【第362号】岩上安身のIWJ特報!自民党改憲草案の緊急事態条項は戦前の国家総動員法の起動スイッチ!? 衆院解散で「ナチスの手口」がいよいよ現実に!? 岩上安身による早稲田大学・長谷部恭男教授インタビュー(その7) 2018.2.28

記事公開日:2018.2.28 テキスト独自
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(岩上安身)

◆ヤバすぎる緊急事態条項特集はこちら!|特集 憲法改正
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その6の続き

▲長谷部恭男・早稲田大学教授(http://bit.ly/2HMo44L

自民党改憲草案の緊急事態条項は国家総動員法を起動させるスイッチ!それどころか、緊急事態条項には対象の限定もなく、国家総動員法以上!?

岩上「では、自民党憲法草案の緊急事態条項の問題点についてお話をうかがいたいと思います。資料として全文を用意しました。先生、どのように評価しますか?」

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長谷部「はい。やはりこの中で一番注目すべきなのは、『法律と同じ効果を持つ政令の制定が可能になる』ということなんですね。国家総動員法を起動させるスイッチが憲法の中に組み込まれるということで、総理大臣が必要だと思えば、閣議にかけてこのスイッチを押すことができるようになる。(※101

『第9章緊急事態第98条』の『特に必要があると認めるとき』は、文面ではずいぶん離れているんですけれども、『内閣総理大臣』が主語なんです。そして『閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる』と。そうすると、次の第99条の『内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる』につながります。財政上の措置も取れるということなんですけれども。戦前の国家総動員法でも、勅令を以て法律事項をどんどん制定できた」

▲自民党憲法改正草案第98条(http://bit.ly/2sLnNLU

▲自民党憲法改正草案第99条(http://bit.ly/2BK0K6L

岩上「当時は、勅令は天皇陛下の権威を以て発令していたわけじゃないですか。憲法上の主権が天皇にあるという話ですよね。だから、天皇になっちゃうわけじゃないですか。現行憲法では主権者が国民なのに、『いやいや、主権は俺だ』くらいの話になる。安倍さんの出すものが勅令と同じ意味合いを持つわけでしょう。すさまじいことじゃないですか」

長谷部「ええ。戦前の勅令というのは、実際は政令なのですが、まあただ、現憲法下でも、政令を公布するのは天皇なんです(※102)。そんなに違いはないかもしれないのですが」

岩上「ああ、なるほど」

長谷部「まあ、国家総動員法と違って、対象の限定もございませんし。『とにかく法律事項は、なんでも政令で変えられる』ということです」

岩上「ここがすごいですね。本当に戦前よりもすごい」

長谷部「はい、戦前よりも、はるかに適用範囲が広いものになります」

岩上「そして、『何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない』。はっきり『従属せよ』と書いてあるわけですね。原則自由の国家から、『何人も命令に従わなければならない』国家になる」

▲自民党憲法改正草案第99条の3(http://bit.ly/2EVouXD

長谷部「これはいったいどういう意味があるのか、私にはちょっと意味がわからないんですけれども」

岩上「ええっ、そうなんですか。『国民の生命・身体及び財産を守るために行う措置』に対して、国その他の公の機関が指示したら、『国民は何人も』ですよ。すごいですね。『何人も従わなければならない』。会社だろうが、個人だろうが、全部従わなければいけないんでしょう」

長谷部「まあ、そういうことは目指してはいるのでしょうが、実際のところ、『では、指示に従わなければどうなるのか』という問題がありまして」

岩上「罰せられるんじゃないですか。拘束されるなど」

長谷部「その罰則が伴っていないと、ただの言葉」

岩上「このあと、好き勝手に法律を作るんじゃないですか。全体主義国家、ものすごい独裁国家では、裁判もなく令状もなくただちに拘束し、勝手に処分が下されるということがあったわけじゃないですか。スターリン下(※103)でも、それからヒトラーの下でも。『そんなことも可能』ということじゃないですか」

長谷部「それは、刑事訴訟法だって政令で変えられるわけですからね。そうならない保証はない(※104)」

岩上「皆さん、よく聞いてください。スターリン下で起きたように、もう本当に、令状なしで拘束とか、裁判なく死刑とか、そういうことが可能になるんですよ」

長谷部「そこまで行くかどうか、よくわかりません。少なくとも理論的には、拘束まではあり得ます」

岩上「戦前でも、例えば、甘粕大尉が大杉栄を殺した(※105)ということがあったじゃないですか。例外的であったとは思うんですけれども」

▲大杉栄(Wikimedia commons、http://bit.ly/2BIcjvo

▲甘粕正彦(Wikimedia commons、http://bit.ly/2EXCuQI

長谷部「まあ、それは事実上の話だと思うんですけれども、もちろんそのほかにも、事実上拷問で命を落とすということはあった(※106)わけですね」

岩上「当時はそれでも、それが問題にされたじゃないですか。でも、問題にできなくなってしまう。『問題じゃないよ、だってこういうのがあるんだもの』ということになっちゃうと、戦前戦中よりも酷いですよね」

長谷部「まあ、何度も繰り返しますけれども、そうならないようにしないといけません」

岩上「そうならないように! 今から、しないといけないですよね」

長谷部「はい」

岩上「もう1つ、『法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる』とあるのですが、これは、ずっと期日の特例を設けることができるということなんですよ。『無限延長可能』ということですよね」

