「『朝鮮人なら殺してええんか?』すべてはこの問いかけに集約される」!~6.1 浅野健一が選ぶ講師による「人権とメディア」連続講座「なかったことにはできない 関東大震災・知られざる悲劇・福田村虐殺事件」―登壇:辻野弥生氏(フリーライター) 2024.6.1

記事公開日:2024.6.3取材地: テキスト動画
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(取材・文、木原匡康・IWJ編集部、文責・岩上安身)

 関東大震災直後、官憲や民衆による朝鮮人虐殺が横行した中で、千葉県の福田村(現野田市)で、地元民と、隣村の田中村(現柏市)の村人から、朝鮮人と間違われた香川の行商人達9人が殺害された。

 この事件を描いた劇映画『福田村事件』(森達也監督)は、2023年に公開され、日本アカデミー賞他を受賞。キネマ旬報読者選出ベスト・テン日本映画2位など、大きな話題となった。

 2024年6月1日、この映画が依拠した書籍『福田村事件─関東大震災・知られざる悲劇』(崙書房刊、五月書房新社復刊)の著者で、映画の企画協力者である辻野弥生氏の講演会が、東京都千代田区のスペースたんぽぽで行われた。

 同書で、辻野氏は以下のように書いている。

 「震災発生から五日後の九月六日、利根川と鬼怒川が合流する千葉県東葛飾郡福田村大字三ツ堀(現在の野田市三ツ堀)で、四国の香川から薬の行商に来ていた一行十五名が地元民に襲われ、九人が命を落とした。(中略)

 殺された者のなかには、六歳と四歳と二歳の子ども、それに妊婦も含まれており、胎児を含めると、被害者は十人ということになる。

 加害者の地元民たちは、讃岐弁を話す行商人一行に対し『お前らの言葉はどうも変だ、朝鮮人ではないか』と、いいがかりをつけ、行商用の鑑札を持っていたにもかかわらず、暴行、殺害に及んだ」。

 加害者達は逮捕、実刑となったが、大正天皇死去の恩赦で無罪放免された。

 事件の痛ましさ、残虐さはもとより、辻野氏が一層驚いたのは、加害者達が「何の罪悪感もなく、むしろ国家にとって善いことをしたと胸を張り、なぜ罪に問われねばならないのか、と法廷で滔々と演説をぶった」ことだという。

 「加害者たちを地元民は支援し、なかには刑期を終えた後に地方議会の公職に就いた者さえいた」(『福田村事件─関東大震災・知られざる悲劇』より)。

 辻野氏は、映画の中の「朝鮮人なら殺してええんか?」というセリフをあげて、「すべてはこの問いかけに集約される」と述べた。

 この「朝鮮人」という言葉は、例えばイスラエルのガザで起きていることを指して、「パレスチナ人」と置き換えても通じる言葉であると思う。

 辻野氏は、被害者達が被差別部落出身者だったことも踏まえ、「マイノリティに対する日本人の差別感情・差別構造」を指摘し、「同様の事件が令和の現在、日本のどこで起きてもおかしくない」と警鐘を鳴らした。

 これも、地球上のどこで起きてもおかしくない、と受け取ることも可能だ。差別感情・差別構造にもとづく暴力とその正当化は、時代を超え、場所を超え、民族や集団を超えて、何度でも起こりうるからだ。

 今回の講演会は、岩上安身によるインタビューでもお馴染みのジャーナリスト・浅野健一氏が選んだ講師による「人権とメディア」連続講座の一環として開催された。浅野氏は、下咽頭癌手術で声帯を失ったが、人工喉頭機器やAI音声等を利用して、発言を続けている。

 辻野氏は講演で、自らが住む千葉県流山市の郷土史研究の集まりの中で、福田村事件に関わることになった経緯から語り始めた。

 辻野氏が事件執筆を決意した理由は、朝鮮人差別を歌う在日3世のミュージシャンとの出会いや、郷土史研究で出会った、朝鮮人虐殺の資料に衝撃を受けたことだったという。

 取材を始めた辻野氏は、野田市の方から、「地元の人間にはとても書けない。あなたが書いてほしい」と勧められた。しかし、野田の図書館でどんなに探しても、事件に関する資料は皆無であり、住民の証言も得られなかった。

 そうした中で、どのように取材を進めていったのかや、判明した事件の詳細、歴史的背景、さらには著書や映画への反響について、辻野氏は講演で明らかにした。

 詳しくは、ぜひ全編動画を御覧いただきたい。

■全編動画 前半

■全編動画 後半

  • 日時 2024年6月1日(土)14:00~16:00
  • 場所 スペースたんぽぽ(東京都千代田区)
  • 主催 たんぽぽ舎(詳細

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