【IWJブログ】 歪められたユダヤ教――「人工国家」イスラエルと米国の拡張主義~岩上安身による東京理科大学教授・菅野賢治氏インタビュー

記事公開日:2013.10.11 テキスト
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 今年の8月21日、シリアの首都ダマスカス郊外で化学兵器が使用されたとされる「惨劇」以降、急激に可能性が高まっていた米国によるシリアへの軍事介入は、化学兵器の国際管理というロシアの提案が受け入れられ、一時的に回避されることになった。9月14日のことである。

 今回のシリア情勢をめぐり、常に米国の背後に隠れながら、米国によるシリアへの攻撃を促し続けていた国がある。イスラエルである。スイスのジュネーブで、ロシアのラブロフ外相とともにシリアの化学兵器を国際管理下に置くとする声明を発表した米国のケリー国務長官は、その足でイスラエルの首都エルサレムに飛び、9月14日同日、ネタニヤフ首相に「米国の軍事圧力は本物だ」とわざわざ報告したのである(シリアへの軍事圧力は本物=イスラエル首相と会談-米長官 9月16日・時事通信)。

 イスラエルはなぜ、これほどまでに米国に対して影響力を行使できるのか。イスラエルとは、一体どのような国なのか。そもそもユダヤ人とは何か、イスラエル建国の契機となる「シオニズム運動」とは何か、根本的な問いに立ち返る必要がある。

 シオニズムを批判する者は、その内容の如何にかかわらず、「反ユダヤ主義」とのレッテルを貼られてしまうという。

 しかし、先住民であるパレスチナ人を力づくで追放し、土地を奪い、返還しないという強引な植民地化に対し、厳しい批判を加え続けている知識人たちもいる。

 他ならぬ、ユダヤ系の知識人たちである。

 『イスラエルとは何か』『トーラーの名のもとに』の著者であるヤコブ・M・ラブキン氏(モントリオール大学教授)は、著書の中で、シオニズム運動とイスラエルの建国が、伝統的なユダヤ教の教えに反したものであると、正統派のユダヤ教のラビ(宗教指導者)たちが繰り返し批判してきたこと、パレスチナ人たちに土地を返すべきであると主張していること、そうした「神に従う良心の声」がこれまで黙殺されてきたことなどを明らかにしている。

 そのラブキン氏と親交があり、両書の翻訳も務めた東京理科大学教授の菅野賢治氏に、イスラエルという国がいかに伝統的なユダヤ教を歪めたかたちで成立しているか、話をうかがった。

■ダイジェスト動画

■動画記事本編はこちらからご覧ください

以下、インタビューの実況ツイートをリライトし、再構成したものを掲載します

「ユダヤ人」のイメージはキリスト教世界のフィルターを通したもの

岩上安身(以下、岩上)「今日は、ヤコブ・M・ラブキン氏の著作『イスラエルとは何か』『トーラーの名において』の翻訳者である菅野賢治先生にお話をおうかがいします。

 ユダヤ人とは誰か、イスラエルとはどういう国か。私を含め、日本人の多くは理解していないのではないでしょうか。しかし、イスラエルと米国の関係を考えた時、イスラエルとその周辺諸国の情勢は米国を通じて日本にも影響を及ぼすことになると思います。

 具体的には、最近のシリアをめぐる情勢をあげることができます。中東では、イスラエルとシリアは対立関係にありますね(※1)。8月21日にダマスカス郊外で化学兵器が使用されたとして、米国とフランスがシリアへの軍事介入の動きを強めました。その背景には、イスラエルの強い意向があったと考えられます。

 その証拠として、米国とロシアが化学兵器の国際管理に合意した直後、ケリー国務長官はエルサレムを訪問し、イスラエルのネタニヤフ首相のもとを訪れました(※2)。

 するとネタニヤフ首相は、「イランによる核武装を食い止めるという国際社会の努力のあり方にも影響を及ぼすだろう」(※3)とケリー国務長官に対して語ったというのです。『シリアが駄目なら、次はイランだ』というわけです。そして、それに呼応するかのように、この会談が行われた翌日、オバマ大統領が『次はイランだ』と発言しました(※4)。今回のシリアを巡る一連の動きを通して、米国がイスラエルの御用聞きだという構図がはっきりしたのではないでしょうか。

