【第360号】岩上安身のIWJ特報!自民党改憲草案の緊急事態条項は戦前の国家総動員法の起動スイッチ!? 衆院解散で「ナチスの手口」がいよいよ現実に!? 岩上安身による早稲田大学・長谷部恭男教授インタビュー(その5) 2018.2.25

記事公開日:2018.2.25 テキスト独自
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(岩上安身)


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▲長谷部恭男・早稲田大教授

期限・条件付きの「委任独裁」とクーデター的な「主権独裁」――どれほど立憲的な憲法制度が整っていたとしても、主権独裁は出現する可能性があるが、危険な制度は作らない方が良い!自民党改憲草案の緊急事態条項は民主的体制そのものを根底から崩すきっかけを作りかねない!

岩上「そして、独裁には『委任独裁』と『主権独裁』という概念があるということですが」

長谷部「はい。これもカール・シュミットが打ち出した概念です。彼に『独裁』という、非常に端的なタイトルの書物があるんですけれども、その中で彼は、『独裁には2種類のものがある。それは委任独裁と主権独裁だ』と言うんですね(※66)。『委任独裁』が、どちらかというと真っ当な独裁でしょう」

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▲カール・シュミット(Wikimedia commons http://bit.ly/2Fm2O4G

岩上「真っ当な独裁。期限つき、条件つき独裁ということですね」

長谷部「そうですね。現に、憲法にもとづく政治制度があるので。それが危機に直面してそれに対処するために、一時的に、特定の人物なり集団に権力を集中させる。この『権力の集中』というところが、『独裁』という概念と対応しているんですね。そしてその危機に対処できた時には、元の立憲的な体制に戻っていく。あくまで目的のために権限を委任されているにすぎない。そういった独裁です。

 先ほど出てきた、ワイマール憲法48条が定めている大統領緊急措置権は、条文を文字通りに素直に読めば、どう考えてもこの『委任独裁』を定めた規定のはずなんですね」

岩上「なるほど。限定的であると」

長谷部「ええ。ところが、シュミットに言わせると、『独裁にはもう1種類ある。それは主権独裁だ』というわけで、この主権独裁は、先ほどもお話がありました憲法制定権力が裸で現れた状態です。

 『既存の立憲的な制度はこの際関係がない。これから新たな政治制度を、主権独裁を通じて作り上げるんだ』という独裁のあり方ですね。特にシュミットは、ワイマール憲法48条の大統領緊急措置は、実は主権独裁の手段になり得るということを言っています(※67)」

▲委任独裁と主権独裁(http://bit.ly/2HD15ZN

岩上「つまり委任独裁は、本当に一時的で、目的自体が立憲的な制度を守ることですよね。目的を果たしたあとは元に復する。しかし主権独裁は、立憲的な制度をひっくり返して、クーデターのようにある種の政治制度を作り上げるまで独裁を行ってしまう。そこまで逸脱する可能性があると見抜いていたということでしょうか」

長谷部「『独裁』という本を書いた時点でここまで考えていたのかどうかは、よくわからないんですけれども、あとから考えてみると、彼の主権独裁に関する指摘は、非常に示唆的ですね」

岩上「このあと、自民党の緊急事態条項の全文も用意してはあるんですけれども、先生、ずばり、自民党の緊急事態条項の案通りのものがこの選挙のあとに出てくると思いますか?自民党だけではなく、今度『日本ファーストの会』が『希望の党』に名前が変わるそうですけれども、希望の党(※68)、そして自公維。これらを合わせて2/3議席。改憲発議可能な勢力が揃ってしまいます。参院もそうだから、これで発議できるということになって、かけられるものが全く自民党草案通りだとしたら、この主権独裁が解釈次第で可能になるような条文だと思われますか」

▲主権独裁という誘惑(http://bit.ly/2Cz5XLv

長谷部「『主権独裁が現れるかどうか』ということは、実は、『条文で押さえられるか押さえられないか』という話とは、少しレベルが違う話だと思うんです。具体的な政治状況によっては、どんなに立憲主義に即した憲法制度が整っていても、主権独裁は出現する可能性がある(※69)。

 ただ、危ない制度は作らないほうがいい。2012年の自民党改憲草案で示されている緊急事態条項、それにもとづく政府に与えられる権限が、戦前の国家総動員法(※70)を起動させるスイッチを憲法の中に入れ込んでしまうという話ですので。これは、体制そのものを根底から覆すきっかけを作りかねないものだろうと、私は思います」

岩上「憲法がどうであろうと、社会情勢次第では主権独裁が起こり得るとおっしゃいました。戦争とか、途方もない経済的な混乱とか、そういう状況があれば起こり得ると。今、日本は、確かに不況ですけれど、途方もない経済混乱状態、社会が動乱しているというほどではないように思われます。暴れる人たちがたくさんいるような状態でもない。高齢化も進んでいますし。

 ただ、今、煽られている『総力戦』(※71)というのは、戦争遂行体制のことですよね。日本国憲法の中に緊急事態条項が入っていない状態で、総動員体制・戦争遂行体制を一夜にして作ろうとすると、それはもう、クーデターを起こすしかないという話になってしまう。

 しかし、緊急事態条項が入ってしまえば、権力者による合法的なクーデターのようなことが、一夜にして可能になる。そういう懸念はありませんか?」

長谷部「戦前の国家総動員法事態を制定しようとした帝国議会においては、本来法律で定める事項を、すべて、今でいうところの政令である勅令でどんどん変えていける、新しいものもどんどん作っていけるという話だったわけで、これは大日本帝国憲法違反だということです(※72)」

