【IWJブログ】分裂するウクライナ ——親ロシア派、親欧米派、そして第三の勢力 2014.2.25

記事公開日:2014.2.25 テキスト
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(ゆさこうこ)

 冬季オリンピックが行われてたソチのすぐ隣で、たいへんな政変が起きている。ロシアの隣国ウクライナで約三ヶ月にわたって続いてきたデモは実弾の飛び交う「戦闘」へと展開していった。反政権派による現政権への抗議に端を発した闘いだが、これは単にウクライナ国内の政変というものではおさまらず、EU諸国やロシア、アメリカをも巻き込んだ対立となっている。

 IWJは昨年12月に「ウクライナで何が起こっているのか」と題してウクライナのデモについて取り上げ、その原因や、EUおよびロシアの関係を論じた。今回はその続編である。

ウクライナとロシアとの関係

 ウクライナは、1991年12月25日のソ連崩壊とともに共和国として独立を果たすまで、ソビエト連邦を構成する15の民族共和国のひとつだった。独立後も、ロシアへの深い依存関係、あるいは従属関係のもとにあった。

 ロシアとウクライナは、ともにスラブ民族であり、言語もとても近い。どちらもキリル文字を用い、宗教もビザンティン帝国(東ローマ帝国)の系譜を受け継ぐ東方正教会である。兄弟のような民族なのだ。

 そもそもロシアは9世紀にキエフ・ルーシとして始まっており、現在のウクライナの首都キエフはロシアのルーツでもある。ウクライナ国内に居住しているのはウクライナ人だけではない。ロシア人も数多く住んでいる。その分布には東西で違いがある。ソ連時代に多くのロシア人が移住してきたウクライナ東部はロシア語圏であり、ロシアとの結びつきは強い。

 しかし、近年は、EUに加盟してヨーロッパへ近づいていこうとする動きが生じてきていた。

「オレンジ革命」とその後

 2004年の大統領選では、親ロシアのヴィクトル・ヤヌコビッチ氏と、親欧米のヴィクトル・ユシチェンコ氏が闘った。

 ヴィクトル・ユシチェンコ氏は、ソ連国家保安委員会(KGB)での勤務を経て、銀行員として活躍した人物である。1990年代は、ウクライナ国立銀行の理事長を務めた。1999年、ウクライナ国債の債務不履行に対処するため、当時のクチマ大統領によって、急遽首相に登用された。はじめてGDPをプラスに転じさせるなど、手腕を発揮し、国民の人気を得た。

 ユシチェンコ氏のあとに首相に任命されたのが、ヤヌコビッチ氏である。ヤヌコビッチ氏はウクライナ東南にあるドネツィク州出身で、ドネツィク州国家行政府長官を経て、1998年に内政問題調整会議のメンバーを務めていた。

 首相経験者であるユシチェンコ氏とヤヌコビッチ氏が立候補したのが、2004年の大統領選だった。

 ところが、ユシチェンコ氏が立候補した後、彼に異変が起きた。突如重病を発症し、美男子として知られた顔が痘痕で変形してしまったのである。ダイオキシン中毒によるものとみられ、何者かが毒殺を図ったとユシチェンコ氏は主張している。毒による暗殺は、KGBの手口として知られ、KGBを受け継ぐウクライナ国家保安局が関与しているとも噂された。美男子ユシチェンコ氏の顔が崩れてしまったわけだが、国民は同情を示したと言われている。

 11月21日、親ロシア派のヤヌコビッチ氏と新欧米派のユシチェンコ氏の決戦投票が行われた。ところが、この投票に不正があったのではないかと言われ、「オレンジ革命」と呼ばれる大規模な抗議運動が起こった。最高裁は決選投票のやり直しを命じ、12月26日に再選挙が行われた。この結果、ユシチェンコ氏の勝利が決まった。

