イスラエルがパレスチナ・ガザ地区に対して行なっているのは「民族浄化」! イスラエルによる「報復」でもなければ、ハマスとの戦争でもない!〜岩上安身によるインタビュー第1138回 ゲスト 東京経済大学教授 早尾貴紀氏 2023.11.13

記事公開日:2023.11.23取材地: テキスト動画独自
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(文・IWJ編集部)

特集 中東
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 岩上安身は、2023年11月13日、東京経済大学の早尾貴紀教授にインタビューを行った。

 早尾教授は、パレスチナ・イスラエル問題や社会思想史がご専門で、『希望のディアスポラーー移民・難民をめぐる政治史』(春秋社、2020年)『パレスチナ/イスラエル論』(有志舎、2020年)などのご著書があり、イスラエルの歴史家イラン・パペ著『イスラエルの民族浄化』(法政大学出版局、2017年)や、ホロコーストサバイバー2世の在米ユダヤ人政治経済学者サラ・ロイ著『ホロコーストからガザへーーパレスチナの政治経済学』(青土社、2009年)などを共訳されている。

 この日のインタビューで、早尾教授は、「イスラエルがこの100年以上、一貫してパレスチナの乗っ取りをし続けているシオニズムの歴史」を、パペ氏の『イスラエルの民族浄化』から引用し、また、イスラエルが占領のシステムをどのように変えてきたのかを、ロイ氏の『ホロコーストからガザへ』から引用して、解説した。

 早尾教授は、イスラエルのシオニズムについて、強硬な極右と左派とは「最大限のアラブ人の土地を取り上げるかという点で、根は同じ。それをどういうスピード感と方法でやるかが違うだけ」だと指摘した。

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  • 日時 2023年11月13日(月)18:00~
  • 場所 IWJ事務所(東京都港区)

 1917年に英国は、政府の公式方針として、パレスチナにおけるユダヤ人の居住地建設の支援を約束するバルフォア宣言を表明した。

 早尾教授は「シオニストは(ユダヤ人国家建設のために)、単に英国と交渉するだけでなく、実力行使、既成事実の積み上げを行いました。その一つがユダヤ人の入植活動で、もう一つが先住アラブ人を『移送』(事実上の追放)すること。この二つを同時にやることは、1917年の時点で、シオニズム指導者によって言われています」と、明らかにした。

 早尾教授は「強硬派は、パレスチナ全土を、『英国などあてにせず、武力で取れ』と主張。それに対して左派のベングリオン(のちの初代イスラエル首相)は、1930年代に『武力は必要だが、それを使うべきチャンスを長いスパンで見極めろ』との趣旨で『パレスチナの8割の土地をユダヤ人国家に』と明言した」と述べた。

 1947年の国連パレスチナ分割決議では、ユダヤ人国家にパレスチナの56%を配分することを決定しているが、イスラエルはこの時、8割を要求した。早尾教授は「その8割というのは、今のイスラエルとほぼ一致する。ベングリオンは有言実行した」と指摘した。

 「イスラエル建国の直前でも、ユダヤ人所有の土地(入植地)は全土の6%、ユダヤ人口は人口比例で3割だった」と語る早尾教授は、次のように解説した。

 「(ユダヤ人はパレスチナの)『全土』が欲しいが、それを外交と武力で手に入れても、(そこにアラブ人が存在している限り)内実としては『ユダヤ人国家』にならない。

 国連分割決議で得た56%の土地で見ても、ユダヤ人とアラブ人の人口比率は60対40だった。ベングリオンは1947年に『ユダヤ人国家と言うなら、少なくともユダヤ人が80%を占めるべき』だと明言した。

 (シオニストは)最大限の土地(パレスチナの8割)を得ながら、ユダヤ人の比率を80%以上にしたい。そのために、入植地を結んだ最前線まで侵攻し、『面』で国土を確保。入植地がない西岸地域では、ヨルダン王国と取引をした。

 確保した領土からは、アラブ人を最小化すべく、『追放』(移送)する。この追放・移送が、エスニック・クレンジング(民族浄化)」。

 国連分割決議後の1947年から1949年に、(主にイスラエルに配分された地域で)イスラエルによって破壊されたパレスチナ人の村の地図をパワポで示した早尾教授は、現在ガザ地区で行われていることとの類似性を、次のように語った。

