日本は、首都圏は安全なのか――いつ起きてもおかしくない「大地震」「大噴火」のリスクを地震学者が解説 2015.1.10

記事公開日:2015.1.16取材地: テキスト動画

 2万人近くが不慮の死を遂げ、40万人もの人々が避難を強いられた「東日本大震災」から4年、「阪神・淡路大震災」からは20年を目前にし、生々しい記憶、恐怖感も薄れてきた2015年1月10日、たんぽぽ舎の学習会で、地震学者の島村英紀氏が講演した。

 「東日本大震災の大地震は今後の地震や噴火に影響するのか」をテーマに島村氏は凝縮した豊富なデータでわかりやすく解説。政府の地震調査委員会が昨年2014年末、30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を前年比で10~20%引き上げた首都圏「大震災」のリスクや、「原発再稼働」一番手といわれる九州電力川内原子力発電所に近く、相当規模の噴火が懸念されている桜島などの「火山」についても言及した。


うけいれネットワーク ほっと岡山 事務局オープニング 2014.6.20

記事公開日:2014.6.20取材地: 動画

 東日本大震災後、多くの避難者を受け入れている岡山県で、受け入れの支援などを行ってきた10団体が参加し「うけいれネットワーク ほっと岡山」が設立された。2014年6月20日(金)、「ほっと岡山」事務局のオープニングに合わせ、各団体のあいさつや事業説明、事務局の紹介が行われた。「ほっと岡山」では、団体間での情報共有とマッチングなど効果的に活動できるための相互の支援を行っていく予定。


子どもの命が最優先だったのか?~情報公開制度が浮き彫りにした、石巻市立大川小学校の空白の51分 2014.5.26

記事公開日:2014.5.29取材地: テキスト動画

 東日本大震災で多くの子どもが亡くなった宮城県石巻市立大川小学校の事故について、「情報公開制度が浮き彫りにした石巻市立大川小学校の空白の51分―学校管理下での津波被害を検証する」と題した講演が特定非営利法人情報公開クリアリングハウスの主催で5月26日(月)に専修大学で行われた。


【IWJルポルタージュ】「事故が忘れられていく」〜福島原発事故から3年と1ヶ月、立入りが制限された20km圏内の今(後編)━ぎぎまき記者 2014.5.12

記事公開日:2014.5.12取材地: テキスト動画

特集 3.11

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 「被曝することよりも、外を歩くのが辛い。あなたに、この気持ちは分からないでしょう」

 視察の2日目、福島県いわき市で、市議を務める佐藤和良さんが、私にこうつぶやいた。


【IWJルポルタージュ】「事故が忘れられていく」〜福島原発事故から3年と1ヶ月、立入りが制限された20km圏内の今(前編)━ぎぎまき記者 2014.5.6

記事公開日:2014.5.6取材地: テキスト動画

特集 3.11

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 「原発事故が忘れられていく」——。

 原発事故から3年と1ヶ月の間、手入れされず朽ちていく我が家を、想像したことがあるだろうか。家の主がいなくなった部屋は、降り積もった埃で灰色に染まり、割れた窓ガラスからはみ出したカーテンが、物悲しく揺れている。そんな嘘のような日常が、福島県内のあちらこちらで今もなお、広がっている。


震災から3年、被災者を襲う貧困問題「家族離散率は2〜3割、3割以上の会社員と6〜8割の自営業・パートが失業」 2014.4.23

記事公開日:2014.5.2取材地: テキスト動画

特集3.11|特集 百人百話

 東日本大震災から3年、被災地や被災者は、どのような現状に直面しているのか。NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」などの支援団体らが2014年4月23日、東京永田町の参議院議員会館で「被災地の生活困窮者支援を考える」というテーマで集会を開いた。


日比谷公園に献花・追悼ドーム ~3.11 東日本大震災 市民のつどい Peace On Earth最終日 2014.3.11

記事公開日:2014.3.11取材地: 動画

特集 百人百話|特集 3.11

 東日本大震災から3年。3月11日、東京・日比谷公園では3日間続いた、「3.11 東日本大震災 市民のつどい Peace On Earth」の最終日を迎えた。

 イベント中、会場内には献花・追悼ドームが設置された。花を供え、手を合わせて祈る多くの市民の姿が見られ、地震が発生した14時46分には、加藤登紀子氏やSUGIZO氏ら参加ミュージシャンが一同に並び、会場の参加者とともに、1分間の黙祷を捧げた。


