東京都議会で起きた一連の野次騒動に関し、6月25日に閉会された都議会では、「都議会の信頼回復に関する決議」が採択された。やじを飛ばした自民党の鈴木章浩議員以外の発言者の調査は行われないまま、幕引きが急がれているのである。
しかしこの問題、自民党の思惑とは裏腹に、まだまだ収束しそうにない。というのも、大手メディアが、独自の声紋分析に乗り出したからである。
鈴木所長は、「口調や声の調子からヤジを飛ばした人は複数いる。たくさんの人が同時に話している」としたうえで、鈴木都議の「早く結婚したほうがいいんじゃないか」とのやじの直後に、男性の声で「自分が産んでから」「がんばれよ」「やる気があればできる」といった声が聞こえると分析している。
- 複数都議がヤジ 議場の音声分析「自分が産んでから」も(朝日新聞、6月28日)(現在、当該ページ削除)
自民党の吉原修幹事長は、所属議員全員の聞き取りをし、鈴木都議の野次以外は「聞いていない」と説明していた。鈴木所長の分析は、これと真っ向から対立する格好だ。
普段は、都議会で最大会派を誇る自民党のご機嫌をうかがうような報道に終始している記者クラブメディアが、ここまでの証拠を提示した以上、この問題は簡単に幕引きとなりそうもない。鈴木都議の謝罪までが第一幕であったなら、第二幕の幕が開いたかのような様相を呈しているのである。
なお、匿名掲示板「2ちゃんねる」のスレッド「東京都庁スレッド64」では、6月24日、東京都議会の音声と吉原修幹事長の音声の周波数を重ね、「ほぼ同一人物です」とする書き込みが行われている。
これが事実だとすると、鈴木議員以外に野次を飛ばした議員は誰もいない、自分は聞いていない、と言い張っていた吉原修幹事長自身が野次を飛ばしていたことになる。その解析結果はすでに削除されているが、吉原幹事長の言っていた、鈴木議員以外の野次は「聞いていない」という言葉は明らかに虚偽のものである。吉原氏はふりかかった疑惑を払拭するためにも、専門家による検証を求めるべきではないか。
さて、一連の野次問題から浮かび上がる日本社会が抱える問題とは何か。改めて、この騒動を振り返ってみたい。
都議会での野次
「早く結婚すればいいじゃないか」――。
6月18日、東京都議会で、みんなの党の塩村文夏議員に対して野次が飛んだ。塩村氏が、東京都の女性のサポートや子育て支援について質問をしているときのことだ。高齢出産、不妊治療、出産、育児などについて女性がひとりで悩みを抱え込む状況を改善するため、女性を支える仕組みが必要だと、塩村氏は訴えかけていた。そうした訴えを全面的に否定するかのような野次だった。
塩村氏が自身のTwitterで次のように明かしている。
「都議会での初の一般質問。妊娠、出産に関わる不妊など女性の悩みについて質問中に『お前が結婚しろ!』『産めないのか?』など、大変に女性として残念なヤジが飛びました。心ない野次の連続に涙目に。政策に対してのヤジは受けますが、悩んでる女性に対して言っていいとは思えないです」。
みんなの党の音喜多駿議員は、ブログで次のように書いている。
「本日の一般質問で、塩村あやか議員が登壇しました。彼女はその中で、東京都では晩婚化が進んでいる現状を説明し、都の結婚・妊娠・出産に対する取り組みについて鋭く指摘していました。その中でなんと、議場からとても大きな声で『そんなことを言う前に、おまえが早く結婚しないのかっ!!』という、信じられない野次が飛んだのです。議場の一部は笑いに包まれ、舛添知事も少し笑っていました。僕は見てましたよ、しっかり」。
塩村氏が都議会で質問している様子が映像に残っている。野次の内容までは確認できないが、複数の声が上がり、笑い声が起こっているようだ。
■Youtube「東京都議会 塩村あやか議員の質疑中に野次 フルバージョン」
