IWJ代表の岩上安身です。
NATO加盟国の首相の中で、一貫して初期から唯一「正気」を保っているように見えるハンガリーのオルバン首相が、7月5日付8日更新の『ニューズウィーク』に、オピニオン記事を掲載しました。
まず、EUやNATOの中で「異端児扱い」されているオルバン氏の論説が、西側の代表的な通俗的メディアである『ニューズウィーク』に掲載された点が注目されます。
『ニューズウィーク』は、通俗的なメディアらしく、バイデン政権とNATOが進める、反ロシア、親ウクライナのスタンスを支援するスタンスを、他の西側の主要メディア同様に取り続けてきました。
しかし最近の『ニューズウィーク』は、『ニューヨーク・タイムズ』など、多くの西側主要メディアと同じく、ウクライナ紛争についての報道のスタンスを、そろりそろりと変え、ゼレンスキー大統領とウクライナ側の主張に一定の距離を取り始めています。
そして、ウクライナ紛争におけるウクライナ軍の劣勢の真実をようやく報道し始め、NATOがロシアとの直接対決を避けるべきであることを主張し始めています。
こうした西側主要メディアのなし崩しの動きと同期しているのが、フランスの国民連合や英国のリフォームUKといった、「極右」のレッテルを貼られた、反戦平和の政治勢力の台頭です。
欧州の、平和を志向する新しい右派の勢力に対して、今もなおいちいち「極右」とレッテル貼りしてさげすみ、危機感を煽るだけで、こうした新しい右派勢力の平和を求める主張をほとんど取り上げず、西側メディアの中で、今も、ウクライナの主張を広報するだけの、最も時代感覚や現実認識がズレているのが、日本メディアです。
米国メディアは、すでにバイデン政権の忖度を止めて、バイデン氏は大統領選から撤退すべし、という主張や、ウクライナ紛争の真実を遅まきながら報道し始めているのに、日本のマスメディアは、今も、宗主国の米国のバイデン政権と、それに盲従する岸田政権を忖度してか、現実を直視することが今なおできず、思考停止したままです。
この日本のマスメディアの思考停止と情報操作は、米国が中国との覇権争いのために、日本列島全体を「捨て駒」にするときにはさらに強化され、強烈な洗脳が行われるのは確実です。
IWJは、日本のマスメディアの情報操作と、その背景にある、米国に従属させられ、独立した主権国家とはいえない、日本の政治の寒々とした現状を指摘しつつ、ウクライナ紛争の真実や米国の覇権の凋落をお伝えしていました。
5日付8日更新の『ニューズウィーク』に掲載されたオルバン首相のオピニオン記事は、NATOにすり寄り、ウクライナ紛争を煽り立てる日本のマスメディアの情報操作と、中国との代理戦争で日本を米国の「捨て駒」にしようとする米国の思惑まで明らかにするインパクトを持っています。
オルバン首相は、NATOの創設起源まで遡って、その目的を次のように正しく述べています。
「世界が知る限り最強の軍事同盟として、我々が恐れるべきは外敵の手による敗北ではない。外敵に分別があれば、NATO加盟国を攻撃する勇気はないだろう。
しかし、我々が恐れるべきは、同盟を生み出した価値観に対する我々自身の拒絶である。NATOが創設された目的は、安定した経済的、政治的、文化的発展のために平和を確保することである。
NATOがその目的を果たすのは、戦争ではなく、平和を勝ち取るときである。協力の代わりに紛争を、平和の代わりに戦争を選択するならば、それは自殺行為である」。
米国の仮想敵国の中国を意識して、東京にまでNATO事務所を設置するという、明らかなNATOの目的逸脱行為に嬉々として加わる岸田文雄政権の面々に、言い聞かせなければならない言葉でしょう。
「我々の任務は、NATOを平和のためのプロジェクトとして維持すること」と、敢然と主張するオルバン首相の「正論」をぜひ御覧ください。
「NATO」を「日米安保」に置き換えれば、それが今、平和維持のプロジェクトから、戦争に自ら好戦的に向かってゆく戦争志向プロジェクトに変質していること、そして、オルバン首相が、「予言の自己成就」というように、「台湾有事」という予言をマントラのように繰り返して、日米同盟を攻撃的軍事同盟とし、中国が、台湾を侵略した際には、日米がその台湾防衛のために日米で全力で戦うのだ、という刷り込みがなされている現在「戦争の自己成就」はありえるだろうと危機感をもち、本来の「専守防衛」という防衛のための同盟というコンセプトに戻すことの重要性を考えさせられずにいられません。
以下から、オルバン首相のオピニオン記事の仮訳・粗訳となります。
「NATOは分岐点に差し掛かっている。世界史上最も成功した軍事同盟は、平和のためのプロジェクトとして始まり、その将来の成功は、平和を維持できるかどうかにかかっていることを忘れてはならない。
しかし今日では、平和の代わりに戦争の追求が議題となり、防衛の代わりに攻撃が議題となっている。これらはすべて、NATOの創設時の価値観に反している。
