2021年5月21日、茂木敏充外務大臣の定例会見が開催された。
会見の前夜、IWJが取材を申し込んだところ、いわゆる質問取りにあい、やむなく2つの質問を提出した。第1問が「自由で開かれたインド太平洋戦略」の有効性への質問、そして第2が「ミャンマーへの経済支援」が国軍への支援にならないようにすべきではないか、という趣旨の質問である。
当日、会見が始まる前に、外務省報道課のI課長補佐がIWJ記者を出迎え、事前に提出させた2つの質問の順番を逆にしてほしいと要求してきた。
I課長補佐の趣旨は、第1問 (自由で開かれたインド太平洋戦略について) は、以前他のIWJ記者が行った質問と似ているので、茂木大臣は、以前答えた、というであろうから、第2問であるミャンマー関連を先に質問し、第1問インド太平洋戦略の方は後にしてほしい、ということであった。
さらに、以前はカメラサイドで挙手するIWJ記者を司会が指名したが、今回は記者席に座っての挙手にしてくれ、1問質問したら、いったん席に戻り、2問目また改めて挙手をするようにとも要求してきた。
IWJでは、ビデオカメラも質問も同じ1人の記者が行う。カメラ席は記者席のさらに後方にあり、しかも柱と柱に挟まれていて、他社の三脚の足や、ケーブルなどを縫うように移動しなければならず、行き来は基本的に無理がある。
また、記者席に座れば、中継のビデオカメラは三脚に立てたまま放置しなければならない。当然、会場の雰囲気を大きく捉えたり、大臣の表情を追ったりといった切り替えはできなくなる。カメラを操作するためには、記者席とカメラの間を行き来し、質問に集中できなくなる。
その上、ここが他社報道にはないIWJ独自の醍醐味なのだが、カメラサイドで質問することで、大臣の顔は当然カメラに正対し、視聴者に語りかけるような形になる。視聴者は大臣の心の動きまで読み取ることができるのだ。答弁に自信が無かったり、ウソがあればなおさらだ。
IWJ記者は、ミャンマーに関する2問目は他のメディアも質問する可能性があるので、順番は変えないと一度は拒否したが、記者席とカメラの行き来の段取りもあり、I課長補佐の要求に従わざるを得なかった。
会見が始まると、最初に幹事社であるNHKの記者が質問、次に司会者のすぐ前に陣取った産経新聞のI記者が質問に立った。
産経新聞「産経新聞のIです。ミャンマー情勢に関連して伺います。
ミャンマーへの日本のODAなんですけれども、大臣は以前から国会答弁などで、このままの情勢、事態が続くとODAが出せなくなる懸念があるとの考えを示してきました。
改めてですね、現状のご認識をお聞かせください。あわせて、日本のODA停止の現実味、これはどの程度まで迫っているのかお聞かせください」
IWJ記者の危惧通りの展開であった。記者クラブにいる記者たちも質問取りに応じているであろうから、外務省側は全ての質問を把握している。どの記者にどの順番で質問させるかは好きなように外務省側が決められる。その上で、IWJ記者にミャンマーの質問をするように指示したのである。
茂木大臣はもちろん流暢に答弁した。
茂木大臣「事態の早期回復を、ミャンマー国民のそして、国際社会も一致して望んでいる中でですね、このままの事態が続けば、ODAを見直さざるを得ない、あるいは民間企業が投資したくても投資できなくなるという、可能性があると考えております。ミャンマーの民主化のためにこれまで様々な支援を行ってきた国として、また、友人として、こうした点をミャンマー側に明確に伝える必要があると考えておりまして、実際に伝達してきております。
今後どうするか、ミャンマーに対しては、ミャンマー側に対しては、日本としてもですね、特に3点、これを強く申し入れているところであります。これがどうなっていくのかと。
また、先日のASEANリーダーズミーティングで、五つのコンセンサス、これが、発表されたわけでありますが、まあ今後、特使の派遣であったりとか、ミャンマー国内でのですね、対話の開始、こういったものがどうなっていくかと、こういったものを見ながらですね、適宜適切に対応していきたいと思います」
ようやく順番が回ってきたIWJ記者は、前に設置された質問用マイクまで進み出て、ミャンマー関連の質問をした。
IWJ記者「インディペンデント・ウェブ・ジャーナル、IWJの渡会と申します。
