【IWJ号外】ポスト・コロニアル理論の研究者、ハミッド・ダバシ氏が、ガザにおけるイスラエルの蛮行は「西洋文明の最も残虐な性格を示す」もので、その腐った根源に「福音派シオニズム」があると指摘! 2024.2.15

記事公開日:2024.2.15 テキスト
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(文・IWJ編集部)

特集 中東
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 IWJ代表の岩上安身です。

 「エドワード・サイード後、最も傑出した中東出身の知識人」(『ポスト・オリエンタリズム――テロの時代における知と権力』日本語版解説より)と評価されている、ハミッド・ダバシ氏が、2月5日、『ミドルイースト・アイ』に、「ガザ戦争で、パレスチナ解放の神学と福音派シオニズムが対立する」と題する論考を発表しました。

 ハミッド・ダバシ氏は、ハゴップ・ケヴォルキアン近東研究所(※)のイラン研究学と比較文学の教授で、ニューヨーク市のコロンビア大学で、比較文学、世界の映画、ポスト・コロニアル理論を教えています。近著は以下の通りです。

『The Future of Two Illusions: The Future of Two Illusions: Islam after the West(二つの幻想の未来:西洋後のイスラム)』(2022年)

『The Last Muslim Intellectual: The Life and Legacy of Jalal Al-e Ahmad(最後のイスラム知識人:ジャラール・アル=エ=アフマドの生涯と遺産)』(2021年)

『Reversing the Colonial Gaze:Persian Travelers Abroad(植民地のまなざしを逆転する:海外のペルシャ人旅行者達)』(2020年)

『The Emperor: On the Inevitable Demise of the Nation-State(皇帝:国民国家の必然的なる終焉について)』(2020年)など。

(※)ハゴップ・ケヴォルキアン近東研究所ウェブサイト

 日本語で読めるダバシ氏の著作は、以下の通りです。

『ポスト・オリエンタリズム――テロの時代における知と権力』(2017年、翻訳:早尾貴紀・洪貴義・本橋哲也・本山謙二、作品社)

『イラン、背反する民の歴史』(2008年、翻訳:青柳伸子・田村美佐子、作品社)

 岩上安身は、2月7日、『ポスト・オリエンタリズム――テロの時代における知と権力』の翻訳者である早尾貴紀・東京経済大学教授に、インタビューを行いました。

 早尾教授は、このインタビューの中で、ダバシ氏が「ガザのおかげで、ヨーロッパ哲学の倫理的破綻が露呈した」と指摘していることを紹介しています。早尾教授は、ハミッド・ダバシ氏が、著書の中で、西洋哲学の巨人であるイマヌエル・カントが有色人種への差別発言を行っていると告発していると述べました。

 初配信を見逃された方も、ぜひ、IWJ会員となって、インタビュー全編をIWJサイトから御覧ください。

 キリスト教ヨーロッパ文明が、いかに白人至上主義のレイシズムに冒されているか、ユダヤ人に対してだけでなく、中東の有色人種に対しても、黒人に対しても、差別的であり、それが現代のシオニスト・イスラエルに引き継がれていることが、よくわかります。

 「ガザ戦争で、パレスチナ解放の神学と福音派シオニズムが対立する」の中で、ダバシ氏は、「西洋文明」の残虐性に焦点を当て、「いったい、どのような哲学、神学、道徳的想像力があれば、入植者=植民地プロジェクトとしての、イスラエルのまったくの蛮行と折り合いをつけることができるのだろうか?」と疑問を投げかけます。

 ダバシ氏は、イスラエルがガザで現在行っているジェノサイドは「『西洋文明』の最も残虐な性格を示す」ものであり、「シオニストによるパレスチナ征服を幇助し扇動する、福音派シオニズム」がその腐った根源にある、と指摘しています。

 一方、パレスチナ人の間では、イスラム教とキリスト教の宗派を超えた「パレスチナ解放の神学」が培われてきており、「福音派シオニズム」に対抗していると、ダバシ氏は分析しています。

