2025年9月9日午後2時48分より、東京都千代田区の外務省にて、岩屋毅外務大臣の定例会見が行われた。
会見冒頭、岩屋大臣より、定例会見に先立つ11時30分から約90分間、岩屋大臣が訪日中のザヤーニ・バーレーン王国外務大臣との間で、初めての「日・バーレーン外相戦略対話」を開催したことについて報告があった。
- 第1回日・バーレーン外相戦略対話の開催(外務省、2025年9月9日)
続いて、各社記者と岩屋大臣との質疑応答の時間となった。
IWJ記者は、「米国及び日本の外交方針」について、以下の通り質問した。
IWJ記者「トランプ政権によるインドへの関税圧力に対して、明らかに反発したモディ首相は、中露に急接近し、中露もこれを歓迎し、中露印の間で華々しい外交が繰り広げられ、米国の圧力は裏目に出る結果となりました。米印関係は悪化し、中国包囲網のクアッドなど既になくなったに等しいものと思われます。
日本を含め、同盟国や友好国に圧力をかけるトランプ外交は稚拙です。米国は、自らの覇権を自らが破壊しているという批判の声もあり、ハーバード大学のジェフリー・サックス教授のような著名な有識者も、トランプ政権の外交姿勢を厳しく批判しています。
日本の安全保障は、米国一極依存のままでいいのか、また、クアッドは、もうなくなってしまったものと考えていいのか、以上2点、岩屋大臣のお考えをお聞かせください」
この質問に対し、岩屋大臣は以下の通り答弁した。
岩屋大臣「クアッドについては、御承知のように日米豪印、つまりクアッド外相会合が、本年1月、それから7月に、米国主催で開催をされました。同盟国・同志国間の連携の重要性やFOIP、『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向けたコミットメントを再確認しております。この基本的な考え方に、インドであれ、米国であれ、私は、変わりはないものと考えております。
日米同盟は、引き続き、我が国の外交・安全保障の基軸でありまして、インド太平洋の平和と安定のキー・ストーン、要石であると思っております。唯一の同盟国である米国とは、同盟の抑止力・対処力の一層の強化に向けて、今、緊密に連携しているところでして、本年2月の日米首脳会談でも、この点を確認しております。
米印の関税交渉について、我々がコメントする立場にありませんけれども、そういう関税政策対応といいますか、経済面での米印関係等、また幅広い意味の安全保障という面での協力関係には、おのずから少し差異があるのではないかなと考えておりますので、クアッドがなきに等しいものになったのではないかという御指摘は、私は、当たらないと考えておりますし、また、本年後半にインドが主催する首脳会合、及び2026年に豪州が主催する外相会合に向けて、連携を強化することで日、米豪印では一致をいたしております。
また、私も同席をさせていただきましたが、先般の日印首脳会談におきましても、モディ首相の方から、日米豪印を含め、幅広い分野で日本と協力を深めていきたいという御発言がございましたので、そういうインド側のお考えにも変わりはないのではないかと考えているところです」
岩屋外相の回答は、さすがに浮世離れしたものである。
個人の主観ならばともかく、政府を代表し、外務省を代表して、このような、見解を述べられたのは、理解に苦しむ。
例えていうならば、ロシアのラブロフ外相が、こんな非現実的な現実認識を口にするだろうか?
9月9日付『ロイター』は、米国のトランプ大統領が、「ロシアのプーチン大統領に圧力をかける戦略として、中国とインドに100%の関税を課すよう欧州連合(EU)に求めた」と報じた。
炎にガソリンをぶち込むような所業である。
トランプ大統領は、インド太平洋戦略にとって欠かせない戦略的パートナーであるインドに対し、ロシア産原油の購入をやめろと迫った。
そうしないならばと、懲罰的な50%もの関税をかけて脅し、インドのモディ首相(とインド国民達)を激怒させた。これは、友好国に対する態度ではない。
また、インドは、古い文明を持つ、大国としての誇りがあり、かつ大英帝国に植民地化されてきた苦い過去がある。大英帝国の継承国である米帝国のいいなりになぞ、なれるか、というスイッチを、トランプ大統領は、押してしまったようだ。
西側とBRICS側の両方と、「非同盟」の名のもとに両股をかけてきていたのがインドだったのに、トランプ関税圧力によって、米国から離れることを決断したようだ。
中国との間に長年の国境紛争があろうとも、インドは中露に急接近し、その接近ぶりは、近いうちに、中露印同盟の結成さえありえるのではないかとすら思わせるものである。
- 中印に100%関税、トランプ氏がEUに要請 対ロ圧力強化で(ロイター、2025年9月9日)
中露へ急接近するだけではない。他方で、米国のトランプ大統領に対して、モディ首相は、非常にわかりやすく、肘鉄をくらわせている。
ドイツの『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)』は、8月25日付で、「トランプ大統領が最近数週間で、4回以上モディ首相との電話会談を試みたが、モディ首相が応じなかった」と報じた。世界最強の超大国の大統領が、まるで、ガールフレンドの機嫌を損ねてあわてた少年のようだ。恥も外聞もない。