 さらに、英紙ガーディアンによると、ロシアに一時的に亡命している元CIA職員エドワード・スノーデン氏が、NSAとイスラエルが”raw intelligence”『生の情報』を共有していたことが、9月12日に分かりました(※5)。なぜ、米国とイスラエルがここまで親密なのか。そのあたりもお聞かせいただければと思います」

(※1)8月28日に私がインタビューしたシリア情勢に詳しい東京外国語大学の青山弘之氏は、「シリアとイスラエルの対立関係を把握することが中東情勢を理解する前提です」と説明し、シリアとイランを中国とロシアが、トルコ、カタール、サウジアラビアといった「シリアの友」とイスラエルを西側諸国が支援していると語った。

(※2)ロシアのプーチン大統領とラブロフ外相が、まるでチェスのゲームのように極めて論理的に米国を追い詰めていく様子は、メルマガ「IWJウィークリー」17号の「ニュースのトリセツ」で解説した。

(※3)対シリア:イスラエル首相「結果試される」毎日新聞、9月15日

(※4)シリア問題に比べ、イラン核問題のほうがはるかに深刻=米大統領 サーチナ、9月16日

(※5)NSA shares raw intelligence including Americans’data with Israel guardian 9.12

菅野賢治氏(以下、菅野・敬称略)「ユダヤ世界についての私たちのイメージというものは、欧米のキリスト教世界のフィルターを通して醸成されたものだと考えています。イスラム教に対してもそうだと思うのですが、私たちは、キリスト教世界のフィルターを通さず、”産地直送”のようなかたちで対象を見ているわけでは決してない、ということです。

 『ユダヤ』とは何か、という基本的なところから押さえていきたいと思います。聖書の創世記、これを『イェフダー』と言いますが、それの29章35節に『ヤコブの妻であるレアが子を産んだ。そしてイェフダーと名づけた』とあります。これが『ユダヤ』の起源です。『イェフダー』とは、神を認識して称えるすべをわきまえた人間、という意味です。

 ヤコブの子であるユダの末裔達が住んだとされる土地、今のエルサレム一帯を指しますが、今度はそこが『イェフダー』と呼ばれるようになります。そして、そこで行われている信仰も、『イェフダー』式と呼ばれるようになります。

 まとめると、『ユダヤ教』の定義というのは、神を認識して称える人たちが住んでいる場所で行われている信仰、ということです。

 ユダヤ人、英語ではJew、ヘブライ語では『イェフディー』と言いますが、これには3種類あると私は考えています。まず、先祖がユダヤ教徒だった人で、今は信仰をやめてしまった人。『世俗的ユダヤ人』と言われます。イスラエル国民の大半は、実はこれに当てはまります。彼らはシナゴーグ(※6)にも行かないのです。

 次が、最低限の戒律を守る人たち。安息日を守る、といったことです。大きな祭の時にはシナゴーグに行き、ヘブライ語の聖書も一定程度は読めます。彼らは、『世俗的ユダヤ人』と同族意識を持っています。

 大切なのは、次の三番目です。伝統的なユダヤ教の信仰を厳格に守っている人たち。彼らは、自分たちが正統的ユダヤ教徒だと考えており、『世俗的ユダヤ人』とはまったく違うと存在だと認識しています。ウルトラオーソドックス、原理主義者などと呼ばれることもあります」

(※6)シナゴーグ:ユダヤ教徒が礼拝と聖書の朗読を行う会堂。キリスト教における教会と同じような位置づけを持つ。

伝統的ユダヤ教徒から総スカンをくらったイスラエル建国

岩上「今のお話ですと、イスラエルの国民のほとんどは世俗的ユダヤ人で、伝統的ユダヤ教徒ではない、ということでした。それでは、イスラエルの建国に至る、シオニズムとはいったい何なのでしょうか」

菅野「シオニズムとは、テオドール・ヘルツルという人物によって提唱された、世界中に散らばったユダヤ人たちが祖国イスラエルを奪還しよう、という運動のことです。しかし、シオニズムを担ったのは世俗的ユダヤ人たちで、伝統的ユダヤ教徒からはシオニズムは総スカンをくらいました。

