官房長官として7年以上にわたり第2次安倍政権を支えた菅義偉(すが よしひで)氏が、2020年9月16日、内閣総理大臣の座に就いた。その就任からわずか2週間。憲法軽視で反知性主義的だった前政権の方向を忠実に継承するような出来事が起こった。菅総理が、日本学術会議の新会員6名に対する任命を拒否したのである。その理由はいまだに明かされていない。
岩上安身は、任命されなかった6人の学者のひとり、立命館大学大学院法務研究科教授の松宮孝明氏に、2020年10月13日と10月27日の2回、リモートでインタビューを行った。松宮氏は刑事法学の専門家で、『「共謀罪」を問う:法の解釈・運用をめぐる問題点』の著書がある。
任命拒否を知った経緯や周囲の反応、自身の受け止めなどを語る中で、松宮氏は「擬似法治主義」について言及した。これは、法を執行する側が、法律を厳格に守らない現象だ。
岩上安身が、「今回の事態を適切に言い当てている感じがします」と言うと、松宮氏は、「国が、法にもとづいて動いていないことが、どれだけ大変なことか。忖度国家になってしまうと、学問も経済活動も歪んでいきます」と警鐘を鳴らした。
松宮氏以外に任命されなかった新会員候補は、東京慈恵会医科大学教授の小沢隆一氏(憲法学)、早稲田大学教授の岡田正則氏(行政法学)、東京大学教授の加藤陽子氏(日本近代史)、東京大学教授の宇野重規氏(政治学)、京都大学教授の芦名定道氏(哲学)の5人。松宮氏を含めて全員が、2015年に安倍政権が強行採決した安保法制法案に反対していた。この点は、軽く考えて、通り過ぎてはいけない。安倍政権の「代打」として登場した菅政権は、2015年の「恨み」を忘れていなかった。権力を濫用してでも「報復」しようとしている。少なくとも、当事者にも、アカデミズム関係者にも、世間一般にも、そう受け取られることを少しも厭わない。その「意志」の頑なさは、決して侮るべきではない。
菅総理は10月5日と9日、メディアのグループインタビューの中で、6人が政府提出法案に反対したことと任命拒否は無関係としたが、具体的な理由については「個別の人事に関することだ」と回答を避けた。また、学術会議会員は公務員にあたると強調、「憲法第15条の規定に明らかにされている通り、公務員の選定は、国民固有の権利であり、任命権者たる内閣総理大臣として責任をしっかり果たしていく」などと発言した。
- 【ノーカット】菅首相 内閣記者会インタビュー 「任命見送りの候補6人 改めて任命はない」(TBS NEWS、2020年10月9日)https://bit.ly/3vjrsf7
これについて松宮氏は、「すごいこと言っている。これは独裁の論理」と指摘して、次のように説明した。
「つまり、根拠を示さなくても、内閣総理大臣は学術会議会員の任命を拒否することができる。虫の居所が悪かったでも、なんでもいい。説明する必要もない。しかも、それ(の正当化のため)に憲法15条1項を持ってきた。公務員の選定罷免権は国民にあります、っていう条文ですけど。私(菅総理)は国民を代表してるから、特別職の公務員である学術会議の会員だって、好き勝手にできるという理屈を振り回し始めた。
そうなると、学術会議法なんてのは完全に無視される。憲法15条っていうのは、内閣総理大臣に、公務員の人事に関して完全にフリーハンドを与える条項だっていう風に、菅総理は読んでいることになる。
これ、ヒトラーが政権掌握して全権を持った時のやり方と似てるんです。ヒトラーはワイマール憲法の中の緊急事態条項を使って、自分に全権を委任する『授権法』を帝国議会で通した。菅総理の今回の言い方は、それすらやらないで、憲法15条が授権法だって言っている。日本の法治主義の本当の危機が、今、来てるんです」
岩上安身は、「デモクラシーの中からファシズムは生まれる」という言葉を引用して、「大衆から信任を得た、多数を握った者は専制を行ってよい、少数派に弾圧を行ってよい、と。トップに立ったが最後、白紙一任だと。で、あらゆる権能というものは自分にあるという風に考え出す。でも、民主主義だ、と言い張る。これは、完全に違法性のある問題じゃないですか」と顔を曇らせた。
松宮氏は、「日本は、まだ独裁じゃないんですよ。今ならブレーキはかけられます。国会で徹底的に追及してほしい。専門家、世論が敏感に反応していただかなければ、ブレーキはかかりません」と訴えた。
日本学術会議は2021年4月22日の定例総会で、菅総理による会員候補6人の任命拒否をめぐり、「総理大臣は学術会議の推薦にもとづいて任命し、法律が定めた会員数を満たす責務を負っている」として、6人の候補者を即時任命するよう求める声明をまとめた。その中で「任命しなかったことについて、一般的な説明を超えた特段の理由を示す責任がある」と指摘している。
- 学術会議 “総理大臣は6人の即時任命を” 総会で声明決定(NHK、2021年4月22日)
https://bit.ly/3tTR4z5
- <IWJ取材報告 1>日本学術会議の設置形態として、特殊法人の余地を残したのは、政府・自民党への配慮か?~日本学術会議第182回総会後の記者会見(日刊IWJガイド、2021.04.24号)https://bit.ly/32OUBTe
インタビューの終盤で松宮氏は、「学問の自由はフワッとしたもの」と表現した。今回は、学問の自由が明確に侵害された話とは違うが、高い独立性を求められる日本学術会議が、わけのわからない理由で会員の任命を拒否され、意向通りに物事が決まらなかった。そういう前例ができることは、学問の自由に萎縮的効果をもたらす。これは、一部の学者だけの話ではない。我々は、改めて危機感を共有しなくてはならない。
なお、岩上安身はインタビュー冒頭で、自らの体調問題(※1 以下 ※クリックすると注に飛びます。また注釈の※をクリックすると本文に戻ります)に触れているが、このインタビューは、岩上が血中の「酸素飽和濃度」低下、「睡眠時無呼吸症候群」「肥厚性鼻炎」「睡眠障害」さらに「狭心症」と、何重もの健康上の問題を抱えながら実施したものであり、その詳細はインタビュー(その2)末尾で本人が報告している。さらに岩上安身は、インタビュー実施後に、体重管理のためのウォーキングで転倒、骨折する不運にも見舞われた。