「私たちは必死で憲法を守って来た。ところが、安倍首相は自分の野望を果たすために、国民を犠牲にするという。そんなことを、許せますか!」――。元総理大臣の村山富市氏は、戦争を二度と繰り返さないという思いは、戦後70年間の国民の共通認識だとし、安保法制を押し進める安倍政権に対して、「これでは、日本は道を誤る。死んでも死に切れない」と強い口調で批判した。
終戦時に二等兵だったという村山氏は、上官には絶対服従で、自由も人権もなかった戦時中を振り返り、「人間を狂わせるのが戦争。国民総がかりで止めなければならない」と力説。安倍首相について、「権力を握れば何でもできると思っている。冗談じゃない。今の憲法は主権在民。国民を無視する総理大臣は、絶対に許してはならない」と断じて、2016年の参議院選挙で有権者が強い意思を示して、安保法案を潰すべきだと訴えた。
立憲フォーラムと戦争をさせない1000人委員会の共催による、「『戦争法案』を葬ろう連続集会『70年談話前「村山談話」と米歴史学者の意見を聴く』」が2015年7月23日、東京都千代田区の憲政記念館にて行なわれ、村山富市氏、上智大学教授の中野晃一氏、アメリカの歴史学者のジョルダン・サンド氏が講演を行なった。
「歴史修正主義も、安保法制で憲法を踏みにじる動きも共通している」という中野氏は、2014年8月、朝日新聞が慰安婦関連の報道をめぐって謝罪した頃から安倍首相は攻勢に転じ、2014年10月には歴史修正主義が政府の政策になったと語る。
さらに、「安倍首相らは、TPP参加、集団的自衛権行使、辺野古基地の提供、AIIB不参加などの『貢ぎ物』をアメリカに献上することで、自分たちの歴史修正主義を、お目こぼししてもらうつもりなのだ」と指摘し、「立憲主義と民主主義を平気で踏みにじる日本に(集団的自衛権で)支えられて、アメリカは、それでかまわないのか、と問い質したい」と述べた。
サンド氏は、「この20年で台頭したナショナリズムの基本的性質は、感情的なことだ。原因は、自分と国の関係にうまく折り合いがつけられないことにある。国家の戦争責任が問われている時、あたかも自分自身が攻撃されたように反応する人たちがいる」と話した。
また、「日本の政治指導者と教育者たちは、思想の左右を問わず、個人と国家の関係を明らかにしてこなかった」と述べ、その要因は、「いつまで謝り続けるのか、戦後生まれの人間も謝らなければいけないのか」という、日本の「謝罪疲れ」に見出せるとし、次のように明言した。
「戦後生まれの個人が謝る必要はない。謝罪は、日本の国家代表の責任だ。個人の責任とは、過去の歴史を理解し、再び同じ過ちが起こらないように、しっかりと平和的な民主主義体制を守ることだ」
- 村山富市氏(元首相)、ジョルダン・サンド氏(歴史学者)
アジア近隣諸国との和解と共存、協力の道を
立憲フォーラム副代表の水岡俊一参議院議員が司会に立ち、「戦後70年の安倍談話が注目されるが、今、必要なのは、近隣諸国を仮想敵国に見立てて危機を煽る戦争法案ではなく、アジア近隣諸国との和解と共存、協力の道を歩むべき。そのためには、歴史認識にしっかりと向き合わなければならない」と挨拶した。
次に、立憲フォーラム代表の近藤昭一衆議院議員が登壇。「政府・与党は、憲法違反の法律を数を頼りに強行採決してしまった。参議院で廃案にしなければならない。この戦争法案を葬るということは、間違った戦争を生んだ大日本帝国の亡霊を葬り去って、未来に向かい、平和なアジアを作るために進むことを意味する」と話した。
立憲フォーラム事務局長の江崎孝参議院議員は、「昨日、ある自民党議員は『どうせ(国民は)忘れるから。反対は長く続かない』と話していたが、どうでしょうか? これからが勝負どころです」と前置きし、参議院で安保法案を審議する特別委員会は、45名(自民20、民主11、公明4、維新2、共産2、次世代、元気、社民、生活、改革、無所属各1)の委員を決定し、来週から動き出す予定だと語った。
2014年8月「朝日新聞の謝罪」から攻勢に転じた安倍首相
