【IWJ号外】『ニューヨーク・タイムズ』の「ウクライナ戦争における米国関与の秘史」(第2回)米軍ドナヒュー中将「ロシアを倒せば、君達(ウクライナ軍)を青(NATO軍)にしてやろう」と言った! 2025.9.22

記事公開日:2025.9.22 テキスト
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(文・IWJ編集部)

特集 【特集】ロシア、ウクライナ侵攻 !!
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 バイデン政権下では、政権のプロパガンダが中心で、時折、正気に返ることもあった『ニューヨーク・タイムズ』が、2025年3月29日付で、ウクライナ紛争に関する長大な暴露記事を発表しました。

 これは、ウクライナ戦争における米国関与の秘史です。日本の主要メディアは、この重要な記事を無視、あるいは黙殺して、何も伝えようとしていません。

 この『ニューヨーク・タイムズ』の記事は、米軍が軍事情報の提供や作戦立案などの点で、ウクライナ軍の頭脳として、紛争の始まりからずっと主導してきたことを証拠立てるものです。

 しかし、これまでの『ニューヨーク・タイムズ』の記事と同様、反ロシア・親NATO、親ウクライナに「偏向」している部分が見られますので、すべてを真に受けることはできません。

 そういうポイントは、逐一、指摘しながら紹介していきます。

 IWJは、A4で56頁にも及ぶこの長大なスクープ記事を、5回に分けて仮訳・粗訳して紹介します。

 第2回は、ウクライナと米国の軍事パートナーシップの中心にいた、ウクライナのザブロツキー中将と米軍のドナヒュー中将の間で行われた、軍事訓練、衛星を用いたターゲットの情報共有、戦局のゲーム・チェンジャーとなった高機動ロケット砲システム・HIMARSの導入、軍事作戦の立案、共同の図上演習、そして実際の戦闘においてもドナヒュー将官による指揮が行われていたことなどについて、詳細に報告されています。

 第1回は、以下より御覧ください。

 以下から、第2回の仮訳となります


 このパートナーシップ(ウクライナと米国の軍事パートナーシップ)の中心にいたのは、ウクライナのザブロツキー中将と米国のドナヒュー中将という二人の将官だった。

 ザブロツキー中将は、国会議員を務めていたために、非公式ではあったものの、ヴィースバーデンのウクライナ側窓口となる予定だった。国会議員という点以外では、彼はまさに天賦の才をもっていた。

 ウクライナ軍の同世代の兵士の多くと同様に、ザブロツキー中将は敵をよく知っていた。1990年代にはサンクトペテルブルクの陸軍士官学校に入学し、5年間ロシア軍に勤務した。

 彼は、米国人のこともよく知っていた。彼は、2005年から2006年にかけて、カンザス州フォート・レブンワースの陸軍指揮幕僚大学(※注1)で学んだ。8年後、ザブロツキー中将は、ウクライナ東部で、ロシアが支援する勢力の後方で危険な任務を指揮した。

 その一部は、ジョージ・B・マクレラン将官(※注2)率いるポトマック軍の周辺で、南軍のJ・E・B・スチュアート将官(※注3)が行った、名高い偵察任務をモデルにしていた。

 これは、フォート・レブンワースで学んだものだった。この任務により、彼は米国防総省の有力者達の注目を集めた。彼らは、この将官こそ共に働けるリーダーだと感じていたのだ。

 ザブロツキー中将は、ヴィースバーデンでの初日をこう回想している。『私の使命は、このドナヒュー中将とは誰なのか? 彼の権限は何か? 彼は我々のためにどれだけのことをしてくれるのか? ということを知ることでした』。

 ドナヒュー中将は、特殊部隊の地下世界ではスターだった。CIAの殺人チームや現地のパートナーと共に、イラク、シリア、リビア、アフガニスタンの陰で、テロリストの首謀者を追跡してきた。

 エリート部隊デルタ・フォースの指揮官として、シリアにおけるイスラム国(IS)との戦闘において、クルド人戦闘員との連携構築に貢献した。カヴォリ将官は、かつて彼を『漫画のアクションヒーロー』と称した。

