福島原発事故後の「健康に対する権利」実現に向けて~国連特別報告者アナンド・グローバー氏招聘・院内勉強会 2014.3.20

記事公開日:2014.3.20取材地: テキスト動画
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(IWJ・古田晃司)

 福島原発事故後の人々の「健康に対する権利(到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利)」をめぐり、来日した国連人権理事会の特別報告者であるアナンド・グローバー氏を招いて、3月20日、参議院議員会館で院内勉強会が開かれた。

 グローバー氏は、福島原発事故後の日本政府による対策が、住民の健康に対する権利にかなうものであるかを確認、検討する目的で2012年11月に来日し、住民らへの聴きとり調査を実施。翌年5月に調査結果をとりまとめ、日本政府への勧告(※注1)として、報告書を国連人権委員会に提出した。

 この勧告には、「公衆の被曝限度を年間1ミリシーベルト以下に低減すること」「『子ども被災者支援法』の基本計画策定に際し、住民の参加を確保すること」「子どもの健康調査は甲状腺検査に限らず、血液・尿検査など、すべての健康影響に関する調査を行うこと」などの内容が盛り込まれている。

 これに対し日本政府は、報告書に事実誤認があるとして修正提案(※注2)を提出、報告書自体も「特別報告者の報告書は、あくまでも独立資格に基づく同特別報告者の個人的見解を示したもの」だという見解(※注3)を示している。

 勉強会には、先日、新党「ひとりひとり」を立ち上げたばかりの山本太郎参議院議員や、阿部知子衆議院議員、川田龍平参議院議員、福島みずほ参議院議員など、「原発事故子ども・被災者支援法」の成立に携わってきた議員らが出席。また、外務省、復興庁、環境省、原子力規制委員会関係省庁の担当者も発言し、参加者らと意見交換を行った。

■ハイライト

  • 第一部 講演/関係省庁からの発言/参加国会議員の挨拶
    ・「グローバー勧告とは ~事実調査を経て出した勧告の内容と意義~(仮)」
     アナンド・グローバー氏(国連人権理事会特別報告者、弁護士)
    ・「子ども被災者支援法における支援対象地域の考え方」
     佐藤紀明参事官(復興庁)
    ・「原発事故に伴う住民の被爆と健康調査に関する政策とグローバー勧告が受け入れられない理由」
     桐生康生参事官(環境省)
    ・「福島原発事故に伴う放射線モニタリングと住民の放射線防護措置」
     室石泰弘監視情報課長(原子力規制委員会)
    ・「グローバー勧告のフォローアップへの取り組みについて」
     山中修人権人道課長、伊藤京子外務事務官(外務省)
  • 第二部 ディスカッション
    伊藤和子氏(弁護士、ヒューマンライツ・ナウ事務局長)、岩田渉氏(市民科学者国際会議(CSRP))、河崎健一郎氏(弁護士、福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN))、満田夏花氏(FoE Japan 理事)、ほか
  • 主催 ヒューマンライツ・ナウ、市民科学者国際会議(CSRP)、ピースボート、国際協力NGOセンター(JANIC)、子ども・被災者支援議員連盟、原発事故子ども・被災者支援法市民会議(市民会議)、CNRS-LIA フランス国立科学研究センター「人間防護と災害への対応」研究所

市民が政策決定プロセスに参加することが重要

 冒頭の基調講演で、グローバー氏は、「健康に対する権利は、経済的、社会的、および文化的権利に関する国際規約(国連「社会権規約」)の、特に第12条に基づくもの」であることを明確にし、この権利を行使するために重要なテーマについてスピーチした。

 最も重要なテーマは、「参加の権利」だとグローバー氏は主張し、「影響を受ける(被災した)コミュニティ・市民らが、政策などの決定プロセスに参加することが重要である」と強調。しかし、「日本を含め、多くの国で情報の公開や、避難の決定などへの当事者の参加が実行されていない」と、参加の権利が行使できていない状況を明らかにした。

 グローバー氏は、さらに、福島原発事故後の問題でもとりわけ、「低線量被曝」の問題に焦点をあて、科学者の中に様々な認識があることを指摘。その上で、IAEA(国際原子力機関)が、チェルノブイリ原発事故との因果関係を認めた疾病は、唯一「甲状腺がん」のみと限定的であることに懸念を示した。

 「(チェルノブイリ原発事故の知見のみを規範とするばかりか)そのような限定的な情報をグローバルな事実と決めつけてはいけない。報告されているあらゆるデータを調査することが必要。今回の福島原発事故後の調査でも、(甲状腺がん以外の)様々なリスクを考えるべきである」

 グローバー氏は、現在の知見では科学的に立証されていない、被曝のリスクや疾病の可能性に関しても議論の対象にし、「科学的な検証」をすることが重要だと力説した。

健康影響を“否定できない”ことを前提に

 各省庁担当者からの発言では、「県民健康管理調査」など、福島県民の健康への影響に関する問題や、「子ども・被災者支援法」についての意見交換がなされた。

 元国会事故調査委員で元放医研・主任研究官の崎山比早子氏は、広島・長崎の被爆者の生涯追跡調査を基にした2012年の小笹晃太郎氏の論文に、「リスクがゼロというのは、線量がゼロの時以外にはない」という見解(※注4)があることを主張。