 「破壊された村や集落は、400とも500とも言われる。今回のガザ地区で起きていることとも通じることとして、虐殺は一部なんです。ただし、イスラエルは見せしめのように虐殺を行い、それを脅しに『こうなりたくなければ逃げなければいけない』と思わせた。

 全員を虐殺することは非現実的であり、そういうことをしてしまったあとの反動を考えると、良いやり方ではない。一部を虐殺し、それ以外は、脅迫し、騙し、説得する。

 イラン・パペ氏が『パレスチナの民族浄化』で言っているように、エスニック・クレンジングの定義は、ありとあらゆる手段を使って、民族集団を一定地域から追い出すこと。最大のメインは追放ということになるわけです。

 それは鉤括弧付きで『自発的な避難』という形を取ってでも、です。避難させるべく、恐ろしい状況・暴力を作り出し、インフラを破壊し、一部の住民を殺し、そして『こんなところにいるよりは避難した方がまし』だと思わせることもまた、エスニック・クレンジングの一部をなしているわけです。

 今、ガザ地区で行われていることも、恐ろしい数(インタビューが行われた時点で1万1000人以上のパレスチナ人)が殺されているんですが、しかし、イスラエルの能力からすれば、100万人だって殺せるわけですが、それはしないわけです。

 そこにむしろ恐ろしさがある。どの程度殺せば、脅迫効果があり、また国際社会がどこまで容認するのか。我々は批判のデモをしたり集会をしますが、しかしG7は止めていないわけです。

 どこまで許されるのか、国内感情として報復感情をどこまで行けば満たせて、ネタニヤフ政権がストロングマンとしてのアピールができるのかなど、いろんな要素を考えて、計算ずくで殺しているということですね」。

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 インタビューの後半では、イスラエルがパレスチナ開放機構(PLO)によるパレスチナ暫定自治政府を認めた1993年のオスロ合意以降(調印は米国だったが、ノルウェーのオスロで秘密交渉が続けられたため、「オスロ」の名が冠される。ノーベル平和賞をイスラエルのラビン首相、ペレス外相とPLOのアラファト議長が受賞。世界はこれでパレスチナ和平が訪れると信じたほど受賞は大ニュースだった)、イスラエルがいかにパレスチナや国際社会を騙して領土拡張を続けてきたかを、サラ・ロイ氏の『ホロコーストからガザへ』を参照しつつ、早尾教授が解説した。

 イスラエルはパレスチナに名ばかりの「自治」を認め、国際社会に対しては、パレスチナとの「和平」の姿勢を示した。

 しかし、1967年の第3次中東戦争で、国連決議を無視して占領した東エルサレムの帰属をめぐる問題(東エルサレムも含め、イスラエルはエルサレム全体を併合し、1980年にはイスラエル議会が「統一エルサレムはイスラエルの首都である」と宣言するエルサレム基本法案を可決した)や、パレスチナ難民の帰還権の問題(イスラエルは暴力で追放した先住民のパレスチナ人が故郷に帰る帰還権を認めない)、ユダヤ人の違法な入植活動の問題(軍や警察の力も借りて、一般のイスラエル人がパレスチナ人の家、土地を力づくで奪い、自分のものにして、そこに自分の家を建て定住する)など、何も解決しないばかりか、むしろユダヤ人の入植活動(一銭も払わず暴力で住民を追い出し、不動産を奪うヤクザ以下の卑劣な地上げ)は加速して、事実上イスラエルの領土は拡張し続けた。

 オスロ合意にもとづくパレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区のうち、2000年の時点でパレスチナが行政権も警察権も持っているのはわずか17.2%にすぎない。パレスチナが行政権を持っていても警察権はイスラエルが持っている地域は23.8%、イスラエルが行政権も警察権も支配している地域は、西岸地区の59%にも及ぶ。

 イスラエルは米国からの莫大な財政支援で延命しているが、そのイスラエルから援助漬けにされて、甘い蜜を吸い、下請け行政機関と成り下がったPLOに反発したパレスチナ民衆は、「入植地の撤去、東エルサレムの返還、国境管理権の確保、水利権の確保、難民帰還権の承認」を掲げ、オスロ体制を批判するハマースへの支持を強め、2006年のパレスチナ議会選挙では、ハマースがガザでもヨルダン川西岸でも勝利し、政権についた。

 これに対してイスラエルや米国、日本を含む西側諸国はハマース政権を認めずボイコット。イスラエルと米国は、選挙で負けたファタハ(PLOの最大勢力)に武器・弾薬を提供して煽動し、2006年5月にファタハとハマースの内戦が始まった。