 今、彼は、ザブロツキー中将と同行者のオレクサンドル・キリレンコ少将に、東部と南部が包囲された、彼らの祖国の地図を見せた。ロシア軍が、ウクライナ軍を圧倒していた。ドナヒュー中将は、『ウクライナに栄光あれ』(※注4)を引き合いに出して、挑戦状を叩きつけた。

 『あなた達が、他の人達と一緒に「スラヴァ・ウクライニ(ウクライナに栄光あれ)」と言いたいのなら、いくらでも言えばよい。だが私は、あなた達の勇敢さに関心はない。数を見てみろ』。そして、秋までに戦場で優位に立つための計画を説明したと、ザブロツキー中将は、回想する。

 第一段階は進行中で、ウクライナ砲兵に新型M777(※注5)の訓練を施すことだった。その後、タスクフォース・ドラゴン(※注6)の支援のもと、彼らがこの兵器を使ってロシア軍の進撃を阻止する。そして、ウクライナ軍は、反撃に出る必要があった。

 その夜、ザブロツキー中将はキエフの上官に手紙を送った。

 『ご存知の通り、多くの国がウクライナを支援したがっていました』と彼は回想する。しかし、『誰かが調整役となり、すべてを組織化し、現在の問題を解決し、将来何が必要かを見極める必要がありました。私は、司令長官に「我々はパートナーを見つけた」と言いました』。

 間もなく、ウクライナ人が総勢約20名――情報将校、作戦計画担当者、通信・射撃管制の専門家――、ヴィースバーデンに到着し始めた。将校達の記憶によると、ウクライナ人と米国人は毎朝集まり、ロシアの兵器システムと地上部隊を調査し、最も機の熟した、攻撃価値の高い標的を決定していた。優先順位リストは、情報統合本部に引き渡され、将校達は大量のデータを分析し、標的の位置を正確に特定した。

 欧米軍内部では、このプロセスが、些細だが困難な言語上の議論を引き起こした。任務の繊細さを考えると、標的を『標的』と呼ぶのは、過度に刺激的ではないか、という議論だ。

 将校の中には『標的』という表現が適切だと考える者もいた。一方、それを『情報提供物』と呼ぶ者もいた。ロシア軍は頻繁に移動しており、情報は地上での検証が必要だったからだ。

 この議論は、欧州軍の情報責任者であるティモシー・D・ブラウン少将によって決着がついた。ロシア軍の位置は『重要地点』だ。空中脅威に関する情報は、『重要経路』となる。

 『「ウクライナに標的を渡したか?」と聞かれたとき、「いいえ、渡していません」と答えても、嘘を言ったことにはならないのです』と、ある米国当局者は説明した。

 NATO加盟国に対するロシアの報復リスクを緩和するため情報共有規則が策定され、どの重要地点に関しても、これは遵守されなければならない。

 ロシア領土内には、重要地点は存在しない。ザブロツキー中将の説明によれば、もしウクライナ軍司令官がロシア国内への攻撃を望むなら、自国の情報機関と自国産兵器を使わなければならないということだった。『ロシアに対する我々のメッセージは、「この戦争は、ウクライナ国内で戦われるべきだ」というものだった』と、ある米国高官は述べた。

 また、ヴァレリー・ゲラシモフ陸軍司令官のような『戦略的』ロシア指導者の居場所に関する情報共有は、ホワイトハウスによって禁止された。『もしロシアが、他国を援助して我々の議長を暗殺したと仮定して、それを我々が知ったら、我々がどう思うか想像してみてください』と別の米国高官は、述べた。『そうなれば、我々は戦争に突入するでしょう』。

 同様に、タスクフォース・ドラゴンは、個々のロシア人の居場所を特定する情報を共有できなかった。

 システムの仕組み上、タスクフォース・ドラゴンは、ロシア人がいる『場所』をウクライナ軍に伝えることになる。しかし、情報源と情報手法をロシアのスパイから守るため、『どのようにして』その情報を得たのかは明かさない。

