IWJ代表の岩上安身です。
スイス情報局の元参謀本部大佐・元スイス戦略情報部員の、ジャック・ボー氏が、ドイツメディア『OVERTON』のインタビューに対して、ウクライナ軍の反転攻勢について語りました。
インタビューが行われたのは6月26日、ウクライナ軍の反転攻勢が始まって3週間ほどが経とうとしている時でした。
『OVERTON』は、7月4日にインタビューの前半を公開しました。記事の題名は、「政治家もメディアもウクライナ人のことを心配していない ―ウクライナの反転攻勢が行き詰まる理由、西側諸国が古い兵器システムを供給する理由、ロシア軍が過小評価される理由、西側諸国がウクライナに関心を持たない理由」です。
記事の中にも経歴の紹介がありますが、ジャック・ボー氏は1955年生まれ、スイス情報局の元参謀本部大佐で、元スイス戦略情報部員です。
「ウクライナの反転攻勢が始まる」と大いに西側メディアによって喧伝された、「反転攻勢」は、しかし、これまでのところほとんど戦果を上げていません。
ボー氏は、ウクライナ軍の「反転攻勢」と西側の支援の実態について語り、西側諸国による支援は「偽善」的だと指摘、ロシア軍は1年前よりも強くなっていると分析、結局は「誰もウクライナ人のことを心配していない。少なくとも、私たちの政治家やメディアは」と強い怒りを表明しています。
- Jacques Baud: “Unsere Politiker und Medien machen sich keine Sorgen uber die Ukrainer”(OVERTON、2023年7月4日)
IWJは、昨年(2022年)、3月に発表されたジャック・ボー氏のウクライナ紛争の分析「ウクライナの軍事情勢」を、「ウクライナで何が起こっているのか」についての最も明確で包括的な説明の決定版、として、同年4月に号外でご紹介しました。
- LA SITUATION MILITAIRE EN UKRAINE(Centre Francais de Recherche sur le Renseignement、2022年3月)
欧州の中央に身を置く、戦略情報のプロフェッショナルであるジャック・ボー氏の分析は、事実にもとずいた、合理的な分析でした。
ボー氏は、ユーロマイダン以降の歴史、ウクライナ政府による、自治を求めるドンバス住民へのミンスク合意違反の攻撃、アゾフ大隊などの極右民兵組織によるロシア語話者への迫害について明確に解説しています。
ボー氏は、ヨーロッパ安全保障協力機構(OSCE)による報告から、2月16日ごろから、ウクライナ政府によるドンバスへの攻撃が急に激化していると指摘し、23日にドンバスのルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国がロシアに軍事援助を要請したこと、その翌日にプーチン大統領がロシア軍をウクライナに進軍させたという経緯を明らかにしています。
ぜひこちらも、お読みください!
以下が、ジャック・ボー氏インタビューの全文仮訳です。
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ジャック・ボー「政治家もメディアもウクライナ人のことを心配していない―ウクライナの反転攻勢が行き詰まる理由、西側諸国が古い兵器システムを供給する理由、ロシア軍が過小評価される理由、西側諸国がウクライナに関心を持たない理由」
2023年7月4日
インタビュアー:フロリアン・レッツァー
ジャック・ボー氏は、元スイス陸軍大佐で、スイス戦略情報局、国連、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)に勤務していた。インテリジェンス、非対称戦争、テロリズム、偽情報に関する著書が多数ある。インタビューは6月26日に行われた。
レッツァー「バフムートやさらに南の各地で、ウクライナの大攻勢が始まったはずですが、まともに進んでいるようには見えません。ウクライナがあれやこれやの村を解放したという話は常にあるが、これらは地形的に本当の獲得ではない。いずれにせよ、ウクライナはプレッシャーにさらされています。米国では、人々は素早い成功を期待しています。これは確かですか?」