 IWJは、ダバシ氏の論考「ガザ戦争で、パレスチナ解放の神学と福音派シオニズムが対立する」を、全文仮訳・粗訳しました。どうぞ、IWJ会員となって、以下の全文をお読みください。


ガザ戦争で、パレスチナ解放の神学と福音派シオニズムが対立する
ハミッド・ダバシ
2024年2月5日
https://www.middleeasteye.net/opinion/war-gaza-palestinian-liberation-theology-zionism-evangelical

 「全世界は今、政治的な意味合いだけではなく、「西洋文明」の残虐性(※savageries)に直面している。

<写真:2023年11月16日、バルセロナで。パレスチナ人と連帯する学生達が呼びかけた集会で、『自由なパレスチナがなければ、我々の自由は不完全だ』と書かれたプラカードを掲げるデモ参加者(AFP=時事)>。

 イスラエルが『西欧文明』を代表してパレスチナで行っている記念碑的な残虐行為(※1)は、もはやその残虐さと悲惨な結果だけでは測ることはできない。そこには等しく重要な、道徳的、哲学的、神学的問題が、危機に瀕しているのである。

 いったい、どのような哲学、神学、道徳的想像力があれば、入植者=植民地プロジェクトとしての、イスラエルのまったくの蛮行と折り合いをつけることができるのだろうか? パレスチナ、とりわけガザは、今日、この問いの震源地となっている。

 欧州と欧州中心主義は、信頼性のかけらすらも失って久しい。

 我々は、イスラエル入植植民地の大統領による、次の言葉(※2)を額面どおりに受け止めなければならない。

 『この戦争は、イスラエルとハマスの間だけの戦争ではない。これは実際に、本当に、西洋文明を救うこと、西洋文明の価値を救うことを目的とした戦争である』。

 彼が言うことは、まったく正しい。ほぼ4ヶ月間にわたって、24時間体制で爆撃を続け、2万7000人以上のパレスチナ人(その多くは子供達である)を屠殺した(※3)ことは、――現在ではジェノサイド(大量虐殺)として広く認識されているが――、まさに『西洋文明』の最も残虐な性格を示すものである。

 政治的な意味だけではなく、全世界が今、『西欧文明』の残虐性に直面している。我々は、その神学と哲学のDNAそのものに組み込まれた、不道徳と残酷さの腐った根源を暴かなければならない。

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 『私達は怒っている。私達は壊れてしまった。これは喜びの時であるべきだった。その代わりに、私達は悲嘆にくれている。私たちはおびえている』。

 イスラエル軍がガザへの空爆を続ける中、2023年のクリスマス・イブの前日、ムンサー・アイザック牧師は、この力強い言葉で説教を始めた(※4)。

 虐殺された数万人のパレスチナ人の中には、キリスト教徒、イスラム教徒、男性、女性、子供達も含まれていた――これらの人々は全員、米国、英国、および西側諸国の同盟国によって、装備され、武装されたイスラエル軍によって、殺害されたのである。

<形而上学的な力>

 今日も、これまでと同じく、祖国を解放するための闘争と犠牲に関しては、イスラム教徒とキリスト教徒のパレスチナ人を区別することは不可能である。

 2022年6月に私が書いたように(※5)、パレスチナ人ジャーナリストであるシリーン・アブ・アクレ氏が、米国の支援を受けたシオニスト占領軍によって、至近距離から殺害されたとき(※6)、彼女の殉教の、感情を揺さぶる図像は、彼女をパレスチナ人であることを表していた。

 『パレスチナ人』という言葉そのものが、今や、キリスト教やイスラム教といった母集団とは無関係に、形而上学的な力を持つようになったのである。

 アイザック牧師の説教は、今日、我々が『パレスチナ解放の神学』とみなすであろうものの、重要な一節である。それは、シオニストによるパレスチナ征服を幇助し扇動する、福音派シオニズム(※Evangelical Zionism)とはまったく対照的である。福音主義シオニズムは、キリスト教に入植者の植民地主義的な主張を展開するものだ。