 セキュリティが確保されたクラウド上で、ウクライナ軍が目にするのは、優先度1、優先度2といった具合にバスケットに分けられた座標の鎖だけだった。

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 ザブロツキー中将の記憶によれば、ウクライナ軍は何を根拠に情報を信頼すればよいのかという問いに、ドナヒュー中将はこう答えたという。『どうやって情報を得たかは気にするな。撃てば命中すると信じればいい。そして、その結果に満足するだろう。もし結果が気に入らなければ、そう言ってくれ。改善する』。

 システムは、5月に稼働を開始した。最初の標的は、ズーパーク(※注7)と呼ばれるレーダー搭載装甲車で、ウクライナ軍のM777などの兵器システムの発見のために、ロシア軍が使用するものだった。情報統合本部は、ウクライナ東部、ロシア占領下のドネツク近郊にズーパークを発見した。

 ウクライナ軍は、罠を仕掛ける。まず、ロシア軍の防衛線に向けて発砲する。その追跡にロシア軍がズーパークを向かわせると、情報統合本部はズーパークの座標を正確に特定し、攻撃する。

 ザブロツキー中将の回想によると、指定された日にドナヒュー中将が大隊長に電話をかけ、激励した。『調子はどうだい?』と将官は尋ねた。『とても調子がいいです』と大隊長は答えた。ドナヒュー中将は衛星画像を確認し、標的とM777が適切に配置されていることを確認した。それからようやく砲兵が発砲し、ズーパークを破壊した。『皆、「これならできる!」と叫んだ』と、ある米国当局者は回想している。

 しかし、重要な疑問が残っていた。ここでは単一の静止標的に対してこれを実行したが、大規模な戦闘において動き回る複数の標的に対して、パートナー軍(米軍)は、このシステムを展開できるだろうか?

 ドネツク北部のシェヴィエロドネツクで進行中の戦闘は、そうなるだろう。ロシア軍は舟橋(pontoon-bridge、舟などを並べて橋桁を載せた仮設の橋)で川を渡り、市を包囲して占領しようとしていた。ザブロツキー中将はこれを『とんでもない標的』と呼んだ。

 その後の戦闘は、ウクライナにとって早期かつ重要な勝利として広く報道された。舟橋は死の罠と化し、ウクライナ側の推計によると少なくとも400人のロシア人が死亡した。語られなかったのは、ロシア軍の攻撃を挫いた重要地点の情報を米軍が、提供したことである。

 最初の数ヶ月間、戦闘は主にウクライナ東部に集中していた。しかし、米国の情報機関は南部におけるロシア軍の動き、特に主要都市ヘルソン近郊での大規模な部隊集結を追跡していた。

 間もなく、複数のM777の乗組員が再配置され、そのロシア軍陣地を攻撃するため、タスクフォース・ドラゴンが重要地点の情報供給を開始した。

 回を重ねるうちに、タスクフォース・ドラゴンは、より速く、重要地点を作成し、ウクライナ軍は、より速くそれらを攻撃するようになった。彼らが、M777や類似のシステムを用いて、自らの有能性を示せば示すほど、連合軍は新たなシステムを送り込み、ヴィースバーデンは、さらに多くの重要地点の情報を供給していった。

 『我々が、いつから信じ始めたかわかりますか?』とザブロツキー中将は、回想する。『ドナヒューが「これが陣地リストだ」と言った時でした。我々はリストを確認し、「この100の陣地はわかったが、もう50必要だ」と言いました。すると彼等(米軍)は残りの50を送ってきたのです』。

 M777は、ウクライナ軍の主力砲となった。しかし、155ミリ砲弾を15マイル(約24キロメートル)しか射出できなかったため、人員と装備の面で圧倒的に優位なロシア軍に太刀打ちできなかった。

 ウクライナ軍に精度、速度、射程距離といった点で優位性を与えて埋め合わせるため、カヴォリ将軍とドナヒュー中将はすぐに、飛躍的な提案をした。

 それは、HIMARS(※注8)として知られる高機動ロケット砲システムの導入だった。衛星誘導ロケットを使用するもので、最大50マイル(約80キロメートル)離れた場所へ攻撃が可能になるのだ。

