「これまで日本の狭い土俵に閉じ込められていた問題が、国際社会という舞台に大きく広がった。最終的には日本の刑事司法を問うものになるのではないか」
保釈中に国外脱出したカルロス・ゴーン氏のベイルートでの記者会見を受けて、2020月1月9日、岩上安身は東京都港区の郷原総合コンプライアンス法律事務所にて、郷原信郎弁護士へ緊急インタビューを行った。5回に分けてお届けするインタビューのテキスト記事の今回は第2回目である。
第1回目の記事はこちらからご一読ください。
▲郷原信郎弁護士(右)と岩上安身(2020年1月9日、IWJ撮影)
ゴーン氏は8日の会見で、最初に逮捕された金融商品取引法違反の容疑について、「まだ支払われていない、決まってもいない報酬の過少記載について逮捕された」と訴えた。
これについて郷原氏は「いわゆる形式犯であることは、検察も否定できないと思いますよ。別に、実質的にですね、誰に損害を与えているわけでもない」と解説。
岩上安身が、「小沢一郎氏を巡る陸山会事件を思い起こさせる。実質犯と形式犯の話だ」と語ると、郷原氏も「まったく同じだ」と応じ、次のように続けた。
「形式犯に過ぎないので、裁判所もなかなか長期間の身柄拘束を許してくれそうにない。それで、検察が無理矢理ひねり出したのが(再逮捕の際の)中東ルート。日産側の証言だけで、あたかも証拠があるような外形を作って、それで特別背任だと。証拠がないから立証できない。しかし、検察は引き延ばす。裁判がいつ始まるか、いつ終わるかもわからない。だから、ゴーン氏は絶望したんです」
1月8日のゴーン氏の会見は第1回目であり、本人も今後さまざまなかたちで発信していくことを示唆している。これから、ゴーン氏がどのような隠し球を投げてくるのか、その時、日本の検察や日産の関係者たちがどう対応するのか。世界から注目されることになる。
小沢一郎氏の動きを封じた陸山会事件に似た展開! 検察は身体拘束の目的でゴーン氏の再逮捕を重ねたのか!?
▲ゴーン氏逮捕をめぐる主な流れ
岩上安身(以下、岩上)「2019年3月5日に保釈が決定し、ゴーン氏は保釈保証金10億円を収めると。逮捕から計108日にわたり拘束されていたということなんですね。この拘束の問題も、人質司法の関連で、また後でお話をうかがいたいと思いますけど。
2019年4月、(ゴーン氏は)弁護士同席で記者会見を行う旨を発表しました。その直前に、特別背任容疑で東京地検特捜部から4回目となる逮捕。先ほどおっしゃった会見潰しですよね。これは、すごくゴーンさんに、彼の言葉を借りると『絶望』を感じさせたんじゃないかな、と思いますよね」
郷原信郎弁護士(以下、郷原氏)「ええ、それもありますし、そもそも、この特別背任の容疑の再逮捕ですね、この中にサウジアラビア・ルートが入ってるわけですね。この4回目がオマーン・ルートなんですよ(※1)。
おそらく検察は、この金融商品取引法違反だけで済まそうと思っていたはずですよ、せいぜい。この、特別背任2つあるんですけど、ひとつは新生銀行のスワップの付け替えですね(※2)。それぐらいをやればっていう程度に考えていたはずです、最初は。
ところが、両方ともいわゆる形式犯であることは、検察も否定できないと思いますよ。別に、実質的にですね、誰に損害を与えているわけでもない(※3)。金商法違反もそうだし、この新生銀行の問題だって損害がまったくないんですよ。まったくないです」
岩上「郷原さんと、こういうやり取りしながら、今、デジャブになったんですけど。小沢事件(※4)を解説していただいた時の、実質犯と形式犯の話と同じですね」
郷原氏「ええ、同じです。まったく形式です。それで、形式犯に過ぎないということで、裁判所もなかなか長期間の身柄拘束を許してくれそうにないっていうことで、無理矢理ひねり出したのが、この中東ルートなんですよ」
岩上「無理矢理」
郷原氏「これが、元々日産の社内調査でも、この特別背任ってのは問題にもなってないんですよ。(前出注※3参照)中東への金の流れは。とにかく検察が、何とかして実質犯を引っ張り出さないと身柄拘束が続けられないってことで、無理矢理ひねり出したのが、この中東ルートなんです。で、元々、なぜそれを、立件を考えていなかったのかと言えば、立証できないからですよ。
中東のジェファリ氏とか、オマーンのSBAに払ったお金が、正当なものだったのかどうか、これが問題なんですからね(前出注※3参照)。正当な支払いだったのか。本当に払う理由があったのか。