講演に移り、上智大学教授の中野晃一氏が登壇した。「政府は、国民は熱しやすく冷めやすい、と見くびっているが、私は決してそうは思わない」と口火を切った中野氏は、安全保障関連法案に反対する学者の会、安保法案に抗議する学生たちのSEALDs(シールズ)、ママの会、中年の会など、さまざまな方面での反対運動の盛り上がりに言及して、本題に移った。
2014年8月、朝日新聞が、慰安婦問題をめぐって吉田証言に基づく報道を撤回して謝罪した頃から、安倍首相は攻勢に転じた、と中野氏は言う。
「2014年10月頃には、歴史修正主義が政府の政策になった。そういう動きの中で、元朝日新聞記者の植村隆氏は、吉田証言に関係した記事を1本も書いていないにもかかわらずバッシングされ、家族まで誹謗中傷を受けた。私自身も、アメリカの有力紙のインタビューで話した内容が原因で、外務省から『あいつは信用できない』と名指しで誹謗された」
中野氏は、「安倍首相らは、TPP参加、集団的自衛権行使、辺野古基地の提供、AIIB不参加などの『貢ぎ物』をアメリカに献上することで、自分たちの歴史修正主義を、お目こぼししてもらうつもりなのだ」と指摘する。
また、そのような状況を憂慮して、2014年10月、日本の歴史学研究会が、「政府首脳と一部マスメディアによる日本軍慰安婦問題についての不当な見解を批判する」という声明を出したことに触れ、「つまり、政府が予算をつけて、海外で歴史修正主義のキャンペーンを始め、日本国内では一部の右翼メディアが、その片棒を担いで植村氏を攻撃していた。その時、動いてくれたのがアメリカの歴史学者たちだった」と振り返った。
日本の歴史学研究会の声明に対し、米歴史学会は、公開書簡という形でバックアップ。それをさらに受けた形で、2015年5月5日、ジョルダン・サンド教授ら歴史研究者187名が声明を発表した。中野氏は、「日本の学者らは、それにとても勇気づけられた」と述べ、2015年5月25日、日本国内の歴史研究者で作る学会16団体が「『慰安婦』問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」を発表したことを報告。「これは、知性・真実と妄想との闘いだから、学者たちは国境を越えて連帯できた」とし、次のように力を込めた。
「このように国際的な連帯で、歴史修正主義に立ち向かう。だから、アメリカに対しては、立憲主義と民主主義を平気で踏みにじる日本に(集団的自衛権で)支えられて、アメリカは、それでかまわないのか、と問い質したい。これは、暴走する国家権力を、市民社会がどうはねのけていくかの問題であり、歴史修正主義も、安保法制で憲法を踏みにじる動きも共通している」
国内外での慰安婦問題の解釈のギャップ
続いて、ジョージタウン大学教授で、日本近代都市史を研究するジョルダン・サンド氏が流暢な日本語でスピーチを行った。まず、中野氏も紹介した、2015年5月に欧米の研究者187名が連名で出した声明文について話した。
「私たちは、2014年10月に、中野教授ら歴史学研究会が出した声明に触発された。私たちが、ある国の政治問題に介入するのはとても異例なこと。なるべく建設的で、上からの目線を避け、いかに常識を取り戻すよううながすか、という点に集中した。特に、慰安婦問題における国内外のギャップには懸念があった」
サンド氏は、論点は、1. なぜ、歴史認識のギャップが生じたか、2. 正しい歴史認識とは何か、3. どのように歴史認識の溝を埋めるのか、の3点だとし、このように説明した。
「慰安婦問題に関しては、国内外で認識の大きなギャップが生じている。まず、日本の中に『韓国の活動家が慰安婦問題を過大視し、その誤った見解を世界が受け入れている』という見方がある。しかし、世界中の日本を愛する研究者は、この考え方を危惧している」
その上で、非常識な反論でジャーナリズムを叩く今の政権を相手にせず、広範な資料研究と証言収集で立ち向かう行動をとるべきだ、と進言した。
「謝罪」は国家代表の責任、戦後生まれの個人が謝る必要はない