元外務官僚の孫崎享氏は、2015年8月6日(木)に永田町で開かれた「『戦争法案』を葬ろう 8.6院内集会 ヒロシマ・安保法制・近隣諸国との関係」で講演し、勝ち目のない戦争に突き進んでいった過去の日本と現代を重ね、危機感を示した。
米国陸軍の戦略研究所は、米国に戦争をしかけた日本について、次のように批判した。
「日本が1941年に下した米国攻撃の決断はまったく合理性に欠け、ほとんど自殺行為であったと考えられる。米国は日本の10倍の工業生産力を持っていた。もちろん日本が米国本土を攻撃することができるものではない。そんな国と戦って日本は勝算があると考えたのだろうか。太平洋方面でわが国と戦えば、負けることはわかりきったことだ。日本がわが国と戦うと決めた歴史的事実を、いったいどう説明したらよいだろうか」
「しかし考えてみてください」と孫崎氏はいう。
「後世の人が私たちの世代を見て、何で原発再稼働をしたんだ、何で集団的自衛権をやったんだ、何でTPPに参加しようとしたのか、答えられないと思います。わかりきった、当然おかしいことを我々はしようとしている」
では、なぜ今、集団的自衛権の行使なのか。なぜ今、原発を再稼働し、TPPを推進するのか。孫崎氏は「『法的安定性よりも安全保障の方が大事だ』みたいなことを言っていますけど、その安全保障を自分の頭で考えてない。日本の国益のために考えてない。米国に奉仕することだけ考えている」と分析。「日本は今、大変な曲がり角にきている」と訴えた。
孫崎享氏講演全文
孫崎でございます。よろしくお願いいたします。
日本は今、大変な曲がり角にきております。原発は、地震があってとても稼働できないということがわかっていながら、再稼働しようとしている。そして、この集団的自衛権は日本の安全保障とまったく関係なく、米国の戦略のために自衛隊を差し出そうとしている。
少し風向きが変わりましたけれども、TPPは、ISD条項ということで、日本の国家の主権をなくそうとしている。秘密保護法があった。ほとんど多くの問題で、国民が反対しているにもかかわらず、安倍政権の支持が続いていた。
いったい、何でこんなことが起こっているのかというのを非常に不思議に思っていたわけですけれども、とうとう、流れが変わってきた。不支持が世論調査でも支持を上回った。読売新聞の世論調査でもそうなった(笑)。それはよほどひどいことになっているに違いない。
で、この集団的自衛権の関連法案は、私はどうなるかはよくわかりません。国会の先生方が頑張られて廃案にまで追い込まれるのか、あるいは力でもって押し切るのか。それはわかりませんけれども、国民の力が、私は多分、集団的自衛権を実施できないようにすると思います。
安倍政権のように高い支持率を得ていたところも、この法案でもって潰れるような事態になれば、たとえ法案の枠組みができても、次の政権は実施ができない。これが一番重要なところじゃないんでしょうか。
先生方には頑張っていただくとして、そこでどれくらいの希望を持てるかはわかりませんが、しかし、我々には我々としてやることがある。それぞれの人間が頑張るんだ、と。こう思います。
今日は特別な日です。広島への原爆の投下の日です。
だけど、同時に今日は何の日か、もう1つおわかりになってますでしょうか? 甲子園で野球が始まりました。(この)2つ、何の関係もないだろうと皆さん思っていると思います。
今日の甲子園の選手の宣誓。これを何が言われたか知っている方、手を挙げてください。あんまりまだご存じないんですよね。あんまりご存じない。多分明日の新聞でも、そんなに出てないかもしれない。
だけど、言ったのは、鳥羽の梅谷主将の宣誓。
「第1回大会から100年、高校野球は日本の歴史とともに歩んできた。この100年、日本は激動と困難を越え、こんにちの平和を成し遂げました。次の100年を担う者として、8月6日の意義を強く胸に刻み、甲子園で躍動することを誓います」
私たちはともすると、若い世代は政治的に関心がないんではないか、という不安を持っていますけれども、しかし、しっかり頑張ろうと思っている人たちがたくさんいる。ということですから、これから我々世代は、どうして若い世代と連携していくか、それをもっともっと真剣に考えていく時期にきていると思います。
原爆投下の話が出ました。そして、その悲惨さが言われています。ただし私はそれと同時に、なぜこの戦争に行ったのか、ということをもう少し考えてみるべきじゃないかと思っております。
先の戦争で、310万の人が亡くなりました。何でこんな戦争に行ったのか。
アチソン(ディーン・アチソン。トルーマン大統領の下で国務長官を務めた)は1941年に、「わが国を攻撃すれば、日本にとって破壊的な結果になることは、少し頭を使えばどんな日本人にでもわかることだ」ということを言いました。
そして、米国陸軍の戦略研究所、ラブレースが…