この問題について、塩村氏は、20日、議会に発言者を特定し、地方自治法に基づいて処分するよう要求する文書を吉野利明議長宛てに提出した。だが、都議会は、被処分者が特定されていないとして、書類を受理しなかった。つまり、発言者を特定してほしいという要求に対して、発言者が分からないから受理しないという回答だったのである。
- 2014/6/20 産経ニュース「セクハラやじ、議長に処分要求 「被処分者名がない」と東京都議会受け付けず」(現在、当該ページ削除)
鈴木議員の謝罪
23日になって、自民党の鈴木章浩議員が「早く結婚した方がいい」というやじを飛ばしたことを認め、塩村氏に対して謝罪を行った。
鈴木氏は20日の時点では、野次は自分ではないとしており、「品のないヤジは良くない」「(議場が)騒がしいのは感じた。議会でこういうことが起きていること自体が申し訳ない」と他人事のように語っている。つまり、ばれるはずがないと思ったのか、堂々と嘘をついているわけだ。
- 都議会:『品のないヤジよくない』一転認めた鈴木章浩都議(毎日新聞) (現在、当該ページ削除)
ちなみに、鈴木氏は、2012年8月19日に、慰霊目的で尖閣諸島の魚釣島に泳いで上陸し日の丸を掲げるというマッチョなパフォーマンスをしてみせた人物である。「ここで上陸しなければ日本人としての誇りが保てないということで、気がついたら上陸をしておりました」と言明したその人物が、都議会で「品のないヤジ」を飛ばし、自分の発言ではないとシラを切っていて、バレそうになると一転して自分であると認めた。
みっともない話である。「気がついていたら、シラを切っていました」とは。「日本人としての誇り」はどこへいったのだろう。
■Youtube 【言志】尖閣上陸議員ビデオレター・鈴木章浩[桜H24/9/5]
「少子化、晩婚化の中で、早く結婚していただきたいという思いがある中で、あのような発言になってしまったわけなんですけれども、本当にしたくても結婚がなかなかできない方の配慮が足りなかったということで、いま深く反省しています」。
また、自身の発言ではないと嘘を重ねたことについては、「さまざまな話が一緒になって報道されるなかで、お話をする機会を逸してしまった」と言い訳をした。自分が嘘をつかざるをえなかったのは、報道のせいだと言わんばかりの責任転嫁である。
「私の発した言葉が引き金となって、騒動になったことを反省している」というが、「早く結婚すればいい」以外の野次については自身の発言であることを否定している。
ということは、前述の通り、セクハラ野次を飛ばした人物は、他にいる、ということであり、その人物たちは、いまだに口をぬぐっているということだ。名乗り出てきた鈴木議員はまだマシな方である。
何が問題なのか
だが、鈴木氏の釈明は、むしろ彼の重度の女性差別を表している。「早く結婚すればいい」という発言が塩村氏個人に向けられたものだったのか一般論だったのかは不明だが、少なくとも塩村氏の取り上げていた問題提起に対する「提案」にはなっていない。
塩村氏は、出産や育児のために社会的サポートが必要だと訴えていたのであり、それは必ずしも「早く結婚すれば」解決するという問題ではない。そもそも、晩婚や高齢出産自体が問題なのではなく、それに対する否定的な見方があることやサポート体制が不十分であることが問題なのだ。
さらに言えば、結婚と出産・育児を結びつける必要もない。
ありがたいことに、舛添要一東京都知事は、その例を自ら示してくれている。二人の女性とのあいだに婚外子がいる舛添知事は、出産・育児に様々な選択肢があることを見せているかのようだ。もちろん、それは、母子ともに幸せに暮らしていることが前提なので、舛添知事には、出産・育児に関する新しい選択肢を成功例として都民にきちんと示して頂きたい。
▲東京都知事の舛添要一氏
その舛添知事は、塩村氏に対するやじが飛んだ際に笑ったのではないかと言われている。20日の定例会見で、笑ったことは認めたが、やじそのものは聞こえなかったと主張した。「誰かが面白いことを言ったので笑えたのかなと思い、同時に皆がワッと笑ったんで何か楽しいことあったのかなと笑みを浮かべた」のだという。