岩上「『勅令』(※73)ということは当然、議会を通さない、立法府を通さない、ということですものね」

長谷部「通さない。実質的には『内閣の判断で出せる』という話ですので。そこがとてもとてもよく似ている(前註※44参照)」

岩上「なるほど。自民党はやはり、本気で緊急事態条項を通し、本気で戦争遂行体制を作り、本気で戦争を遂行しようとしている。絶対平和主義を放棄して、相対的平和主義というか、戦争のできる国になり得る。

 『自衛隊を合憲化しよう』ということだけを聞いたら、『自衛隊は現実には存在するし、まあ、専守防衛ならいいんじゃないの』と思う国民は多くいると思いますけれども、そうではなく、もっと攻撃的な、国を挙げて総力を挙げて、イチかバチか、生か死か、滅ぶか滅ばないか、相手を倒すか自分が倒されるかというような大戦争をする体制を作り出そうとしている。意図はそういうところにあると考えられますね」

長谷部「意図がどこにあるのか、私はなかなか推測できないんですけれども。ただ、国家総動員法というのは、ご存じの通り、適用の対象は一応限られていたわけです。例えば、物資の生産とか、調達とか、流通とか、価格の統制とか、あるいは情報の宣伝か、情報の頒布の取り締まりとか、そういうことだったんですけれども、2012年の自民党改憲草案では、そんな限定は一切ございません(※74)」

岩上「では、かつての国家総動員法よりも、はるかに限定なしのやりたい放題が可能になる」

長谷部「緊急事態の宣言をすれば、法律で定められること、定めるべきことを、とにかく無限定に政令で定められるし、変えられるということ」

岩上「そして、その緊急事態を元に復するような規定はないわけですよね。絶対的に元に戻らなければいけないようにはなっていないんですね」

長谷部「はい。絶対に戻るということにはならない。一応、戻るスイッチらしいものはありますけれども(※75)」

岩上「『らしきもの』はあるけれども、どうにでも、いかようにでもなるということですね。だから恐ろしい話なんですが。

 『ナチスが選挙で、有権者の圧倒的な支持を得たというのは嘘だ』ということですが、1932年の国会選挙でのナチ党の獲得議席数は33.1%。この時、連立政権は少数与党だったにもかかわらず、『国民総決起内閣』(※76)と命名した。今の安倍政権が、やたらと『国民総活躍』、『国民なんとか』と言っているんですよね(※77)。こういうナチのプロパガンダと安倍政権の対応は、『よく似ているな』という気がするんですが」

長谷部「はい」

▲ナチスが選挙で圧倒的な支持を得たというのは嘘!(http://bit.ly/2GzCi7p

岩上「日本でも、自公の得票は有権者全体の3割に満たないんですね。しかし、小選挙区比例代表制の問題なのか、衆参両院の圧倒的多数の議席を得てしまっている。ここが似ています。

 そして、『合法革命』という言い方があるそうですね(※78)。『ヒトラーは合法的に独裁者の座についた』というのは、ある種のプロパガンダの結果、常識化してしまったということです。『合法革命』ということを最初に言い出したのは、ヒトラー内閣で内務大臣を務めたヴィルヘルム・フリック(※79)という人だったといいます。『法の定める手続きに則って、ヒトラーの独裁体制が樹立されたのだから、抵抗はできなかった』と言っているそうです。

▲「合法革命」というプロパガンダ(http://bit.ly/2ofYiNY

 一方日本では、もしこのまま今回の選挙で、希望の党含めて改憲賛成派が2/3の多数を取り、そして発議が行われ、電通がじゃんじゃか宣伝をして、多くの国民が誘導された挙げ句、マスコミがそれに対して抵抗もせず多くの国民が誘導されると、緊急事態条項を入れた『合法革命』になるんですね、きっと」

長谷部「なるほど」

岩上「そうなってしまうんじゃないかという気がするんですけれども。本当は委任独裁のはずだけれど、うっかりすると主権独裁になり得る。ワイマール憲法時代の歴史的教訓というのは、そこじゃないのかというお話ですよね」

長谷部「はい、そうですね」


※66)カール・シュミット『独裁』:
ワイマール体制下におけるドイツの危機的状況の打開策として大統領権限の最大化に活路を見出し、その理論的強化を模索するカール・シュミットの1921年の著作。
 国家の「例外状態」(非常事態)発生時に出現する「独裁」権力について、古代ローマ共和政からロシア革命に至るまでの膨大な政治史・政治思想史の知識と豊富な事例をもとに分析と考察を加え、「委任独裁」と「主権独裁」という二つのカテゴリーを抽出する。
 「委任独裁」とは、国が危機に陥ったとき、危機回避のために一人あるいは複数の人物に権力を集中させるが、その授権はあくまでも時限的であり、危機が回避されたあかつきには各種権限は平時の担い手に返還されるというもの。古代ローマ共和国時代の独裁官が、そしてワイマール憲法第48条の定める「大統領緊急権」がこれにあたる。
 一方、「主権独裁」とは、政権を獲得した革命の担い手たちが新しい体制の確立を目指すために行使する独裁権力のことであり、市民革命期におけるクロムウェル独裁、フランス革命期のジャコバン派独裁、社会主義革命期におけるソ連のプロレタリア独裁などがその例とされる。
参照:
・カール・シュミット著/田中浩・原田武雄訳『独裁――近代主権論の起源からプロレタリア階級闘争まで』未来社、1991年.
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.41-45.