 さらにイスラエルは、西岸地区のハマース活動家を逮捕し、収監ないしは、四方八方を封鎖して事実上の「監獄」と化したガザへ「流刑地」送りにした。

 2007年6月、ファタハが西岸を制圧すると、PLOのアッバース大統領は、ガザにハマースの内閣があるまま、西岸にファタハの首相を指名し、非常事態内閣(二つの内閣、二人の首相)を作るという異常事態になった。

 早尾教授は「こうなると、ガザ地区と西岸地区は分断されてしまう。イスラエルが一番欲しい西岸地区は、ファタハが今まで通り(イスラエルのために)やってくれる。だから、ガザ地区のハマースだけをぶっ叩けばいいということで、2007年から物流を止めるなど厳格な封鎖を行い、2008年あたりから、猛烈な空爆と地上侵攻を始めた」と語った。

 ハマースは2017年に、これまで掲げてきた上記の政策を、正式な綱領として発表した。早尾教授は、ハマースの主張について「イスラエルの消滅とか、除去ではない。イスラエルを今すぐ承認はしないが、もし(西岸地区の)入植地を全部撤去して、東エルサレムをパレスチナに返し、その西岸とガザで、完璧な独立国家を作れるなら、イスラエル承認というステップに進める、という話」だと解説した。

 早尾教授は、サラ・ロイ氏の著書を参照して、イスラエルによるガザ地区の封鎖と管理について、次のように語った。

 「1993年から、オスロ体制下で、ガザ地区を封鎖と管理政策のための実験場にした。封鎖下で人の移動や労働の許可数を絞ったり、食料をどれぐらい入れるか、といった管理を行なった。独自産業を否定し、低開発ではなく反開発で、自立した経済社会を作らせない。(中略)

 (民衆の不満が爆発した2000年からの)第2次インティファーダ(蜂起・反乱)以降は、もうオスロ体制(オスロ合意を守るかのようなふりをして、守らずに入植地を拡大するというイスラエルの手口)では騙せなくなった。ハマースをガザ地区に露骨に封じ込めてしまう。そして、反開発からさらに生存不可能な状況を意図的に生み出していった。

 しかし、餓死者が出たり、全員虐殺なんてやったらまずいわけです。つまり、どこまで空爆で破壊し、あるいはどこまで物流を止めて兵糧攻めにするのか、どこまでやれるのかということを見ながら、ガザ地区を生存不能な状況にしていく。

 そうすると、西岸地区はますますびびって、PLO自治政府は『ガザのようにはなりたくない』と思う。それが一つの効果。

 もう一つは、国際社会が(ガザ地区に)援助をしてくれるだろうから、この人道援助で、生きながらえることができるんですが、最低限の生活になっていく」。

 その上で早尾教授は、2008年以降(2023年10月7日のハマスによるイスラエル襲撃直前の2023年8月31日まで)の、パレスチナとイスラエルの死者数(パレスチナ6407人、イスラエル308人)のグラフをスライドで示しながら、次のように語った。

 「(パレスチナの死者6407人のうち)ガザ地区だけで5000人なんですが、約20倍返しということ(これまでの比率)を考えた時、今回1000人以上のイスラエル人側の死者数を考えると、2万人(のパレスチナ人殺害)くらいは考えているだろうと。(現在1万1000人を超えているが)まだ(攻撃を)止めていない。

 かつてのことから考えると、それぐらいのことはあるだろうと思っていましたが、やっぱり1万人を超えてきた。

 その時に、国際社会がどこまで容認するのかとか、殺害への恐怖がどこまで住民に対して効果を持つかとか、あるいは(ネタニヤフ首相が)政権基盤として『強い政権』をどれくらい自国民にアピールできるのかとか(計算している)。

 そして『報復』であり、『先にやったのはハマス』だと言って、この殺害を正当化しているわけですが、(グラフを指し示しながら)これ、どう見ても、先に(攻撃を)やったのはハマスじゃないですよね。10月7日はまったく(紛争の)スタートラインではないんです(ずっとイスラエルの攻撃は続いていた)」。

 早尾教授は「オスロ体制によるパレスチナ全体の支配システムは、国際社会も共犯となった新植民地主義であり、ガザ地区はその実験場。そして、長期的には『パレスチナの消滅=民族浄化』が、イスラエルの視野にある」との見方を示した。

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