『日本が1941年に下した米国攻撃の決断はまったく合理性に欠け、ほとんど自殺行為であったと考えられる。米国は日本の10倍の工業生産力を持っていた。もちろん日本が米国本土を攻撃することができるものではない。そんな国と戦って日本は勝算があると考えたのだろうか。太平洋方面でわが国と戦えば、負けることはわかりきったことだ。日本がわが国と戦うと決めた歴史的事実を、いったいどう説明したらよいだろうか』
しかし、考えてみてください。後世の人が私たちの世代を見て、何で原発再稼働をしたんだ、何で集団的自衛権をやったんだ、何でTPPに参加しようとしたのか、答えられないと思います。
わかりきった、当然おかしいことを我々はしようとしている。
で、私は『日米開戦の正体』(祥伝社)というところで、少し、開戦に至る経緯を勉強したんですけれど、結論。指導者が嘘や詭弁の説明をする。この嘘や詭弁を、本来は国民が望まない方向に持っていく。マスコミが調べれば、嘘や詭弁であることが明確にわかるにもかかわらず、それを拡散する。そして、多くの国民はこの嘘や詭弁を信じ、信じたふりをする…これが今の日本に長く伝わってきたんじゃないかと思います。
だけど、先ほど冒頭に申しましたように、安倍政権に対する批判が今、出てきた。ここが一番の、重要な戦う場所だと思います。集団的自衛権について言えば、憲法学者の95%が違憲だと言う。そして重要なポイントのいくつかは、元内閣法制局長官が違憲だと言い始めている。
そのうちの一人、宮崎礼壹(れいいち)さんは、『集団的自衛権というから自衛権と思うけれども、違う。自衛権と名前は付いているけれども、自己防衛の権利である個別的自衛権とは、定義からしても、実態からしても異質である』。
集団的自衛権は日本防衛とは関係がない。米国の戦略のために自衛隊を出す。これが集団的自衛権の根本だと思いますし、そのように元内閣法制局長官が言われている。そのように憲法学者が言っている。ということだと思います。
したがって、集団的自衛権を合理的に説明はできない。合理的に説明ができない中で、いくつか同じような詭弁を使っている。
代表的なのは、『海外における日本の国民を避難させる米国を攻撃されるのを防御できない』。辻元先生が、これについてはかなり厳しく追及されておいでになりました。それから、日本にとって重要な石油ルートに機雷が敷設されたときに、除去しなければならない。中国の脅威に対処しなければならない。
一番滑稽なのは、海外における日本の国民を避難させる米国が攻撃されるのを防御できない。
1949年のジュネーブ条約では、中立国の国民の安全な移動に関しての規定がある。戦争当事国だって、中立国の人たちを攻撃することは『戦争犯罪』としている。そして、米国国務省領事部は避難に対するサイトの中で、「ヘリコプターや米軍運搬手段や軍事エスコートがついた米国雇用輸送手段は、現実というより“ハリウッドの脚本”である」と言っている。
“ハリウッドの脚本”で日本国民を騙そうとしている。本当にひどい状況になっていると思います。
皆さんの中で、ジョージ・オーウェルの『1984年』を読まれた方がおいでになると思います。その中に『戦争は平和』というスローガンがあります。今、安倍首相、そしてそのグループが言おうとしているのは、まさにジョージ・オーウェルが描いたその世界じゃないですか。
『積極的平和外交』。これを戦後の談話に出してくるかもしれません。『積極的平和外交』という言葉は、戦争に日本が行くということです。
これは実は、米国の戦略の中に、私はこの非常に大きな流れの1つのターニングポイントは、2005年『日米同盟未来のための変革と再編』という文書の中にあると思っているんですけど、ここで国際安全保障環境の改善のため自衛隊は協力する、ということを日米合意にした。
だから、ここからもう自衛隊を海外に使うということを決めている。平和のためと言いながら、軍隊を使う。そして、考えてみて、もしも、このような軍事を使うことがプラスになると、世界のプラスになるということであれば、あるいは考えなきゃいけないかもしれない。
しかし、イラク戦争、アフガニスタン戦争、どうなったのか。
アフガニスタン戦争では何十万、イラク戦争でも何十万という人々が死んでいる。一般の市民が亡くなっている。それは、広島、長崎、東京空爆と同じような事態が、今の世界の中に起こっている。戦争に参加しない一般の人たちを殺している。それも何十万という単位で殺している。それに日本が入っていこうとしている。
安倍総理は、軍隊を出しても自衛隊が攻撃される可能性がないようなことを言っている。後方支援は、あたかも安全なようなことを言っている。だけど、今日の戦争では、アフガニスタン戦争をみれば、一番危ないのは後方なんですね。道路脇とかそういう所に爆弾を仕掛けている。