 イランとイスラエルはもちろん対立関係にありますが、このように、イランのアフマディネジャドと抱き合っている伝統的ユダヤ教徒の写真もあります(※7)。

 さらに、イスラエルの国旗にはダビデの星が使われていますが、伝統的ユダヤ教徒はこれにも抗議しています」

(※7)イランのアフマディネジャド前大統領と抱き合う伝統的ユダヤ教徒。アフマディネジャドは、イスラエルを「残酷で人種差別主義」と非難したとして知られる対イスラエル強硬派。

岩上「シオニズムやイスラエルと伝統的ユダヤ教徒は違うのだ、ということですね。彼らはなぜシオニズムを批判するのでしょうか」

菅野「簡単に言えば、伝統的ユダヤ教徒は、国家という偶像崇拝を退けるからです。彼らにとって国家は、偶像崇拝なのです。

 ユダヤ教徒というのは、本来、国家を捨てることを選択した流浪の民なのです。ローマに滅ぼされた段階で、神がユダヤ教徒に国家を持つことを禁止した。次に国家を持つ時は、人為によるものではなく、神の意志によるものでなくてはならない、ということです。

 紀元70年、ユダヤ王国がローマ帝国によって破壊されて以降、ユダヤ教徒が人為で国家を持つことはありえません。したがって、テオドール・ヘルツルによるシオニズムは、伝統的ユダヤ教徒にとってはありえない、ということになります」

岩上「伝統的ユダヤ教徒が、国家を偶像視するのはなぜなのでしょうか」

菅野「ユダヤ教では、神以外を信仰してはいけないからです。国家のような世俗的な統治権力というのは、伝統的ユダヤ教徒にとっては二の次三の次なのです。

 つまりユダヤ教徒は、世界史上で初めて国家を持たないことを決めた集団なのです。地縁や血縁も、すべて神の名のもとに偶像崇拝の対象として退けられます。

 伝統的ユダヤ教徒は、『人間としての分』というものを備えていると私は思います。常に神と直面しているので、『なんでもかんでも思ったようにできると思ったら大間違いだぞ』と、節度をわきまえているところがある。

 そこから、殺すな、戦争するな、という絶対的平和主義の考えが導き出されます」

ユダヤ教と国家は相いれない

岩上「しかし、イスラエルは好戦的な軍事強国です。シリアに対しても宣戦布告することなく爆撃しています(※8)」

(※8)イスラエルがシリア領内で空爆 北西部で50人超虐殺か、5月14日・msn産経

イスラエルによるシリアへの度重なる空爆に関しては、元シリア大使で『シリア~アサド政権の40年史』の著者である国枝昌樹氏に詳しいお話をうかがった。

菅野「ユダヤの名において行われている数々の殺人行為に対して、伝統的ユダヤ教徒は大変な怒りを感じています。

 ユダヤの世界とは違い、欧米のカトリック世界には、拡張主義と統一志向があります。かつては、明の皇帝をキリスト教に改宗させてイスラム世界を挟み撃ちにしよう、などということさえ考えていました。この拡張主義は、ユダヤ教と著しく異なっています」

岩上「シオニズムが起こった背景として、ユダヤ人に対する差別や迫害というものがありました。例えばロシア世界では、ポグロムというユダヤ人虐殺がありました」

菅野「19世紀末、フランスやドイツ、オーストリアの世俗的ユダヤ人たちは、フランス人、ドイツ人、オーストリア人が羨ましかったのだと思います。ユダヤ人も、自らの土地と国語を有する国民国家を持ちたかったのではないでしょうか。それがシオニズムの起源だと考えられます。

 しかし、伝統的ユダヤ教徒は、地縁や血縁ではなく、神に対する信仰でのみつながります。土地にこだわることは、偶像崇拝として退けられます。だから本当は、ユダヤ教と国民国家というのは相いれないのです」

キリスト教の植民地主義と帝国主義

岩上「フランスやドイツなどが国民国家を作ります。他方、後発国のポーランドなどは分割されたりしますね。弱肉強食の世界で迫害されながら、ユダヤ教徒がキリスト世界に同化しなかったのはなぜなのでしょうか」