※67)シュミット「ワイマール憲法48条は主権独裁の手段になり得る」:
カール・シュミットが『大統領の独裁』(1924年)で展開した説。
 「独裁」政権の厳密な定義と分類を行った『独裁』(1921年)、ブルジョワ的議会制民主主義の機能不全を徹底批判した『現代議会主義の精神史的状況』(1923年)等と、大統領への権力集中によるドイツ再建の必要性・妥当性を説いてきたシュミットは、ここにおいてワイマール憲法第48条にその突破口を見出した。その理屈は次のようなものである。
「同条第2項第2文は非常事態に大統領が停止できる基本権として、7つ(身体の自由、住居の不可侵、信書・郵便・電信電話の秘密、表現の自由、集会の権利、結社の権利、所有権の保障)の権利を列挙し、『ふつうの解釈』では、これを大統領緊急権の制限、すなわち『明記されたこれら7つの基本権以外は停止できない』と解するのが習わしとなっている。ところが、そのように「列挙」を「限定」と解釈するならば、国家の急に対処できないうえ、停止されていない他の諸々の憲法規定と齟齬が生じる。そもそも、起草過程にかんがみるに、『大統領は公共の安全及び秩序を回復させるために必要な措置をとることができる』とする同項第1文は、とくに限定のない『全般的権限』を念頭に置いており、それを慎重派の要望で追加された第5項(『詳細な規定は国会の制定する法律によって定める』)で制限する仕組みにしたものの、肝心の『詳細な規定』は未だ制定されていない。かくなる『欠缼』状態にあって、第2文の「列挙」は「限定」ではなく、むしろ第1文が認める『全般的権限』のうちの「例示」のように働き、したがって第48条は事実上「主権独裁のような効力をもっている」(第II章)。
参照:
・カール・シュミット著・田中浩・原田武雄訳『大統領の独裁』未來社、1974年.
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.45−49.

※68)改憲勢力としての「希望の党」:
2016年7月の都知事選で勝利し東京都知事となった小池百合子元防衛相は、就任まもなく「都民ファーストの会」を発足させ、翌2017年1月に正式な地方政党として認可を得る。
 7月の都議選で同党は追加公認を合わせて55議席を獲得、都議会第一党に躍り出た。衆議院解散の報が流れる9月25日(このインタビューと同日)、小池氏は全国政党「希望の党」の結成を発表、これと歩調を合わせるように民進党・前原誠司代表(当時)は事実上の解党を宣言し、民進党から希望の党へ合流する議員が相次いだ。
 民進党代表選で前原氏に敗れた枝野幸男氏が立憲民主党を立ち上げ、共産党・社民党と選挙協力してリベラル層の受け皿となったが、10月22日投開票の衆院選では自民党が公示前議席数を維持、希望の党も50議席を獲得し、日本維新の会を加えた改憲勢力が改憲発議に必要な2/3を超える状況が現出している。
 IWJの岩上安身は都議選時から小池氏の本質が極右であることを指摘し、ワイドショーが演出する「小池劇場」に踊らされてはならないこと、希望の党は自公政権のもくろむ改憲の補完勢力に他ならないことを訴えてきた。詳しくは以下を参照されたい。

参照:402383 IWJ「【岩上安身のツイ録】希望の党に希望はない。有権者も、移ってから騙されたと気づいた候補者も幻想からのエクソダスを!極右にとっての万能魔法・緊急事態条項を導入させないためには156議席以上が絶対に必要!! 2017.10.20」【URL】 http://bit.ly/2l5piOD

※69)どんなに立憲主義に即した憲法制度が整っていても主権独裁は出現しうる:
ワイマール共和国からヒトラーの第三帝国の成立にいたるドイツの政治過程は、まさにそのことを我々に教える端的な例であると、カール・シュミット研究の第一人者、田中浩・一橋大学名誉教授は、「当時、世界で最も民主的といわれた憲法を制定し、詳細かつ広汎な人権保障の規定と議会制や政党政治を基本とする民主的な政治制度を整備した民主共和国において、表面的にはまったく合法のヴェールをまといつつ、独裁的暴力機構が確立されていった典型的事例を、われわれの眼前にみごとに提示するものである。現代民主主義国家の底流に、合法的支配の名のもとに形を変えた独裁制を志向する危険性がつねに存在し、かつまたそうした動きが、こんにちますます深く静かに潜行しつつある現在、われわれは、この新しいタイプの専制的独裁体制確立への危険性という実態から目をそらしてはならないし、その意味からも、ワイマール共和国の崩壊過程の歴史的教訓に学ぶ必要をこれまで以上に深く痛感する」と述べた。(「大統領の独裁とワイマール共和国の崩壊ーー憲法第四八条第二項(緊急命令権・非常権限)をめぐる」、カール・シュミット著・田中浩・原田武雄訳『大統領の独裁』未來社、1974年収録)

※70)国家総動員法:
日中戦争の最中の1938(昭和13)年4月1日、第一次近衛文麿内閣のもとで制定(同年5月5日施行)された戦時統制法。
 「戰時(戰爭ニ準ズベキ事變ノ場合ヲ含ム以下之ニ同ジ)ニ際シ國防目的達成ノ爲國ノ全力ヲ最モ有效ニ發揮セシムル」ことを目的とし、そのために「人的及物的資源ヲ統制運用スル」権限を政府に与えた。
 具体的には、兵器・弾薬等の軍用物資をはじめ、食料、被服、医薬品、船舶・車両・馬等の運送用物資、燃料・電力、工具・機械類といった「總動員物資」の生産・配給・消費・輸出入の制限とそれらの収用・使用、「總動員物資」の生産・輸送・配給・教育・研究などの「總動員業務」に従事させるための国民の徴用、さらには、労働条件、会社運営、出版物に関する制限など、国民生活のほぼ全領域にわたって統制を加える命令を、政府が帝国議会の協賛を経ず(「勅令ノ定ムル所ニ依リ」)出しうるというものであり、「全権委任法的性格を持つものであり、その意味で反議会主義的性格のものといえるものであった」(古川隆久)。
 戦況の悪化とともに同法律の適用範囲はどんどん拡大してゆき、敗戦に伴い廃止されるまで、国民は大きな犠牲を強いられることになった。
参照:
・Wikipedia「国家総動員法」【URL】http://bit.ly/2C0JMPv
・Wikisource 原文「國家總動員法」【URL】 http://bit.ly/2BzDWr5
・古川隆久『昭和戦中期の議会と行政』吉川弘文館、2005年.

