岩上安身によるエコノミスト田代秀敏氏インタビュー第3弾は、「多重危機に見舞われている日本経済」が前半のテーマとなった。冒頭、岩上が問題提起をした。
岩上「多重危機に見舞われる日本経済、どう考えても、一般の人々も生活防衛を本当に真剣に考えなきゃいけないときです。生活防衛で、個人でできることには限界がありますので、政治に働きかけることも必要です。そして、ウクライナ紛争とロシアへの制裁、そこに中国への敵視政策も加わってきます。
それらが日本経済、世界経済にどんな負の影響をもたらしたのか。負の影響しかないということは明らかです。
日本社会の人口減少と高齢化も、もう何十年も喫緊の課題と言われながら、これがベースになってしまっています。さらに1200兆円の、GDPの2倍超の財政赤字、金融緩和によるバブルはいつまで続くのか、このバブルがはじけると大変なダメージがあると思われます。それから、インフレのリスクも大変大きくなっています。
新しいところで、1-3月の四半期は、年率換算でGDP1.0%減、マイナス成長です。米国はじめ各国はインフレ対策で利上げしますが、金融緩和を続けるしかない日本は円安が止まりません。激安が止まらない状態です。
そこにウクライナ危機です。このままロシアへの制裁を続けて、エネルギー資源・原材料・食料などが軒並み高騰して、資源輸入国日本は窮地に陥ります。日本は何も資源がないんだということをベースに考えなきゃ、絶対にだめですよね。しかも島国ですので。海路を封じられたら、即、飢え死にという状態になります。
台湾有事をにらんで、自民党は防衛費をGDP2%にしようと言っています。こんな経済危機の時に、そんなことできるのかと。財源はどこにあるんでしょうか。増税しかないですよね。あるいは赤字国債の増発でしょうか。
コロナパンデミックは、日本では少しおさまってきているように見えますが、東アジアにおいて、オミクロン株BA・2の感染爆発がおきています。これまでは『ファクターX』があると言ってましたが、そんなものはないのではないかと。感染再拡大するのではないかという不安もあります。
そして、最大の貿易相手国である中国を敵視し、排除する新しい動きがでてきました。中国を敵視したら、日本企業は一体どこに輸出するんだと。
こうした事柄はぜんぶ関連してまとめて考えなきゃいけないわけですが、それぞれ、一つの事柄だけを取り上げて記事を書いている報道が多いんですね。それはちょっと無責任ではないかと」。
岩上はここで、GDP年率換算1%減に対して、松野官房長官が18日、「今後、感染対策に万全を期し、経済社会活動が正常化に向かう中で、各種政策の効果もあって景気は持ち直していくことが期待されます」と述べたことについて、田代氏に問うた。
岩上「松野さん、経済活動が正常化して景気は持ち直していくと言ってますが、この発言、コロナ禍しか視野に入っていないのではないでしょうか。多重危機ですから。経済活動が活発になれば、感染が拡大するかもしれないし、ウクライナ危機で原材料価格の上昇もありますが、総合緊急対策で大丈夫なのかと」
田代氏「官房長官のご発言は、感染対策に万全というように、パンデミックのことだけを議論しているんですよ。他の要因も問題なんですが、パンデミックに関しても、非常に楽観的です。
例えば、今、アメリカですごい勢いで感染が広がっていて、疾病対策センターも今年の秋に次の感染の波が来るかもしれないと警戒しています。
(しかし日本は)そんなことはまったく考えていない。経済活動を正常化に向かわせた台湾は大変なことになっていて、昨日の新規感染者数は9万人を超えました」。
田代氏は、パンデミックについても日本は楽観的すぎると指摘した。そして、もうひとつ、原材料価格について、その影響は今後徐々に現れてくると述べた。
田代氏「原材料価格の上昇は、実はまだ、直撃はしません。溜まってきつつあるけれども、今は為替レートが急速に円安に向かったので、輸入インフレの方が大きいんですが、現在の価格上昇は後から大体4、5カ月後に来るんです。
(松野官房長官は)『総合緊急対策』といいますが、まだ中身のないことで、言葉だけでは落ち着かないわけで、それを株価は見事に反映しています」。
岩上は、財政赤字が1000兆円を突破したことについて、「大丈夫、問題ない」という主張が後をたたない、として、日本政府は「資産1483兆円マイナス負債1411兆円で72兆円の資産超過であり、まだ財政的な余力がある」とする主張に妥当性はあるのでしょうか、安心していいのですか、と問うた。