▲自民党憲法改正草案第99条の4(http://bit.ly/2EGERbg

長谷部「うーん、そうですね。何を考えているのかよくわからない規定なんですけれども」

岩上「憲法学の常識では、ちょっと考えられないですか」

長谷部「うーん、どこにどう縛りをかけるつもりなのか、どうもよくわからないですね」

岩上「だって、『効力を有する期間』『解散されないものとし』『任期及びその選挙期日の特例を設けることができる』ということは、縛りがかかっていないじゃないですか。ずーっと特例を設けることが可能だと書いてあるわけだから」

長谷部「理論的には、おっしゃる通りですね」

岩上「そうですよね。他国の国家緊急権に書き込まれているのは、まず『限定的である』ということ(※107)。延長がないこともないけれども、必ず平時に復すると書かれている。それが永遠に延ばされる、憲法体制そのものを書き換えることはできないようになっていて、期間が定められている。ドイツには永久条項がある。

 ところが自民党の改憲草案だと、日本国憲法の下で築かれている法体系は全部書き換えることができるし、定めなく全権をずっと安倍総理が、まあ、その時は安倍さんじゃないかもしれないけれども、握り続けることができる。また、どういう体制にしていくかということも、法律によって次々と書き換えられるということになりますよね」

長谷部「まあ、これも果たして、法律なのかどうかという問題がありますけれども。政令で決めてしまうかもしれません」

岩上「ああ、政令で決めてしまうということですね。『法律の効力を持つ政令で全部決めてしまうことができる』と」

長谷部「とにかくここには、随所に『法律の定めるところにより』と書いてあるんですけれども、これも、先ほどの条項からすると、政令で変えられるわけですよね」

岩上「そうですよね。だからこれは、永久独裁条項の宣言条項じゃないですか」

長谷部「まあ、どうも、どこで縛りをつけるつもりなのかが、よくわからないというのは、おっしゃる通り」

岩上「緊急事態の期間に制限がないと思いますし、内閣は任期延長することができるし。それに対して、例えば地方自治が抵抗すると、地方自治がなくなるし。それに、ここですね。『司法は統治行為論によって、行政のすることの是非に判断を下さない』という話です。これはすごく重要なところだと思います」


※101)総理大臣が必要と思えば国家総動員法のスイッチが入る:自民党改憲草案において、「緊急事態条項」を構成する第98条第1項には、次のよう書かれている。
「第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる」
 「必要があると認める」という行為も「緊急事態の宣言を発する」も、主語は「内閣総理大臣」である。つまり、「緊急事態であるかどうかは内閣総理大臣が自分で決めて、その後、閣議にかけて宣言を発する」(石田氏)というわけだが、その決定の要件は曖昧(条文中に挙げられている「武力攻撃」や「地震」といったものは、「等」「その他」という語が示すとおり、単に例示であって必要条件ではなない)で、規定されているものといえば「内閣総理大臣が『特にその必要があると認める』ということだけ」(長谷部氏)。
 これは、たとえば「選挙という民主主義の手続きの結果として二院制の国であれば当然起こりえる事態」である「ねじれ国会」のような現象ですら、首相が「法案が国会で通らないような事態は異常であり、緊急事態である」として、緊急事態宣言を発令しうることを意味する。
 実際、ワイマール憲法下の保守派の権力者たちがまさにそれを繰り返しおこない、結果的にナチ党の独裁を招いた。
 そして、緊急事態宣言の効果として、戦前の「国家総動員法」と同様の内閣が「内法律と同一の効力を有する政令」を制定する権限を手にする(改憲草案第99条第1項)以上、ここでは「状況次第で憲法さえも恣意的に変えられる」状況、つまり「ある種の『主権独裁』が生じる危険性を排除できない」(石田氏)。このような危険が予測できるというその時点で「欠陥のある改憲草案」であると、長谷部氏も強い語調で批判する。
参照:長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.163−173.

※102)政令:政令とは日本国憲法第73条第6号にもとづく、内閣が制定する「命令」(行政機関が定立する法規)のこと。日本国憲法は、第41条で国会を国の唯一の立法機関とすると定めているため、政令は法律の実施に必要な細則を定めるもの(「執行命令」)や、法律の委任を受けたもの(「委任命令」)に限られる。制定にあたっては、閣議における決定(内閣法第4条第1項)、主任の国務大臣の署名および内閣総理大臣の連署(憲法第74条)、天皇による公布(憲法第7条第1号)、官報への掲載という手続きを踏む。
参照:Wikipedia「政令」【URL】http://bit.ly/2BD7Ua3