※71)総力戦:
国家および国民の物質的精神的全能力を動員結集して戦われる戦争のこと。概念としては、フランス王党アクシオン・フランセーズの指導者であったレオン・ドーデの『総力戦』(1918年)を通じて初めて提出され、ドイツの将軍エーリッヒ・ルーデンドルフの『国家総力戦』(1935年)によって定着・普及した。
 政府と政府との戦い(「内閣戦争」)から国民と国民との戦い(「国民戦争」)へと戦争の性格が変化し、これに産業革命による工業技術の飛躍的発達が重なったナポレオン戦争後のヨーロッパで出現、両大戦期に最も徹底された戦争形態で、国民皆兵の徹底、長期消耗戦化、経済の全面的な計画・統制化、そして国民の思想的・精神的統制を特徴とする。
 日本では、第一次大戦勃発と同時に駐在武官・派遣武官らが情報収集や研究を開始し、その報告を通じて「総力戦」の概念が受容された。なかでも元老・山縣有朋、国民党総裁・犬養毅、政友会・野田卯太郎らがそうした総力戦の発想に大きな影響を受けたといい、1917年9月に参謀本部総務部第一課が『全国動員計画必要ノ議』を作成するなど、大戦中にはすでに日本の国情に適合する総力戦体制樹立が軍部で模索され始め、1938(昭和13)年の「国家総動員法」へと結実してゆく。
参照:纐纈厚『総力戦体制研究』社会評論社、2010年.

※72)国家総動員法は大日本帝国憲法違反という指摘があった:
国家総動員法は、日中戦争の勃発を機に第一次近衛文麿内閣のもとで立案が進み、1938(昭和13)年1月中旬から2月中旬にかけて、要綱の公表および議会各派への説明会がおこなわれたのち、同年2月24日、第73帝国議会・衆議院本会議に上程された。
 その過程で、本案が規定する勅令委任範囲のあまりの広さが、大日本帝国憲法違反をはじめ様々な観点から問題があると、政友会および民政党の議員を中心に激しい反対論を呼び起こした。すなわち、「法律論の立場から、(ア)天皇大権(憲法31条)を侵すのではないか、(イ)臣民の自由、権利、義務(憲法第2条)を勅令委任の形で制限するのは違憲ではないか、とする違憲論と、議会主義の立場から、(ウ)広範な勅令委任によって議会の審議権が制限されるのではないか、(エ)戦時においても議会(臨時議会招集)や憲法第8条の緊急勅令(枢密院の諮詢が必要)で十分対応できるとし、さらに立法精神の面から、(オ)このような拘束的法律では、国民の自発的協力(「精神総動員」)はできないのではないか、(カ)日本独自の天皇制を無視し、欧州諸国の総動員法則やナチスの授権法を鵜呑みにして本案をつくったのではないか、(キ)本案提出の裏には『ファッショ』の動き(おそらく「革新」派をさす)があるのではないか、などと批判して本案への反対を明らかにし、 撤回や大修正を迫った」(古川隆久)のである。
 にもかかわらず、法案は軍部に押し切られるかたちで政府原案のまま本会議を通過、同年4月1日に公布される運びとなった。
参照:
・古川隆久『昭和戦中期の議会と行政』吉川弘文館、2005年.
・Wikipedia「国家総動員法」【URL】http://bit.ly/2C0JMPv

※73)勅令:
「勅令」とは、国王や皇帝など君主の地位にある者が直接発することができる命令のこと。日本では旧憲法下において、「法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要」とされる場合に天皇が発することができるとされた命令形式である(大日本帝国憲法第9条)。
 法律と同等の効力を有するが、制定にあたっては帝国議会の協賛を経る必要はなく、代わりに国務大臣(実質的には内閣)の輔弼が必要とされた。つまり行政府が国会を通さず、また法律の委任もなく法令を定めることができた(「独立命令」)わけである。
 日本国憲法では行政立法の「政令」がこれに相当するが、「勅令」の有していた独立命令の性質を持つことは国民主権の観点から許されておらず、「執行命令」(法律を執行・実施するために行政府が定める命令)および「委任命令」(行政機関が国会の定める法律の委任を受けて制定する法的規律)の性質を帯びるものに限り効力がある。
参照:
・Wikipedia「勅令」【URL】http://bit.ly/2kviqJh
・日本大百科全書(ニッポニカ)「勅令」【URL】 http://bit.ly/2o9pTmk

