第49回衆議院議員総選挙(2021年10月31日)を約3週間後に控えた10月8日、月刊『文藝春秋』11月号が発売されると霞が関に衝撃が走った。
財務省の現役事務次官である矢野康治氏による、国の財政政策に異を唱える論文(以下、矢野論文)が掲載されていたのだ。タイトルは「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」である。
- 財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」矢野康治(文藝春秋digital、2021年10月8日)
矢野論文は、『最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います』という書き出しから始まり、日本の国家財政を霧の中で氷山に衝突寸前のタイタニック号にたとえて、政府の財政出動策を批判。自らを「心あるモノ言う犬」として、「一部の楽観論をお諫めしなくてはならない」と訴えている。
この、財務官僚からの「意見具申」に対して、自民党の高市早苗政調会長は、国会議員は全国を歩いて国民の声を聞いているとし、「主権者の代表である国会議員に対して失礼だ」と不快感を示した。
- 高市氏、財務次官は「失礼」「デフォルト起こらない」(日本経済新聞、2021年10月11日)
一方、鈴木俊一財務大臣は、「政府の基本方針に反するものではない」として、矢野事務次官を擁護する姿勢を見せている。
「公正な税制を求める市民連絡会」代表の宇都宮健児弁護士は、2021年10月28日、東京都内で行われた岩上安身のインタビューで矢野論文への所感を尋ねられると、「言うべきことを言わねば卑怯だと思うのなら、森友学園問題で公文書を改竄した時、なぜ、はっきり反対しなかったのか」と口調を強め、さらに、このように指摘した。
「1989年に消費税が3%導入されて、1997年に5%、それから2014年に8%、2019年は10%に。その度に法人税と所得税を下げてきている。法人税は一番高い時は43.5%、それが今は23.2%ですね。所得税の累進課税が一番高い時は最高税率は75%、(今は)45%。
結局、消費税で税収は上がってるんだけど、法人税とか所得税の減収分を穴埋めしているに過ぎない。全然、国家財政の改善にはつながってないので、それだけ大和魂があるなら、何であの時、抵抗しなかったのか」
財務省の役人が法人税や所得税を下げることに抵抗したという話は聞いたことがなく、宇都宮弁護士は、矢野氏の印象を「ちょっと食わせ者だな」と評した。
岩上安身も、この「大和魂」という言葉に違和感を表明し、「『やむにやまれぬ大和魂』というように、大和魂という言葉は、切羽詰まった事態に至るまで、それまで何の努力もしなかった奴が、最後の居直りで言う、あるいは言わせられる、腹を切らされる、そういうために使う言葉。大和魂という言葉を使っていること自体、信用できない」と語った。