【IWJブログ】「PC遠隔操作事件」直接証拠も無いまま公判へ 「不当な取り調べ」「個人データ収集」など捜査手法にも大きな問題が 2014.2.5

記事公開日:2014.2.5 テキスト
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 昨年2月10日に「PC遠隔操作事件」の容疑者として逮捕された、片山祐輔被告の初公判が、2月12日に東京地裁で行われる予定である。片山氏は、威力業務妨害罪やウィルス供用罪、ハイジャック防止法違反の容疑で起訴されている。

 逮捕から丸一年たつが、警察や検察からは片山被告の犯行を直接裏付ける証拠は何一つ見つかっていない。そのため、「間接事実の積み重ねで犯人性を立証する」という方向で、捜査が進められている。

 それに対して弁護側は、直接証拠がない以上は無罪であるとの主張を崩していない。片山被告自身も何者かにPCを遠隔操作され、真犯人に仕立てられたとの主張を展開している。IT知識の豊富な専門家を「特別弁護士」として登用し、検察と全面的に対決する姿勢である。

(参考記事)

不自然な逮捕の背景にはジャパンハンドラーの要求が

 2012年の秋、他者のパソコンを遠隔操作し、インターネットの電子掲示板に殺人予告を行ったこの事件。まもなく4人が検挙されたが、彼らのパソコンもまた遠隔操作ウィルスに感染していたことが明らかになり、誤認逮捕として全員が釈放された。

 2013年の元旦、真犯人から「雲取山の山頂にUSBメモリーを埋めた」というメールが報道機関に送られ、また1月5日に送られた猫の写真をもとに、江ノ島の猫の首輪に記憶媒体が見つかった。その後、FBIの捜査協力によって、事件に使われたウィルスの痕跡が片山氏の派遣先のパソコンから発見されたとして、片山氏が5人目の逮捕者となった。

 IWJは2013年3月4日、本事件の主任弁護人を務める佐藤博史弁護士に、岩上安身が緊急インタビューを行っている。

 佐藤弁護士はインタビューの中で、片山氏の捜査は証拠に多くの矛盾点があり、さらなる誤認逮捕である可能性が高いと述べている。

 FBIからの情報についても、「警察の説明には矛盾があり、疑問を呈する専門家もいる」と指摘。「『米国の協力を得て、見事に解決した』というストーリーを考えた人がいるのかもしれない」と、メディアスクラムによる印象操作が先行していることを批判している。

 佐藤弁護士のインタビュー中、岩上安身は、片山氏の逮捕に関して、警察がFBIに捜査協力を求め、唐突にハイジャック防止法を適用したことは、非常に不自然な動きであること、2012年8月に発表された「第3次アーミテージレポート」(参考:「【IWJブログ】CSIS「第3次アーミテージレポート」全文翻訳掲載 2013.2.3」)にあるように、『日本はサイバーセキュリティを強化すべき』というジャパンハンドラーからの政治的な要求が背景にあるのではないか、という点を指摘した。

 サイバー犯罪条約が日本で発効したのは2012年11月。同年末の衆議院選挙で自民党が大勝し、安倍政権が誕生。2013年2月22日、安倍総理とオバマ大統領の首脳会談でテロ対策の連携強化が確認され、同月28日には東京で日米テロ対策協議会が開かれた。

 そうした矢先の事件である。ハイジャック防止法という重い罰則の法律が適用されたこと、サイバー犯罪に日米の捜査協力が行われ、大々的に喧伝していることなどから、治安強化の「モデルケース」にされているのではないかと岩上が指摘すると、佐藤弁護士は「ぜんぜん考えていなかった。確かに、上の人がやろうとしていることはそういうことですよ」と応じる一幕もあった。

FBI情報と言われて「誤報」を連発した主要メディア

 ここで佐藤弁護士がインタビューで指摘した「メディアスクラム」がどのようなものであったか、もう一度整理してみよう。

 片山氏逮捕の6日後、2013年2月16日に、共同通信と日本経済新聞が「米FBIの捜査によって、米国のドロップボックスのサーバーに保管されていた遠隔操作ウィルスに、片山氏の派遣先を示す情報が残っていた」との内容を報じた。

