミサイルや爆弾の標的選定に使われている(また、この爆弾という言葉が出てきた)。
パランティアのAIソフトウェアは、このエコシステム(※)で、ますます重要な役割を担っている。
(※)生態系の比喩で、AI兵器や安全保障をめぐる技術・組織・制度が結びついた全体構造を指す。
米国政府とイスラエルが(パランティアのAIソフトウェアを)使用しているだけでなく、EU諸国の法執行機関も利用している。
この会社が、こうした能力を中心に組織された世界を描写するとき、それは未来を想像しているのではない。現在を描写しているのだ。
ただし、拡大・強化されたものとして。
契約は、すでに締結された。
パランティアは、すでに納品した。人々は、すでに拘束された。ミサイルは、すでに降り注いだ。
トランプ、ネタニヤフ、その他の者達のおかげで、恒久的な戦争状態はかつてないほど近くなっており、パランティアは、そこに寄り添っている。
秩序をもたらす最も効率的な道具を、使いたくない理由があるだろうか?
戦争に勝ちたくない理由があるだろうか?
購入するのは当然だ。
これはまさに私が警告していたような、緩やかなインフラレベルの変容だ──権威主義への突然の転落でも、ファシスト革命でもなく、テクノロジーと権力の癒着を通じた、何が正常で必要かという感覚の静かな再調整。
これらのシステムが深く組み込まれ広く使われるほど、その根底にある前提──支配、可視性、権力についての前提──は、背景に溶け込んでいく。
暴力とテクノクラシーが、一度正常化されると、民主主義への道を取り戻すことは難しくなる。(後略)」。
ほかにも、地政学アナリストでジャーナリストのパトリック・ヘニングセン氏は、4月19日にXに、ティール氏とカープ氏に対して以下のようにポストしています。
「だからあなたは、永続的な戦争を望んでいる。まさにジョージ・オーウェルの『1984年』そのままだ。
精神病質者ども」。
また、ギリシャの経済学者で元財務大臣のヤニス・バルファキス氏は、パランティアが、この22のマニフェストおよび『テクノロジカル・リパブリック』によって、「核による終末に、AIが駆動する人類存亡の脅威を付け加える」意志を事実上表明したと述べ、以下のように、22のマニフェストのそれぞれに批判的な読み替えを行っています。
「パランティアは、その醜悪なイデオロギーを、22のポイントで要約するほど親切だった。
そこで私は、各ポイントに注釈をつけることにした。
以下に、全22ポイントの私の解釈を示す(元の番号付けを保持──元のものは、下記の彼らのポストを参照)。
1. シリコンバレーは、犯罪的な銀行家達を救済し、米国人の大多数の生活を破壊した支配層に対して、計り知れない借りを負っている。シリコンバレーのエンジニアリング・エリートは、支配層が軽蔑し、市場価値を失った家畜のように見なす多数派米国人の名のもとに、その支配層を死ぬまで守るだろう(文字通り!)。
2. パランティアは、アップル・ストアを狙っており、独自のテクノ封建領地を築く可能性によだれを垂らしている。iPhoneを、人々の残されたプライバシーを溶解する、別のデバイスに置き換える時が来た。
3. パランティアは、無料で何も与えない。それは独自の成長だけを気にかけ、恐怖をまき散らして、偽りの安心感を売ることで、利益を追求する。
4. 野蛮な力に栄光を! 倫理なんて弱者向けである。西側は、パランティアの殺人的ソフトウェアをもっと必要としている。
5. AI駆動の殺人ロボットが、やってくる。課題は、まず殺人ロボットを構築して、巨額の利益を得ること、そして後で質問することだ。それを行うために、パランティアは、AI駆動の殺人ロボットを制限するあらゆる国際条約を、どんな手段を使ってでも回避する。
6. あらゆる貧乏人(空から彼らを狙う殺人ドローンと共に、塹壕に投げ込まれるのを避けるコネクションのない者)は、軍隊に徴兵されなければならない。兵士に給料を払うなどということは忘れよう。すべての支払いは、パランティアに振り向けられるべきである。そこで私達の人々が『国家奉仕』を果たし、非株主に死を委ねるのである。
7. パランティアは、米海兵隊を殺人ロボットで武装させるために残業し、それによって戦場で残された倫理的判断の残滓を、米海兵隊から奪い取る。米国社会は、パランティアの能力を制限する、あらゆる議論を完全に不可能にするべきである。米軍に、ソフトウェアの標的選択を拒否する、残された機会を排除させるために。
8. パランティアは、公的セクターがまだ完全に良心を欠いていないことを嘆いている。公務員は、大量に解雇されなければならない、パランティアが承認した、ごく少数の者を除いて。彼らは、納税者の金で、巨額の給料を受け取るだろう。