※103)スターリン独裁下における人権侵害:ソビエト連邦最高指導者ヨシフ・スターリンが、1930年代後半にソビエト連邦および衛星国内で行った大規模な粛清のこと。
 1922年に党書記長に就任したスターリンは、1924年にレーニンが死去するや否や、派閥主義の禁止を大義名分に、反対派党幹部らを次々と失脚に追い込み独裁体制を固めていったが、1934年末には、同年12月のキーロフ暗殺事件(公式にはニコラエフという青年の単独犯行とされたが、キーロフに脅威を感じたスターリンが仕組んだのが真相であるといわれる)を口実に、政治テロに対する非常措置を導入。
 以後、自らの指導体制を脅かす可能性のある者を「スパイ」や「反革命分子」容疑で拘束しては拷問で罪を「自白」させ、「人民の敵」として次々と銃殺刑や流刑に処していった。
 当初は党内の反対勢力や古参の革命運動家が対象だったが、秘密警察による監視や国民相互の密告を強化して、ほどなく一般党員や大衆へと拡大。学者や文化人、芸術家、さらにはソ連に滞在していた外国人までもが対象となり、犠牲者は800万〜1000万人にのぼる。そして、この「大粛清」を支えたものは、さかんに煽られた外敵に対する極度の警戒心とナショナリズム、そして、同時に進行したスターリンの神格化であった。
参照:
・日本大百科全書(ニッポニカ)「スターリン」【URL】http://bit.ly/2pptzB3
・Wikipedia「大粛清」【URL】 http://bit.ly/2DJRJsZ

※104)緊急事態を名目に人権侵害も起こり得る:自民党改憲草案第99条第3項は、緊急事態において国民は国などの指示に対する遵守義務を負うとし、その場合「第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」としている。この文言の意図するところについて、自民党は次のような見解を表明している。
 「『緊急事態の特殊性を考えれば、この規定は不要ではないか』『せめて「最大限」の文言は削除してはどうか』などの意見もありましたが、緊急事態においても基本的人権を最大限尊重することは当然のことであるので、原案のとおりとしました。逆に『緊急事態であっても、基本的人権は制限すべきではない』との意見もありますが、国民の生命、身体及び財産という大きな人権を守るために、そのため必要な範囲でより小さな人権がやむなく制限されることもあり得るものと考えます」(自民党「日本国憲法改正草案 Q&A 増補版」p.34~35)
 ようするに、現行憲法が保障する多様な基本的人権には「大小」の区別があり、緊急事態に際して、たとえば「財産権」は「大きな人権」として平時と変わらず保障されても、「表現の自由」(第21条)や「思想・良心の自由」(第19条)、「奴隷的拘束および苦役の禁止」(第18条)などは「小さな人権」として制限されてもやむなしというわけである。
 自民党・平沢勝栄衆院議員の「大きな目的のために権利が制限されることもありうる。全ての権利を守ることを前提にし、国が滅びたらどうにもならない」という言葉によく表れているとおり、自民党改憲草案の緊急事態条項は、明らかに国民を国家に奉仕させることを前提としており、これを許せば、自民党のいう「小さな人権」の範囲を政令によってなしくずし的に拡げられる恐れがある。
参照:
・自民党「日本国憲法改正草案 Q&A 増補版」【URL】http://bit.ly/1Prexwd
・毎日新聞「特集ワイド 自民党「憲法改正草案Q&A」への疑問 「小さな人権」とは 緊急時なら制限されてもいい…?」2016年5月23日【URL】 http://bit.ly/1TFg1Iz
・しんぶん赤旗「緊急事態条項で徹底討論 改憲草案のなかでも危険性が高い」2016年9月8日【URL】 http://bit.ly/2BN1vt5

※105)甘粕大尉が大杉栄を殺した:甘粕正彦(1891~1945年)は宮城県出身の陸軍軍人。中国で軍部の特殊工作の任に就き、満州国建国にまつわる様々な謀略に加担した。満州国の建国ののちは、満州国民政部警務司長(警察庁長官に相当)、協和会(満州国で1932年に組織された官民一体の国民教化組織)中央本部総務部長、満州映画協会(1937年設立の国策映画会社)理事長などを歴任し、岸信介とともに満州国の要人として大きな権勢をふるった人物である。
 ここで話題になっているのは、甘粕が麹町憲兵分隊長時代の1923年9月16日、関東大震災直後の混乱に乗じて、無政府主義者の活動家・大杉栄を内縁の妻で婦人運動家の伊藤野枝と甥の橘宗一(6歳)とともに連行、激しい暴行を加えた上で三人を殺害し、井戸に投げ込んだ事件のこと。
 大震災を機に社会主義者らが朝鮮人を煽動し政府の転覆を図る恐れがあったというのがその言い分であった。事件は甘粕の単独犯行とされ、軍法会議で懲役10年の判決が下されたが、実は甘粕は主犯ではなく、陸軍の組織的・計画的犯行だったとする説が有力である。
参照:
・Wikipedia「甘粕事件」【URL】http://bit.ly/2n7hfEu
・Wikipedia「甘粕正彦」【URL】 http://bit.ly/2i9KpkH

※106)拷問で命を落とすこともあった:戦前、「公安を害する虞ある者」を取り締まるという名目のもとに、「特別高等警察(特高)」が国民にしばしば不当な暴行をふるったことはよく知られる。1910~11年の大逆事件(明治天皇の暗殺を計画したとして、幸徳秋水ら全国の社会主義者・無政府主義者が一斉検挙・処刑された事件)を機に「高等警察」(明治政府のもとで反政府的活動を監視・取り締まるために設置された警察部門)から分離し、無政府主義者や共産主義者、社会主義者の監視・取締にあたった政治警察だが、「国体の護持」を担う「陛下の警察官」としての活動はやがて法規を大きく逸脱するようになり、取調と称した長期勾留やスパイの使用、過酷なリンチによる「自白」の強要、そして、そのような拷問のすえの殺人までもがおこなわれるようになった。労働運動家で非合法時代の日本共産党幹部の岩田義道や『蟹工船』で知られるプロレタリア作家・小林多喜二は、そうして殺害された人物として有名である。
司法検事(司法省管轄)から改善を求められたりもしたが、戦争の激化とともに挙国一致が喧伝されるようになると、また、治安維持法の改正により最高刑が死刑に引き上げられると、それも黙認され、取締りの対象も拡大していった。
 1942年の「横浜事件」のような、罪のでっち上げによる拘束・拷問殺人も横行し、国内だけで拷問による虐殺80人、拷問による獄中死114人、病気による獄中死1503人を数えた。
参照:
・荻野富士夫『特高警察』岩波新書、2012年
・Wikipedia「特別高等警察」【URL】http://bit.ly/2C2wYMg