 この「オレンジ革命」の立役者となったのが、ユーリヤ・ティモシェンコ氏だった。ウクライナ女性の伝統的な髪型とされる三つ編みをした美貌のティモシェンコ氏は、1996年に政治家に転身する前は、ビジネスで成功を収めたやり手だった。不法コピーのレンタルビデオのチェーン店の経営に携わったほか、いくつかのエネルギー関連企業の経営を担った。ロシアからウクライナへの天然ガスの輸入も手掛け、「ガスの女王」とも呼ばれた。

 大統領となったユシチェンコ氏は「オレンジ革命」の盟友ティモシェンコ氏を首相に任命し、ともに親欧米政権を樹立した。この2004年の大統領選および「オレンジ革命」とは、ロシアへの依存関係を継続するのか、それともEUへの加盟を目指して、「ウクライナをヨーロッパに」の道を進むのかを問うものだった。

 その後、ユシチェンコ氏とティモシェンコ氏の政治路線の違いも明らかになり、ティモシェンコ氏は2005年に首相を解任されたが、2007年には再び首相に就任している。

 2010年、前回敗れた親ロシアのヤヌコビッチ氏が再び大統領選に挑み、今度はティモシェンコ氏と争った。決選投票でヤヌコビッチ氏が勝ち、大統領に就任した。このとき、ウクライナの東部と西部とで、ヤヌコビッチ支持とティモシェンコ支持はくっきりと分かれた。

▲2010年の大統領選の得票。青がヤヌコビッチ支持、ピンクがティモシェンコ支持を表している

 2011年、ティモシェンコ氏は職権乱用罪により逮捕された。西側諸国はティモシェンコ前首相に対する有罪判決は政治的な動機にもとづいたものだと非難している。獄中のティモシェンコ氏は原因不明の内出血などを訴え、健康状態が悪化していた。

EUとの連合協定の見送り

 今回のデモの発端となったのが、ウクライナとEUとの連合協定締結の断念だった。

 ヤヌコビッチ大統領は親ロシアではあるが、EUへの加盟を目標としており、EUとの連合協定の協議を続けてきた。この連合協定はEUとの自由貿易を柱にしており、ウクライナとEUとの経済的・政治的結びつきを強めるものだった。ウクライナのEU加盟への実質的な一歩とみなされていたである。

 しかし、昨年11月28日、ウクライナのヤヌコビッチ大統領はこの連合協定の締結の見送りを決断した。この決断の背後には、ロシアからの圧力があったとも言われている。 この連合協定締結見送りが、その後3ヶ月続く抗議行動の発端となった。

 12月1日に首都キエフでは、35万人規模の抗議デモが行われ、12月25日にロシアからの150億ドルの緊急援助が明らかになると、「脱ロシア」を主張する抗議行動はさらに拡大していった。デモの混乱の責任をとって、1月28日にアザロフ首相が辞任を表明し、内閣は総辞職することとなった。しかし、デモは終息することなく、独立広場を中心とするキエフの混乱は3ヶ月近くにわたって続いた。

▲デモを行っているグループ「ユーロマイダン」が撮影したデモの様子(2月21日)

デモは「戦闘」へ

 2月18日、反政権派と治安部隊による大規模衝突が起こった。19日にヤヌコビッチ大統領が休戦を宣言したが、その後も激しい衝突が続いた。18日からの2日間で75人が死亡したと伝えられている。CNNの報道によると、反政権派は火炎瓶や散弾銃を治安部隊に投げつけ、治安部隊は自動小銃やライフルで応戦しているという。さらにプロのスナイパーが反政権派の人々を狙い撃ちにしているとの情報もある。抗議のデモは本格的な「戦闘」へと展開していったのである。

 以下は、現場にいあわせた朝日新聞ウラジオストク局長西村大輔氏の臨場感溢れる写真入りツイートである。

▲朝日新聞ウラジオストク局長西村大輔氏のツイート(2月20日、21日)