 このパレスチナ解放の神学は、抵抗と解放についての、強力で根深い無宗派的な神学であり、一方、これに対抗するのは、ユダヤ・キリスト教シオニズムの形をとる征服と植民地化の好戦的なイデオロギーである。ユダヤ・キリスト教シオニズムは、今や、その理不尽な野蛮さを全世界に見せつけている。

 祖国解放に向けた1世紀におよぶ闘争を経て、パレスチナ人のイスラム教徒もキリスト教徒も、――そして自らを世俗的と考える人々でさえも――、等しく、宗派を超えた第三の解放運動の空間(a tertiary liberation space)に結集した。

 米国の文脈においては、社会学者のロバート・ベラが、『アメリカ市民宗教』という考えを提唱した(※7)。彼以前には、フランスの社会学者エミール・デュルケムが、彼が『集団意識』と呼ぶものとして、宗教をとらえていた。

 今日、ベラによる『市民宗教』という考えは、依然として強力な社会学的命題ではあるが――、共和党の最も反動的な派閥と、イスラエルの入植者植民地との両方を支持する邪悪な福音派シオニズムに、事実上、敗北してしまった。

 もしも、我々が、ベラやデュルケムの考えをまとめ、パレスチナの文脈に再投影すれば、明らかにユダヤ・キリスト教的なシオニストのイデオロギーに支えられた、残虐な欧州の征服から、祖国を解放することをめざすパレスチナ人の集団意識が見えてくるだろう。そのためには、パレスチナ人は団結して、キリスト教もイスラム教をも超越した、独自の解放の神学を形成しなければならない。

<神学的ルーツ>

 福音派シオニズムのルーツは、バルトロメ・デ・ラス・カサス(1484-1566)(※IWJ注1)の時代まで遡ることができる。当時は入植者植民地で、キリスト教が、欧州による『新世界』征服に、直接的に役立っていた。

 一方、パレスチナ解放の神学は、ドミニコ会のなかでは、グスタボ・グティエレス司祭(※IWJ注2)が最も歯切れよく語っているように、ラテンアメリカの解放の神学に根ざしている。

 私は、最新の著作で(※8)、パレスチナ解放の神学という、イスラム教徒とキリスト教徒のパレスチナ人を結びつける教会一致運動的(※ecumenical)なプロジェクトにも、同じく明らかに見られるポスト・イスラム主義の解放の神学について、詳しく述べている。

 ハマスとそのイスラム主義のブランドは、パレスチナの大義にとって不可欠ではあるが、決定的なものではない。一方、福音主義とユダヤ人のシオニズムは、イスラエル入植植民地にとって、決定的なものである。

 将来のパレスチナの国家的枠組みにおいて、ハマスや他のイスラム主義組織は、他の非イスラム主義勢力と争わなければならないばかりではなく、さらに重要なことには、深く教養のある無宗派の市民とも争わなければならないだろう。

 このように、ハマスはパレスチナ人の苦しみをその出発点とするために、ポスト・イスラム主義的な解放の神学にとって主題ではある。しかし、その一方で、イスラム教徒とキリスト教徒はすでに、ユダヤ教と福音派シオニズムという征服のイデオロギーに対抗するために、パレスチナ民族解放という形で団結している。

 これは宗教戦争でもなければ、神学やイデオロギーの戦いでもない。これは、世界を支配しようとする狂信的な宗教的熱狂者達と、ポスト・シオニストの強力な未来像を構築した解放のための反乱との戦いである。

 パレスチナ解放の神学は、融合的で、無宗教、無宗派である。それはキリスト教的であると同時に、イスラム教的でもあるが、完全なキリスト教でも完全なイスラム教でもない。

 責任感のある良心的なユダヤ人が、シオニズムにうんざりし、ユダヤ解放の神学という先祖伝来の信仰を守るために、シオニズムの根本的な解体に乗り出すかどうかは、まだわからない。

