前回、ロックダウン中の英国からレポートを寄稿していただいた、エセックス大学人権センター・フェローの藤田早苗氏から、第2弾となるレポートが届いた。長文の寄稿のため、5回に分けてロックダウンの緩和を迎えた英国の現状をお伝えしている。今回はその3回目である。
1回目では、コロナのどさくさにまぎれて、ロンドン近郊で中国資本の原発建設計画が進行中であることに危機感を募らせていることをお伝えした。
2回目では、ロックダウン中の英国で、警察に市民の権利制限の権限が与えられ、「権限の濫用」と批判されるケースもあることをお伝えした。また、米国での黒人差別への抗議デモをきっかけに、英国でも過去の奴隷貿易や植民地政策の歴史への批判の動きが高まっていること、それに比べて、NHKがツイッターで公開した「白人と黒人の格差」の解説動画が英国でも批判されるなど、日本の人権意識の低さについても言及している。
第3回目となる今回は、英国の保健医療事情をお伝えする。
▲郵便の消印 Stay Home, Save NHS(藤田早苗氏提供)
国民皆保険制度のある英国では、歯科や眼科を除き、医療費が無料。しかし現実には医療現場に患者が集中し、医療制度の優良番付は、ヨーロッパ35か国中16位だ。
このため、医療崩壊を懸念した英国政府は、”Stay Home, Save NHS, Save Lives (家にいてください。NHS(国民保健サービス)を助けて、命を救ってください)”と訴え続けてきた。
命をかけて働く医療従事者に対し、市民が家の外に出て2分間ほどNHSやキーワーカーに感謝と激励のために拍手をする「連帯の時間」が全国に広まったが、医療現場は今も防護服などの不足に悩まされている。
(前文・IWJ編集部)
Stay home, Save NHS
ロックダウンのイギリスで、5月10日までの7週間、政府が繰り返してきたマントラがある。”Stay Home, Save NHS, Save Lives (家にいてください。NHS(国民保健サービス)を助けて、命を救ってください)”。これは毎日のブリーフィングでも毎回繰り返され、その演壇にも黄色と赤と黒という目立つ色で貼られており、政府のホームページはもちろん、高速道路の案内板や郵便の消印にまで見られた。
▲高速道路での表示 Stay Home, Save NHS(藤田早苗氏提供)
そして実際、‟Stay Home(家にいてください)“ はよく守られた。毎日のブリーフィングで、公共交通機構の利用者の数も示されるが、ロックダウンになってから90%くらい利用客が減ったそうだ。町を行くバスも乗客はせいぜい1人2人というところだ。
だが「家にいてください。NHSを助けてください」のメッセージはある弊害を起こしていた。コロナじゃない深刻な症状の患者が病院に行く率が50%減っていたのだ。「NHSに負担をかけてはいけない」という思いや、「病院でコロナに感染するのは避けたい」という両方があっただろう。
NHS(国民保健サービス)を助けるということ
イギリスでは歯科や眼科などは除くが、医療は基本的に無料だ。この制度は第2次世界大戦終了後の1948年に成立し、国営のままで 存続している。国民皆保険ではなく医療費のかかるアメリカから来た留学生の妻が、イギリスで出産した時、「アメリカにいたら出産費用がかかりすぎて子供を産むのは無理だった」と言ってイギリスの医療システムを称賛していた。
しかし、良いことばかりではない。
2018年の医療制度の優良番付でヨーロッパの35か国中NHSは16番目だった。治療待ち期間が長い、助産師や産科医不足、院内感染、医療ミスなどのニュースをよく見る。特に冬場は病院が異常に込み合って、「救急で行ったのに、何時間も寒い廊下で待たされた」というような悲鳴をニュースでしょっちゅう取り上げている。
こんな状況でいったいNHSはコロナに対応できるのか? それは誰でも心配になる。3月23日の緊急事態宣言でも、首相がはっきり言った。「もし多くの人が一度に重症になったら、NHSは対応できず、救える命も救えなくなる。だから、感染を遅らせてピークを分散させなければならない。だから家にいてください」
3月に「イギリスはイタリアの3週間後を追っている」、とよく言われた。最初の感染者確認から増え方がよく似ていたからだ。