ざっと即席爆発装置で亡くなった人を見てみますと、2008年には全体の死者の57.79%。2009年には60.98%、2010年には58.41%。2010年には368名が亡くなっている。自衛隊が行けば、確実に死者が出る。そしてその死者は、何の、日本の安全とも関係のない所に行く。
この中でもう1つ言っているのは石油ルート。私たちは日本の経済が大事だと思う。だからエネルギーが欲しいと思う。だから石油のルートに対して機雷が敷設されれば、これを除去しなければいけないと思う。だけどそれは平時ではない。戦争のときに機雷があれ、なかれ、タンカーを出して石油を取りに行くということはあり得ない。
私は、イラン・イラク戦争のときにイラクにいましたけれども、日本の外務省の人がターリク・アズィーズ(イラクの元副首相。イラン・イラク戦争勃発後の1983年から外相)に『イランの石油ルートに対してイラクが爆撃する。そんなことはやめてください』と言ったときに、『私たちは戦争している。彼らは石油を輸出して爆弾を買う。武器を買う。そんなものを黙認できるか』。
戦争が始まったときに『私たちは平和な国である。だから石油は無事通過させてください』なんていうのは通らない。
それよりも、より重要なことは、私は今、安倍政権が言ってきていることは、これからも言っていくのは中国の脅威、ここに集中してくると思います。
多くの日本の人たちは、やはりなんとなく不安を持っている。確かに中国は力をつけてきた。そして、今やGDPの購買力平価ベースでは、米国を抜いてしまっている。当然、軍事力は使う。軍事力をたくさんしてくる。だから不安だ、それはその通り。しかし、軍事力を強めるということと、日本を攻撃するということとは、必ずしも同じではない。
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尖閣諸島。尖閣諸島の問題については田中角栄と周恩来、鄧小平と園田外務大臣の間で、この問題は棚上げにしておこう、という約束があった。日本が管轄していていい。それでゴタゴタしないようにしよう。どうしてそれがおかしいんですか。
しかし今、ほとんどこの合意があったということは言えない。外務省の栗山元外務次官、そしてその当時、日中国交回復のときの条約課長、この人が尖閣諸島の棚上げは暗黙の了解はあったんだ、ということを言っている。
たまたま今、近藤先生(民主・近藤昭一議員)はいなくなっていますけれども、近藤先生は栗山さんのところに会いに行った。そして聞いた。その通りだ。残念ながら今の外務省は、それもちゃんとやらない外務省になってしまった。1990年ぐらいの外務次官が言っていることすら、覆すような日本になってしまっている。
何のためなのか。
尖閣諸島の問題が非常にこじれた1つは、石原知事が出かけていって『尖閣を東京都で買う』ということを言った。ここが大きな節目だった。石原知事が行ったのはヘリテージ財団というところです。
私はよく『陰謀論者』と言われます。米国はいろいろ画策してる、だから気をつけなきゃいけない、ということを言う。そうすると『孫崎は何でもないことを作り上げて陰謀をこじつけている』と言われます。
しかし、石原知事が講演をしたその場所はヘリテージ財団。2012年11月14日、ここのアジア部長に相当するクリングナーという人がいます。この人が大変重要なことを述べています。レポートを出しています。
『米国は日本の政治的変化を利用し、同盟を深化させるべきである』『自民党が勝利して、安倍氏が次の首相になる。安倍氏が保守的な考え方を持っている。それと、日本の民衆の中にある中国の懸念を利用すれば、我々は、日本に対してやらしたいことをできるようになる。それを使ってやろう』
じゃあ、米国は何をしたいのか。
東京はより大きい国際的役務を受け入れるべきだということを明確にする。同盟国の安全保障上の必要に見合うよう防衛費の支出の増大を促す。オスプレイですよ。日本にオスプレイを買わせて、それを米国が使う。集団的自衛権により、柔軟な解釈をするように勧告する。沖縄に普天間代替施設の建設で、明確な前進をさせる。
中国の脅威を煽ることによって、集団的自衛権を行う防衛費の増大をさせる。辺野古移転を推進する。ここに目をつけなきゃいけないと思います。
私は残念なのは、今、盛んに『法的安定性よりも安全保障の方が大事だ』みたいなことを言っていますけど、その安全保障を自分の頭で考えていない。日本の国益のために考えていない。米国に奉仕することだけを考えている。
北朝鮮のミサイルを考えてみてください。今、集団的自衛権でやろうと思うシナリオの1つは、米国に発射しようとするミサイルを守るということです。万以上のところの空中を飛びますから、米国に行こうとするミサイルを空中で撃つことはできません。
