ウクライナ軍とロシア軍の最激戦地で、ネオナチの「アゾフ連隊」が拠点とするマリウポリ。5月17日にウクライナのゼレンスキー大統領がアゾフスタリ製鉄所からの兵士の撤退を命じた。これは事実上、マリウポリの陥落を意味する。
これを機にIWJでは、マリウポリ攻防戦を巡る両国のプロパガンダを振り返り検証するシリーズを開始する。今回は、ロシア軍の産科病院爆撃に関する報道を取り上げる。
マリウポリでは市議会が「一部住民がロシア領へ強制移送させられている」と声明を出し、ロシア軍による病院占拠や劇場への空爆等の非人道的行為をウクライナ側が発表している。
特に2022年3月9日、ロシア軍が産科・小児科病院を爆撃し、死傷者を出したとのウクライナ側発表に、ロシア非難の声が高まった。
しかしこれに対し、ロシアの国連次席大使は、ウクライナによる「フェイク・ニュース」だとして、「アゾフ連隊が病院職員を追い出し、軍事施設に転用していた」と反論した。
ネット上では双方の主張に、さまざまなファクトチェックが行われた。ロシア側主張を裏付ける記事も確認されたが、再反論も行われていた。
ところが4月3日、事態は急転する。
ロシアのテレビ局「チャンネル1」のウェブサイトが、ロシア軍の産科・小児科病院「爆撃」から避難した妊婦として西側メディアに報道されたウクライナ女性、マリアンナ・ヴィシェミルスカヤさんの激白映像を配信したのだ。
なんと、ヴィシェミルスカヤさんは「ロシア軍の産科病院空爆はなかった」「病院はアゾフ連隊が占拠し、妊婦たちから食料を奪った」と証言したのである。
IWJは映像に付けられた配信内容のテキストを全文仮訳してご紹介する。
日本のメディアも一斉にセンセーショナルに報じたこの事例、皆様もぜひ、ご一読いただきたい!
本記事は前後編に分けてお届けする。これはその(前編)である。
激戦地・マリウポリで「住民がロシア領へ強制移送」と市議会声明! ロシア軍の病院占拠や劇場空爆もウクライナ側が発表!
ウクライナ南東部の都市マリウポリで2022年3月19日、市議会が「一部の住民がロシア領へ強制的に移送させられている」との声明を出した。
黒海に面した港湾都市のマリウポリは、ドネツク州だが、ドネツク人民共和国には含まれておらず、ウクライナ内務省が管轄する準軍事組織「国家親衛隊」に所属する極右・ネオナチのアゾフ連隊の拠点だ。2月24日から5月17日まで、ロシア軍とウクライナ軍との間で最も激しい戦闘が行われてきた場所の一つである。
▲マリウポリはウクライナ東部のドネツク州にある都市。マリウポリは、ドネツクとルガンスクの分離派地域とクリミア半島を結ぶ要衝。(Wikipedia、Olegzima クリエイティブ・コモンズ画像をIWJが加工)
3月20日付けCNNは、「声明は、この1週間で数千人が連れ去られたと主張。ロシア軍が、女性や子どもら1000人以上が避難していたスポーツクラブの建物などから違法に人々を連れ出したとしている」「住民らはロシア軍の拠点で携帯電話や書類を調べられた後、ロシア国内の遠隔地へ送られているという」「声明によると、ボイチェンコ市長はロシア軍の行為について、第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる強制連行のようだと非難」などと報じている。
3月15日にはロシア軍が病院を占拠し、患者や医療従事者ら400人を人質にした、16日には市民らの避難所となっている劇場をロシアが空爆したなどと報じられ、そのいずれもがウクライナによる発表である。
「ロシア軍の産院爆撃で死傷者」の発表に、ロシア側が「フェイク・ニュース」「アゾフが職員を追い出し、軍事施設に転用」と反論!