 米国の捜査機関であるFBIの協力を得て、「片山容疑者による犯行であることが確定した」というような印象を与える記事であった。他の大手メディアも追従し、同じような内容の報道を繰り返した。

 FBIの捜査については、2012年10月9日に送られた真犯人Xから最初の犯行声明メールが、米国のサーバーを経由していたことから、2012年11月12日に警視庁合同捜査本部がFBIに捜査を依頼していたことが分かっている。

 また、2012年11月1日には、世界37ヶ国で批准されている「サイバー犯罪条約」が日本国内で発効。それに先立って、ウィルス作成罪の創設など国内法の整備が行われた。

 さらに、2013年2月22日の日米首脳会談では、日米間でのテロ対策協力の連携強化が確認され、同月28日には、東京で日米テロ対策協議が開催された。米国主導のサイバーテロ対策に、日本の捜査機関も追従する態勢を整えるという構図である。

 前述した「第3次アーミテージレポート」の発行は2012年8月。まさに、このレポートを機に、日米両国の犯罪捜査協力が急ピッチで進んでいく様子が手に取れる。

 そのようなタイミングでの片山氏の逮捕・立件は、捜査機関にとって、これらの協力体制の最初の「お手柄」になるはずだった。

 しかし、その後、驚くべき事実が明らかになった。佐藤弁護士が、12月20日の記者会見で、「検察が『(サーバーに残っていたという情報は)犯行手段の立証であって、片山さんが犯人であることの立証ではない』と述べた」ことを明らかにしたのだ。

<当該部分文字起こし>

12:00〜
佐藤弁護士「IESYS(.EXE)がアップロードされたドロップボックスのアカウントをFBIが解析したところ、派遣先のパソコンと結びつくことがわかったと、今まで大々的に報じられてきました。

 しかし、12月11日(の三者協議)に開示された証拠を検討した結果、『ドロップボックスのアカウントに関する検察官の立証趣旨というのは、そういうものじゃないじゃないか』と言いましたら、検察官も『そうだ』と認めまして、要するにIESYS(.EXE)がアップロードされたというウィルス供用罪、あるいはIESYS(.EXE)事件の犯行の手段でIESYS(.EXE)がドロップボックスにアップロードされたという犯行手段の立証であって、『片山さんが犯人であることの立証ではない』と、はっきりと言いました。

 つまり、ドロップボックスのアカウントが派遣先のパソコンと結びついたというような事実はまったくなくて、(記者の)みなさんも、ここでも警察に完全に騙されていたということになります。

 結局、検察官が立証しようとしていることは、片山さんのコンピューターに多数の検索履歴は発見されたけれども、犯行履歴は何一つ見つからなかったという、ある意味でまことに奇妙な事実です。

 片山さんが犯人だとすると、片山さんは、犯行履歴は完全に削除した、あるいは削除できたけれども、多数の検索履歴は削除しなかった、あるいは削除しようとしたけれどもできなかった、ということになります。しかし、検索履歴も犯行履歴もパソコン上は同じデジタルデータで、削除の難易について検索履歴と犯行履歴で差異があるはずもありません。

 片山さんのパソコンから多数の検索履歴は発見できたけれども、犯行履歴は何一つ発見できなかったということは、片山さんが犯人であるとすると合理的に説明できない事実、つまり片山さんが無知であることを示す決定的な事実なのです。

<ここまで>

 要するに、「片山氏の派遣先を示す」という情報は誤情報だった、ということだ。FBIから提供された情報が、日本の捜査当局の「お手柄」になるどころか、FBIから提供された情報を鵜呑みにして、勇み足を踏んでしまったのではないだろうか。

 そして、日本のメディアが当局からのリークに騙され、誤情報を垂れ流したということだとすれば、その責任は重大である。

(参考記事)

劣悪な環境での勾留が続く片山被告

 「PC遠隔操作事件」は、検察による証拠不十分での起訴というだけではなく、その捜査手法にも大きな問題がある。

 片山氏は昨年2月10日に逮捕されて以来、一年近くも身柄を拘束され、さらには「接見禁止」の状態が続いている。弁護側は家族との接見を裁判所に請求しているが、接見禁止決定はいまだ解除されていない。