田代氏「それは帳簿の上では、ということです。例えば北海道の夕張市は実際、財政破綻してしまいました。夕張市の『資産マイナス負債』はプラスだったと思いますか、マイナスだったと思いますか? プラスだったんです」
岩上「プラスだったんですか?」
田代氏「有形固定資産って、インフラです。夕張市が持っている道路、水道設備、下水道設備、など」
岩上「堤防とか」
田代氏「そういうものを全部、勘定に入れているわけですね。そういうものは、夕張市がお金が必要だからと言って、誰かが買い取ってくれるかというと、誰も買わないわけです」
岩上「持っていけないものですものね。売却しようと思ったって、できないですよね」
田代氏「もう一つ、中国の恒大不動産。今も恒大の『資産マイナス負債』はプラスなんですね。あれだけマンションつくって、まだ売れていないものはいっぱいあるわけです。つくりかけのものもあります。だから、帳簿の上では立派にプラスになるんです。
金銭ベースで換算して書かなければ、計算できないですよね。問題はその値付けです。例えば、夕張市のモニュメントがあります。それも値付けして計上しているんです。その金額で売れるかと言えば、絶対売れない」。
田代氏は「資産マイナス負債」がプラスだから大丈夫だと主張する論者は、複式簿記の考え方がわかっていないのではないか、表面の数字だけの問題しか見ていないのではないかと指摘した。
田代氏は、インドで生まれた簿記方式は西洋を経て日本に入り、福沢諭吉が日本式に翻訳した経過の中で単なる操作マニュアルにしてしまった、そのために広く普及したが、その思想はすっぽり抜けてしまったと指摘した。
岩上「防波堤なんかは売れないですよね。『使用価値』と『交換価値』という便利な考え方があります。インフラに関しては『使用価値』っていう見方ができますよね。売れないけれど、ダム、道路、鉄道、大変役に立ち、重要です。
でも可処分所得のように、そこから引き離してどこかに持っていけないというふうに考えたらよくわかるように思います」
田代氏「話を戻しますと、単純に換算して72兆円の正味資産があるから大丈夫だっていうのは、ちょっと危ういんじゃないか、と思いますね」。
「企業物価指数」も話題に上がった。『日本経済新聞』は、「4月の国内企業物価指数(速報値、2015年平均=100)は113.5と、前年同月比で10.0%上昇した」と報じた。
岩上「『企業物価指数』というのは、企業と企業の間で取引される商品の物価ですね。部品とか素材とか。それがこんなに上昇しています。でも、それでも消費者物価は上がっていない、と」
田代氏「価格転嫁できないんですね。企業がこれを価格転嫁すれば、消費者物価指数も同じように上昇します。日本は企業数が多すぎるのは、確かです。自動車産業もアメリカだと、ゼネラルモータース、フォード、クライスラー。クライスラーはイタリア企業に買収されています。そこにテスラがでてきたと。それくらいしかないわけですよ。
日本はトヨタ、ホンダ、日産、スズキ、、、だからコストが上がったからと言ってそれを販売価格に転嫁しにくいわけです」。
販売価格に転嫁できないとなると、企業物価指数の上昇は、どこで吸収されていくのだろうか。
田代氏「価格転嫁する前には、まず企業内で吸収しようとします。まず、賃金を切り下げる。でも賃金そのものを減らすと働く意欲を失うから、福利厚生をなくしていく。研究開発予算を削っていく。これは未来の利益なんですが。あとは下請け企業に転嫁する。
4月から値上げラッシュになったのは、もう耐えきれない。企業が販売価格に転嫁しなければ、企業が存続できないということになってきたから。これ、今はまだ序の口です。始まったばかりです。これは、下落に転じるっていう理由がないんですね」。
多重経済危機の中にあるのは、日本だけではない。米国も、大変なインフレと株価暴落のただ中にある。
田代氏「実はウクライナ危機よりも前から、去年のうちからインフレは始まっているわけです。アメリカ、FRBはそれを放置した。パウエル議長は、一過性のインフレだから大丈夫だと言っていましたが、それがもうできなくなって、急に利上げをしました。
意地悪な言い方ですが、経済政策の大失敗です。その結果として、アメリカでとんでもないインフレが起きていて、今、ガソリン価格は、50州すべてで歴史上最も高い水準に来ているんです。
