2025年6月5日、「岩上安身によるインタビュー第1194回ゲスト 現代イスラム研究センター理事長 宮田律氏」の第1回を撮りおろし初配信した。
宮田律(みやた おさむ)氏は、1983年に慶應大学大学院文学研究科史学専攻を修了したあと、UCLA大学院修士課程で歴史学を修了した。専門は、現代イスラム政治研究、イラン政治史である。
直近の宮田氏の著作には、イスラエルが戦争を続ける根源と目的を解き明かし、圧倒的な火力でガザを粉砕し、ジェノサイドを続けるイスラエルは自滅の道を歩んでいると指摘した『イスラエルの自滅~剣によって立つ者、必ず剣によって倒される』(光文社、2025年)や、極右政党によって暴走するイスラエルの宗教的・思想的な危険性を解き明かした『ガザ紛争の正体 暴走するイスラエル極右思想と修正シオニズム』(平凡社新書、2024年)などがある。
2025年4月22日に、インドが支配するカシミール地方の風光明媚な観光地、バイサラン渓谷で、ヒンドゥー教徒の観光客が襲撃されるテロ事件が起き、26人が死亡した。パキスタン政府は否定しているが、インド政府は、パキスタン政府が関与するイスラム武装組織による犯行だと決めつけ、インドとパキスタンの間で急激に緊張が高まり、軍事衝突に発展した。
インドのジャイシャンカル外務大臣は、5月10日、X(旧ツイッター)に「インドとパキスタンは本日、発砲と軍事行動の停止に関する合意に達した」と投稿したが、その後も武力衝突が起きており、見通しは楽観できない。
【インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方で、武装勢力が観光客20数人を殺害! インド政府は、パキスタン政府の支援を受けたテロとして非難! 近日中に軍事行動の懸念も! パキスタン側は、「核ミサイルはすべてインドを狙っている」と警告!】(『BBC』、2025年4月25日ほか)(日刊IWJガイド、2025年4月30日)
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【4月のカシミールでの観光客襲撃事件への報復として、インドがパキスタンをミサイル攻撃! インドは「テロ組織の拠点を攻撃」と発表! しかし、テロへの関与を否定するパキスタンのシャリフ首相は、民間人が暮らす地域への「極悪な侵略行為」だとして、「血の一滴まで復讐する」と宣言!】パキスタンは、インド軍のミサイル攻撃で「女性や子供を含め、31人が死亡、57人が負傷した」と被害を発表! 報復として、インド軍機5機と無人機1機を撃墜したと表明! 両国の人口・通常兵力には大差があるが、推定保有核弾頭数は拮抗! 高まる核戦争の危機!(『BBC』、2025年5月7日)(日刊IWJガイド、2025年5月9日)
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カシミールをめぐるインドとパキスタンの武力衝突を米トランプ政権が仲介して「完全かつ即時の停戦に合意」! ところが、数時間後には、パキスタンがインド領内を大規模ドローン攻撃! パキスタン軍部の暴走か!? ルビオ米国務長官が発表した「中立的な場所での、幅広い問題に関する協議の開始」をインド政府は否定!! パキスタンの後ろ盾はインドとも対立する中国、インド最大の武器供給国はロシア! 3つの大国も絡んだ核保有国同士の対立は予断を許さず!(日刊IWJガイド、2025年5月12日)
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ヒンドゥー至上主義を掲げるインドと、イスラム教を国教とするパキスタンは、カシミール地方の帰属をめぐって、対立している。
「パレスチナ問題とカシミール問題はともに大英帝国支配の負の遺産である」と訴える宮田氏は、「(ヒンドゥー至上主義のモディ政権によって自治権を剥奪された)カシミールは、ユダヤ人至上主義によって民族浄化の様々な措置を受ける『ガザ』のような状態になっている」と、両問題の類似性を指摘している。
問題が深刻なのは、インドもパキスタンも、核保有国であることだ。核保有国同士で核戦争が起きるとしたら、この印パ間が一番可能性が高いと言われてきた。
宮田氏は、両国の戦力について、「通常兵器では、インドの方がダントツに上なんですけど、核弾頭の保有数は、インドが272で、パキスタンが270と、核戦力については、ほぼ拮抗している」と述べ、「だから、余計まずいという感じがする」と、危険性を訴えた。
また、宮田氏は、インドとパキスタンの紛争の背景である宗教問題について、次のように解説した。
「パキスタンという国は、イギリスから独立した時に、(イギリスによって)つくられた、人工国家です。
(パキスタンには)いろんな民族がいるのですが、これを束ねるのは、『カシミールの大義』ということになっています。『カシミールの大義』こそ、パキスタン国民を一つにまとめ上げていると。
だから、パキスタンの方は、常に『カシミールの大義』を考えている」。
そう述べた宮田氏は、今回のテロが、2008年にインド南部のムンバイで起きたホテル爆破テロに次ぐ、大きな事件だと指摘した。
さらに宮田氏は、カシミールの歴史的な経緯について、次のように解説した。