「原発の電気は、どこがクリーンなんだろう」 〜大震災から3年 今私たちができること 講師 武藤北斗氏 2014.2.8

記事公開日:2014.2.8取材地: テキスト動画

 「核爆弾を残したままの世界を、次の世代に渡せない。原発や核燃サイクルはやめるべき」──。

 2014年2月8日、大阪府茨木市の市民総合センターで、講演会「大震災から3年 今私たちができること」が行われた。宮城県石巻市の水産会社に勤務し、東日本大震災後に茨木市へ移住した武藤北斗氏が、原発・核燃料サイクルの問題、被災地の模様などを語った。


「きれいな国土を次世代に渡すために、学び、行動する」 〜東日本大震災から3年目 福島を忘れない 守田敏也氏 2013.12.15

記事公開日:2013.12.15取材地: テキスト動画
2013/12/15 【岡山】東日本大震災から3年目 福島を忘れない ─講師 守田敏也氏

 「3.11を経験して、日本は覚醒の時代に入った」──。

 2013年12月15日、岡山県美作市の湯郷地域交流センターで、守田敏也氏講演会・蝦名宇摩さん演奏会「東日本大震災から3年目・福島を忘れない」が行われた。講演を行った守田氏は、国民を騙し続ける政府とマスメディアが存在する一方で、3.11後、市民の間で真実を知ろうとする学習熱が高まり、脱原発の運動も広がりを見せている現状を語った。


「悪意をもって、お金が流されているのではないか」 震災がれき広域処理の復興資金流用問題 ~堺市に対して復興資金の返還を求める陳情についての記者会見 2013.12.10

記事公開日:2013.12.10取材地: テキスト動画

 2013年12月10日、大阪府堺市役所の市政記者室において、阪南大学准教授の下地真樹氏ら、堺市の復興資金流用をチェックする会の、「堺市に対して復興資金の返還を求める陳情についての記者会見」が行われた。

 震災がれきを受け入れていない堺市が、東日本大震災の復興資金86億円を受け取り、ごみ処理施設新設に使用した問題で、同会は流用された復興資金の返還と、この資金が被災地・被災者の復興のために使われるよう国に意見書を書くことを求めた陳情を、堺市議会に提出した。陳情者の女性は「返還してほしい、という声は岩手県内でも広がっている。そのためには住民監査請求や、その先のことも考えている」と決意を語った。


被災地議員ら必死の訴え「今だに中身がない子ども被災者支援法、作られた仏に魂を!」 〜「原発被害者の救済を求める全国運動」キックオフと記者会見 2013.8.26

記事公開日:2013.8.26 テキスト動画

 「秋の臨時国会までを目標にして、特別措置法の制定を求めていく」――。

 被災地の議員であるいわき市議会の佐藤和良議員らが呼びかけ人となり、8月26日、請求期間の時効延長を含めた「損害賠償請求権」の抜本的解決と、「子ども被災者支援法」の実施を政府に対して求めることを表明する記者会見を開催した。今後は全国的に連携した請願行動を行い、政府に対して訴えていくと説明。弁護士の海渡雄一氏は損害賠償請求権の抜本的解決を行うために、「秋の臨時国会までを目標にして、特別措置法の制定を求めていきたい」と述べた。


「TPPは国民生活に直結し、国家の主権を揺るがしかねない。参加にはあくまで反対する」 ~日本外国特派員協会主催 全国農業協同組合 万歳章会長 記者会見 2013.6.7

記事公開日:2013.6.7取材地: 動画

特集 TPP問題

 日本外国特派員協会での会見に臨んだJAグループ代表の万歳章(ばんざい・あきら)氏は「我々の最大の役割は日本の消費者、国民の皆様に安全で安心な食を安定的に届けることにある」とした上で、4つの観点からTPP問題について語った。

 1つ目は農業や食料への影響について。TPP参加によって農林水産物の生産額は3兆円減になるという日本政府の影響試算を受け、万歳氏は「日本の食と農を守ると約束すると言われても不安は払拭できないというのが日本農業の正直な気持ち」と政府の対応を批判。


『百人百話』参院選前特集 ―「第六十四話」井戸川克隆さん 2013.7.3

記事公開日:2013.5.10取材地: 動画独自

特集 百人百話

<井戸川克隆さん>
福島県原発立地4町と呼ばれるうちの一つ、双葉町の前町長。
震災、そして原発事故を機に、町ごと埼玉県へ避難。
2012年1月の脱原発世界会議や、2013年5月28日スイスの国際連合ジュネーブ事務局で開かれた
国連人権理事会のサイドイベントへ出席し、原発事故への日本政府や福島県の対応を批判するなど積極的な発信を行なっている。
2013年1月23日に町長辞職を表明し、2月12日に退任。
第23回参議院議員通常選挙にみどりの風から比例区で出馬。