9. パランティアは、ドナルド・トランプが公務に身を投じたことを美化すべきだと考えている。トランプのような人々を許さないことは、私達の魂を危険にさらす。それどころか、パランティアの邪悪なプロジェクトを制限する公務員の可能性を高める。
10. 政治はAIのようであるべきであり、人間的な共感と見なされるものは、一切避けなければならない。政治の場で、魂や自己感覚を養おうとする者達は、ただちに強制収容所へ送られるべきだ!(中略)
13. 世界史上、他のどの国も、(米国ほど)進歩と自由の名の下にこれほど多くの戦争犯罪を犯したことはない。米国は、パランティアの創業者達のような人々に、無限の自由を与え、人類にこれほど多くの損害を与えることで、莫大な利益を得ることを許す。
14. 米国の力は、一つの戦争の後にもう一つの戦争、一つのクーデターの後にもう一つのクーデター、一つの避けられた金融災害の後にもう一つの金融災害を引き起こすことで飽食してきた。あまりに多くの人々が忘れたか、あるいは当然視したのだろう。平和と民主主義の名の下に、永遠の戦争を追求する米国の能力を。
15. ドイツと日本のファシズムを、再び偉大にしなければならない。ドイツの非ナチ化は過剰修正で、ヨーロッパは今、そのために重い代償を払っている。日本の平和主義も同様であり、極めて誤った平和主義へのコミットメントもただちに終わるべきである!
16. 私達は、政府の寛大な契約によってすべてを独占しようとする人々を称賛すべきである。億万長者達は、単に彼らの数十億に満足してはいけない。さらにおぞましく富むためには、貧困層に対し、億万長者達を権力に留めるために、彼らの自由を使うよう説得する壮大な物語が必要である。ちなみに、パランティアは、イーロン・マスクを愛している。特に、彼のアパルトヘイトに着想を得た壮大な物語を(火星への移住計画を指す)。
17. シリコンバレーは、米国の都市で、ガザでやったことを自由にやるべきである。米国全土の多くの政治家達は、パランティアに、残されたすべての市民的自由と人権を殲滅する権利を与えることに対して、本質的に肩をすくめてきた。これを終わらせなければならない。
18. エプスタインのシンジケートは、忘れられるべきである。さもなくば、トランプやクリントン家のような素敵な人々が、政府に入るのを阻害してしまう。公的領域は、サンダースやマムダニのような破壊分子(※)が入らない限り、精査フリーでなければならない。
(※)バーニー・サンダーズ上院議員も、ニューヨークのゾーラン・マムダニ市長も、社会民主主義者であり、人権と平等という民主主義の価値を重んじている。(中略)
21. ヒットラーの人種階層を、復活させる時である。パランティアの創業者達とイーロン・マスクを、そのアーリア人の頂点に置くべきだ。肌の色や民族、宗教で人を判断するのは間違っているという考えは、捨て去るべきである。
22. 黒人、ムスリム、大多数のアジア人、そしてもちろん女性は、劣ったウンターメンシュ(ドイツ語で劣等人種。ナチスが用いた用語)である。
そしてより広く西側の男達は、この半世紀のあいだ、包摂性(インクルーシブネス)の名のもとに、これらの下等な人間を、本来の位置に置くことに抵抗してきた。
それは誤りだった。
そのような下等な人間は、召使いや性的サービス提供者としてでない限り、決して受け入れられてはならない。少なくとも、我々がロボットを改良し、彼らをまったく必要としなくなるまでは」。
さらに、ロシアの哲学者で地政学者、アレクサンドル・ドゥーギン氏は、4月19日の自身の『サブスタック』で、パランティアのマニフェストを、イスラエルとの関係に言及しながら、「西洋のテクノ・ファシズムの計画だ」として、以下のように、批判しています。
「パランティアは、トランプよりもはるかに重要だ。
トランプは、この深刻なチェス盤における取るに足らない駒に過ぎない。
彼の役割は、全面的な破壊、すなわち準備段階に過ぎない。
パランティアの方が、はるかに深刻だ。
それは、西洋の衰退しつつある覇権を、急進的な手段によって守護するための計画である。
パランティア・マニフェストとは、西洋のテクノ・ファシズムの計画だ。
技術にもとづく白人種の優越性。旧来の歴史的ファシズムにあった反ユダヤ主義も、神聖性も、社会主義も存在しない。
今度は、純粋な資本主義、ユダヤ人に友好的、世俗的、唯物主義的、アングロ的、ポストヒューマニスト的だ。
パランティアのマニフェスト。非自由主義的で、反ヒューマニズム的、ポスト・グローバリズム的。
グローバルな西側のテクノ国家を、覇権的極として位置づけるもの。
単極体制、技術的レイシズム、個人主義。