鈴木氏は「結婚したくてもなかなか結婚できない方への配慮が足りなかった」と言うが、その謝り方にも問題がある。「結婚したくてもなかなか結婚できない方」もいれば、結婚するという選択肢を必須と考えていない人もいる。鈴木氏の発言には、結婚することを当然として押しつけ、とにかく女性は子どもを産むべきだという認識が見え隠れしている。
一方、塩村氏も24日に日本外国特派員協会で記者会見し、IWJはこれを中継配信した。
▲日本外国特派員協会で会見する塩村文夏氏
塩村氏は今回の一般質問でやじを覚悟して臨んだものの、「まさかそのようなやじが本会議場で飛んでくるとは思わなかった。あまりにも不意を突かれてしまい耳を疑って一瞬、止まってしまった」とその時の様子を振り返った。
議場では、飛び交ったやじに対して笑いが起こり、議会全体がまるで楽しんでいるようかのような雰囲気になってしまったという。塩村氏は、不妊や育児などの悩みで相談に来た女性達の顔が頭に浮かび、悔しさをこらえてスピーチを続けたが、「面白がるのが続いたところが一番ショック。私自身ではなく、女性全体とその家族のみなさんも侮蔑するようなのが私はとても残念です」と胸の内を語った。
ところが、この問題について「いいじゃないかそれくらい」と言い出す人物まで登場してきた。田母神俊雄氏だ。「ま都議会の女性蔑視だと言われている発言がどうして女性蔑視なのか私にはよく分からない。いいじゃないかそのくらいというのが正直な気持ちです。恐らくこれも心底ひどい発言と思っている人は少ないと思う」とTwitter上で発言している。
田母神氏については、これまでも数々の女性差別発言をしており、賛否はともあれ、意外性はない。しかし、元外交官でブロガーとしても人気の高い天木直人氏が塩村都議を侮辱した発言をしたとなると、話が違ってくる。
極右でもともと女性差別主義者、強姦事件の被害者について、被害女性が悪いとまで書くような女性差別のカタマリの田母神氏と、天木氏は違う。もっと良識人で、知的で、リベラルであると信じられている人物の発言である。
天木氏は6月21日付けのブログで、次のように記している。
「見ていて、こんな腹立たしい事はない。セクハラまがいの野次を飛ばした東京都議会の自民党の議員のことではない。その都議が政治家失格であることは当たり前であり、そんな奴が都議になっている事はもちろん腹立たしい。
しかし、もっと腹立たしいのは、犠牲者づらして売名行為に走ったみんなの党の塩村なんとかという女性都議だ。そして、そんな政治家を早速テレビに出演させて、セクハラは言語同断(ママ)だと、売名行為に加担したTBSだ。
ちなみにこの塩村という都議は、かつて日テレの『恋のから騒ぎ』に出演していた1回生の美人都議(私はそう思わないが)で、質問の途中に泣き出したこともあって、テレビも取り上げる騒ぎになったという(都庁関係者、6月21日、日刊ゲンダイ)。
馬鹿馬鹿しい。これが安倍自民党政権にやられっぱなしの無力な野党のなれの果てだ」
- 2014/6/21 天木直人「こんな東京都議会の政治家なんて、皆な税金ドロボーだ!」(現在、当該ページ削除)
塩村氏が、議員になる以前にバラエティー番組に出演していたことは、今回の件と何の関係もない。テレビに出ていようがいまいが、誰であれ、あのようなセクハラ野次を浴びせられてよいわけはないし、泣いたことをとがめられる筋合いもない。
さらに、塩村氏の告発を「犠牲者づらして売名行為に走った」とする根拠は、天木氏からは何も示されていない。これはセクハラとは別次元の、また別の侮辱である。あまりにも一方的な決めつけであると言わざるを得ない。
さらに天木氏は、わざわざ「私はそうは思わないが」という断り書きを入れて、塩村氏のことを「1回生の美人都議」などと書いている。このように塩村氏の容姿に触れ、しかもくさすような天木氏の筆使いこそ、「セクハラ」の典型ではないだろうか。