 なぜデモは激化していったのか。反政権派は行儀の良い民主主義者、リベラルばかりではない。最近のデモ隊の中心となっていたのは、過激派ナショナリスト連合の「右派セクター」だ。ウクライナの独立を求める民族主義勢力であり、1月下旬から「第三の勢力」として台頭し始めた。

 2月21日、右派セクターのリーダーの一人であるAleksandr Muzychko氏は、「秩序と規律」の回復のために武力に訴えることを宣言したと露紙ロシア・トゥデイが伝えている。

この右派セクターのリーダーは「この町、この地域で、無法者や略奪者がいたら、右派セクター部隊がその場でそいつを撃つ。そうすれば、秩序と規律が保たれるだろう」と演説した。彼らの言う「無法者」「略奪者」は、警察のことでもある。「もし、キエフのこいつら(警察)が明日までに止めなければ、われわれが軍隊を引き継ぎ、装甲車・戦車を持つ」という過激な警告まで発している。

 この右派セクターのリーダーは、有名なナショナリストだ。ロシア・トゥデイによると、彼は2007年に、コミュニスト・ユダヤ人・ロシア人と闘うという宣言をしている。

▲演説する右派セクターのリーダーAleksandr Muzychko氏(ロシア・トゥデイ)

 また、右派セクターの一翼を担っている「全ウクライナ同盟スボボダ(自由)」党は、ネオ・ナチ、反ユダヤ主義の組織だ。

▲片手を挙げているのが、 全ウクライナ同盟”スボボダ”のリーダー、オレフ・チャフニボク(Oleh Yaroslavovych Tyahnybok)氏

 第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人虐殺は、ウクライナでも強行された。1941年6月にナチス・ドイツがソ連に侵攻していったとき、キエフには16万人のユダヤ人が住んでいた。同年9月、バビ・ヤールという谷で、3万3771人のユダヤ人がナチスによって虐殺された。この後もバビ・ヤールでの虐殺は続き、ユダヤ人・ジプシー・コミュニスト・ソヴィエトの囚人たち、合計10万人がここで殺されている。

 ウクライナはこうした惨劇の舞台となった歴史を持ちながら、再び反ユダヤ主義のネオ・ナチが台頭してきている。スボボダは2012年の選挙で10%以上の得票で、4番に大きな政党となった。

 こうした過激派勢力の登場によって、キエフの事態はますます混沌としてきたのだ。政権も野党側も右派セクターをコントロールすることができないまま、現在の「戦闘」状態へと至っている。

国際社会の反応

 こうしたウクライナの暴力的状況に対して、各国が反応している。

 EUは2月20日に開かれた緊急外相会議で、ウクライナに対する制裁を決定した。暴力行為を行った人に対するビザ発給拒否や資産の凍結、治安部隊がデモ制圧に使う装備の輸出禁止といった制裁だ。この制裁の対象となるのはウクライナ閣僚および反政府派のリーダーと考えられる。

 ただし、EUは、制裁の一方で、解決のための調停も推進していくとしている。2月21日、EUの仲介のもとで、ヤヌコビッチ大統領は、野党3党の代表とともに合意書に署名を行い、大統領選を5月に前倒しすることなどに応じた。

 また、アメリカによる介入も続けられている。すでに昨年12月の段階で、アメリカのヌーランド国務次官補はキエフを訪れ、ヤヌコビッチ大統領と会談したり、デモ参加者に食糧を配ったりするなどしている。デモを支援するためにアメリカは50億ドルの「投資」をしたとも言われている。

 さらに、アメリカは、ウクライナの野党勢力の今後の人事にも強い関心を持っている。これについてヌーランド氏とジェフ・パイエト駐ウクライナ大使との間で画策している電話の会話がYoutubeに流出した。この電話会談のなかで、ヌーランド氏は 国連による介入を歓迎し、「fuck EU」と発言している。