 その後の議論は、米国側の考え方の変化を反映していた。

 米国防総省当局者は、陸軍の限られたHIMARSの在庫を枯渇させることを嫌がり、抵抗を示していた。しかし、5月にカヴォリ将軍はワシントンを訪れ、説得力のある主張を展開し、最終的に彼らを納得させた。

 当時、国際安全保障問題担当の国防次官補だったセレスト・ヴァランダーは、こう回想した。『ミリー(マーク・A・ミリー将軍のこと。第20代 統合参謀本部議長(2019年~2023年))は、いつもこう言っていた。「小規模なロシア人軍隊(※ウクライナ軍のことを指す)が大規模なロシア人軍隊(※ロシア軍を指す)と戦っている。戦い方が同じなら、ウクライナ軍は決して勝てない」』。

 彼女によれば、カヴォリ将軍の主張は、『HIMARSがあれば、ウクライナ軍も我々と同じように戦うことができ、そうすればロシア軍を打倒し始めるだろう』というものだったという。

 ホワイトハウスでは、バイデン大統領と顧問達は、この主張と、ロシア軍を圧迫すればプーチン氏がパニックに陥り、戦争が拡大するのではないかという懸念を比較検討していた。

 ある当局者は、将官達がHIMARSを要請した時、『その線に立って、思うのだが、もしそこから一歩踏み出せば、第三次世界大戦が勃発するだろうか?』と自問自答しているような気分だったと振り返った。

 そして、ホワイトハウスがその一歩を踏み出した時、タスクフォース・ドラゴンは『戦争の後方事務局』になりつつあったと、彼は語った。

 ヴィースバーデンは、HIMARS攻撃を監督することになった。ドナヒュー中将とその補佐官達は、ウクライナ軍の標的リストを確認し、発射装置の配置と攻撃のタイミングを助言した。

 ウクライナ軍は、米軍が提供する座標のみを使用することになっていた。HIMARSのオペレーターは、弾頭の発射に特別な電子キーカードを必要としたが、米軍はいつでもこれを無効化することができた。

 100人以上のロシア軍死傷者を出したHIMARS攻撃は、ほぼ毎週のように行われた。ロシア軍は茫然として、混乱に陥った。士気が低下するとともに、戦闘意欲も急落した。

 そして、提供されるHIMARSが8基から38基に増加し、ウクライナ軍の攻撃部隊の熟練度が上がるにつれて、犠牲者は5倍にも増加したと、米国当局者は述べた。

 『我々は、あなた方のシステムの小さな一部、最良の部分ではないかもしれないが、小さな一部になった』とザブロツキー中将は説明し、こう付け加えた。『ほとんどの国は、10年、20年、30年かけてこれをやってきた。だが我々は、それを数週間でやらざるを得なかったのだ』。

 パートナー達は、協力し合い、殺戮マシンを磨き上げていた。

第二部
「ロシアを倒せば、君達を永久に青(NATO軍)にしてやろう」
2022年6月~11月

 初会談で、ドナヒュー中将は、ザブロツキー中将に、色分けした地域地図を見せた。米軍とNATO軍は青、ロシア軍は赤、ウクライナ軍は緑で示されていた。

 『なぜ我々は緑なのですか?』とザブロツキー中将は尋ねた。『我々は青であるべきです』。

 6月初旬、ウクライナの反撃を模擬演習するため、二人が卓上戦場地図の前に並んで座ったとき、ザブロツキー中将は、ウクライナ軍の陣地を示す小さなブロックが青に変わっているのを見た。これは共通の目的に対して絆を強める象徴的な一撃だった。

 『ロシアを倒したら、我々はあなた達を永久に青にする』とドナヒュー中将は、ウクライナ軍に告げた。

 侵攻から3ヶ月が経ち、地図には戦争の様相が次のように描かれていた。

 南部では、ウクライナ軍が黒海の造船拠点であるミコライウ(ウクライナ南部に位置する港湾都市で、ミコライウ州の州都)で、ロシア軍の進撃を阻止していた。しかし、ロシア軍はヘルソン(ウクライナ南部の都市であり、ヘルソン州の州都。地理的・歴史的・戦略的に非常に重要な都市)を制圧し、約2万5000人の軍団が、ドニプロ川西岸地域を強固に占領していた。