※107)他国の緊急事態条項は限定的:その例として、長谷部・石田両氏の著作ではフランス共和国憲法第16条第6項が取り上げられている。同条は大統領の緊急事態措置権を定めたものだが、「共和国の諸制度、国の独立、領土の保全あるいは国際協定の履行が重大かつ切迫して脅かされ、憲法上の公権力の正常な運営が妨げられている場合」(第1項)と、発動要件を非常に厳格に設定してあり、その厳格さゆえに実際の発動は1961年4月の退役軍人らのクーデター未遂事件(「将軍たちの反乱」)の際の一度きりである。
 とはいえ、反乱それ自体は数日で鎮圧されたにもかかわらず、緊急事態の発令はまる半年も継続したことをふまえ、2008年には第6項として次の条文が新設された。
「フランス第五共和国憲法第16条第6項 緊急事態権力が30日間行使された後には、国民議会議長、元老院議長、60名の国民議会議員もしくは60名の元老院議員は、第1項に規定された諸条件の充足が継続しているのかどうかを審査するよう憲法院に申し立てることができる。憲法院は、最短期間のうちに公開意見により、その判断を表明する。憲法院は、緊急事態権力行使60日後には、当然に(審査申し立てを待たず)この審査を行って同じ条件の下にその判断を表明し、また、この期間を超えた後にはいつでもそれを行うことができる」(長谷部氏による日本語訳)
 要するに、権力による緊急事態の恣意的延長を防ぐため、発動から30日を経た後は発動の要件について議会が憲法院の判断を仰げるようにしたのである。憲法院が緊急事態発動の要件はもはや満たされていないと判断を下しても、最終的な決定権は大統領にあるため、自動的に緊急事態が終了するわけではないが、大統領も憲法院の判断は蔑ろにできぬ気風がフランスにはあるという。
参照:
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.150~155, 177~179.
・三輪 和宏「2008 年 7 月 23 日のフランス共和国憲法改正」『外国の立法』240、国立国会図書館調査及び立法考査局、2009年【URL】http://bit.ly/2EyhEV2

改憲をするなら『統治行為論退治』を憲法に書き込むべき!それがグローバルスタンダード!ドイツでは統治行為論は存在せず、憲法裁判所はどんなに高度に政治的な問題でも必ず結論を出し、国民からの信頼も非常に高い

岩上「それでは、もし緊急事態条項を作るなら、何が必要でしょうか。私どもがどれだけ日本の緊急事態条項がひどいと言っても、あの人たちはやろうとするでしょう。緊急事態条項をどうしても入れるというのであれば、少なくともしなければいけないことがある。『統治行為論』(※108)を成敗・退治しなければいけないというお話ですよね」

長谷部「そうですね。これはいわばグローバルスタンダード(※109)です。きちんと裁判所のコントロールが効くようにしておかないといけない。そのために退治しなければいけないのが統治行為論だということになるだろうと思います。

1960年の苫米地事件判決は、『高度に政治的な問題については、たとえ法的判断が可能であるにしても裁判所としての判断は下さない』ということでした。苫米地事件の場合、『衆議院の解散』でしたし(※110)、砂川事件の場合は『旧日米安保条約』(※111)ですね。よく注意しないといけないのは、『裁判所としての改めて独自の判断は下さない』という意味であって、結局のところは、『政治部門の判断を丸呑みする』ということなんですね。
 つまり、苫米地事件の場合でいうと、『衆議院の解散は合憲有効だと政治部門が判断しているのだから、それを前提にして裁判をします』ということです。砂川事件の場合は、『政治部門が日米安保条約は有効な条約だと判断しているだから、それを前提にして裁判をします』ということです。これが、『統治行為論』なんですね」

▲もし「緊急事態条項」をつくるなら何が必要か(http://bit.ly/2oo8raB

岩上「統治行為論というのは、フランス語の直訳らしいんですけれども、そういうものを入れてしまってはいけないということですね。緊急事態条項を憲法に導入するのであれば、統治行為論を退治しておく必要があるとおっしゃっています。『統治行為の法理は、これを認めない。いかに高度に政治的な問題であっても、法律上の争訟である以上、裁判所は審議をして結論を出さなければならない』ということを、憲法に書き込む必要があるわけですね」 

長谷部「はい。これを置いておかないと、少なくともグローバルスタンダードに追いつかないということになるだろうと思います。結局、最高裁が『統治行為論はもう使いません』と判例を変更してくだされば、それはそれで憲法など変える必要はないんですけれども、それはなかなか期待できないものですから。そうであれば、判例を覆すためには、憲法自体を変えるという必要が出てきそうですね」