石巻からの手紙 311を忘れない―震災被害の現場報告・震災のその後のお話会 君にとどけ~FLY TO YOU~ 2013.4.11

記事公開日:2013.4.11取材地: テキスト動画

 2013年4月11日(木)19時から、長野県茅野市かんてんぐらにて「石巻からの手紙 311を忘れない―震災被害の現場報告・震災のその後のお話会 君にとどけ~FLY TO YOU~」が開催された。石巻に住んでいた植松千枝子氏による震災当日の体験談と、震災直後から石巻に入り、支援を続けている、め組ジャパンの橋之口みゆき氏による詳細な現場報告が行なわれた。


「国策で原子力を推進する以上、原発に反対する国民は『敵』とみなされる」 ~茨城県東海村村長・村上達也氏が岩上安身のインタビューで日本の「軍事警察国家化」を懸念 2013.3.1

記事公開日:2013.3.2取材地: テキスト動画独自

※2015年3月6日テキスト更新しました。

 「原発は一睡の夢、短い間の幸せで終わる」——。

 茨城県東海村の村上達也村長(当時)に2013年3月1日、茨城県那珂郡東海村庁舎で岩上安身がインタビューを行った。1997年から東海村村長を務める村上氏は、「中央依存体質からの脱却。地域主権の確立で、小規模分散型のエネルギー政策を」と、脱原発に向けたエネルギー政策の必要性を訴えた。

 1999年に原発事故による初めての死者を出した「東海村JCO臨界事故」を経て、国が国策として欠陥品を輸入していたことを知ったという村上村長。「原発立地の地方自治体の中で、脱原発の声を上げている首長は自分ひとり。原発に依存した地域は、しばらくすると文化もコミュニティも壊れてしまう。東海村の将来を考えた場合、厳しいかもしれないが、脱原発を目指すことにした」と、自らが原発肯定派から脱原発に転じた理由を語った。


日本外国特派員協会主催 戸羽太 陸前高田市長 記者会見 2013.1.24

記事公開日:2013.1.24取材地: テキスト動画

 2013年1月24日(木)12時30分から、東京都千代田区の日本外国特派員協会で「日本外国特派員協会主催 戸羽太 陸前高田市長 記者会見」が開かれた。陸前高田市長の戸羽太氏は、「2年近く経っても、被災地は被災地のままだ」と進まぬ復興に苛立ちを見せながらも、「新しく政権が変わったので、復興が迅速に行われることを望む。陸前高田を素晴らしい街へと復興させたい」と希望を述べた。


被災地から被災地へ「神戸ふれあいチャリティ2012」 2012.12.9

記事公開日:2012.12.9取材地: 動画

 2012年12月9日(日)、神戸市中央区の「みなとのもり公園」で「被災地から被災地へ『神戸ふれあいチャリティ2012』」が行われた。


東日本大震災で発生した災害廃棄物(漁網)の受入に関する説明会 2012.11.23

記事公開日:2012.11.23取材地: テキスト動画

 2012年11月23日(金・祝)19時30分より、神奈川県横須賀市の県立海洋科学高等学校で、神奈川県による「東日本大震災で発生した災害廃棄物(漁網)の受入に関する説明会」が行われた。神奈川県知事の黒岩祐治氏は、漁網受け入れに関する概要を説明し、漁網には放射能の問題がないことを強調して理解を求めた。

 一方、大楠連合町内会長の長谷川俊夫氏は、産廃処分場をめぐり住民が振り回されている現状を訴え、「今回の件については、町内会で意向調査を実施し、住民の意見を確認する」と述べた。


日本学術会議主催学術フォーラム「東日本大震災がもたらした食糧問題を考える」 2012.11.21

記事公開日:2012.11.21取材地: テキスト動画

 2012年11月21日(水)13時20分より、東京都港区の日本学術会議で、「日本学術会議主催学術フォーラム『東日本大震災がもたらした食糧問題を考える』」が開催された。生命科学、農学、水産学研究者による汚染の実態、除染方法について、医学者らによる健康リスク、食品に対する消費者のリスクコミュニケーションに関する講演が行われた。


『百人百話』参院選前特集 ―「第六十二話」阿部知美さん 2012.11.4

記事公開日:2012.11.4取材地: 動画独自

特集 百人百話

<阿部知美さん>
息子2人を抱えるシングルマザー。地震の影響で相馬市の自宅が半壊。
16歳の長男と10歳の次男を連れ、南相馬市の兄と山形県、そして秋田県へ。
退職と転校手続きのために福島に戻った際、長男が相馬に残ると言い出し、泣きながら説得するも聞かず、そのまま4ヶ月が経過。
仕方なく長男を祖父母に預けて次男を連れて移住。現在も離ればなれで暮らす。
仕事がなかなか見つからなかったが、今は震災復興支援枠で採用されて働いている。