 東部では、ロシア軍はイジウム(ウクライナ東部ハルキウ州に位置する戦略的に重要な都市)で足止めされていた。しかし、戦略的に重要なオスキリ川流域を含む、イジウムと国境にはさまれた地域を確保していた。

 ロシア軍の戦略は、キエフへの無益な攻撃―――指導部を排除したり政権や軍の中枢を無力化したりする戦略「斬首作戦(decapitation)」から、ゆっくりと締め付ける戦略へと変貌していた。ウクライナ軍は、攻勢に出なければならなかった。

 最高司令官のザルジニー将軍は、英国軍と共に、最も野心的な選択肢、すなわち南東部のザポリージャ近郊から占領下のメリトポリへと向かう作戦を主張していた。

 クリミア半島のロシア軍を支えている、陸路の国境超えルートが、この作戦によって遮断されると、彼らは信じていた。

 ドナヒュー中将も、理論上は同意していた。しかし彼の同僚の証言によると、彼はウクライナ軍の現状、および、連合軍が米軍の即応態勢を維持しつつ、M777戦闘機を提供する能力に限界があることを考えると、メリトポリ(ウクライナ南東部ザポリージャ州にある都市)への進攻は、実現不可能だと考えていたという。

 軍事演習でその持論を証明するため、彼はロシア軍司令官の役割を引き受けた。ウクライナ軍が前進を試みるたびに、ドナヒュー中将は、圧倒的な戦闘力で彼らを撃破した。

 最終的に彼らが合意したのは、二部構成の攻撃を行い、ロシア軍司令官達を混乱させる作戦だった。

 米軍の情報機関によれば、ロシア軍は、ウクライナ軍の兵力と装備では一か所を攻撃するのが関の山だと考えていた。

 主な目的は、ロシア軍団がオデッサ港に進軍して、キエフへの再攻撃に備えることのないよう、ヘルソンを奪還し、ドニプロ川西岸を確保することだった。

 ドナヒュー中将は、東部において、ハリコフ地域からオスキル川渓谷に至る、南部と同格の第二戦線の敷設を提唱していた。

 しかし、ウクライナ軍は、ロシア軍を東に引き寄せ、ヘルソンへの進路を容易にするための小規模なみせかけ支援を主張した。

 これはまず、9月4日頃に実施される予定だった。その後、ウクライナ軍は、南部のロシア軍を弱体化させるために2週間にわたる砲撃を開始する。そしてその後はじめて、9月18日頃にヘルソンに向けて進軍を開始する。

 そして、弾薬がまだ十分残っていれば、ドニプロ川を渡る予定だった。ザブロツキー中将は、ドナヒュー中将が『川を渡ってクリミア半島の入り口まで行きたいのなら、計画通りに進め』と言ったことを覚えている。

 計画は、このように立てられたが、それは実現しなかった。

 ゼレンスキー氏は時折、地域の司令官と直接会談していたが、ある会談の後、米軍は戦闘命令が変更されたことを知らされた。

 ヘルソンへの進攻は早められ、8月29日に行われることになった。

 ドナヒュー中将はザルジニー将軍に対し、ヘルソンへの布石を打つにはさらなる時間が必要だと伝えた。進攻を早めれば、反撃作戦と、国全体が危険にさらされるだろうと彼は述べた。米軍は、後にこの前倒しの背後にあった経緯を知ることになる。

 ゼレンスキー氏は、9月中旬の国連総会への出席を希望していた。戦場での進展が示されれば、追加軍事支援を求める根拠が強化されると、ゼレンスキー氏とその顧問は考えた。

 そこで彼らは、土壇場で計画を覆した。これは、根本的な意思疎通が欠如していく予兆で、その影響下に、戦争は一連の経過をたどっていった。

 結果は、誰も予想していなかったものだった。

 ロシア軍は、ウクライナ軍の攻撃に対応し、東部からヘルソンに向けて増援部隊を移動させた。ザルジニー将軍は、東部でのロシア軍の弱体化によって、ドナヒュー中将が主張した通り、ウクライナ軍がオスキリ川渓谷へ到達できる可能性が十分にあると悟った。