エプスタイン的な様式。
(タッカー・カールソンの定義による)イスラエル主義ともかなり整合的。
まったくもって嫌悪すべきもの。
反キリスト的。
パランティア・マニフェスト。純粋な悪魔主義。アイン・ランド(※1)。資本主義時代の論理的帰結。自由主義的レンズなしに見た歴史の真の終わり。
『退廃のラチェット』や『有牙なるヌーメン』(※2)とも十分に整合し、多極主義および第四の政治理論(※3)とは、根本的に相容れない。
パランティア・マニフェストは、トランプ支配の真の議題だ。
トランプ自身は、より深刻かつ自律的な権力によって利用され、搾取されているにもかかわらず。
パランティア・マニフェストとイスラエル。いくつかの共通点と、いくつかの相違点。
テック・ブロス達(※4)は、自分達が望む世界の実現に向けた道すがら、ユダヤ人を容易に犠牲にするかもしれない。
あるいはしないかもしれない。
ピーター・ティールの祖父(※ドイツ人)は、孫が提唱するグローバルなテクノ・ファシスト世界への道で、ユダヤ人を失うことを厭わなかっただろう。
私はそう思う。ただし確信はない。
パランティアの面々(テクノ・ファシスト達)は、リベラル・グローバリスト、多極主義者、伝統主義者、国民ポピュリストと戦わなければならない。
これはあまりにも多くの敵だと思う。
アメリカのリベラルな制約から、ドイツと日本を解放するという発想は、純粋なファシズムだ。
しかし、その場合、それは西洋そのものの防衛という極限的な必然性によって支持されている。
どんな西洋か? 概ねユンガー的な意味(※5)での西洋だ。運命としての技術。
エルンストの方であって、フリードリヒ・ゲオルクではない(※6)。
ストリーミング(※7)とセルフィー(※8)は、人々を常時監視に慣れさせるための心理作戦だ。それはパランティアの戦略の最初から存在していた。
テクノ・ファシズムが台頭している。仮面は外れた。パランティアは自らの計画を公然と語る。それはすでに世界統治において相当程度の地歩を固めたことを意味する」。
(※1)アイン・ランド(1905─1982)は、ロシア系ユダヤ人の哲学者・小説家。本名アリサ・ジノヴィエヴナ・ローゼンバウム。ソ連の共産主義体制を嫌悪し、1926年に米国へ亡命。代表作は、『肩をすくめるアトラス』。アトラスとは、ギリシャ神話に登場する巨人で、天空を方に乗せて支えている。秀でた能力を持つ個人が世界を支えているという意味。
登場人物が、会話の中で、「もし努力すればするほど、世界が肩に重くのしかかっているアトラスに出会ったら、どうしろと言うか」と尋ね、相手が答えあぐねていると、「自分なら、肩をすくめる」と言う。傑出した人物が世界を支えており、そうした人物に重荷を背負わせる(例えば重税を課す)なら、肩をすくめて天空を支える役目を、一時放棄するだろうという意味。
合理的利己主義者達が登場するこの作品は、1957年に出版されたが、現代のリバタリアン達の「バイブル」として読み継がれ、影響を与え続けている。フリードリヒ・ハイエクの師であり、新自由主義の開祖とも言えるオーストリア学派のルートヴィッヒ・フォン・ミーゼスが、この作品に貫かれている「エリート主義」を賞賛したのは偶然ではない。
(※2)『有牙なるヌーメン』は、ニック・ランドの1987〜2007年の論文・エッセイを収録した著作集で、2011年に出版された。ニック・ランドは、ウォーリック大学で哲学を教えていたイギリスの思想家。1990年代に「サイバネティック文化研究ユニット(CCRU)」を主宰し、その半ば狂気にとりつかれた活動は、加速主義の源泉となった。後に中国・上海に移住し、オルタナ右翼とも接点を持つようになる。「ヌーメン」(noumen)とは、カントの「物自体」のことで、原理的に認識不可能な、認識以前の、対象のあるがままの姿のこと。
(※3)第四の政治理論とは、ドゥーギンが2009年に著した政治哲学書。この哲学書は、具体的な歴史・文化・言語・土地の中に投げ込まれた人間の存在様式、つまり、特定の文明・文化に根ざした複数の存在様式を主体として設定している。理論の特徴は、多極主義や反近代主義、伝統主義を特徴として、自由主義とファシズムをともに退けている。
(※4)テック・ブロスとは、シリコンバレーを中心とするテクノロジー業界の若い男性起業家・投資家・エンジニアのこと。たとえば、ピーター・ティール(パランティア、ペイパル創業者)、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ、トラヴィス・カラニック(Uber創業者)など。
(※5)ユンガー的な意味というのは、エルンスト・ユンガー(1895─1998)が著した『労働者』(1932)のことを指す。