※74)自民改憲草案の緊急事態条項に限定は一切ない:
自民党はその『改憲草案』において、「法律の定めるところにより」という文言(自民側は、これが内閣の行使できる権限を制限すると主張している)を多用し、それでいてその「法律」の原案も全体像を示すわけでもないため、国民の不信感と警戒心を深化させている。
 「緊急事態条項」を構成する2条(第98条、第99条)だけでも8カ所あり、たとえば、自民党は「有事」に際して現行の「国民保護法」が規定する国民の「協力」だけでは対処できない可能性があるとして、『改憲草案』に第99条第3項「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」としており、これは国民に「總動員物資」の供出や「總動員業務」への従事を義務付けていた「国家総動員法」を彷彿させる。
 そして、国民が「従わなければならない」とされる「国その他公の機関」の「指示」の具体的内容に関しては、「法律の定めるところにより」とあるのみで、その範囲は全く限られていない。
 つまり、国民は「協力(自発的行為)」ではない行為、すなわち、「意にそまぬ行為」をも「指示」される可能性があるわけであり、これは現行憲法18条の「意に反する苦役」の「苦役」に当たる。
 要するに、「緊急時」だから「人権を制約しても問題がないんだという条文の作り方になっている」(木村草太氏)のであって、礒崎陽輔・自民党憲法改正推進本部副本部長も、その可能性を渋々肯定している。
参照:
・WEB RONZA「「緊急事態条項」を徹底討論する 礒崎陽輔・自民党憲法改正推進本部副本部長 vs 木村草太・首都大学東京教授」2016年5月8日【URL】http://bit.ly/1NYPvco
・自民党 憲法改正推進本部「日本国憲法改正草案(全文)」【URL】 http://bit.ly/29xWs6C

※75)戻るスイッチらしきものはあるが…:
自民党改憲草案の「緊急事態条項」(第98条、第99条)には、以下の規定も盛り込まれている。
「第98条第3項 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、100日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、100日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない」
 自民党が「日本国憲法改正草案 Q&A」(p.33)でも述べているとおり、これは「緊急事態の宣言の終了」について規定した条文で、「宣言は内閣総理大臣に対して強大な権限を与えるものであることから、授権の期間をきちんと憲法上規定すべき」との考えのもとに設けたとのこと。ところが、つづく第98条第4項には次のようにある。
 「第98条第4項 第2項及び前項後段の国会の承認については、第60条第2項の規定を準用する。この場合において、同項中『30日以内』とあるのは、『5日以内』と読み替えるものとする」ここで言及されている「第60条第2項」とは、予算案に対する衆議院の優越をみとめた規定。つまり、たとえ衆参が「ねじれ」の状態でも、衆議院で緊急事態宣言の延長を認めさせさえすれば、それから5日経てば延長したことになる(長谷部氏)のである。さらに問題は第99条4項である。
「第99条4項 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより(中略)両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる」
 緊急事態宣言の発動中、総理大臣は国会議員の任期を「特例」として延長できるというわけだが、その「特例」の具体的内容(期間や方法など)については、またもや「法律の定めるところにより」として明示を避けている。これでは与党議員がいつまでも「居座ってしま」い、緊急事態宣言が無期限に延長されるような事態が生じかねない(木村草太・首都大学教授)。このように、自民党による緊急事態の宣言の「終了」規定は、宣言を恣意的に「延長」できるような手立てがいくつも用意されたうえで置かれていることを見逃してはならない。
参照:
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.167−171.
・WEB RONZA「「緊急事態条項」を徹底討論する 礒崎陽輔・自民党憲法改正推進本部副本部長 vs 木村草太・首都大学東京教授」2016年5月8日【URL】http://bit.ly/1NYPvco

※76)「国民総決起」内閣:
発足当時(1933年1月30日)のヒトラー内閣は、「ナチス政府」と呼ばれうるような代物ではなかった。それはナチ党と国家人民党およびその他の保守派からなる一種の「大統領直属の連立内閣」のようなものであり、しかもナチ党に与えられた閣僚ポストは首相を除いて僅か2つ(内務大臣フリックと無任所大臣ゲーリング)だった。
 つまりナチ党は内閣では「少数派」に過ぎなかったわけだが、それは、直前の選挙(1932年11月6日)の結果を反映したものであった。
 その選挙では、ナチ党は第1党の地位を維持したものの、得票率は同年6月の国会選挙から大幅減の33.1%にとどまった(しかも社会民主党と共産党を合わせると221議席となり、ナチ党の議席数を25も上回った)。そこでヒトラーは、首相に就任するや国民の信を問うとして、ただちに国会を解散。選挙日を3月5日に設定し、過半数獲得に向けて選挙運動を開始した。
 その際に掲げたスローガンが「国民革命」「国民的高揚」であり、物事を実質以上に大きく見せるナチ流のレトリックであるとともに、保守派のいうところの「ワイマールの無能なデモクラシー」に代わり「真にドイツ的で強力な『権威的国家』の再建を目指す」ことをアピールするものだった。
 選挙はナチ党の勝利に終わったとはいえ、保守派から流れる潤沢な資金を元手に、ラジオ・飛行機等も駆使して大々的な選挙キャンペーンを張ったわりには、ナチ党の得票率は4割強にとどまり、選挙戦終盤に起こった国会議事堂放火事件(1933年2月27日)を口実に排除した左派勢力もさほど議席数を減らさなかった(社会民主党はマイナス1議席、共産党は19議席を減らしたものの81議席を確保)。
 にもかかわらず、ヒトラーは政権初となる3月21日の国会開会日を「国民高揚の日」と銘打ち、ポツダムの衛戍(えいじゅ)教会において盛大な式典を開催。こうして国民は、ヒトラーは「民族の多数による信任」を得て「ライヒの指導を託された」のだと、強く印象付けられたのである。
参照:
・南利明『ナチス・ドイツの社会と国家』勁草書房、1998年.
・宮田光雄『ナチ・ドイツの精神構造』岩波書店、1991年.
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.16-21.