岩上「『憲法改正をするのなら、これを入れよう』と」

長谷部「はい」

岩上「戦後ドイツには統治行為論は存在しないんですね」

長谷部「そうです。ドイツの憲法裁判所(※112)は、どんなに高度に政治的な問題でも、必ず結論を出します」

▲「緊急事態条項」導入と引き換えに「統治行為論」を放棄せよ!(http://bit.ly/2Cz6Mnz

岩上「なるほど。統治行為の法理は取っていない。必ず憲法裁判所にかける。憲法裁判所の判決は、すごく権威があるんですね」

長谷部「そうですね。法的に拘束力があるというだけではなく、国民にアンケートをしたところ、『最もあなたが尊敬する国家機関はどれですか』という問いに対して、多くの国民は『連邦憲法裁判所』と答えている。精神的な権威も非常に高い裁判所です」

▲「ヒトラー独裁」の経験から憲法裁判所に権威を与えたドイツ(http://bit.ly/2EKzmVd

岩上「『違憲判断を求める』という提訴も非常に多いんですよね。回数も多いし」

長谷部「非常に多いですね(※113)」

岩上「そこで確定したら納得するということになるわけですね」

長谷部「もちろん、大変な異論を巻き起こすような判決もありました。

 ただ、こういうものは、1つ1つの判断がどうかということよりも、連邦憲法裁判所が、長年にわたってどれほど理屈にもとづいた、みんなが納得いくような判断を積み重ねてきたかという積み重ねですので。どんなに高度に政治的な問題であっても、『憲法裁判所が出した判断ならそれには従おう』というコンセンサスができているということだろうと思います」

岩上「ドイツではそういうコンセンサスを作り上げてきたんでしょうけれども、日本の司法には大問題があります。日本の司法が独立していないのは、1つには、『裁判官人事への政府介入』(※114)があり、統治行為論を放棄した場合にも、政府が人事権限を使って裁判官人事への干渉をさらに強めるのではないかということですよね」

長谷部「そういうリスクがあると思います」

岩上「それを変えるにはどうしたらいいのでしょうか?」

長谷部「ドイツのように、最高裁の判事の任命に、国会の2/3の同意を条件(※115)とすることです。ですから、なるべく幅広い党派が『この人なら大丈夫』と思うような人を裁判所に送り込むということが大事です。それで、内閣が勝手に自分たちの意に沿うような人を最高裁に送り込むということに、タガをはめるということもあります。

 国際的な意見としましては、政党政治から独立したような指名委員会(※116)を作るということもあります。司法あるいは市民社会を代表する人たちが、『最高裁判所の判事にふさわしいのは誰か』というリストを作っておくという話です。そして、『その中から選んでください』と言う。そういうやり方はあり得るんじゃないかと思いますけれども」

▲裁判官人事への政府の介入(http://bit.ly/2Cct8jg

岩上「私は、2年くらい前にライプチヒに行ったんですよ。国事裁判所(※117)を見ました。すごく立派な荘厳な建物ですね。かつて、カールスルーエにも行ったのですが、すばらしい地方都市なんですね。きれいな所です。あそこにあるという憲法裁判所は、権威的な立派な建物というよりは、ガラス張りの市民に非常に近い感じがする建物になっているという話もありました(前註※112参照)」

▲ライプチヒにある旧・国事裁判所(Wikimedia commons、http://bit.ly/2HC9yMT

▲カールスルーエにあるドイツの連邦憲法裁判所(Wikimedia commons、http://bit.ly/2EIInOn

長谷部「ああ、カールスルーエにありますね。日本の最高裁のように、要塞のような建物ではないということかもしれませんが」

岩上「そういう市民に近さを感じさせる司法が、いろいろなところで工夫されて実現されているということなんですね」


※108)統治行為論:政府が議会の立法活動そのものをリードするような国家行為(「統治行為」)について、裁判所はたとえ法的判断が可能であっても、その審査権限を行使しない(裁判所独自の判断は下さない、つまりは政治部門の判断をそのまま受け入れる)という法理。
 「統治行為」は、国家統治の根本に直接に関与するような高度な政治性を有するため、その合憲性は主権者である国民の政治的判断に依拠して合憲性を判断されるべきであるとの見解に立脚し、次のような三種の理論的説明がおこなわれる。
(1)民主的基盤が弱く政治的に中立が求められる裁判所には、国民主権・権力分立の観点からして、本質的に扱いえない問題が存在する(内在的制約説)。
(2)司法権が法政策的観点から違憲・違法と判断することにより生じうる政治的混乱を回避するため、判断を自制すべき問題が存在する(自制説)。
(3)内在的制約説を基本として自制説の趣旨を加味しつつ、諸般の事情を考慮して判断すべき問題がある(折衷説)。
 こうした統治行為論は、日米同盟の合憲性が問われた砂川事件上告審判決(最高裁・昭和34年12月16日)をはじめ、衆議院解散の合憲性が問われた苫米地事件上告審判決(最高裁・昭和35年6月8日)、自衛隊の合憲性が争われた長沼ナイキ事件第一審判決(札幌地裁・昭和48年9月7日)・長沼事件控訴判決(札幌地裁・昭和51年8月5日)において採用され、最高裁の憲法判例として固まっている。
 一方、「高度の政治性」という概念が曖昧であることや、憲法第七十六条・第八十一条が司法審査に政治的性格を理由とする制約を設けていないこと、そして何よりも、憲法の徹底した法支配の原則を没却することを論拠に、これを否認する見解も出されている。
参照:
・Wikipedia【URL】http://bit.ly/1ojq05h
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.179~182.