 低線量被曝のリスクを指摘する知見も含めた上で、健康影響への対策をしているのか、と問いかけた。

 崎山氏の指摘に対し、環境省で放射線影響を担当する桐生康夫参事官は、「ご指摘いただいた論文は、把握していない。広島・長崎の原爆の知見では、被爆線量が生涯で100~200ミリシーベルト以下での『がん』の発生に有意な差はみられない、と放影研の先生方からうかがっている」と反論。

 加えて、桐生参事官は、グローバー勧告77項(b)を政府が仮訳した<(年間)1ミリシーベルト以上の放射線量の避難区域の住民に対して、健康管理調査が提供されるべきであること>という項目をとりあげ、「(日常生活を送る上での)年間の自然被曝量除く、追加被曝線量が1ミリシーベルトを超える区域の住民とは、何を根拠に設定されているのか」と逆質問した。

 これに対しグローバー氏は、崎山氏が紹介した知見を例に、「慎重に慎重を期すべきで、(低線量の被曝でも)がんの発生率の危険性を“否定できない”ということを前提として考えるべき」と応じた。

 関連して、SAFLAN(福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク)の河崎健一郎弁護士は、桐生参事官の挙げたグローバー勧告77項(b)について、勧告の原文では、「年間1ミリシーベルト以上の放射線量のすべての地域に住む人々に対して、健康管理調査が提供されるべきであること」(The health management survey should be provided to persons residing in all affected areas with radiation exposure higher than 1 mSV/year.)と書かれていると指摘。ところが、日本語訳には、原文にはない「避難区域の」という言葉が付け加えられており、健康管理調査が提供されるべきとされる地域が「避難区域」に限定されるかような表現となっている。これについて河崎弁護士は、「意図的に誤訳しているのではないか」と訴えた。

  • (※注4)
    「原爆被爆者の死亡率に関する研究、第 14 報、1950-2003、がんおよび非がん 疾患の概要」

グローバー勧告における「影響地域」という概念

 復興庁の佐藤紀明参事官に対しては、「子ども・被災者支援法」の「準支援対象地域」という設定に関して、非難が集中した。

 「子ども・被災者支援法」の基本方針では、「(年間被曝量)20ミリシーベルトに達するおそれのある地域と連続しながら、20ミリシーベルトを下回るが相当な線量が広がっていた地域」という設定で、福島県内の「避難区域」を除く浜通りと中通りの33市町村全域が「支援対象地域」に指定された。

 次いで、「準支援対象地域」という、施策ごとに支援が受けられる、支援対象地域に準じるより広範な地域が設定され、これには会津地方や県外などが含まれている。だが、こちらには年間被曝量の基準は取り立てて設定されていない。

 市民科学者国際会議(CSRP)の岩田渉氏は、予防的観点から低線量被曝による健康影響を否定できないという立場で、グローバー勧告に対する政府の回答を、次のように批判した。

 「グローバー勧告では、影響地域(all affected areas)という概念を使用している。これは、特定の県や自治体を指しているわけではない。子ども・被災者支援法での“被災者”の定義も、一定の基準以上の放射線量が計測される地域に居住し、または居住していた者、とある。今の政府の決めた対象地域は、影響地域という概念とは、かけ離れているのではないか」

 これに対し、佐藤参事官は、「(支援対象の範囲を)放射線量で画一的に定めれば、地域を分断することになりかねないため、市町村単位で区切られている。準支援対象地域では、年間1ミリシーベルトという画一的な放射線量で区切るのではなく、“相当な線量”とすることにより、1ミリシーベルトに満たない地域も含みうるものだと思っている」と岩田氏の主張に反論した。

 FoE Japan理事の満田夏花氏は、「被災者支援の対象地域の区切りを、放射線量と市町村単位で区切ることは両立しうる」とし、支援対象地域が年間20ミリシーベルトを基準としているのと同様、準支援対象地域の基準も、年間1ミリシーベルトに設定することによって、市町村による分断の起きない範囲の設定が可能であると主張した。

「健康に対する権利」

 勉強会では、グローバー勧告に基づいた対策を講じようとしない政府側と、市民団体との意見の食い違いが終始見られ、両者の溝が浮き彫りとなった。

 ただし、外務省の山中修・人権人道課長は、「(グローバー氏は)国連人権理事会で任命されている特別報告者であり、勧告に関しては、政府として誠実に対応していくべきものである。勧告の詳細に関しては、担当省庁で確認し、適切なタイミングで説明していく必要がある」との見解を示し、今後も政府として対話に応じていくかのような姿勢を見せた。

 他方、会の中では、健康への影響に関する有識者会議の人選に対する批判や、「子ども・被災者支援法」でのパブリックコメントや聞き取り調査が不足しているとの指摘もあり、市民団体らが省庁関係者を糾弾する場面も見られた。政府側が策定する市民不在の支援施策は、現在も避難生活を続け、仮設暮らしをする被災者らの声を、ないがしろにするものともとれる内容だ。市民が政策の決定プロセスに参加することが、まだまだ十分とは言えないのではないだろうか。

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