※77)安倍政権もやたらと「国民総〇〇」:
安倍総理は第3次安倍改造内閣を発足させた2015年10月、次の3カ年を「アベノミクスの第2ステージ」と銘打ち、「一億総活躍社会」を目指すと発表。担当大臣に加藤勝信を指名してその下に「一億総活躍国民会議」を設置し、その実現に向けた政策の策定および推進に当たらせるとした。
 2016年6月2日には「ニッポン一億総活躍プラン」を閣議決定。「若者も、高齢者も、女性も、男性も、障害のある方も、いちど失敗を経験した方も、一人ひとりが家庭や地域や職場で自分の力を発揮し、生きがいをもてる社会」「あらゆる場で誰もが活躍できる、全員参加型の社会」を掲げつつ、(1)「イノベーションと働き方改革」による生産性の向上と、労働力の確保を通じたサプライサイドの強化と内需の拡大(第1の矢「希望を生み出す強い経済」)、(2)「一人でも多くの若者たちの結婚や出産の希望を叶え」るなど「経済成長の隘路」たる少子高齢化問題への取り組み(第2の矢「夢をつむぐ子育て支援」)、(3)来るべき「日本の大黒柱」の高齢化・大量離職に備えた「現役世代が介護をしながら仕事を続けることができる」社会保障制度の整備(第3の矢「安心につながる社会保障」)という、「新・三本の矢」を放つとした。
 「夢」「希望」「活躍」「成長」「全員参加」といった耳あたりの良い、だが空疎な言葉の羅列とともに、「一億総玉砕」「進め一億火の玉だ」「一億総懺悔」などの軍国主義時代のスローガンを彷彿させるネーミング。安倍政権のこのプランに不吉なものを感じ取る国民は少なくない。
参照:
・Wikipedia「一億総活躍国民会議」【URL】http://bit.ly/2kbX57s
・政府広報オンライン「特集 一億総活躍社会」【URL】http://bit.ly/2jyQVyS
・首相官邸「ニッポン一億総活躍プラン 平成28年6月2日閣議決定」【URL】 http://bit.ly/2AnyKqh
・東洋経済ONLINE「「1億総活躍社会」っていったい何ですか――担当大臣が担う本当の役割」【URL】 http://bit.ly/2jzo7pX

※78)「合法革命」:
「憲法秩序に適った(つまり合法の)憲法秩序の破壊(革命)」とは、矛盾した言葉だが、まさにナチによる権力掌握の過程と性格を端的に表す表現である。
 表現そのものはヒトラー政権内相ヴィルヘルム・フリックが初めて用いたと言われるが、ヒトラーの『わが闘争』(1925−27年)の中にすでにみとめられる理念であり、1930年のライプチヒ国防軍裁判における弁論では次のように明確に表明されていた。
「ナチス運動はこの国の中で憲法に則した手段でもって自らの目的を実現しようとするものであります。憲法がわれわれに定めていることは方法だけであって目的ではありません。われわれは憲法に則した手段を使って立法機関の中で決定的な多数派となるよう努力するでしょう。しかし、それは、このことを実現したその瞬間に国家をわれわれの理想に合致した鋳型に入れて鋳直すためなのです」(南利明による和訳)
 ヒトラーは、首相に就任(1933年1月30日)してから事実上の憲法破壊となる全権委任法の制定(同年3月23日)までの短い間、様々な場面で「合法性」の演出をおこなった。
 「国民高揚の日」(1933年3月21日)に盛大に開催されたポツダムの衛戍(えいじゅ)教会における国会開会式典の場で、「3月5日の選挙において、わが民族の多数が私の信任を受けた政府(=ヒトラー政権)に対する支持を明らかにし、政府の活動に憲法上の根拠を与えた」と述べるヒンデンブルク大統領に、ヒトラーが「この若いドイツ(=ナチ党)に対し、閣下(=ヒンデンブルク大統領)は高潔な決断をもって、1933年1月30日、ライヒの指導を託された。3月5日には、われわれに対して民族の多数により信仰告白が与えられた」と恭しく頭を垂れたのは、その一例である。
 こうした「合法性」は、多数の左翼議員たちの逮捕、欺瞞と威嚇による合意の調達、ライヒ参議院の強制的同一化といった数々の「違法」の上に建てられていたが、ナチス指導部にとって矛盾を指摘されることなど重要ではなかった。彼らにとっては「『合法性』の装いが存在すればそれで十分」だったのであり、いまだに「ナチスは大多数の国民の支持にもとづく合法的な政権だった」との言説が巷に流布していることからも、ナチスが狙った「合法性」の装いが成功していたことがよくわかる。
参照:
・南利明『ナチス・ドイツの社会と国家』勁草書房、1998年.
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.58-59.

※79)ヴィルヘルム・フリック(1877−1946年):
ドイツ帝国領邦バイエルン王国出身。ハイデルベルク大学で法学博士号を取得したのち、弁護士やオーバーバイエルン管区庁の司法官、ミュンヘン警察本部の次席検事、政治警察長などを務めていたが、1923年にヒトラーと出会いナチ党に入党。
 ミュンヘン一揆(同年11月)による党禁止処分から再建したナチ党で全国指導者や国会議員団団長を務め、1929年にはチューリンゲン州内務大臣兼教育大臣に就任して党勢力の拡大強化に大きく貢献した人物である。
 1933年1月にヒトラー内閣が発足すると内務大臣として入閣。全権委任法、反ユダヤ法(ニュルンベルク法)、強制的同一化政策などの制定をリードし、ナチ党の独裁体制の確立に重要な役割を果たす。10年間この地位にあったが、中盤以降は党内部の権力闘争に身を置き、1943年8月解任され、形式的な閣僚である無任所大臣に任命され、そのままナチ体制崩壊の日を迎える。
 1945年5月4日に連合軍に逮捕。ニュルンベルク裁判で「平和に対する罪」「戦争犯罪」「人道に対する罪」の3項目において有罪判決が下され、翌年10月絞首刑に処せられた。
参照:Wikipedia「ヴィルヘルム・フリック」【URL】http://bit.ly/2AV64DU