 その理由について検察は、「犯人が使ったアカウントのパスワードを家族に伝え、それが第三者に伝わって真犯人になりすましたメールが送られる可能性がある」と述べている。

 また東京地裁は、「現行法に被告人や弁護人が接見禁止決定の取り消しを請求できる規定がない」として、弁護側の請求を棄却している。

 これに対して弁護側や専門家は、「検察が直接的な証拠を持たないことを理由に、被告人に長期間の不利益を強いるというのは、人権に関わる問題である」と指摘し、法の不備を合理的に解決すべきだと主張している。

 勾留期間は、起訴前の勾留(被疑者勾留)は原則10日(やむを得ない場合は10日間以内の延長)、起訴後の勾留(被告人勾留)は原則2か月(証拠隠滅のおそれがある場合に限り1か月ずつ更新)と定められている。(裁判所HP 「裁判手続 刑事事件 Q&A」 http://bit.ly/1ajxX4P)

 警察の捜査が終了し、検察による最終起訴が行われたのは2013年6月28日。捜査が終了すれば証拠隠滅のおそれも少なくなるにも関わらず、さらに半年以上も勾留や接見禁止が続くというのは、異常な事態だと言えるだろう。

 接見禁止は、明治時代の「密室監禁」制度が今日まで続いているもので、野蛮な制度であると指摘する専門家もいる。

 高野隆法律事務所の高野隆弁護士は、「最近10年余りの間に接見禁止決定は頻発するようになった。訴追機関が有罪判決を得るのに困難が見込まれる事案では接見禁止は珍しいことではなくなった」と、時代に逆行した制度が横行していると主張する。(高野隆法律事務所「家族と会えなくなった方へ:接見禁止の解除」 http://bit.ly/KgfPOO)

取り調べの可視化を断固拒否する捜査当局

 そもそも、取り調べが進まないのは、片山被告のせいではない。片山氏が黙秘を続けているのは、警察や検察が「取り調べの可視化」に応じないからだ。

 逮捕後の2013年2月17日以降、片山被告や弁護側は、取り調べの録音・録画を警察と検察が行わなければ、取り調べに応じない方針を続けている。片山氏以前に4人の「誤認逮捕」が行われ、うち2人がやってもいない罪を「自白」するという事態が生じていたからだ。

 佐藤弁護士は、「当局が取り調べの可視化に応じてくれたら、何でも話すと言っている。向こうがそれに応じないだけ」と語っている。

 捜査当局が可視化に応じないのは、容疑を立証できるような証拠がない、あるいは片山被告に有利となるような物的証拠が出ているからではないかとの疑いがある。

 たとえば、江ノ島のネコの首輪から回収されたSDカードを固定していたセロハンテープに付着していたDNAを鑑定したところ、片山氏とは別の型のDNAであることが判明したという。その鑑定結果は2013年3月に出ていたにもかかわらず、開示されたのは11月末だった。

 取り調べの可視化の実現に取り組む「日弁連刑事弁護センター」の前田裕司弁護士は、2014年1月10日に「取り調べ可視化の現在」という報告会を開催し、「取り調べの可視化が、本当に実現するかという意味で正念場を迎えている」と述べた。

 前田弁護士は「なぜ取り調べの可視化が必要か?冤罪を防止するため、その一言に尽きる」と明言。録画・録音もされずに作成された供述調書を証拠として認めるわけにいかない、と主張している。

(参考記事)

メディアによる印象捜査はさらに悪質に

 捜査の問題点は、被告の長期拘束だけではない。今回の事件の捜査のために、警察は90億件もの個人情報を取得したという事実が報道されている。

 産経新聞は2013年12月23日付の記事で、「遠隔操作ウイルス事件では、脅迫メールが送付された自治体・企業のサイトやネット掲示板の約90億件の履歴を解析」と報じた。解析結果から、横浜市や都内の幼稚園、芸能事務所などのサイトを共通のIPアドレスで閲覧していたことが判明したとしている。