それも当然のことで、インドが中露の側につけば、日米がしきりに提唱していたインド太平洋戦略などは水の泡に終わる。
また、インドと中国は世界1位と2位の人口大国であり、将来的には世界のGDPの半分をこの2ヶ国で占めることが予想されている。
そこに世界最大の資源をもつロシアが加われば、資源輸入大国の中印とは補完関係になり、かつ、インドが伝統的にロシアの兵器を買い続けてきたように、核戦力でも通常戦略でも、ロシアは中露より人口規模がはるかに小さくても、戦争に強く、兵器開発にも強みがある。
- Trump ruft an, aber Modi geht nicht dran(FAZ、2025年8月25日)
8月31日と9月2日に中国の天津で開催された上海協力機構の首脳会議では、インドのモディ首相が、ロシアのプーチン大統領と手をつないで登場したことが、大きな話題となった。
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西側覇権の時代は終わった!? 中国の天津で開催された上海協力機構(SCO)プラス首脳会議に、ロシアのプーチン大統領、クアッドの一角で中国と国境問題を抱えるインドのモディ首相、NATO加盟国であるトルコのエルドアン大統領が集結! 多極化と西側諸国の覇権への挑戦で結束を表明! 本日3日は、舞台を北京に移し、史上最大級の軍事パレード!(日刊IWJガイド、2025年9月3日)
会員版 https://iwj.co.jp/wj/member.old/nikkan-20250903#idx-1
非会員版 https://iwj.co.jp/info/whatsnew/guide/55063#idx-1
インドは昨年、インド国内の原子力発電所向けに、ロシアとウラン供給協定を締結する予定だと、『ブルームバーグ』が報じた。
この『ブルームバーグ』の記事は、「両国は、軍事訓練、寄港、人道支援、災害救援活動のために、両国軍が互いの施設を利用し合うことを認める協定にも署名する予定だ」とも報じている。
- インド、ロシアとウラン長期供給協定締結へ – 首脳会談で(ブルームバーグ、2024年7月9日)
その一方で、今年4月には、米国による対中貿易戦争を受け、米アップル社が、トランプ政権の圧力もあり、「米国向け全iPhone(アイフォーン)の組み立ての拠点を、2026年末までに(中国から)インドに移すことを計画している」と報じられていた。
- 米国向けiPhone生産、来年にも中国からインドへ移転=関係筋(ロイター、2025年4月25日)
結局、トランプ大統領によるインドへの高みからの制裁的な関税政策に対して、インドがBRICSや上海条約機構へのシフトを本気で行えば、米国自身が大きなマイナスの影響を受けることになる。インド製のiPhoneは、製造コストと品質が同じでも、50%の関税をかけられて、20万円の機種は、米国の消費者に、35万円で売られることになるだろう。
世界市場では、中国製ならスマートフォンに価格と機能の面で、太刀打ちできなくなる。
トランプの強硬策に従順になって、急速に国力を下げてるのは欧州と日本である。
友好国であっても、インドや、カナダのように、他の同盟国・友好国を見つけて、動き出すのが、外交のはずだ。
カナダは、領土問題のあったデンマークとの関係を急速に改善し、メキシコ、そして欧州諸国など、米国抜きでの多国間関係の構築に急いでいる。トランプ大統領からの「米国の51番目の州になれ」という、露骨な併合要求以来、米国に対する不服従の姿勢を鮮明にしている。
日本は、岩屋外相の示した、非現実的な認識にあらわれているように、日米同盟が外交と安全保障のすべてであり、ここに支障をきたすならば、すべて諦める、といった、自主性のない外交から、抜け出すべきである。
その点は、次の自民党総理総裁候補として噂されている2人には、期待はあまりできないが、その次の人材を考え、時間をかけて、準備すべきだ。
政官財と民間も、多極化、多国間主義、多言語・他文化への理解とパイプなどを深めることで、対米一辺倒の外交から抜け出し、世界に広く「友人」を作ってゆく努力を積み重ねる。
たとえば教育、入試、大学、研究機関まで、英語一辺倒ではない多言語の教育やエリアスタディを充実させて、各国との政府間だけでなく、自治体、民間交流を拡大し、外交を米国一辺倒ではなくしてゆくこと。
そして同時に、自国の衛星を打ち上げ、自国のプラットフォームを持ち、自主防衛に至るまで、自国の自立性を高めること。こうしたことを平和外交の理念のもと、行うことだ。
そのためには、今、世界で何が起きているか、曇りのない目で見ていかないと話にならない。
外務省の記者クラブの記者の中からは、我々IWJがしたような、トランプ政権の稚拙で、圧力あるのみという帝国的外交によって、同じ陣営に留め置かなければならないインドにそっぽをむかれたことを質問した記者はいない。
このような記者クラブメディアに囲まれた政治家と官僚は、昨日の続きの今日を、漫然と、機械的に過ごしていくだけに終始する。
それは、積もり積もって、日本の進路を最終的に誤らせるものである。
独立メディアは、必要であると、やはり考えざるをえない。
会見の詳細については、全編動画を御覧いただきたい。
