ドイツのボン基本法には永久条項があり、基本的人権と民主主義は不可侵!ドイツが改憲をくり返しているのは、法律で決めるべき細かいことが基本法に書き込まれているから

岩上「先生はご著書の中で、緊急事態条項をドイツ・フランス・アメリカと比較していらっしゃいますが(※80)、そのお話をゆっくりとうかがう時間がないかもしれないので、ポイントを押さえてお話をうかがいたいと思います。『永久条項と戦う民主主義』は、触れておいていただいたほうがよいかと思います」

長谷部「そうですね。戦後ドイツの基本法(※81)の、非常に有名な条項です。これは、『憲法改正手続きを経ても変えられない基本原理がある』という話です。挙げていただいたのは、ボン基本法第79条(※82)」

▲変えることの許されない「永久条項」(http://bit.ly/2HB6Oz9

岩上「『第1条及び第20条に定められている諸原則に抵触するような、この基本法の改正は許されない』。与党の憲法改正推進派というか、改憲論者は、よく『ドイツは何回変えていると思っているんだ』ということを言うけれども(※83)、この『永久条項』の部分は変えられない。不可侵であるということですね」

長谷部「変えられない。ただ、シュミットはボン基本法に対しては、極めて批判的なコメントをしています。彼に言わせますと、『憲法制定権者の任務は、憲法を作ることだ。法律を制定することではない』ということです。つまり、ボン基本法は、法律で決めれば済むような細かい話が入り込みすぎている(※84)というんですね。
 それはまあ、私もそうだと思います。それこそ、法律で定めればそれで済む話ではないのかという非常に細かいものが、相当程度、基本法の中に書き込まれているんです。したがって、状況が変わってしまうと、そういう細かいところをどんどん変えていかなければいけないということになるんです。

 幸か不幸か、日本国憲法はそういう内容にはなっておりません。本当に基本の軸になるところが憲法の中に書き込んであるということですので。だからこそ、ドイツのようには憲法を再々変えなくて済んでいるということはあると思いますね(※85)」

岩上「細則のようなところを変える必要性がないということですか」

長谷部「はい。そして、憲法というのは本来そういう姿であるべきだと思います」


※80)フランスやアメリカの緊急事態条項:
長谷部・石田両氏が『ナチスの「手口」と緊急事態条項』のp.148-162で取り上げている話題。
 フランスでは、大統領の緊急事態措置権が共和国憲法第16条に規定されているが、発動の要件が非常に厳格(共和国の諸制度や独立、領土の保全、国際協定の履行が重大かつ切迫して脅かされ、かつ、憲法上の公権力の正常な運営が妨げられている場合にのみ発動可)であること、その厳格さゆえに、実際の発動は1961年4月の退役軍人らのクーデター未遂事件(「将軍たちの反乱」)の際の一度きりであることなどが紹介されている。
 また、2015年11月13日のパリ同時多発テロ事件で発令された「非常事態宣言」は、1955年4月3日の「非常事態に関する法律」にもとづく措置であって、憲法規定とは関係がないことや、当時のオランド大統領がこの法律を憲法36条(戒厳令)と関連づけようと画策したが、国民の猛反対で頓挫したことも合わせて言及されている。
 アメリカにいたっては、緊急事態措置に関する憲法規定はごくわずか、それも、反乱または侵略に際して公共の安全上必要とされる場合にのみ、人身保護令状の特権を停止されうる(合衆国憲法第1篇第9節第2項)というものであり、非常事態措置を通じて憲法や法律の規定を廃止したり、変更したりすることなどは、はなから想定されていないという。
 なお、フランス・ドイツにおける緊急事態措置の仕組みや成立史については、IWJ岩上安身が樋口陽一東京大学名誉教授に行ったインタビューでも詳しく紹介されている。ぜひ参照されたい(岩上安身のIWJ特報!第276−281号「立憲主義を保守することの意味――憲法学の「権威」が語る、自民党改憲案の危険性――」)。

※81)「ドイツ連邦共和国基本法」:ドイツ連邦共和国の憲法。1949年、西側のアメリカ・イギリス・フランスの三国の要請を受けて、旧西ドイツで制定。東西ドイツが再統一されるまでの「暫定的な」憲法(当初、東西ドイツ再統一の際に、改めて憲法を制定することとされていた)という意味を込めて、「憲法」ではなく「基本法」(草案の審議が行われた旧西ドイツの首都ボンにちなみ、しばしば「ボン基本法」とも)と呼ばれる。
 しかし、1990年の東西ドイツ再統一後も新たな憲法は制定されず、ドイツ連邦共和国基本法は、全ドイツに適用される最高法規としていまなお維持されている。特徴としては、次の諸点が挙げられる。
・国家目的を「民主主義にもとづく社会福祉国家」と規定しつつ、ワイマール憲法において詳細に規定されていた社会権の実現を議会に委ねる。
・自由主義・民主主義を基礎理念とし、これを防衛する義務を国民に課す。すなわち、全権委任法の制定によりナチスの合法的な政権獲得を許した過去を教訓として、表現の自由や結社の自由などの基本権を濫用する者に対し、これらの基本権の剥奪を規定。また、そうした敵対者に対して、他に防衛手段がない場合は、国民は抵抗する権利を有するとされる(抵抗権)。
・連邦主義を採用。すなわち、大統領は連邦議会と各州議会代表の連邦総会で選出。しかもその権限は大幅に制限され、代わって首相の権限を強化。政権の安定を図る。
参照:Wikipedia「ドイツ連邦共和国基本法」【URL】http://bit.ly/2Ak5lJF

