2019年末に一大ニュースが飛び込んだ。昨年12月30日(日本時間31日)、日産自動車の前会長カルロス・ゴーン氏が国籍を持つ国の一つであるレバノンの首都ベイルートに到着したと、欧米メディアが相次いで報じた。
ゴーン前会長は2018年11月に金融商品取引法違反の容疑で逮捕された。3月5日には保釈が決定されたが、翌日6日に保釈保証金10億円を納めて保釈されるまで計108日にわたり拘束されていた。その後、弁護士同席で記者会見を行う旨を発表したが、会見の直前の4月4日に東京地検特捜部に再逮捕されたため、口封じのための逮捕かと問題となっていた。ゴーン氏はこれまで、合計4回起訴されている。
▲2019年4月9日本外国特派員協会主催 日産自動車前会長 カルロス・ゴーン氏緊急記者会見より
東京地裁は昨年4月25日、保釈を認める決定を出した。地裁は保釈の条件として、海外への渡航を禁止していた。ゴーン氏は同日、保釈保証金5億円を納付。1回目と合わせて15億の保釈金を支払うこととなった。
ゴーン氏声明「私はいまレバノンにいます」
ゴーン氏は、「逃走」が報じられた12月30日(日本時間31日)付で以下のような英文の声明を発表。保釈条件を破って日本を出国したことを明らかにした。
「私はいまレバノンにいます。もはや私は有罪が前提とされ、差別がまん延し、基本的な人権が無視されている不正な日本の司法制度の人質ではなくなります。日本の司法制度は、国際法や条約のもとで守らなくてはいけない法的な義務を目に余るほど無視しています。私は正義から逃げたわけではありません。不公正と政治的迫害から逃れたのです。いま私はようやくメディアと自由にコミュニケーションできるようになりました。来週から始めるのを楽しみにしています。」
関西空港からプライベートジェットで飛び立ちトルコ経由でレバノン入国か?レバノン、フランス政府は「逃走」への関与を否定
ゴーン氏は、関西空港からプライベートジェットに乗ってトルコに入国しレバノンに入ったとされているが、いまだ詳しいことは分かっていない。
出国には妻のキャロルさんが計画に関わったと仏紙などによって報じられていたが、ゴーン氏は「私は単独で出国の準備をした」、「家族は全く何もしていない」とコメント。この稿を書いている1月4日の現時点では、米紙ウォールストリート・ジャーナルが、ゴーン氏は米陸軍特殊部隊、グリーンベレーの出身とみられる男性ら2人の助けを借り、音響機器を入れる箱に隠れて日本を出国したのではないか、と報じているのが、最も踏み込んだ報道である。もっとも、これが真実かどうかの確認はなく、「飛ばし」の可能性も捨て切れない。
東京地検特捜部は31日付でゴーン前会長の保釈を取り消し、保釈保証金15億円を没収。その後、日本の当局は、国際刑事警察機構(ICPO)にゴーン前会長を起訴済みの罪について国際手配する手続きを取った。しかし、ICPOには強制力がなく、逮捕される可能性は低いとみられている。
ゴーン氏が国籍を持つレバノンとフランスの両政府は今回の「逃走」事件への関与を否定した。
国際政治学者・内藤正典氏「レバノン政府に説明を求めても無駄」「72年にイスラエルの空港でテロを起こした岡本公三でさえ引き渡さない国」
ゴーン氏の「逃走」先であるレバノンのセルハン暫定法相は、「ゴーン前会長は合法的な旅券で入国した」として、日本への引き渡しは困難との見解を示した。日本とレバノンの間には犯罪人引き渡し条約がなく、ゴーン前会長の引き渡しは極めて難しい情勢となる見通しである。
国際政治学者の内藤正典氏は、レバノンという国は引き渡しどころか一筋縄では行かない国であるとういことを、次のような表現でツイートで解説しています。
「明らかなことは、恥をかかされた日本の司法当局や出入国管理庁が、レバノン政府に説明を求めても無駄だということ。どこでどうやって旅券を手に入れて日本から逃亡したか、知っていても言う訳がない。
ご存知ない人も多いと思うが72年にイスラエルの空港でテロを起こした岡本公三でさえ引き渡さない国」
■2019年12月31日、内藤正典氏ツイート
内藤正典氏(IWJ撮影)
日本は「人質司法」が当たり前に横行する「検察強権国家」のイメージが国際的にも定着!
海外メディアは、ゴーン氏の「逃走」を驚きを持って伝えている。仏経済紙レゼコーは今回の事件を「大脱走」と報道。また、仏紙ルモンドはレバノンを出国先に選んだことについて、「意味ある選択だ」と指摘した。さらに、仏紙フィガロが「ゴーン氏が日本から逃げ出したのは正しかったか」と読者に尋ねたところ、そうだと応じた人が77%に上った。
これは、別の言い方をすれば、日本という国では不正義が横行し、このようなアクロバティックな逃走方法で司法から「脱走」をはかるのは許される、とみなされている、ということである。このことを、日本社会は真剣に受けとめる必要があるはずである。「人質司法」が当たり前に横行し、容疑者の人権が守られず、裁判が形式化していて、検察が起訴すれば、高確率で有罪になってしまう。「検察強権国家」とのイメージが国際的にも定着してしまっているのである。
ゴーン氏が国籍を持つもう一つの国、ブラジルでも今回の事件は大きく報じられた。ブラジルの有力紙「フォリャ・デ・サンパウロ」は、「日本では、起訴された99%以上が有罪になる」、「たとえ無罪であっても、検察は最高裁まで訴えることができるため、(被告は)何年もの間、裁判に引きずり込まれる」と報じ、日本の司法制度を批判した。
仏紙フィガロによると、ゴーン氏はレバノンの首都ベイルートで8日に記者会見を開く方針とされている。
- ゴーン被告、8日にベイルートで記者会見へ 仏紙が報道(朝日新聞、2020年1月2日)
元特捜検事・郷原信郎氏「ゴーン氏の事件は『異常な捜査経過の問題、長期間の身柄拘束や保釈条件による人権侵害の問題』が明るみに出た『異常な事件』」
ゴーン氏の逮捕時から発信を続けている元特捜検事である郷原信郎氏は、ゴーン氏の事件は、「明らかに異常な捜査経過の問題、長期間の身柄拘束や保釈条件による人権侵害の問題」が明るみに出た「異常な事件」であったと指摘している。しかしながら、日本のマスコミはゴーン氏の主張をほとんど報じず、「絶望的な状況」であり、こうした状況の中で、ゴーン氏が「国外脱出が可能」ということを知り、15億円の保釈保証金を失ってもその可能性に賭けてみようとしたのは、「理解できないことではない」としている。
その上で郷原氏は、検察は「レバノンに対して、外務省当局の協力の下に、被告人のゴーン氏の引き渡しをとことん求めるべき」とし、「本当に、ゴーン氏を起訴した罪状が悪質・重大なものであり、ゴーン氏に対する日本での扱いが不当なものではないと『確信を持って』言えるのであれば、国際社会に対してそれを堂々と主張し、犯罪者を匿うレバノンを批判すればよいはず」と主張している。
▲郷原信郎氏(IWJ撮影)
問題は、本当に検察が、確固たる証拠をもって逮捕に至ったのか。それとも、自白を強要する悪しき「人質手法」の手口に頼るつもりで、安直に身柄を拘束したのか、その点がまさに問われているのである。検察はこの問いに正面から答えなければならない。
IWJは、2018年のゴーン氏逮捕の際、郷原氏にインタビューを行っている。こちらも合わせてご覧いただきたい。