マリウポリでは、3月9日にロシア軍が産婦人科、小児科を有する病院を爆撃。ウクライナ政府は6歳の少女を含む3人が死亡、17人が負傷したと発表し、「非人道的」とロシアを非難する声が高まった。
9日付けCNNは、ロシア軍によるマリウポリでの病院爆撃について、「マリウポリ市議会は破壊された病院の動画を投稿し、ロシア軍が複数の爆弾を空から投下したと非難。『破壊は甚大だ』『子どもたちが最近治療を受けていた医療施設は完全に破壊されている』と述べた」と報じた。
また、「ゼレンスキー氏はメッセージアプリのテレグラムで『産科病院に対するロシア軍の直接攻撃があった』『人々や子どもたちが残骸の下敷きになっている。残虐行為だ。世界はいつまでテロを無視する共犯者でいるのか』としている」と報じた。
▲産科・小児科病院への爆撃を報じるCNNのウェブサイト。(CNN、2022年3月10日)
他方で10日付けロイターは、ロシアのポリャンスキー国連次席大使が10日、「フェイク・ニュースはこうして生まれる」と題して、7日に「病院は軍事施設に転用され、配置されたウクライナ軍部隊が攻撃している」とのロシア側の文書を表示したツイートを紹介している。
3月10日のポリャンスキー国連次席大使のツイートは、ロシアによる病院爆撃を非難する国連のグテーレス事務総長のツイートに反論するかたちで、次のように書かれている。
「That’s how #Fakenews is born. We warned in our statement back on 7 March (https://russiaun.ru/en/news/070322n) that this hospital has been turned into a military object by radicals. Very disturbing that UN spreads this information without verification #Mariupol #Mariupolhospital
(このようにしてフェイクニュースが生まれます。 3月7日の声明で、この病院は過激派によって軍事目的(標的)に変えられたと警告しました。国連が検証なしでこの情報を広めることは非常に憂慮すべきことです)」
そして、このツイートに添付された3月7日の声明のスクリーンショットには、次のように書かれている。
「Ukrainian radicals show their true face more distinctly by the day. Locals reports that Ukraine’s Armed Forces kicked out personnel of natal hospital #1 of the city of Mariupol and set up a firing site within the facility. Besides, they fully destroyed one of the city’s kindergartens.
(ウクライナの過激派は、日に日にその素顔を鮮明にしている。地元によると、ウクライナ軍はマリウポリ市の1号出生病院から職員を追い出し、施設内に射撃場を設置した。さらに、市内の幼稚園の一つを完全に破壊した)」
また、在イスラエルロシア大使館は10日、病院爆撃を報じたイスラエルメディアのKAN(イスラエル公共放送)とハアレツに反論する形で、次のようにツイートしている。
「X @kann_news, @haaretzcom and other media: The truth is that the maternity hospital has not worked since the beginning of Russia’s special operation in Ukraine. The doctors were dispersed by militants of the Azov nationalist battalion. #StopFakeNews
(X KAN、ハアレツ、およびその他のメディア:真実は、ウクライナでのロシアの特殊作戦の開始以来、産科病院は機能していないということです。医師たちは、アゾフ大隊の過激派によって解散させられました。#StopFakeNews)
ただ、その一方で、上記CNNの記事は、「ドネツク地方の警察は初期情報を基に、この攻撃により母親やスタッフを含む17人が負傷したと明らかにした」「爆撃後の病院を捉えた映像には、患者と職員がいる様子がはっきり映っている。病院から運び出される出産間近の女性の姿も見られる」とも報じている。
双方の主張を、ネット上で多くのファクトチェックが! ロシア側主張を裏付ける記事はあった!
この病院爆撃をめぐっては、ウクライナ側、ロシア側双方の主張に対して、ネット上でも多くのファクトチェックが行われている。
ジャーナリスト櫻井春彦氏のブログ『櫻井ジャーナル』の3月12日付けの投稿には、病院が攻撃される前の3月8日、ロシアのメディア『レンタ・ル』に掲載された記事が取り上げられ、記者がマリウポリからの避難民を取材しており、「その避難民によると、2月28日に制服を着た兵士が問題の産婦人科病院へやってきて、全ての鍵を閉め、病院のスタッフを追い払って銃撃ポイントを作っていた。つまり病院を要塞化した」と、ロシア側の主張を裏付ける記述があることが伝えられている。
IWJが『レンタ・ル』の当該記事を翻訳してみると、確かにその中に次のようなレポートがあった。
※本記事は「note」でも御覧いただけます。単品購入も可能です。
https://note.com/iwjnote/n/n1633b3a4a2e5