 ポスト・シオニスト、さらには反シオニスト的な感情や考え方はたくさんあるが、イスラエルの入植植民地が、日常的に野蛮な残虐行為を続けている以上、シオニズムを内部から解体するための信頼できる決定的な集団は存在しない。

 『ここパレスチナでは』、アイザック司祭は説教で述べた。『私達自身の神聖な文書である聖書が、私達に対して武器化されている。パレスチナの用語法でいえば、私達は、帝国について語っている。ここで私達は、帝国の神学と対決している。――つまり、優越性、優位性、そして「選ばれし者」の権利を偽装する帝国の神学と。

 包み隠さずに言えば、これは、パレスチナ解放の神学と、福音主義およびユダヤ人シオニズムの対立なのである。歴史は残虐なる者達の味方である。――そう、今回は「柔和な人々は幸いである。彼らはその地を受け継ぐ』(マタイ5章5節)」。

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(※1)「ハーグの国際司法裁判所がイスラエルに対し、ガザでのパレスチナ人に対する虐殺行為を阻止するために最善を尽くすよう指示して以降も、2000人以上のパレスチナ人が殺害された。(中略)10月7日以降、ガザで殺害されたパレスチナ人の総数は2万8000人以上に上り、少なくとも6万5000人が負傷した」。
Families of Israeli captives are beginning to turn on Netanyahu(Middle East Eye、2024年2月11日)

(※2)イスラエルのアイザック・ヘルツォーク大統領は、12月5日、「この戦争はイスラエルとハマスの間だけの戦争ではない。これは本当に、本当に、西洋文明を救い、西洋文明の価値観を救うことを目的とした戦争だ」と、MSNBCのアナ・カブレラ氏のインタビューで語った。
Israel’s president defends ongoing war: ‘If it weren’t for us, Europe would be next’(The Hill、2024年12月5日)

(※3)
Israel-Gaza war in maps and charts: Live tracker(ALJAZEERA)

(※4)
Christ in the Rubble: A Liturgy of Lament(Red Letter Christians、2023年12月23日)

(※5)
The iconography of Palestinian martyrdom(パレスチナ殉教の図像)(Hamid Dabashi、Middle East Eye、2022年6月2日)

(※6)
US senator says Abu Akleh report ‘does not shed new light’ on shooter’s intent(米国上院議員、アブ・アクレー殺害の報告書は銃撃犯の意図について「新たな光を当てていない」と発言)(Middle East Eye、2023年6月6日)

(※7)
Can America’s ‘Civil Religion’ Still Unite The Country?(アメリカの「民間宗教」はまだ国を団結させることができるのか?)(NPR、2021年4月12日)

Civil Religion in America by Robert N. Bellah(Journal of the American Academy of Arts and Sciences、Winter 1967, Vol.96, No.1, pp.1-21)

(※8)
The Last Muslim Intellectual: The Life and Legacy of Jalal Al-e Ahmad(最後のイスラム知識人: ジャラール・アル・エ・アフマドの生涯と遺産)(Hamid Dabashi、Columbia News)

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(※IWJ注1)バルトロメ・デ・ラス・カサス(Bartolome de las Casas、1484-1566)、スペインの聖職者、作家、活動家。最初のスペイン人入植者の一人として、米大陸に到着し、欧州の入植者らが行った、米大陸の先住民族に対する虐待に反対した。カサスの最もよく知られた著作は、西インド諸島の植民地化の最初の数十年間を記録した「インド諸島の破壊に関する短い説明」(1542年)である。カサスは、植民者が先住民族に対して犯した残虐行為を記録している。
Bartolome de las Casas(Wikipedia)

(※IWJ注2)グスタボ・グティエレス(Gustavo Gutierrez、1928-)、ペルーの哲学者、カトリック神学者、ドミニコ会司祭。ラテンアメリカ解放神学の創始者の一人。1968年、ペルーのチンボテで開催された、司祭と信徒の第2回会議中に開催された「解放の神学に向けて」会議で、グティエレスの神学的提案の草案が示された。グティエレス氏は、1971年に、『解放の神学』を出版した。
Gustavo Gutierrez(Wikipedia)

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