※82)「ドイツ連邦共和国基本法」第79条:
「ドイツ連邦共和国基本法」の改憲手続を定める条文。「連邦議会議員の3分の2および連邦参議院の表決数の3分の2の賛成」(第2項)でもって制定されるところの、「基本法の文言を明文で改正または補充する法律によってのみ」(第1項)基本法は改正できるとする。さらに、こうして定められた手続によっても改憲不可能な場合を規定する第3項は、「永久条項」として名高い。
「第79条(3)連邦制によるラントの編成、立法における諸ラントの原則的協力、または第1条および第20条に定められている諸原則に抵触するような、この基本法の改正は、許されない。」
また、ここで不可侵の原則を定める条文(「堅固に保護された条項」と呼ばれる)として定められている第1条および第20条とは、次の通りである。
「第1条 (1)人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である。
(2)ドイツ国民は、それゆえに、侵すことのできない、かつ譲り渡すことのできない人権を。世界のあらゆる人間社会、平和および正義の基礎として認める。
(3)以下の基本権は、直接に妥当する法として、立法、執行権および司法を拘束する。」
「第20条(1)ドイツ連邦共和国は、民主的かつ社会的連邦国家である。
(2)すべての国家権力は、国民より発する。国家権力は、国民により、選挙および投票によって、ならびに立法、執行権および司法の特別の機関を通じて行使される。
(3)立法は、憲法的秩序に拘束され、執行権および司法は、法律および法に拘束される。
(4)すべてのドイツ人は、この秩序を除去しようと企てる何人に対しても、他の救済手段が存在しないときは、抵抗権を有する」
参照:
・「ドイツ連邦共和国基本法 三カ国語対訳」【URL】http://bit.ly/2AqJ78N
・Wikipedia「永久条項」【URL】http://bit.ly/2AoVVfW
・Wikipedia「硬性憲法」【URL】http://bit.ly/2AEApI5

※83)与党改憲推進派「ドイツだって何度も改正しているじゃないか。だから日本も」:
日本国憲法の改正の必要性を、成立の政治的・社会的経緯も精神も異なる諸外国の憲法の改正の頻度だけを単純比較して説いたところで、何の意味も説得力も持たないことは明白だが、自民党はまさにそうした子供騙しのようなロジックを公式に掲げている。
 「世界の国々は、時代の要請に即した形で憲法を改正しています。主要国を見ても、戦後の改正回数は、アメリカが6回、フランスが27回、イタリアは16回、ドイツに至っては59回も憲法改正を行っています(平成25年1月現在)。しかし、日本は戦後一度として改正していません。平成22年に発表した党の「綱領」においても、「日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法の制定を目指す」としています。諸外国では、現実とのかい離が生じれば憲法を改正しています。」(自民党『日本国憲法改正草案 Q&A』「Q1 なぜ、今、憲法を改正しなければならないのですか?なぜ、自民党は、「日本国憲法改正草案」を取りまとめたのですか?」に対する自民党の回答)
参照:自民党「日本国憲法改正草案 Q&A 増補版」【URL】http://bit.ly/1Prexwd

※84)シュミット「憲法の制定者や改正者の任務は憲法をつくることであって、法律をつくることではない。法律を制定して執行すれば済むことを、わざわざ憲法に書き込む必要はない」:
長谷部氏によれば、カール・シュミットが1958年、『合法性と正当性』(1932年)に付した後記で述べていることで、「規律密度が高く、数多くの条文を並べるボン基本法にも向けられていると考えてよい」とのこと。
 実際、ドイツ連邦共和国基本法は146条という条文数(日本国憲法は補則を含めて103条)もさることながら、個々の条文に費やされる言葉も項数も多く、「この場合はこうせよ、この場合はこうであると非常に細かく規定されてい」ることで特徴的であるが、それはドイツが連邦制国家であるがゆえに、中央政府と各ラント(「州」「領邦」などと訳される地方政府)との権限配分を憲法上明確にしておく必要性があったという事情に起因する。
参照:長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.138−141.

※85)基本原則は変える必要がない:
ドイツの憲法は、「憲法」ではなく「基本法」を名乗っていることにも表れているとおり、制定当時の1949年におけるドイツ国民の想い、すなわち、東西に分断されたドイツが再統一されるまでの「暫定的な」憲法という意味が込められており、状況に応じて改正されることは最初から織り込み済みであった(石田氏)。
 ドイツが毎年のように改憲を繰り返してきた背景にはこのような事情があるわけだが、とはいえ、それも技術的な事項についてがほとんどであり、人間の尊厳の不可侵や基本的人権の保障といった憲法原理に触れる部分は、制定以来一切変更が加えられていない。
 一方、日本国憲法は国家の基本原則に関わる事柄のみを記しており、「規律密度が低い」がゆえに、改正のハードルは高いが「条文の解釈や法律以下の立法を通じて問題を解決する余地が広い」とも言える(長谷部氏)。こうした背景をふまえず改憲だけを物することは、無意味のみならず非常に危険なことであると、石田・長谷部両氏は警鐘を鳴らす。
参照:
・長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』p.138-141.
・ハフポスト「憲法改正、ドイツ58回なのに日本は0回 これっておかしい?【争点:憲法改正】」2013年6月19日【URL】http://bit.ly/1ScxQeG

その6へ続く

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