(※6)エルンスト・ユンガーには、3歳下の弟のフリードリヒ・ゲオルク・ユンガー(1898─1977)がいる。この二人は、それぞれ、技術をテーマに本を書いているが、その内容は、対照的である。
兄のエルンスト・ユンガーは、その著書『労働者』において、労働者を、マルクス的な労働者階級ではなく、技術と一体化した新しい存在様式として描いている。
ここでは、技術は、単なる道具ではなく、人間存在そのものを変容させる形而上学的な力であり、世界を総動員する力として現れる。エルンストにとって、技術は、拒否できるものではなく、人間がその中に投げ込まれた歴史的必然であり、運命と見なされている。
他方、弟のフリードリヒ・ゲオルク・ユンガーは、その著書『技術の完成』において、技術は自然を収奪し、人間を疲弊させ、文明を没落へと導くものとして、技術文明を根本的に批判している。
(※7)YouTube Liveのように、動画や音声をリアルタイムで配信・視聴する仕組み。
(※8)セルフィーは、自分で自分を撮影して公開する写真(自撮り)。
こうした世界中からの批判をあざ笑うかのように、パランティアのCEOで創業者のひとり、『テクノロジカル・リパブリック』の共著者であるアレックス・カープ氏は、ワシントンで2025年4月30日に開催された、「ヒル・アンド・バレー・フォーラム2025」で、パレスチナ人の直接の抗議を前に、こう居直っていたのです。
司会者「アレックス、お会いできてうれしいです。昨年のヒル&バレー・フォーラム以来ですね。その後、あなたは本を出版しました。
この会場の誰もが知りたいと思っていることでしょう。あなたの本で論じられた『西洋の価値観』という概念は、昨年のこのフォーラム以降、そして本の出版以降、どのように受け止められてきたのでしょうか」
アレックス・カープ氏(以下、カープ氏と略す)「まず第一に、おめでとうございます。本当に多くの成果を上げられましたね。
このフォーラムを始めた頃は、本当に小さな部屋のような場所で、5人も入ればいっぱいになるような規模でした。それが今では、ここにいるべき人達が皆ここにいて、私の知る限りワシントンD.C.中がこのフォーラムについて話しています。
ここに来られてうれしいです。私達は長い付き合いですしね。
まず、私は『テクノロジカル・リパブリック』という本を書きました。
正直なところ最大の驚きは、『誰かが実際に読んだ』ということでした。
しかも全米ベストセラー1位になりました。
この国の出版市場というのは、だいたい2種類あります。
ひとつはヨガのような本です。やっても実際には何も変わらない。何を学んだのかもよくわからない。たまに通う。誰か有名人が勧めていた。そうやって売れる本です。
もうひとつはテコンドー型です。帯はたくさん取れる。でも本当の喧嘩になったらボコボコにされる。そういう本です。
私達の本は、どちらでもありませんでした。
これは本物の本です。
しかもパランティアの宣伝本でもありません。もちろん、最終的な結論はパランティア的になりますが。
さらに知的でもあります。
本の中心的な主張は、こうです。
西洋社会は優れている。
これは自明の真実です。
能力主義(メリトクラシー)、法の支配、そして何よりも有能さによって定義される西洋社会は、優れている。
そして、100年後どころか、1000年後にも存続できるような計画を持っている社会は、ほとんど存在しない。
本ではまた、『どうすれば本当に有能な組織を作れるのか』についても論じています。
能力主義。
そして、少なくともパランティアで採用している独特の組織構造。
階層は低い。
肩書も少ない。
しかし能力は高い。
これは一部、イギリス特殊部隊SASやドイツ軍の任務指揮系統から学んだものです。
任務だけが与えられ、遂行方法については大きな裁量が与えられる。
そして今の世界の多くは、パランティア的な仕組みや元パランティア社員達によって動いています。
あなたの質問に戻れば、この本の受け止められ方についてですが──
シリコンバレーは、様々な段階を経てきました。
最初期のシリコンバレーは、第二次世界大戦中から戦後にかけてのシリコンバレーでした。
そこでは人々は有用な製品を作り、人々の生活水準を向上させ、アメリカと西洋世界の結束の中心でした。
その後、消費者向けインターネットの時代になりました。
そこで人々は気づいたのです。
『少数の人間が金持ちになれる。そして明らかに愚かな決まり文句を並べればさらに儲かる』と。
(ここで聴衆中から、親パレスチナ女性抗議者が叫び始める)
抗議者「あなたは、AIと技術でパレスチナ人を殺して金持ちになっている!