※109)「統治行為論」を受け入れないのはもはやグローバルスタンダード :長谷部・石田両氏によれば、たとえばドイツでは、ナチス時代にワイマール共和制の「最高裁」と呼ばれたライプチヒの国事裁判所ですら、違憲審査に関しては判断を避けるということが常態化していたが、その反省を踏まえて、ボン基本法のもとで憲法裁判所が設置され、高度な政治的問題についても、必ず裁判所としての判断を下す、すなわち統治行為論の法理は採用しないことになっている。
 アメリカでは「統治行為論」に対応する法理として「政治的問題 political question」論があるが、1952年の製鉄所接収事件(朝鮮戦争の最中に鉄鋼組合がストライキを起こしたため、当時のトルーマン政権が軍に製鉄所接収の命令を下した事件。連邦最高裁がこの命令を違法とし、政府は接収を取りやめた)に象徴されるように、司法が政治部門に対し非常に強い態度で臨む気風がある。
 「統治行為論」の母国フランスにおいても、たとえば2016年のテロ対策強化法において定められた、「テロ行為の遂行を唆す又は称賛するサイトを日常的に閲覧する行為は軽犯罪となり、2年の拘禁刑及び 30,000 ユーロ(約 340 万円)の罰金に処される」という規定に対して、憲法院が人権宣言第11条(「思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである」)に違反するとの判決を下すなど、憲法の基本的理念と衝突するような重要な問題には憲法院が判断を下すほか、緊急事態条項にいたってはその旨が共和国憲法に明記されている(第16条第6項)。
 なお、日本の「統治行為論」という言葉は、フランスの判例が採用した 「acte de gouvernement(=統治の行為)」の訳語に由来する。
参照:長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.182~192.

※110)苫米地事件の場合「衆議院の解散」:苫米地事件とは、1952(昭和27)年8月28日の衆議院解散(当時の第3次吉田内閣が、反対派を抑えるため、第14回通常国会召集のわずか3日後に、不意打ちの形で断行した衆議院の解散。「抜き打ち解散」とも呼ばれる)によって失職した衆議院議員・苫米地義三が、憲法第69条(衆議院による内閣不信任決議)に拠らない解散は違憲・無効であると主張しつつ、任期満了までの議員資格の確認と歳費の支給を求めて訴えを起こした事件である。
 解散は憲法7条(「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ(中略)三.衆議院を解散すること」)における「内閣の助言と承認」を解散権の実質的根拠としておこなわれたものだったが、裁判ではその合憲性が焦点となった。
 最高裁判所は、1962(昭和37)年6月8日、「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである」と、「統治行為論」を採用しながら当該衆議院解散の違法性の判断を回避、上告を棄却している。
参照:
・Wikipedia「苫米地事件」【URL】http://bit.ly/2BXDnEf
・Wikipedia「抜き打ち解散」【URL】http://bit.ly/2DzAXMe

※111)砂川事件の場合「旧日米安保条約」:砂川事件とは、1957年7月8日、在日米軍立川飛行場の拡張計画が持ち上がっていた東京都砂川町(現・立川市)において、強制測量に踏み切った東京調達局および機動隊と、これを阻止しようとする「砂川基地拡張反対同盟」のデモ隊が衝突し、デモ隊の一部が米軍基地敷地内に数メートル立ち入ったとして、23人が逮捕、うち7人が起訴された事件である。裁判は、一義的には日米安保条約にもとづく刑事特別法違反か否かが争われるものであったが、在日米軍基地の憲法適合性をも問う初の裁判として大きな注目を集めた。
 1959年3月30日、東京地方裁判所・伊達秋雄裁判長は、被告らが不当に侵入したとされる米軍基地の存在そのものが日本国憲法第九条二項(戦力保持の禁止)に照らして違憲と判断されるとし、被告全員に無罪判決を下した。憲法第九条を、実質を伴わない空疎な文言にとどめておくまいとしたのである。
 ところが、この伊達判決は異例の跳躍上告によってただちに最高裁に持ち込まれ、同年12月16日、最高裁判所・田中耕太郎裁判長は、「米軍の日本駐留に対して違憲か否か判断を下すことは、これが日米安全保障条約にもとづくものである以上、同条約の内容が違憲か否かを判断するに等しい。しかし、この条約はわが国の重大政策として慎重に審議され、適法妥当なものとして国会の承認を経たうえで締結されたものである。つまり、高度の政治性を有するものであり、純司法的機能をその使命とする裁判所の審査権の範囲を逸脱している」という「統治行為論」を採用し、東京地裁に差し戻した。
 東京地裁は差し戻し判決にもとづき、再度この件を審理。1961年3月27日、岸盛一裁判長は罰金2000円の有罪判決を言い渡した。被告側はこの判決について上告したが、最高裁はこれを棄却し、有罪判決が確定することになった。
 なお、その後も基地拡張予定地の地権者23名が土地収用を拒否していたが、1968年12月、米軍は同地における滑走路延長計画の中止を決定、翌年4月には土地収用認定が取り消されている。
参照:
・Wikipedia「砂川事件」【URL】http://bit.ly/1hyTsi9
・砂川事件跳躍上告審判決文【URL】http://bit.ly/1ACOIqG
・吉田敏浩『検証・法治国家崩壊――砂川裁判と日米密約交渉』創元社「戦後再発見」双書3、2014年.