先ほどのミャンマーのお話とちょっとかぶるかと思いますけれども、ミャンマーで2月1日に国軍によるクーデターが発生して以来、日本政府は民間人の死傷を非難し、国際社会とも協調してG7外相声明でクーデターに反対する人々への抑圧を非難しています。それと同時に、先日は拘束されていた邦人ジャーナリスト北角裕樹(きたずみゆうき)さんの解放のために大使を通じ働きかけて解放と帰国を実現させ、またクーデターの影響を受ける住民への食糧支援のため、国連世界食糧計画(WFP)を通じて約60万人分の食糧支援を行うことも決定しました。
このバランスは難しいものだと思われますが、在日ミャンマー人団体やミャンマーの民主化情勢に関心を持つ日本の市民団体は日本政府にさらに踏み込んだ対応を求めています。国際協力機構(JICA)が借款を供与する事業に国軍系企業が関与し、経済的利益を得ているという現地メディアの報道もあります。日本政府によるミャンマーへの経済協力の検証と情報公開がなされ、民間企業にも国軍との関係を断つよう指導するなど、方針が明確にされることが必要だと思われますが、どのようにお考えでしょうか」
茂木大臣「まさに、今ですね、お答えした直前のお答え、あの直前のあの質問への答えに尽きる、と思っております」
あっけにとられた。産経のあとに質問させるように、外務省側が段取りしておいて、あげく、IWJの質問に対しては肩すかしである。こうした結果になるとわかっていて、外務省側は段取りをしたのではないかと疑いたくなる。
しかし、IWJ記者は気を取り直し、第2問(本来の第1問)はこの後だ。IWJ記者は第2問をするため、外務省側との段取りの通りに、いったんは自分の席に戻り、再度、挙手をして、第2の質問をしようとした。しかし、マイクから背を向けて自席に戻りかけた、まさにそのタイミングで、外務省の司会が「ほかにありませんか、ほかになければこれで終わります」と会見を打ち切ったのである。
これではまるで「騙し討ち」である。国民のために開かれる大臣会見でこのようにIWJ記者を愚弄することに何の意味があるのか。よほどIWJ記者が用意した第1問に答えたくなかったのか。不都合でもあるのか。
世界では「クアッド」に英仏独蘭が加わってインド太平洋・東シナ海に軍艦を送り込み、共同軍事演習を展開したり日本に寄港したりしている。いわば米国が主導する中国包囲網は「風雲急を告げる」展開で、急にきな臭くなってきているのである。
しかも、国内では国民投票法改正案が衆議院を通過して参議院の憲法審査会にかかっている。このままでいけば6月16日終了の今国会内に国民投票法改正案が成立してしまう。そうすれば、改憲派が衆参ともに3分の2を超えている今、改憲発議を止めることはできない。臨時国会の招集で改憲発議、10月の衆議院選挙前に、あるいは同日選挙という形で憲法改正が行われる可能性がないとはいえない。
自民党改憲案の「緊急事態条項」は憲法全体を覆し、戦時独裁体制を敷くこともできるきわめて暴力的なものだ。その前では「9条」をいくら守っても意味がない。
急に改憲へと加速し始めた動きと、インド太平洋・東シナ海に展開する欧米軍の動きは連動しているのではないのか。米中対立が軍事行動に発展すれば、その戦場は第一列島線上に位置する日本列島になる。集団的自衛権の行使を容認している以上、自衛隊は「米衛隊」として参戦せざるをえず、日本列島はミサイルの巣になる可能性だってあるのだ。
「戦争が廊下の奥に立つてゐた」
渡辺白泉がこの不気味な句を詠んだのは、真珠湾攻撃の2年前。それまで、多くの日本人にとって、戦争は欧州での話、中国大陸での話でしかなかった。現在の日本人にとって、中東やアフリカでの話であるように。
戦争はいつの間にか、気がつけば避けるのが難しいほど近くに、まるで「立つてゐた」ように、ひっそりと足音もなくやってくるものなのである。
外交手段を尽くして戦争を回避すべき外務省がなぜ、IWJ記者の質問を回避したのか。外務省が、「騙し討ち」のような手法で回避した、IWJ記者の質問は以下である。
「日本政府と外務大臣は、安全保障上の政策の方向性として、安倍晋三前首相が提唱した『自由で開かれたインド太平洋戦略』を踏襲し、それは日、米、豪、印、クアッド4か国間の協力を強め、どこかの国を敵視するものではないと解説なさいますが、これはあきらかに中国を敵視し、包囲する戦略、マラッカ海峡封鎖を志向するものと見えます。しかしこの戦略は中国への影響は小さく、逆に中国からの報復を招き、石油をはじめとする物資が日本に入ってこない、米国にそそのかされた日本のみがその尖兵として軍事衝突や攻撃を受けるなどの、甚大な被害を受ける未来を招くと思われますが、『自由で開かれたインド太平洋戦略』へのこうした疑念、批評をどうお考えになりますか」