日本社会において、女性への差別意識が、田母神氏のような一部の特異なキャラクターの持ち主だけに罹患した病理ではなく、広範に、そして根深く浸透した文化であり、社会心理なのではないかと推察され、げんなりさせられる。
しかも、セクハラ被害者が、被害の事実をあげただけで、よってたかってバッシングする者があらわれる。これは、言葉によるリンチ以外の何ものでもないだろう。
このような二次被害が生じるなら、被害者は声をあげることはできないと怖れをなしてしまう。そんな社会でよいのか。せめて被害者バッシングは慎むべきであろう。
アベノミクスの「女性の活用」は
この問題は、「いいじゃないかそれくらい」ですむ話ではない。海外の報道では、「性差別主義」という厳しい言葉が使われている。CNNが「性差別主義的コメント」、ガーディアンが「性差別主義的ののしり」、ウォール・ストリート・ジャーナルが「ハラスメント」として報じている。
さらに、海外の報道では、アベノミクスの「女性の活用」に結びつけられて論じられており、日本における男女の賃金格差などの問題に触れられている。単にひとりの男性議員の失礼な発言では済まされない、社会的な問題であることを表している。
安倍首相は、2月に行われたダボス会議で、女性の労働力が活用されていない「資源」であり、それを活用すればGDPが伸びる可能性があるというスピーチをした。「私は女性にガラスの天井を突破するよう奨励する決意をしている。それを可能にするための構造を用意する」。
- 2014/2/14 Financial Times「安倍首相の『ウーマノミクス』には革命が必要」(現在、当該ページ削除)
安倍政権のもとで、女性はGDPを増やす「労働力」であることが期待され、同時に出産・育児を求められている。だが、女性は「ガラスの天井」どころか、誤った認識にもとづいた性差別発言の包囲をも「突破」しなければならない。
そして、ひとつ突破したとしても、二次攻撃が何十倍にも襲いかかる。まるでセクハラリンチ、集団的セクハラ権が日本社会では行使容認されているかのごときである。そういう恐ろしい事実を、今、我々は目の当たりにしているわけである。これで女性が安心して社会進出できるだろうか。
そして、労働力不足がネックとされる日本で、経済成長を達成するためには、女性の労働が欠かせない、アベノミクスの一丁目一番地なのだ、と言いつつ、こうした集団的セクハラ権の行使を防止しなければ、海外の投資家も、日本の成長力に疑問を持ち、「日本買い」とはならないだろう。すでにバブル気味となっている株価は、ほんのささいな拍子で、暴落するかわからない。
日米の株高がバブルであり、崩壊前夜である、というのは決して私の思いつきの脅しではない。昨日、エコノミストの菊池英博氏を招いてのクロストークカフェを行ったが(中継配信は行わず)、その中で、菊池氏は証拠をあげて、バブル崩壊が間近に迫っていることを明らかにし、日本の個人投資家が最後にババをつかまされて犠牲になると警告を発したのである(このクロストークカフェは、来場されなかった方のために、緊急にPPVで配信します。必見必聴です。お見逃しなく!)。
ちなみに、「女性の活用」の一環として政府が設立した「輝く女性応援会議」が、6月24日付けでオフィシャルブログを立ちあげた。そのブログ名は「SHINE!~すべての女性が輝く日本へ」。
満面の笑みを浮かべる安倍総理の横に踊る「SHINE!」という英語はもちろん「輝け!」という意味だが、ネット上では「『死ね!』かと思った」との声が相次いでいる。まるで、安倍総理が、「労働力」としての「資源」に過ぎない女性は、働くだけ働いて「死ね!」とでも言っているかのようである。うがちすぎだろうか。
ちなみにこのブログ、ネット上での批判の声を意識してか、現在は安倍総理ではなく別の女性の顔が表示されている。
女性の「参政権」、そして日本国憲法に関わる問題
強きを助け、弱きを挫く”男のなんと多いことよ。強い男は優しい男だと思うのだが・・。