 こうした動きに対し、ウクライナのコレスニチェンコ地域党議員は、「キエフの状況は1年以上かけて準備された。外国のスパイたちは、クーデターを起こすために、最近数年間で100億ドル以上の資金を提供した。スパイたちは、非政府組織を装って最高会議で活動している」という告発を行っている。

 政権側を支持しているロシアのプーチン大統領は、ウクライナに人権担当特使を派遣した。また、21日にロシア外務省は、ウクライナの政権と野党勢力に、武装過激派の活動を抑止するよう要求する声明を出している。

  • ロシア外務省の声明(記事削除)

 ウクライナはロシアと欧米とのあいだで引き裂かれている。戦闘のあとに、新自由主義の新たな実験場となる可能性もある。

ティモシェンコ前首相の釈放

 21日にEUの仲介によって実現したヤヌコビッチ大統領と野党3党の合意書署名を受け、ウクライナ議会は、刑法の改正案を承認した。この改正案によって、22日、職権乱用罪で投獄されていたティモシェンコ前首相が釈放された。

 ティモシェンコ元首相は、昨年12月にデモが始まったときから、ヤヌコビッチ大統領の即時退陣を要求する声明を出したり、ウクライナ人にメッセージを発したりし続けてきた。

 釈放された22日の夜、ティモシェンコ前首相はキエフのデモ拠点「独立広場」に向かい、演説を行った。ヤヌコビッチ大統領が退陣するまで抗議活動を続けるよう呼びかけたという。

 釈放によって、5月に行われることが決まった大統領選に、ティモシェンコ前首相が出馬する可能性が出てきた。

 ティモシェンコ前首相の演説には5万人の聴衆が集まったとされているが、一方で、「ユリアにうんざり」「ユリア=プーチン」というプラカードを掲げたデモ参加者も見られる。

ヤヌコビッチ大統領の解任

 22日、ウクライナ国会で、ヤヌコビッチ大統領の解任が決まり、5月25日に大統領選が実施されることとなった。ヤヌコビッチ大統領はこの決議の数時間前にキエフを脱出し、支持基盤である東部へと向かっている。大統領の解任決議は、野党勢力が国会を掌握したなか、大統領不在で行われた決議だったのである。

  • ヤヌコビッチ大統領がヘリコプターでキエフを脱出する映像(映像削除)

 ヤヌコビッチ大統領は、解任を認めず、野党勢力の動きを「クーデター」とみなしている。地元UBRテレビによるインタビューで、ヤヌコビッチ大統領は「私はこの国を離れない。辞任もしない。私は合法的に選出された大統領だ」と語った。さらに、ウクライナの動乱の現状を、1930年代のナチスの台頭に比較したという。

「ナチスが権力を持った1930年代に起きたことと、同じことが起きている。ナチスは政党を禁じた。今起きていることと同じだ。彼らは政党を禁じ、忍び寄って人々を殴り、執務室を燃やす」。

 また、ヤヌコビッチ大統領は、過激派の行為をやめさせるようEUに呼びかけると言う。一方、ヨーロッパ各国当局は、ウクライナ国会の決定に対する支持を表明しており、ヤヌコビッチ大統領に同調しているわけではない。

「この国を離れない」と言ったヤヌコビッチ大統領だったが、22日に東部のドネツクからチャーター機で出国を図ったと報じられている。

 ヤヌコビッチ大統領解任後、オレクサンドル・トゥルチノフ氏が大統領代行に任命され、大統領選が行われる5月25日まで大統領権限がトゥルチノフ氏に移されることとなった。トゥルチノフ氏は、ティモシェンコ元首相の側近である。

 24日、キエフの暴動で大虐殺を行ったとして、ヤヌコビッチ大統領に対する逮捕状が出された。

ロシアの反応

 24日、ロシアのメドベージェフ首相は、ウクライナで現在権力を掌握している勢力の正当性に疑念があると発言した。

 アメリカは、ロシアの軍事介入を懸念している。アメリカのライス米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、ロシアが軍事介入すれば「重大な誤りになる」と牽制した。