アメリカ政治専門の友人が、アメリカ大統領の支持率を一番説明できる統計的手法は、ガソリン価格の上昇率だと言っています。
アメリカは、世界最大の産油国です。サウジよりも大きいのですが、『なぜそのアメリカでガソリン代が上がるんだ』というのは、庶民の怒りですよね」。田代氏は、完全に行き詰まっていたバイデン政権と民主党にとっては、ウクライナ危機はまさに「天佑」だったのではないかと指摘した。
19日のニューヨーク株式市場は、記録的なインフレを背景にした景気の先行きへの警戒感から、売り注文が拡大した。
ダウ平均株価は前日(18日)に比べ、236ドル94セント安い3万1253ドル13セントと今年の最安値を更新した。去年3月以来の安値です。18日には終値が1100ドルを超える下落となり、2日連続の値下がりになった。
- NYダウ ことし最安値更新 景気の先行き警戒感で売り注文広がる(NHK、2022年5月20日)
その中で特に注目を集めたのが、小売大手の「ターゲット社」である。「ターゲット社」は四半期利益が半減して売り込まれ、時価総額の約25%を消失した。
「ターゲット社」の第1・四半期(2-4月)決算は、純利益が前年同期比52%減の10億1000万ドルであった。燃料価格の高騰や輸送関連コスト増が重しになったと見られている。「ターゲット社」の株価は1987年10月の「ブラックマンデー」以来の大幅な下げを記録した。
- 米国株式市場=景気懸念で急反落、決算嫌気しターゲット急落(ロイター、2022年5月19日)
田代氏は、「ターゲット社」が注目を集めている理由について、以下のように説明した。
田代氏「これは非常に注目すべきです。小売業は、ディフェンシブ銘柄で、景気変動に対して影響を受けにくいと言われています。どんなに景気が悪くても、スーパーに買い物に行って、食品を買わないといけないですから。手堅い商売ですね。それが下がるんですか、となるんですね。
普通の人が、最低限の生活必需品とか、食べ物を買えない状態です」。
田代氏は、「ターゲット社」は特売が売りだと指摘した。「安さ爆発」のお店なのに、あまり安くないと、高いガソリン代を使ってきたお客さんが「何だ安くないな」となって減ってしまう。それで株価がこんなに落ちてしまったというのは、今のアメリカ経済の厳しい局面を表しているのではないかと述べた。
田代氏は、アメリカの超優良企業を集めたダウ平均株価がこれだけ下がったのは「驚愕の事態」だと述べた。株価の下落は、半年後に実体経済に現れるとして、半年後の中間選挙では、民主党が歴史的な大敗北を喫するだろうと指摘した。
インタビューの冒頭部をご紹介した。この後、5月23日のバイデン大統領訪日と、インド太平洋経済枠組み(IPEF)の狙いと有効性、24日に東京で開催されるクアッド首脳会談でのインドの位置付け、ロシア、中国、インドという3大パワーがどう動くのか、を多角的に議論している。
ウクライナ紛争の直近の動きから、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請とトルコの反発などについて、日本のマスメディアを含む欧米メディアがくわしく報じない実態をご報告した。
さらに、「ウクライナ紛争後の世界秩序」の行方について、日本のマスメディアが作り出しているロシアとウクライナのイメージの歪み、日本がとるべきロシアとの関係、インドが果たしているトリッキーな役割などについて議論が行われた。
最後に「ロシアに対する制裁が、逆に、米ドルの弱体を招く可能性」、SWIFTの役割、デジタル人民幣、いったんは急落したものの、いつの間にか回復したルーブルの謎についてお話をうかがった。
田代氏は、最後に、金融帝国の米国が、もてる金融パワーを駆使して、制裁を繰り広げていることについて古代ギリシャのアテネを引いて以下のように語った。
田代氏「アテネは自らの金融帝国の力を武器化して、全ギリシャ世界における覇権を確立するわけです。それでアテネ帝国ができるんですが、それがなぜ、スパルタごときに敗北したのかと。
それを見れば、今、アメリカはアテネが辿った道をズカズカと、何の教訓も得ずに進んでいるかのように見えます」。
第4回は、5月30日月曜日午後6時半からの予定です。田代氏に、現在の米国の姿と、古代ギリシャの金融帝国アテネの興亡について詳しくうかがう予定です。ぜひ、御覧ください。
1回目と2回目のインタビューは、こちらから御覧ください。