そこは実際に、サウジアラビアでの日産の事業はどうだったのか、ジェファリ氏にいろいろ働いてもらう、骨を折ってもらう必要があったのかどうか。それを聞かなきゃわからないじゃないですか。調べなきゃ。何にも調べられてない。オマーンもそうです」
岩上「つまり、証拠も持たない状態で逮捕」
郷原氏「日産側の証言だけで、『いや、こんなものは不正な支払だ』『私も不正だと思ったけど、ゴーン氏が独裁だから言えなかった』とか、そういうような日産の一方的な供述だけで、あたかも証拠があるような外形を作って、それで特別背任って風にしてるんですよね。ですから、証拠がないから、立証ができない。立証ができないんだったら、諦めりゃいいじゃないですか、検察」
岩上「そうですね」
郷原氏「でも、検察は諦めないですから。どんどん引き延ばすんですよ。証拠の開示もできない。ないもの、開示できないですよね」
岩上「証拠開示してませんね」
郷原氏「これから集める、ということしかできない。だから、いつになったら裁判が始まるのかわからないです(※5)。
今回の件は、おそらくですね、この金商法の方はせいぜい1年ぐらいで、今年の春、4月から第1回が始まって、1年以内ぐらいで判決まで行ったはずです。そこまでは見通しがついていたと思うんですよ。でも、こっちはどうにもならない、中東ルートは」
岩上「これ、何でこんな深入りしたんですか? 検察の面子?」
郷原氏「結局、こっちがろくでもない事件だってことが、もうバレちゃって、裁判所が勾留延長請求を却下したりして(※6)、もう、保釈で出されるかもしれないという状況になっちゃったから。もう、大慌てで、こういうようなものを立件しちゃったわけですよ」
岩上「ひどい」
郷原氏「ですから、(ゴーン氏は)もう絶望した。有罪無罪の見通しっていうこと以上に、その有罪無罪の見通しじゃなくて、一体いつになったら裁判が始まって、一体いつになったら裁判終わるんだっていう、この見通しがつかなかった。これが大きな理由だと思いますね」
(※1)サウジアラビア・ルートとオマーン・ルート:
ゴーン容疑者が日産の資産を私物化して中東の友人に提供したとする会社法違反(特別背任)容疑を、検察は「サウジアラビア・ルート」と「オマーン・ルート」に分けている。
2008年のリーマン・ショックで、ゴーン容疑者は新生銀行とのデリバティブ(金融派生商品)取引で約18億5000万円の含み損を抱えた。旧知のサウジアラビア人実業家から約30億円の信用保証を得て、新生銀に追加担保として提供。09年6月以降、日産の資金約12億8000万円を実業家側に送金したとして19年1月起訴された。
一方、ゴーン容疑者は09年1月、旧知のオマーンの販売代理店創業者からも約30億円を借金。同容疑者は翌月、新生銀に自身の預金約22億円を担保として提供。代理店には12年以降、日産資金約35億円が送金され、ゴーン容疑者は15~18年、うち約5億6000万円を私的流用したとして19年4月再逮捕された。
いずれの送金も、最高経営責任者(CEO)の裁量で支出できる「CEOリザーブ」という災害見舞いなど通常予算外の予備費を利用。この予備費はゴーン容疑者の指示で09年ごろ創設されたという。
参照:
(※2)特別背任2つあるんですけど、ひとつは新生銀行のスワップの付け替え:
カルロス・ゴーン容疑者の会社法違反(特別背任)容疑は、前註の「サウジアラビア・ルート」「オマーン・ルート」の中東の友人への資金提供の他に、新生銀行のスワップ取引の付け替えがある。
東京地検特捜部は2018年12月21日、ゴーン容疑者を私的損失を日産に付け替えて損害を与えたとして、会社法違反(特別背任)の疑いで再逮捕した。
これは、同容疑者が日産のCEO(最高経営責任者)だった2008年10月、自身の資産管理会社と新生銀行との間で契約した通貨デリバティブ(金融派生商品)取引で生じた約18億5000万円の評価損を、資産管理会社から日産に付け替えた疑い。ゴーン容疑者は日産の報酬は円建てだが、生活の大半が海外のため、有利なレートでドルが買える「為替スワップ取引」を2008年契約。同年秋のリーマンショックで巨額の評価損を抱えた。
※参照
(※3)誰に損害を与えているわけでもない:
そもそも金融商品取締法違反容疑については、報酬が退任後に支払われる仕組みであったことから、ゴーン氏はまだ受領していない。