※112)ドイツの憲法裁判所:ドイツ連邦にはその司法機関として、ボン基本法第95条の定める「連邦通常裁判所 Bundesgerichtshof」(民事事件及び刑事事件)、「連邦税務裁判所 Bundesfinanzhof」(租税に関する公法上の紛争や事件)、「連邦労働裁判所 Bundesarbeitsgericht」(労働協約に関する民事上の紛争や労働者間の紛争・事件)、「連邦社会裁判所 Bundessozialgericht」(社会保険等に関する公法上の紛争)、「連邦行政裁判所 Bundesverwaltungsgericht」(その他の一切の公法上の争訟)があるが、そうした審級制度の外で特別の地位を占め、国家のすべての行為に関してそれが基本法に適合するか否かを審査する特別の裁判所がある。「連邦憲法裁判所 Bundesverfassungsgericht」である。
 連邦憲法裁判所は法律等の合憲性や州法の連邦法に対する適合性を審査するほか、基本権を侵害された個人の救済、基本権の解釈に関する裁判、連邦とラント間あるいは異なるラント間で生じた紛争についての裁判をおこない、さらには大統領訴追、政党の違憲性判断、選挙訴訟など、広汎かつ強力な権限を付与された権威ある裁判所である。それでいて、ドイツ西南部の地方都市・カールスルーエにあるその建物は「ガラス張りで透明感があり、市民に近い感じ」(石田氏)のたたずまい、ワイマール共和制下の国事裁判所にも似た日本の最高裁の「厳めしさ」とコントラストをなす。
参照:
・工藤達朗編『ドイツの憲法裁判:連邦憲法裁判所の組織・手続・権限』中央大学出版部、2002 年.
・国立国会図書館 リサーチ・ナビ「ドイツ連邦共和国-判例」【URL】http://bit.ly/2zRYndT
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.183~184.

※113)憲法裁判所に違憲判断を求める提訴も多い:その例として、著作のなかで長谷部氏は、連邦憲法裁判所による「連邦議会の解散」に関する違憲審査と「NATO域外への軍の派遣」に関する違憲審査に言及している(p.183)。
 このうち、「連邦議会の解散」に関する違憲審査とは、1982年10月に首相に就任したヘルムート・コール首相が、議会における安定多数を確保する目的で連邦議会議員の任期を1年前倒しし議会を解散したことにより実施された、1983年3月の連邦議会選挙に関する違憲審査。
 倒閣だけを目的とした内閣不信任が乱発されて社会が不安定化し、結果的にナチ党の権力掌握を許したワイマール憲法の教訓から、ドイツ基本法は、連邦議会の内閣不信任動議は代わりの首相を選出した上でなければ出し得ないという「建設的不信任制度」を採用している(基本法第67条)。
 与党が意図的に連邦議会を解散して総選挙に持ち込むには、基本法第68条(「自己に信任を表明すべき旨の連邦首相の動議が、連邦議会議員の過半数の同意を得られなかったときは、連邦大統領は、連邦首相の申立てに基づいて、21日以内に、連邦議会を解散することができる」)にもとづき、わざと連邦議会に内閣信任決議案を否決させるという手立てがある。
 コール首相は、与党議員のほとんどを棄権させるというやり口で、連邦議会の信任決議案の「否決」および連邦議会の解散を引き出した。こうした強引な手法が基本法に反するとして、連邦憲法裁判所に提訴。憲法裁判所は4対3の僅差で、内閣信任案否決を認める判断を下した。
 ただし、「首相が議会多数派の継続的信任に支えられた政治をもはや意味あるかたちで行いえないほど、連邦議会における政治的力関係が首相の行為能力を損ない、麻痺させ」るような場合にのみ、との限定がつけられた。
参照:
・Wikipedia「1983年ドイツ連邦議会選挙」【URL】http://bit.ly/2zXxwwQ
・Wikipedia「連邦首相(ドイツ)」【URL】http://bit.ly/2CprVF0
・国立国会図書館「主要国議会の解散制度 調査と情報―ISSUE BRIEF― NUMBER 923 (2016.10.18.)」【URL】 http://bit.ly/2CAwObT
・早稲田大学・水島朝穂のHP「直言:ドイツでも海外派遣に「違憲判決」2008年6月9日」【URL】http://bit.ly/2Cki6IY
・国立国会図書館調査及び立法考査局「立法情報【ドイツ】連邦議会の同意なき連邦軍派遣に違憲判決」【URL】 http://bit.ly/2qbhnUL

