春は誰でも心躍る。花の季節である。
しかし、雪が解け、寒気がゆるむ春は、実は戦争の季節の到来でもある。特に冬季に厳寒に見舞われる東欧からロシアにかけての一帯においては。
冬は進軍が困難になる。そのため冬営するのが近代以前の軍のあり方で、冬は戦争が休止する期間だった。
大きな戦争の作戦は、春に戦端を開き、夏に決戦を迎えて、秋までには終結させるべく計画が練られるのが通常である。その計画が兵站のもたつきなどでずれ込むと、「戦争の季節」の終わりにもつれ込んでしまう。防寒の装備などが不十分だったりすれば、兵士はたちまち凍傷を負い、兵器の性能も落ちて、戦闘以前の段階で敗退してしまう。
ナポレオンも、ヒトラーも、大軍をモスクワに向かって進めながら、「戦争の季節」の終わりまでに作戦を完遂できず、「冬将軍」と呼ばれるロシアの寒気、風雪に阻まれて敗北と退却を余儀なくされたのは、よく知られている通りである。
現代戦は航空機とミサイルが先行し、陸上戦がすべてではなくなったとはいえ、地上を支配しなければ戦争は決着がつかない。
物騒なことを申し上げるが、水ぬるむ春は、実は警戒すべき季節の始まりでもあることを、私たちは思い起こす必要があるのだ。
3月16日にクリミアで行われた住民投票の結果、大半の住民がロシアへの編入への賛成を示し、クリミア自治共和国とセヴァストーポリ特別市とロシアとのあいだで編入に関する条約の手続きが着々と進められていった。
ウクライナ軍施設はロシア軍によって次々と接収され、クリミアはほぼ「無血開城」となった。「ロシアへのクリミア編入」というウクライナ政変の第2幕は、不気味なほど静かに終幕し、すでに次の第3幕が開こうとしている。
第3幕は、第2幕の結果を引きずっている。欧米諸国はロシアへのクリミア編入を認めようとはしない。クリミア住民の大多数の意志を、あくまで否認している。
こうした状況のもと、ウクライナ内部の動きはどうなっているのか。そして欧米諸国やロシアはどう動こうとしているのか。今回のブログでは、クリミア住民投票以降の「ウクライナ政変~第3幕」の序章をレポートする。
ロシアに対する圧力
15日に行われた国連安全保障理事会で、クリミア住民投票が無効であるとする決議が出されたが、否決された。国連安保理の常任理事国であるロシアが拒否権を発動したためである。
一方、27日に行われた国連総会では、クリミア住民投票を無効とする決議案が出され、賛成100ヶ国、反対11ヶ国、棄権58ヶ国で、採択された。ただし、この決議は法的拘束力は持っていないため、ロシアに漠然とした圧力をかけること以上の効果は生み出さない。
この決議を受けても、ロシアは強気な姿勢を崩さない。ロシアのチュルキン国連大使は、多くの国々が圧力を受けて賛成にまわったと言い、「(ロシアが)孤立していないということは明らかだ。大多数がわれわれの側についているわけではないが、よい傾向が明らかに見られる」と語った。
投票を棄権したのは、中国、ラテン・アメリカの数カ国、アフリカの国々だった。ここで中国が「中立」的なポジションを保ったことの意味は非常に大きい。
G8からロシアを除くG7は、24日に緊急首脳会談を開催し、ロシアに対して制裁を課すという「ハーグ宣言」を表明した。このなかで、6月にロシアのソチで行われる予定だったG8首脳会議を、ロシアが態度を変えるまで、延期するということも明記された。
G8に入っていない中国の習近平国家主席と、アメリカのオバマ大統領との会談が24日に行われた。アメリカはロシアに対する制裁について中国に協力を要請したが、中国は同調する意向は示さず、中立を保った。
米国は中国に対して「お願い」をするだけで、「命令」を下せるわけではない。他の国に対して行うような「恫喝」も、中国に対しては行っていない。しかし、低姿勢の「お願い」もつれなく袖にされてしまったわけである。この時点で、制裁は半分失敗したようなものである。
G7はかつて世界そのものだった。そう考えると、米国とG7の影響力の低下は否めない。