ジャック・ボー「そうです。米国人は、成功を必要としています。特にバイデンが。そして最適な解決策はもちろん、ウクライナにとっての大成功でしょう。彼(バイデン)は、この戦争を抱えたまま、大統領選挙キャンペーンに突入したくないのですから、それは理解できます。
西側諸国は、非常識な量の物資、弾薬、資金をウクライナに投入してきました。その過程で、我々自身の限界に達しました。
一例を挙げれば、旧ワルシャワ条約機構諸国を中心に、旧ソ連の軍事物資がありました。ドイツやスウェーデンのような国にも、そのような物資がありました。すべてがウクライナに譲渡されたため、現在ヨーロッパには、旧ソ連の軍事物資は残っていません。
加えて、レオパルド戦車などの西側の重火器も引き渡され、あるいは引き渡される過程にあります。この点で、我々は限界に達しています。
例えば、米国は、砲弾の製造に必要なTNT火薬が不足しているため、韓国から取り寄せなければなりません(※IWJ注1)。つまり、ウクライナを支援するための兵器の生産も、実は限界にきているのです。
西側諸国、特に米国人は、結果を期待しています。米国では、共和党が反ロシアを掲げていますが、バイデンの戦争管理を批判し、結果を求めています。しかし、それは実現しません。
今年の初めにも、『タイムズ・オブ・ロンドン』紙は、『ゼレンスキーには反転攻勢という厳しい仕事が待ち受けているが、選択の余地はない』と書いています。それが問題なのです。彼には(他の)選択肢がないのです。
しかし、ウクライナ軍の(軍事)技術の大半は、昨年5月末から6月初めにかけて破壊されてしまいました。2022年6月以降、ウクライナ軍は西側の支援に依存するようになりました。また、昨年末から今年初めにかけて、ウクライナ軍は人的資源の限界に達しています。軍隊が残っていないため、現在、いくつかの州では、総動員が行われています。
しかも、兵士たちはもう戦いたくないのです。昨年、ウクライナの男子学生の数は82%増加し、一部の大学では12倍にもなりました。学生であれば徴兵されないので。つまり、若者たちは戦いたくないのです。
また、戦車乗組員の一部が、レオパルド戦車に破壊工作を施し、戦場に行かなくて済むようにしたという話も、欧米のメディアで報じられています。
ウクライナ人は、ロシア軍の方が能力が高いことを知っていて、恐れています。それも理解できます。ウクライナの全部隊が、もう戦いたくないと思っているのがわかるでしょう。したがって、ウクライナは、物的な問題だけでなく、人的な問題も抱えている。だからこそ、ゼレンスキーは多かれ少なかれ、成功をもたらさざるを得ないのです。
反転攻勢は、6月4日に始まったと言われています。しかし、ウクライナ軍最高司令部は、反転攻勢開始を発表しないとも言っています。これはもちろん、柔軟に行動するためでもあります。
この反転攻勢作戦が6月初めに開始されていたとすれば、ウクライナ軍は、今のところロシア軍の防衛線に到達しておらず、戦線全長にわたって、いわゆる安全地帯にとどまっていることになります」。
レッツァー「地雷原は、ウクライナの攻撃側にとって最大の問題だと思います」。
ボー「地雷原だけでなく、(ロシア軍には)対戦車防衛のために特別に編成された部隊もあります。これは非常に機動性の高い部隊で、3キロから10キロの幅で要塞防衛の前の地帯を監視し、戦車を追跡します。破壊されたブラッドレー戦車、ストライカー戦車、レオパルト戦車の写真は、すべてこの警備・監視区域で撮影されたものです。
ウクライナ側の成功の望みは、極めて薄いと、私は思う。私はこのことを何カ月も言い続けてきました。なぜなら、今死んでいる人々は、無駄死にであり、作戦の成功はあり得ないからです。
西側諸国は、(軍事)作戦上の成功ではなく、政治的な成功に賭けているわけです。プリゴジン/ワグネル事件は、反転攻勢がロシアを政治的に不安定化させることができるという考えを裏付けているように思えます。そこでは、私たちは間違った方向に進んでいると思います。
現在、(※戦いうる)ほとんどのウクライナ人が亡くなっています。少数のロシア人も死んでいますが、基本的にロシア人が採用した戦術のために、現時点ではほとんどの損失が、ウクライナ人の側で起こっていることを意味しています」。
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