日米首脳間の「約束」「合意」は、たんなる<口約束>なのか?
しかし、その<口約束>が難航するTPP交渉の漂着先を左右しようとしている。流れ着いた先で日本が置かれるのは、「完全降伏」に等しい状況かもしれない。
4月21日、オバマ大統領の23日訪日を目前に控え、日米首脳会談をきっかけにTPP交渉にも何らかの進展があると見る向きもある中、米国NGOパブリック・シチズンのロリ・ワラック氏とニュージーランド・オークランド大学教授ジェーン・ケルシー氏が来日し、緊急講演を行った。
ワラック氏は、貿易促進権限を持たないオバマ大統領の日本でのTPPに関する発言には、何ら法的な効力がないことを指摘。またケルシー氏は、両首脳の発言内容が、他のTPP参加各国のあいだで交渉推進の正当化に利用される可能性を警告した。
- 13:00~「TPPなどに関する最近の米議会の状況」 ロリ・ワラック氏(パブリックシチズン)
- 14:00~「日豪EPA大筋合意とTPP交渉への影響」 鈴木宣弘氏(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
- 14:20~「TPP、関係国をめぐる状況」 ジェーン・ケルシー氏(オークランド大学教授)
オバマ–安倍会談:TPP交渉に作用する、しない?
ワラック氏は、オバマ大統領にはTPPに関しての大統領貿易促進権限が米議会により与えられていないことを強調した。
「オバマ大統領が安倍総理に何かの約束をしたとしても、それは法的な意味を持つものではありません。約束が法的な意味を持つためには、別途、議会による承認が必要です」。
つまり、通商に関する権限は議会にあり、仮に今回の訪日でオバマ氏が関税率に関して日本に歩み寄る姿勢をみせたとしても、それは最終的な決定を意味しないという。何らかの譲歩があった場合、オバマ氏の狙いとして考えられるのは、「停滞している医療やISDS条項といった分野の交渉に弾みをつけること」であるとワラック氏は語った。
ワラック氏にこう断言させる材料として、「ついこの間(金曜日)、数多くの米議会議員からオバマ大統領へ送られた書簡」がある。
その書簡の中で議員たちは、牛肉と豚肉に関して関税撤廃を受け入れるか、もしくはその準備ができるまでTPPの交渉から離脱するか、どちらかを安倍総理に選択させるよう、オバマ氏に要請したという。したがって、貿易促進権限を与えられていない中でオバマ氏が安倍総理と交わした「約束」が、帰国後には議会の圧力によって覆されることは十分にありえる話なのだ。
「議会の承認がない限り、合意もない」 ~鹿児島補選で注目の「砂糖」の関税の行方は?
両首脳の間で砂糖の関税率に関する何らかの「合意」があったとしても、米議会によってそれが覆ることはありうるか、という会場からの質問に対して「はい」とワラック氏は答え、次のように続けた。
「そのような合意があったとしても、二国間の他の交渉項目が解決しなければ、砂糖に関する合意は成立しない仕組みになっています。さらに、全ての交渉項目が解決しても、そしてオバマ大統領が何かを約束しても、議会の承認がない限り、合意もなりません」。
さらにワラック氏は、「砂糖に関する関税率、輸入枠の合意ができているという噂」について、「牛肉と豚肉の関税撤廃を日本が受け入れること」また「30年かけての自動車関税の撤廃」が要件とされていると指摘した。
与野党が対立し、激しいデッドヒートを繰り広げている鹿児島2区補選では、鹿児島が農業県ということ、さらに奄美大島がサトウキビ栽培が盛んということもあり、TPPで砂糖を含めた「聖域」(農産品重要5品目)が守られるかが、焦点となっている。
安倍総理は19日正午に奄美大島に入り応援演説を行ったものの、TPPについてはほとんど触れていない。
日豪EPA合意は「完全降伏」への第一歩
日本は4月7日、オーストラリアとの経済連携協定(EPA)交渉で大筋合意した。日本の牛肉関税(現在38.5%)は、レストランなど外食産業向けの冷凍肉を協定発効後18年目に19.5%へ、スーパーなど店頭向けが多い冷蔵肉は15年目に23.5%に、段階的に引き下げる。
これは、「重要品目は除外または再協議の対象となるよう、政府一体となって交渉する」という、日豪EPA交渉に関する衆参の国会決議に違反するとの指摘が、多くの有識者からあがっている。
ケルシー氏からは、TPP交渉と並行し日本とオーストラリア間で協議が進むEPA(経済連携協定)に、「もし日本が他の国とよりよい条件で交渉したならば、オーストラリアにも自動的に同じ条件が適用される条項」(最恵国待遇)が盛り込まれているとの指摘があった。
つまりTPPにおいて、米国との協議で牛肉・豚肉の関税がゼロ、または日豪EPA以上の引き下げで合意した場合、オーストラリアも自動的に、その条件を適用するよう再交渉を行うことができるのだ。より良い条件を欲するオーストラリアが、TPP交渉で米国などと共に、日本に対してさらなる関税ゼロ圧力をかけてくることは必至だ。
ケルシー氏によれば、オーストラリアに対して安倍総理がすでに行ったこの「譲歩(surrender)」は、これから予想される日本の「完全降伏(total surrender)」に向けた第一歩に過ぎない、とTPPに参加する農業輸出国からは見なされているという。
当然、TPP参加各国は、今回の日米首脳会談からどういった発言が飛び出すかに注目している。ケルシー氏は、「今回のオバマ大統領と安倍総理の首脳会談から発せられるメッセージは重要です。なぜなら、他の参加国政府がTPP交渉を押し進めようとするときに、その正当化理由として利用されるからです」と語った。