欧米がそろって制裁に回っても、ロシアと国境を接する中国が制裁に加わらなければ、ロシアは豊富な資源の売り先に困らないし、中国経由で何でも買いつけることができる。実効性はあがらない。
NATOの動き
中国を従わせることはできない。しかし、その他の国々は臣下のように従えることができる。それが今の米国である。外交的制裁は加えられないが、軍事的衝突への備えは素早い。
オバマ大統領とNATO(北大西洋条約機構)は、 バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア) などのロシア周辺のNATO加盟国に常備軍を置くことを検討していることが明らかになった。
すでに軍事的な動きは始まっている。19日には、アメリカ、ブルガリア、ルーマニアは黒海で合同演習を行い、21日には、NATOとウクライナなどがブルガリアで合同演習を実施した。イギリスは4月にリトアニアに戦闘機を派遣する予定である。こうした包囲網が完成すると、ロシアはNATOと北方、西方、南方の3方向で対峙しなければならなくなる。
一方でロシアは、25日にモルドバの沿ドニエストルで軍事演習を行っている。事実上の「東部戦線」が形成されつつあるように見える。以下のように、地図に落としていくとよくわかる。
- 2014年3月28日読売新聞記事「露周辺にNATO常駐軍、オバマ大統領が意向」(現在、当該ページ削除)
ウォール・ストリート・ジャーナルは「ロシアのクリミア編入を受けてNATOに新しい目的ができたことも鮮明にしている。NATOはわずか数週間前まで、アフガニスタンでの作戦を終える中で世界でのNATO自体の任務をどう定義するか苦労していた」と論じている。つまり、ロシアは NATOの存在意義を確認させる新たなターゲットの役割を果たすということだ。
ロシアとの戦争の可能性は
3月16日のクリミア住民投票と前後して、ウクライナ東部のロシアとの国境地帯に配備されているロシア軍は増兵を行っているとみられている。NATOの動き、ロシア軍の動きを追っていると、両者は着々と戦争準備を行っているように見える。
もちろん、NATO首脳も、オバマ大統領もプーチン大統領も、「戦争準備をしている」とか、「戦争の可能性が高まっている」などという直接的な表現は用いていない。そのような中、ストレートに「戦争の可能性が高い」と発言しているのは、ウクライナ新政権の閣僚である。
3月23日日曜日、ウクライナ新政府のデシツァ外相はABCテレビでのインタビューで、「戦争の可能性」について語った。今回のインタビューの一週間前にデシツァ外相は、ロシアとウクライナとの戦争の可能性は「極めて高い」という発言をしていた。それを受けて、インタビュアーは、「一週間前と比べてどうか」と質問した。これに対し、デシツァ外相は、「ますます高まっている。プーチン大統領が何を考えているのか、どういう決断をするのか分からない。状況は非常に緊迫している」と述べた。
また、「ウクライナ政府はロシアを止めるために、あらゆる平和的で外交的な方法を使いたい」としながらも、「もしロシアが侵攻してくるとすれば、その地域に住むウクライナの人々が自国を守るために、軍事的に対抗するのを止めさせることは難しい」と語った。
だが、ロシアは「ウクライナに侵攻するつもりはない」と何度も言い続けている。20日木曜日、ロシアのショイグ国防相はアメリカのヘーゲル国防長官との電話会談で、ウクライナとの国境周辺にロシア軍を展開しているのは軍事演習のためであり、ウクライナとの国境を越えるつもりはないと断言した。また、24日月曜日には、デシツァ外相とロシアのラブロフ外相の会談が オランダのハーグで行われ、ラブロフ外相は「ウクライナ東部・南部で軍事展開しない」旨を伝えた。
- 2014年3月25日産経ニュース記事「ロシア外相『ウクライナ東部で軍事力使用の意図なし』新政権外相に」(現在、当該ページ削除)
ティモシェンコ元首相「ロシア人たちを殺すときが来た」