※114)裁判官人事への政府介入を防ぐべき:長谷部氏は著書の中で、「日本国憲法に緊急事態条項を盛り込むというのであれば、『統治行為論』を片付け」るだけでなく、「司法の独立を人事権の側面で強めることが必要」であると力説する。
 というのも、現行憲法では、最高裁判所の長官以外の判事は内閣が任命し(憲法第79条)、長官も内閣の使命にもとづき天皇が任命する(憲法第6条第2項)。
 そのうえ、高等裁判所など下級の裁判所の判事も最高裁判所が提出する指名名簿にもとづき内閣が任命し、最高裁の判事たちは、衆議院議員選挙のさいに行われる国民審査で国民から多数のノーを突きつけられない限り、罷免されることはないため、司法の人事権に対する内閣の影響力が非常に大きく、仮に「統治行為論」を採用しないことが憲法に書き込まれ、高度に政治的な問題についても裁判所がきちんと法的な判断を下すということになれば、政府は今度は「人事権限を使って干渉しようという誘惑にかられる」に相違ないからである。
 2014年の「内閣人事局」の設置を通じて安倍政権が国家公務員の人事に介入するようになり、森友学園問題のごとき、時の政権による国の財産の私物化が横行するようになった現状にかんがみても、「そちら(裁判官人事権)の抜け道の蛇口も締めておく必要がある」という長谷部氏の言葉は重く受け止められる。
参照:
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.192~194.
・Wikipedia「裁判官#日本の裁判官」【URL】http://bit.ly/2EkdIXR
・ブリタニカ国際大百科事典「裁判官任命」【URL】http://bit.ly/2q1oz65

※115)政府による司法人事介入を防ぐために(1)――ドイツのように国会の2/3の同意を人事の条件とする:ドイツの「連邦憲法裁判所 Bundesverfassungsgericht」は2つの法廷で構成され、各法廷に8名、合計16名の裁判官が所属している。裁判官は、「連邦議会 Bundestag」(国民の直接選挙で選ばれる議員からなる議会。下院)および「連邦参議院 Bundesrat」(各州政府が人口に応じて決まった議席数の代表者を送り出すことによって成り立つ議会。通常は各州の首相もしくは閣僚が出席する。上院)から半数ずつ選出され、連邦大統領が任命する。選出される裁判官の法的条件は、法曹資格を有する40歳以上の者であり、選出にあたっては両院ともに3分の2の同意が必要。また、各法廷に連邦の最高裁判所(通常裁判所など)の裁判官を3年以上務めた者が3人以上含まれるように構成されねばならず、任期12年で再任は不可とされる。このような任命方法にならい、日本も「最高裁判所の判事の任命には、衆議院、参議院の三分の二の同意を必要とするという方法はある」と長谷部氏は提案する。
参照:
・Wikipedia (en) « Federal Constitutional Court »【URL】http://bit.ly/2EjJxjL
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.193.

※116)政府による司法人事介入を防ぐために(2)――政党政治から独立した指名委員会の設置:The Bingham Centre for the Rule of Law(「法の支配のためのビンガム・センター」。2010年12月に、イギリスの著名な弁護士・法学者でイングランドおよびウェールズ首席法官を務めたトーマス・ヘンリー・ビンガムの業績を記念し設立された、ロンドンを拠点とする民間のシンクタンク。世界各国の法曹や学者が参加し、「法の支配」を確立するための様々な研究や提言をおこなう)が、2016年2月の「Cape Town Principles(ケープタウン原則)」の中で提案している、上級裁判所裁判官の選出・任命方法。
 どの政治機関・政党にも属さない、政治から独立した裁判官指名委員会を設置し、委員会が裁判官としての資質を有すると判断した人物のリストを作成、そのリストにもとづいて裁判官を任命するという仕組みを確立するべきというのがその骨子である。
 長谷部氏によれば、元最高裁判事の泉徳治氏もまた同様の提言をおこなっており、内閣の諮問機関として最高裁裁判官任命諮問委員会を設置し、候補者の所信を聴取しながら選考を進める制度を提案しているとのこと。
参照:
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.193~194.
・The Bingham Centre for the Rule of Law「Cape Town Principles on the Role of Independent Commissions in the Selection and Appointment of Judges, February 2016」【URL】http://bit.ly/2CsQaj8

※117)ライプチヒの国事裁判所:
ザクセン州ライプチヒにある旧ドイツ帝国最高裁判所(現・ドイツ連邦行政裁判所)のこと。建物は首都ベルリンの国会議事堂と並行して建造が始まり、1895年に完成。以後、ドイツ帝国における最高司法機関として民事・刑事の最上級審を管轄した。
 ナチ時代には、マリヌス・ファン・デア・ルッベら国会議事堂放火事件(1933年2月27日)の被疑者5名の裁判劇(同年9月21日〜12月23日)が繰り広げられたほか、ナチスの国家主義的政策に法的正当性を与える判決も多く出した。
 戦後は米英仏戦勝三ヵ国により「ドイツ統一経済区高等裁判所」に改組。2000年に入って大規模な改修工事が行われ、修復を終えた2002年、「ドイツ連邦行政裁判所」庁舎として再スタートしている。2つの広い中庭と中央の丸屋根、エントランスの大きなポルチコ、ドイツ帝国期の彫刻家オットー・レッシングによる壮麗な装飾を施された切妻屋根と彫刻など、改装後も往年の威容をよく残し、観光客も多く訪れる。
 平日は裁判所としての本来の業務が行われているが、開廷時でなければ中央ロビーと大法廷、そして付設の博物館を見学することができる。
参照:
・Wikipedia「ライヒ裁判所」【URL】http://bit.ly/2CwlHnB
・LEIPZIG REGION「新市庁舎/旧ドイツ帝国最高裁判所」【URL】 http://bit.ly/2Cwm8hJ

その8へ続く

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