ハンガリーの歴史的経験から、このような変革は、決して良い方向には向かわない。今日の課題は、平和プロジェクトとしての同盟を維持することである。
NATOについて声明を出す必要があるとき、我々ハンガリー人は特別な立場にある。NATOへの加盟は、ハンガリーが、自発的に軍事同盟に加盟した、数世紀ぶりの出来事であった。加盟の意義は、ハンガリーの歴史に照らして初めて明らかになる。
20世紀のハンガリーの歴史は、残念ながら戦争における敗北の歴史でもある。我々の集団的な経験は、もともと我々がその一員になることを望まず、何らかの征服を念頭に置いて、あるいは少なくとも、明確な軍国主義的目標を掲げて設立された同盟システムの中で、定期的に戦われた戦争の一つである(※注1)。
ハンガリーは、2つの世界大戦に巻き込まれまいと、どんなに努力し、同盟を余儀なくされた国々に、どんなに警告を発しようとしても、そのたびに敗北を喫し、ハンガリーは地球上から消え去ろうとしていた」。
(※注1)オーストリア=ハンガリー帝国の一部として、また、第一次世界大戦においては、中央同盟国の一員として、第二次世界大戦では、枢軸国の一員として参戦した、ハンガリーの外部の強力な同盟国や帝国に引きずられてきた関係を指していると考えられる。
「最悪の事態には至らなかったが、それでも我々の損失は甚大だった。これらの戦争によって、ハンガリーは自国の将来をどうすることもできなくなった。
1945年以降、ハンガリーはソ連圏の不本意な一部となり、ワルシャワ条約機構(当時の東欧圏の軍事同盟)の一員ともなった。ハンガリー人は、全身全霊で抗議した。我々は、ワルシャワ条約機構を崩壊させるために全力を尽くした。
1956年、我々の革命は、共産主義の棺桶に最初の釘を打ち込んだ。そして、その体制がついに打倒されようとしていたとき、当時の首相は、旧東欧圏の指導者として初めて、ワルシャワ条約を解消しなければならないと(モスクワで!)宣言した。あとは歴史の通りだ(※注2)」。
(※注2)ハンガリー動乱のこと。
1953年のスターリン死去に伴い、共産圏で非スターリン化が起きた。
ハンガリーでも、スターリン主義者のラーコシ・マーチャーシュ首相が、モスクワの圧力を受けて、首相の座をナジ・イムレに譲った。
しかし、ナジ・イムレは、ハンガリー勤労者党の書記長にとどまっていたラーコシ・マーチャーシュらによって、1955年に失脚した。
1956年7月18日に、ラーコシ・マーチャーシュが、ソ連の圧力でハンガリー勤労者党書記長の辞任に追い込まれ、後任に、スターリン主義者のゲレー・エルネーが選出された。
これを契機に、学生やジャーナリストら市民が反発。同年10月には、集会禁止令にもかかわらず、ゲレー退陣を求める学生や労働者が、首都ブダペストで大規模なデモを行い、秘密警察との衝突に発展した。
10月24日、ハンガリー勤労者党は、ナジ・イムレを首相に再任したが、その時点でブダペストは、市民と、フルシチョフが派兵したソ連軍との戦闘状態にあった。
大衆はナジ政権に、ワルシャワ条約機構からの脱退を迫った。
10月27日には、ナジ・イムレとソ連共産党指導部との会談が行われ、ソ連軍の撤退が決まった。
しかし、その後の市民らによる、秘密警察やハンガリー勤労者党へのリンチや殺害により、11月4日、再びソ連軍が侵攻。ソ連に支援されたカーダール・ヤーノシュが、新しい共産主義政府を樹立した。
この一連の戦闘で、ハンガリー側では1万7000人が死亡し、20万人が難民となって亡命した。ソ連側でも1900人の犠牲者を出した。
ハンガリー国内では、1980年代後半の民主化まで、事件について公に議論することが禁じられていた。
「(冷戦の終わりとソ連の解体前後に)我々に押し付けられていた軍事同盟は、ほとんど即座に解体し、モスクワでの有名な会議のわずか数日後には、ハンガリーの外相が、ブリュッセルでNATO加盟プロセスの開始を交渉していた。
ハンガリーがNATOに加盟したとき、ハンガリーは長い間、おそらく500年もの間、軍事同盟に自発的に加盟していなかった。この状況の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。
ソ連の支配から解放され、西側諸国の一員になりたいという自然な願望に加え、ある特別な要因がNATOを魅力的なものにした。ハンガリーの立場からすれば、これ以上のことは望めなかった。
我々は、今でもこの考えを持ち続けており、今日に至るまで、この考えに疑問を投げかけるような事態が起きたことは一度もない。とはいえ、25年前、なぜ我々がNATOに平和と防衛の保証を求めたのかについては、簡単に触れておく価値があるだろう」。
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