 また、ロシア外務省は、ウクライナの状況悪化を避けるよう求める声明を出した。

 ロシア外務省はTwitter上で以下の発言もしている。「ロシアはウクライナの危機に関わっている者たちに、最大限の自制と状況悪化を防ぐことを強く求める」、「われわれは、何人かの西洋のパートナーが一方的な地政学的目的で行動していることに注意しなければならない」、「ネオ・ナチと反ユダヤ主義のデモなどの過激派の行動は道徳的に評価できるものではない」、「何人かのヨーロッパの政治家が、5月に予定されているウクライナ大統領選を急いでいることに、ロシアは驚いている」、「ウクライナ最高議会による合法的な行動について、われわれは懸念を表明する」。

▲ロシア外務省のTwitter(2月24日)

 野党勢力の掌握するキエフのある西部と、ヤヌコビッチ大統領の支持基盤のある東部で、ウクライナが分裂する可能性も拭えない。2010年の大統領選では、ヤヌコビッチ支持とティモシェンコ支持が地理的にくっきりと分断されていた。親欧米派と親ロシア派との対立は、ウクライナを崩壊や分裂へと導くのだろうか。両勢力が制御できないままであった、反ユダヤ主義の色彩の濃い「右派セクター」の今後の動きも注目される。

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「【IWJブログ】分裂するウクライナ ——親ロシア派、親欧米派、そして第三の勢力」への3件のフィードバック

  1. 岡林茱萸 より:

    ウクライナ情勢のまとめ、大変興味深く拝見しました。ありがとうございます。
    かつてのアラブの春でもそうであったように、最近のこうした内紛には、EUやアメリカ、ロシアなどの外国が陰に陽に介入していて、「民主化を求める動き」と単純に結論づけることはできないようですね。
    過激派のなかにネオナチ・反ユダヤ主義の右派勢力がいることは驚きでしたが、考えてみればウクライナは、ボグダン・フメリニツキーなどの民族英雄と称えられる人物がユダヤ人虐殺を指揮したり、またクプリンというロシア作家の作品にも、血なまぐさいポグロムの一夜が描かれていますから、反ユダヤ感情は根深いと思います。
    これからも、国内外の貴重な情報を期待しています。IWJは、まさに「私の大学」です。

  2. Sergey より:

    クリミアに住んでいます!クリミアはロシアですよ!楽しいですよ!90%のクリミアの人はロシアに住みたかった!やった!今クリミアはロシアです。クリミアの人は楽しいですよ。
    ところで、アメリカのニュースはうそですよ!日本も!EUも!怖いですよね
    今犯罪者はウクライナ西部の状況を制御します。ファシスト! 私は犯罪者の国に住んでいるしたくない!アメリカはテロリストですよ!日本のラストサムライが死亡した。 大変ですね。 でもクリミアの侍がいますよ!われわれはアメリカが嫌いですよ!
    Yatsenyuk and Turchinov は詐欺師ですよ! 編集した憲法!私は彼らのために投票しなかった! 彼らは、平和的な人々を撃つ!アメリカは犯罪者をサポートしています。ヨーロッパと日本はアメリカに従属。この世界に正義は存在しない!偽のメディアだけあります!

  3. 杉浦正和 より:

     2月22日に何が起こったか、その事実を具体的に知りたくてあちこちを探していますが、情報がありません。
     このブログにはその情報がありそうだと期待して読み始めました。しかし、意図的に22日の出来事をカットしていますね。なぜなんでしょうか。極右連合「右派セクター」の実際は少し分かったものの、具体的に22日に何をしたのかが分からないのでは、クーデターか否かを正確に判断することが不可能です。
     欧米の多数は、そんなことどうでもいいと思っているようです。親欧米派が勝ったからですか。いま東部で似たことが起こると、暴動だと批判していますが、完全なダブル・スタンダードですね。
     事実が知りたいです。

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