「インドが独立するに際して、(ムスリムが多数を占める)カシミールの住民達の意向では、圧倒的多数が、パキスタンに属すことに賛成しました。
ところが、ジャンム・カシミール(カシミールのインド支配地域)の(ヒンドゥー教徒だった)藩王(マハラジャ)は、インドに属するようにしたいということで、住民の意思に反して、ここはインド領になってしまったということで、反発が、現在までも続いています」。
その上で宮田氏は、「インドのムスリムというのは、差別されていて、インドの最下層のカーストよりも、さらに低位に置かれているという、ひどい差別を受けている」と、明らかにした。
一方で宮田氏は、「イギリスが支配する前のムガール帝国は、イスラムの帝国でしたが、ムガール帝国時代は、慈悲とか寛容を強く訴えて、ヒンドゥーは支配階層にはなれなかったですけど、彼らを差別するようなことはなかった」と述べ、次のように続けた。
「宮廷の要人の中にも、ヒンドゥー教徒はいましたし、ヒンドゥー教徒にも社会的な上昇性があったんです。
それが、今のインド共和国になると、ムスリムは、ほとんど社会的な上昇性がなくなった。差別が、それほどひどい、ということですよね」。
そして宮田氏は、「カシミールは、ユダヤ人至上主義によって民族浄化の様々な措置を受ける『ガザ』のような状態になっている」という指摘について、以下のように解説した。
「モディ政権は、このジャンム・カシミールの自治権を奪ってしまったわけです。
インド中央政府が、ここ(ジャンム・カシミール)を直接支配する、ここの住民達の意向はどうでもいい、ということをやったわけです。
これは、2010年代の最後の方(2019年)でした」。
宮田氏は、英国が植民地のインドを、インドとパキスタンに分離して独立させたことについて、「ディバイドアンドルール(分割して統治する)という政治用語がありますが、その方がイギリスにとっては都合が良かったんでしょう」と指摘した上で、その弊害を、次のように語った。
「イギリスはそういう風に考えたわけですけども、北インドにもいっぱいヒンドゥー教徒がいましたし、もちろんインドの南の方にも、イスラム教徒がいっぱいいた。そこで、大規模な人口移動をやったわけです。
その際に、猛烈な宗教間の対立、暴力が起こって、大変大勢の人が亡くなったわけです。何100万人ともいわれていますけれども、ひどい虐殺が(どちらの側でも)行われました」。
インドとパキスタンは、これまでに3度、紛争を繰り返している(1947―1948年の第1次印パ戦争、1965年の第2次印パ戦争、1971年の第3次印パ戦争)。
宮田氏は、次のように、英国の責任について言及した。
「パレスチナと同じように、インドの紛争要因を、イギリスがもたらした。
パレスチナも、まさにその通りじゃないですか。イギリスのやったことって、イスラム教とユダヤ教に分けて、それが今に続く紛争要因になってるわけですよね。
だから、今の人類の最もよくない、ナショナリズムという思想の核に、宗教がなってしまった。これは、やっぱり一番よろしくないですよね」。
続いて宮田氏は、「ヒンドゥー至上主義」を掲げる、インドの現モディ政権とインド人民党(BJP)について、「インド人民党っていうのは、かの有名なインド独立運動を担ったガンジーを殺した勢力ですよね。それが今政権を握ってるわけです」と、指摘した。
宮田氏は、モディ首相について、「ヒンドゥー至上主義ですから、『ヒンドゥーでなければ人間ではない』という見方をする人なんでしょうね」と、イスラエルの極右との類似性についても言及した。
モディ政権は、2019年8月にジャンム・カシミール州の自治権を剥奪した際、190万人ものイスラム教徒住民を、不法移民とした。
宮田氏は、「国連決議では、ジャンム・カシミール州が、インドとパキスタンのどちらに帰属するか、住民投票をしなさい、ということになってる」と明らかにし、国連決議に従わず、住民投票を実施しないインドを非難した。
宮田氏によると、カシミールでは、自治を求めるイスラム教徒の政治家やジャーナリストの逮捕が相次ぎ、2019年8月に自治権が剥奪されてから、1年間に7000人以上が逮捕された。
さらに、自治権剥奪後には、商店や学校が閉鎖され、インターネットが遮断されるなど、パレスチナを思い起こさせる事態が進行している。
また、宮田氏によると、2022年現在、インドはイスラエル最大の武器売却先であり、イスラエルは、ロシア、米国に次ぐ、インドへの第3位の武器供給国である。イスラエルの全武器輸出の約42.1%が、インドに輸出されている。
今回のインドとパキスタンとの武力衝突では、イスラエルのネタニヤフ首相が、「イスラエルはテロとの戦いにおいてインドを支持する」と表明し、インドによるパキスタン空爆を、「テロに対する慎重かつ断固たる対応」だと支持した。
宮田氏は、「両者とも、極右・ウルトラナショナリストということで、共通性がある」と指摘した。
最後に宮田氏は、「人種や宗教が無視される形でインドとパキスタンに分離独立したことが、この2国に払拭しえぬほどの対立をもたらした」と述べ、「本来ならば、印パの対立も、パレスチナの対立も、イギリスが調停役を担ってしかるべきなんですけども、イギリスはまったく、そんな調停役を担うこともないし、自らの見解を述べることもほとんどない」と、厳しく批判した。