ビッグデータが容疑者特定に寄与 キーワード絞り込み「鍵」(産経新聞 2013.12.23)

 同記事では、人気漫画「黒子のバスケ」をめぐる脅迫事件で12月15日に容疑者が逮捕された事件において、約43億5千万件のIPアドレスのアクセス履歴を分析したことが逮捕につながったという、警察の捜査手法も報じている。

 「今やデータが億単位なのは大前提。PCで解析しなければ探しきれない。どんなキーワードで絞り込むかで捜査員の力量が問われる」という、警視庁幹部の声が紹介されている。

 言うまでもなく、「PC遠隔操作事件」と、「黒子のバスケ事件」とは、直接的な関連はまったくない。にもかかわらず、産経新聞の記事は、このまったく別の事件を並べて同列に報じることで、警察の捜査や取り調べが順調に進み、「片山被告が犯人だ」との印象を読者に与えるものだ。

 警察と大手メディアがスクラムを組んで、片山氏への捜査や取り調べを正当化しようという思惑が、ここにも表れている。一方、弁護側の会見内容を報じる主要メディアは皆無。まさに、陰険極まりないやり方である。

国家による個人情報の大量収集に「待った!」

 大量のデータ収集による捜査を自慢気に語る日本の捜査当局。しかし、国家による大量の個人情報の収集が、現在世界的な問題になっていることは、あらためて述べるまでもないだろう。

 2013年6月、元CIA職員のエドワード・スノーデン氏が、米国の諜報機関NSAの機密ファイルの内容をマスコミにリークしたことで、この問題が一躍注目を浴びるようになった。

 「PRISM(プリズム)」という極秘プログラムを通じて、NSAやFBIが大手IT企業9社のサーバーから個人データをひそかに収集していたことが、ワシントン・ポストの報道で明らかになった。

 9.11事件以降、米国では外国人テロリストへの対策として、盗聴やメールの監視などの諜報活動や情報収集が正当化されてきた。他方、個人のプライバシーは、に扱われるという状況が続いた。

 当初米国政府は、情報収集は外国人をターゲットとしたもので、限定的であると説明していた。しかし、スノーデン氏が持ち出した資料からは、一般市民のプライバシー情報も大量に収集されていたことが、次から次へと明らかになったのである。

 さらには、米国による世界各国の首脳の会議や携帯電話などの盗聴も暴露され、国際問題にもなりかねない状況を招いたことも、記憶に新しい。

 その発端となった米国では、現在政府による情報の大量収集に対する見直しの動きが急速に広がっている。

 2013年12月16日、米ワシントン(コロンビア特別区)連邦地裁は、NSAによる不特定多数の一般市民を対象とした通話履歴収集について、「違憲の疑い」があるとの判断を示した。

 翌日の12月17日には、FBIやNSAによる個人データ収集の実態について、アップルやグーグルなどの米IT企業の幹部が、オバマ米大統領やホワイトハウス幹部と会談し、政府の情報監視活動を見直すよう求めた。

 そして12月18日、オバマ大統領の特命を受けたNSA特別委員会が、調査結果をまとめた報告書”Liberty and Security in a Changing World(変化する世界における自由と安全保障)”を公表した(【URL】 http://1.usa.gov/1kWB2cA)。

 300ページにもおよぶこの報告書では、政府による通話記録の一括収集の中止、「プライバシー委員会」の設置、NSAが調査を要求したユーザー数の公表などを提言している。オバマ大統領は、これらの提言に基づいたNSA改革案を2014年1月17日に表明した。

 現在もロシアで亡命生活を続けるスノーデン氏は、クリスマスの12月25日、イギリスのテレビ局「チャンネル4」のインタビューに応じ、「国家に大量の個人情報の収集をやめさせよう」と語り、プライバシーの重要性をあらためて訴えた。

 テロ対策という名目で増え続けてきた政府による情報収集活動が、ここにきて曲がり角を迎えていることは間違いない。日本も、国家の秘密保護ではなく、国民のプライバシー保護に本格的に取り組まなければ、人権意識に対する国際社会との距離はますます広がることになるだろう。(IWJ 野村佳男)

(参考記事)

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