また、特別背任罪に問われているのはあくまで「日産からオマーンの販売代理店スハイル・バハワン・オートモーティブ・グループ(SBA)への支払い」であり、それが「任務違背」に当たらない限り、結果的にその支払がゴーン氏の個人的利益につながったとしても(「利益相反」など経営者の倫理上の問題は別として)、特別背任罪は成立しない。
ゴーン氏は「SBAへの支払は、毎年、販売奨励金として行っているもので、問題ない」と主張している。
また、新生銀行のスワップの付け替えについてもゴーン氏は「銀行と協議の上、一時的に日産の信用力を担保として借りただけで、損害を与えていない」と、容疑を否認している。
※参照
(※4)小沢事件
2009年夏に民主党が政権を取り、小沢一郎氏が幹事長に就任して約4ヵ月後の2010年1月、東京地検特捜部は小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」の資金を巡り、小沢氏秘書の大久保隆則氏、元秘書の石川知裕氏(当時は衆議院議員)、他1名を政治資金規正法違反の容疑で逮捕、起訴した。
小沢氏自身も検察審査会により起訴議決され、2011年1月に強制起訴された。秘書3人は有罪に、小沢氏は2012年11月に無罪判決が確定した。
この間、民主党の党員資格が停止され、小沢氏は政治家としての活動を制限された。また、秘書への取り調べが圧迫的であり、検事による供述内容の改変やマスコミへのリークによる世論誘導など、問題の多い捜査方法が明らかになった。石川氏は検察の意図を「鳩山政権潰しだ」と述べている。
参照:
(※5)いつになったら裁判が始まるのかわからない:
このことは、ベイルートで記者会見を行ったカルロス・ゴーン氏も会見中に発言している。
参照:
(※6)裁判所が勾留延長請求を却下したりして:
参照:
日産のクーデターに検察が乗った!? 「不正があるなら取締役会で議論して解任すればいい話。本当に犯罪の実態があったのか」と郷原氏
岩上「なるほどね。これがもう、どんどんどんどん付け加えられていった。そこも本当に内実合うもんじゃない。
それから重要なポイント、日産が言ったこと。だから日産のクーデターだといった話に、検察が乗ったという」
郷原氏「そういうことです」
岩上「こういうゴーンの主張は、正当性があるってことですね?」
郷原氏「これまでの経過からすると、クーデターであることは間違いないですよ。少なくとも。だって、会社の中で本来完結すべき事件ですよ。安倍首相がそう言ったらしいじゃないですか(※7)。たまには、いいこと言うなと思って」
岩上「珍しいこと(笑)。社内でやってほしかった、みたいな」
郷原氏「珍しい。たまにはいいこと言うな。その通りなんだったら、検察に『やめろ』って言えばいいんですが」
岩上「そうですよね。指揮権発動(※8)すればいいじゃないんですかね」
郷原氏「いいんですよ、それで。そういう問題なんだから。本来の手続きでいえば、本当に不正があるというんだったら。とても不正とは思えないですけど、不正があるというんだったら、それを取締役会に報告して、ゴーン会長の解任を議案に出して、で、決議して解任すればいいじゃないですか。
それが本来のやり方ですね。それを、検察に話を持って行って、検察に逮捕してもらって、2人の代表取締役を取締役会に出れないようにして、欠席の状態で解任をしたと。これ、立派なクーデターじゃないですか。これクーデターじゃなくて、何がクーデターだ。
ただ、クーデターってのは、これは歴史上もそうだけども、中には正しいクーデターってのもあるんですよ。絶対王政みたいなものが、クーデターでひっくり返されたと」
岩上「それ、革命ですからね」
郷原氏「ええ、革命ですよ。民衆のためになるクーデターもあるでしょう。ですから、もし、絶対王政が、もう、とんでもない不正をやっていた。それを正すためには検察の力を借りるしかなかったっていうんであれば、正当化される余地もあると。そういう意味で、致し方ないクーデターだった、というんならわかるんですよ。クーデターはクーデターです。
で、問題は、そういう露骨な、悪辣なクーデターだったのか、単なる会長を追放することが目的で、そのために不正を引っ張り出したっていうクーデターだったのか。それとも、もう、本当に不正っていうものがあって、その不正を正しく法律を適用して評価したら、これは事件だと。検察が正しく判断して事件をやったんだとすると、正しいクーデターだったということになると。
そのどっちなのかってことが、さっき言った、この金融商品取引法の事件、本当に刑事事件なのか、ということに尽きるんですよ。結局」