 『進め、進め、進め。奴らを窮地に追い込むぞ』とドナヒュー中将が現地のウクライナ軍司令官シルスキー上級大将に命令したと、欧州当局者は回想している。

 ロシア軍は、予想以上に急速に崩壊し、装備を放棄して逃走した。ウクライナ指導部は、自軍がオスキリ川西岸に到達するとは予想していなかったが、実際に到達したことで、シルスキー上級大将に対する大統領の評価が飛躍的に高まった。

 南部では、ドニプロ川西岸のロシア軍団の食料と弾薬が、今や不足していると、米国の情報機関から報告があった。

 ウクライナ軍は、ためらっていた。ドナヒュー中将は、現場指揮官のアンドリー・コワルチュク少将に前進を要請した。まもなく、米軍の上官であるカヴォリ将軍とミリー将軍は、この件をザルジニー将軍に持ち込んだ。

 これも、効果はなかった。

 英国のベン・ウォレス国防大臣は、ドナヒュー中将に、もしコワルチュク少将が自分の部下だったらどうするかと尋ねた。

 『彼は、とっくに解雇されているだろうね』とドナヒュー中将は答えた。

 『わかった』とウォレス氏は言った。英国軍は、キエフでかなりの影響力を持っていた。米軍とは異なり、侵攻後、少数の将校チームを国内に派遣していたのだ。今、英国防大臣は、その影響力を行使し、ウクライナ軍に司令官の解任を要求した。

(※注1)フォート・レブンワースの陸軍指揮幕僚大学は、カンザス州フォート・レブンワースに本拠を置く、陸軍兵科中級幕僚のための大学院レベルの教育機関。「統合陸上作戦(Unified Land Operations)」に対応できる幕僚・司令官を育成し、戦術から戦略まで広範囲にわたる能力を養成する。これまで155ヶ国以上から7000名の国際士官が参加し、その半数以上が将官(Generals)へ昇進している。

(※注2)ジョージ・B・マクレラン将軍(1826年12月3日〜1885年10月29日)は、米国の軍人、政治家。南北戦争中の北軍の少将として、有名なポトマック軍を編成した。1861年11月から1862年3月までの短期間、北軍の最高司令官を務めた。

(※注3)J・E・B・スチュアート将軍(1833年2月6日~1864年5月12日)は、アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)における南軍(アメリカ連合国)の騎兵将軍で、卓越した騎兵戦術と、羽飾りのついた帽子や真紅のマントなど、派手な軍装で知られる。

(※注4)『ウクライナに栄光あれ』は、ウクライナの標語、成句。1917年から1921年にかけて行われたウクライナ独立戦争で確立され、今日に至るまでウクライナ人に広く認知された文言。また、外国の政治指導者がウクライナの要人に挨拶をするときにも用いられることがある。ハルキウの独立記念碑にもこの文言が刻まれている。

(※注5)M777は、米国が開発した155mm牽引式榴弾砲(howitzer)で、現代の西側火砲システムの中でも特に軽量かつ高性能な砲。ウクライナ戦争で、米国が大量に供与したことで注目を集めた。

(※注6)タスクフォース・ドラゴンは、アメリカとウクライナの軍事・情報協力体制の一環として設立された作戦指令センター/情報統合部隊。米軍のヨーロッパ軍司令部が所在するドイツのヴィースバーデン基地を拠点とする。

(※注7)ズーパークは、ソ連・ロシアが開発した敵の砲撃位置を特定するためのレーダーシステム。敵の迫撃砲、砲、ロケット砲の弾道を追跡し、その発射地点を逆算して特定するのが主な機能である。NATOやウクライナ側から見れば、自軍の砲兵の位置を探知して攻撃してくる脅威となるため、真っ先に破壊すべき標的の一つである。

(※注8)HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)は、装輪式の発射車両から精密誘導ロケット弾などを発射する高機動ロケット砲システム。クラスター弾や単弾頭ロケット弾を使用できる。

(第3回に続く)

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