私の家族を、パレスチナで殺している!
そんな人間が、夜眠れるのか!」
カープ氏「私の答えを聞きたいですか?
私は、こう考えています。
パレスチナ人の死の主な原因は──」
抗議者「そんな話を聞く必要はない! あなたには、発言の場を与えるべきじゃない!
あなたは、私達を殺している!」
カープ氏「答えを聞きたいのですか? それとも、ただ叫びたいだけですか?
パレスチナにおける死の主な原因は、ハマスが理解していることにあります。
世界中に何百万人もの『有用な愚か者(useful idiots)』がいて、自分達のために利用できることを。
抗議者「だから、あなたに発言の場を与えるべきじゃない! あなたは、私の人々を殺している! それを正当化している!」
(会場騒然)
カープ氏「警備を呼んでくれますか」
抗議者「恥を知れ! パランティアのAIがパレスチナ人を殺している!」
カープ氏「主としてテロリストを殺しています。それは事実です。」
抗議者「違う!」
カープ「もしあなたの議論がそんなに強力なら、私に話させるはずでしょう? もし本当に強い議論なら、なぜ私に話させないのですか?」
(抗議者退場)
カープ氏「ちなみに、これは私の本の主題そのものです。あなたが私と議論したいなら議論すればいい。
まず第一に、私は言論の自由を強く支持します。ここに来て、私達を非難する。私を権力欲に取りつかれた邪悪な人間だと言う。人々が苦しむのを楽しんでいると言う。
結構です。
彼女には、そう言う権利が100%あります。
しかし、私達が守らなければならないのは、こちら側も議論する権利を持つことです。
私達が守らなければならないのは、議論する権利です。私達の側の見解、あるいは私自身の見解を語る権利です。
この本で最も重要な主張の一つは、こうです。
もしあなたの議論がそれほど強力なら、なぜ相手に話をさせないのか、ということです。
もし問題が本当に単純で明白なら、議論を封じる必要はないはずです。
そして、パレスチナ人の苦しみについて言えば、それは誰もが気にかけています。
戦争で誰かが死ねば、人々は当然心を痛めます。
私もそうです。
しかし、戦争に対する最も明白な解決策は、西側が最も強力で、最も精密で、最も致死的な兵器を持つことです。
そうすることで、不要な民間人の犠牲を最小限にできる。
そして実際には、こうした死者を最小化する最良の方法は、圧倒的に強くなり、誰も攻撃しようと思わなくすることです。
それが実際の解決策です」
米国やイスラエルの軍事力に、パランティアのAI技術を組み込み、神経と頭脳を与え、イスラエル軍によるガザやレバノンでの大量殺人を正当化しているのです。
カープ氏の説く議論の自由は、もっともらしく聞こえますが、表面的な話に過ぎません。実際に彼が主張していることは、西洋の優越であり、圧倒的な力による徹底的な制服です。
彼自身は、ユダヤ人の父とアフリカ系米国人の母の間に生まれた、ユダヤ系米国人です。しかし彼は自身を他の民族より優秀な「西洋の一員」とみなしており、致死的な兵器の力によって他者を制圧することを最善の解決策だと公然と主張しています。
パランティアのテクノロジーは、そのための手段として商品化されたものです。
パレスチナ人をジェノサイドし続けているイスラエルへの批判は、トルコ、パキスタン、マレーシア、インドネシアなどのイスラム諸国だけでなく、イスラエル批判が国内でタブーになっているドイツ、スペイン、イタリア、米国同様イスラエル・ロビーが存在する英国、フランス、そしてイスラエル・ロビーに強く支配された米国でさえ高まっています。
こうしたイスラエルに批判的な国際世論の高まりによって、イスラエルのジェノサイドに協力する軍事企業であるパランティアと、同社を率いるカープ氏やティール氏らの著書が、日本においては、成功するためのビジネス書として読まれていて、現実の惨劇からは目をそらしている、というのは、世界中を見渡しても奇観であるというべきです。これまで以上に可視化され、批判の対象になってくるのは、確実でしょう。

