結局どうするか。撃つ前に攻撃に行くんです。撃つ前に攻撃に行ったらどうなるか。米国の方には行かない。それはそれでいい。日本はどうなるんですか。米国の方に行くやつは止めた。北朝鮮は『何だ』と怒って、200発、300発あるノドンでもって攻撃する。日本の安全を悪くする。何でこんな馬鹿馬鹿しいことを考える。
集団的自衛権は、安倍さんだけで議論された問題ではありませんでした。福田元総理のときにも、この問題は議論されていました。直接、会って話をしたわけではありませんけれども、福田元首相は、この北朝鮮のミサイルの話はやめてくれ、後方支援はやめてくれ、ということを言って、それは飲めない、という形で終わったんです。
だから、北朝鮮のミサイルへの攻撃、そして後方支援、これはマストだったんです。それが今、安倍政権になってもう一度、復活してきている。このような状況だと思います。
そして、考えてみていただければ、多くの国民は、尖閣諸島で紛争になったら米国は助けてくれる、と思っている。助けてくれませんよ。
安保条約第5条。集団的自衛権は、基本的に日本の安全保障とは関係がない。日本の施政下にある土地に攻撃したときに、どのように対処するかっていうのは、安保条約の問題だ。
とりあえず、この安保条約でどう対応するかということを考えてみましょう。
安保条約第5条は、攻撃があったときには自分への攻撃と見なして、憲法の枠内で行動を取る。米国が言っていることは、米国憲法は、交戦権は議会にありますから、『議会がオッケーと言ったら戦ってあげますよ』と言っている。
領有権問題については、米国の対応は、日中どちら側にも付かないと言ってる。日中どちら側にも付かないという法的なところに、自分の国の兵士を出すということはない。
そして今、集団的自衛権が議論されている。これと同じ時期に日米防衛協力のガイドラインが出た。このガイドラインで島々の防衛のところがどのように書いてあるか見ればいい。
島嶼防衛は自衛隊が主体的に行う。米国は補完的役割をする。ずーっと、1971年からずっと言ってきているそのセリフ通りですよ。集団的自衛権ができるということで、米国が尖閣諸島や日本の防衛に対して新たにコミットしたことは何もない。
で、そういうような中で、どのように私たちは東アジアの安定を作っていくか、ということを考える大変重要な時期にきていると思います。
どの国にもタカ派とハト派がいる。平和を作ろうという人もいる。そして、武力を使いたいという人たちもいる。それは中国も同じ。
ピアソン(レスター・ボールズ・ピアソン。カナダの第14代首相)という、カナダの首相がになった人がいます。外務大臣のときに、スエズの問題で貢献して、ノーベル平和賞をもらいました。この人がノーベル平和賞をもらったときに次のようなことを言ったんです。
第二次世界大戦のとき、ロンドンに空襲があるときに、彼はロンドンのホテルにいた。自分のホテルのすぐ近くまで爆撃がきた。非常に怖くなってベッドの中に潜り込んだ。そして、ラジオをかけた。綺麗なクラシックが流れてきた。それで、自分の気持ちがおさまった。不安な状況がなくなった。
そして、そのあと、ドイツ語で解説が入った。自分を今脅かす、これもドイツ人。自分の心を和ましてくれたのもドイツ人。だから、私たちは平和を築く人たちと連携していかなければならない。
…これがノーベル平和賞のときのメッセージだったと思います。中国に対しても軍国的な軍事的な人たちがいることを、私は、否定はしません。しかし、やらなきゃならないのは、それを越えて協力することだろう。
ドイツとフランスは第一次世界大戦、第二次世界大戦を戦いました。今、誰もドイツとフランスが戦うと思う人は、一人もいない。第一次、第二次を戦ったドイツとフランスが、なぜ戦争をしないか。
それは、もう二度と戦争をしたくない。戦争をしないシステムを作るんだ。憎しみ合うより、将来の協力でもって、国民に利益があるというように持っていく、そのための努力をドイツの政治家が行い、石炭鉄鋼欧州共同体を作り、それが今日のEUになってきた。政治家の中に透察力と実行力があった。何のための透察力と実行力か。平和を作ることと、戦争をしないこと。これで2つの国のリーダーがいった。
私たちは、この東アジア、中国、韓国、台湾、これらを含めて平和を作れば世界最強の経済圏になる。最強になるものがわかっていながら、なぜ意識的に紛争をするのか。答えは田中角栄が出している。周恩来が出している。園田さんが出している。
棚上げしておけばいいじゃないですか。
考えてみてください。自分と隣の人が土地の争いをしていて、隣の人が『これは俺のものだと思う。だけどあんたに預けます』。それを、何でおかしいと言うのか。
ということで、これから頑張っていく時期だと思います。政治家には頑張ってほしいですし、ぜひ廃案にこぎ着けてほしいと思います。しかし、その人たちの力にも限界があるかもしれない。そのときには我々国民が頑張っていくだけだと思います。
どうもありがとうございました」