菅野「民族としての矜持があったのでしょう。もう一つは、信仰を失ったことに対しての後ろめたさがあったのではないでしょうか。シオニストたちは、自らの根拠は何なのかと問い、その空白を埋め合わせようとしたのではないでしょうか。

 ユダヤ人が世俗化したのは、ヨーロッパの非宗教化・近代化の波に飲まれたからです。しかし、そのなかで彼らに後ろめたさが生まれた。それを埋め合わせるために、国民国家すなわちイスラエル建国を志向したのではないでしょうか」

岩上「イスラエルは中東の小国であるにも関わらず、なぜあんなにも強大な軍事力を持ちえるのでしょうか。そして、強力なイスラエル・ロビーの存在も指摘されていますが、世界中に政治力を行使できるのはなぜなのでしょうか」

菅野「植民地主義と帝国主義だと思います。近代の西欧に現れた植民地主義・帝国主義の残滓が、いまだにイスラエルに存在しているのではないでしょうか。先ほども言いましたが、世俗化した政治的キリスト教は、拡張主義と統一志向を持っています。彼らは、キリスト教により世界を統一することが善だと考えました。現在のイスラエルはその考えの延長にあるのではないでしょうか」

進化する先としてのイスラエル建国

岩上「シオニストのサポーターがキリスト教世界に大勢出るのはなぜなのでしょう。米国には福音主義者が5千万人いて、イスラエル建国を祝福しているとされます」

菅野「キリスト教には、至福千年論、ミレニアニズムというものがあります。サタンとの最終戦争を経て、最後の審判に至る、という考えです。

 私は、欧米にはこれの世俗バージョンがあると思います。マルクスは、人類の進化をアジア的封建主義、資本主義、共産主義と分類しましたね。西欧の人々は、世界を3つに分けて2つ目の末期にいると考える。

 私たちは、ちょっと駄目だった時代を乗り越えてきたと。例えばキリスト教徒がユダヤ教を乗り越えたというように。そして近代科学によって次のステップに進むのだ、という構図です。三段階の思想であり、弁証法という思考のクセがあるように思います。

 そして、止揚される先として、イスラエル建国がある、という思考様式なのではないでしょうか。西欧に特有なこの三段階の思考は非常に興味深いものです」

岩上「伝統的ユダヤ教徒は、そのようなキリスト教的至福千年論をどう考えるのでしょう」

菅野「神の計画を先取りするなんてとんでもない、と考えています」

ユダヤ教の絶対平和主義に学ぶ

岩上「ホロコーストとの関係についてお聞きしたいと思います。シオニストがパレスティナに入植し、現地のアラブ人に対して暴力を振るった告発されていますが、そのことがナチスによるユダヤ人虐殺、ホロコーストの悲劇によって覆い隠されたり、免罪され、正当化されているのではないでしょうか」

菅野「伝統的ユダヤ教徒はホロコーストと言いませんし、ショアーとも言いません。彼らはフルバーンと言います。これは、ローマ帝国がエルサレムを破壊した際の名称です。

 伝統的ユダヤ教徒は、フルバーンのために国家を作るのではなく、国家を作るなどという罪を犯したからこそフルバーンが起こった、と考えるのです。しかし、こうした考えはホロコーストの犠牲者たちから反発を受けてていますね。

 このようなフルバーン観、シオニズム観というのは日本ではまだまだ研究されていません。学術論文などはいくつかあるかもしれませんが、一般書はありません。シオニストの主張を代弁するものはたくさんありますが」

岩上「これからの日本は、米国に引きずられて戦争に加わる可能性が高いのではないか、と思います。政府は、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法などを進めています。

 『第3次アーミテージレポート』の記載にもある通り、日本の自衛隊は中東に来い、ホルムズ海峡に来い、と米国はメッセージを送っています。

 伝統的ユダヤ教徒は、シオニズム、ひいては米国とイスラエルの政策を批判しているのだということでした。しかし、日本人はそのことをまったくと言っていいほど知りません。伝統的ユダヤ教徒たちの主張は、世俗世界にどれくらいの影響があるのでしょうか」

菅野「伝統的ユダヤ教徒は絶対平和主義です。世界は神が作ったものだから大事にしようよ、という考えです。

 何か大いなる存在を感じ、そのことによって『殺さない』と決める。これが伝統的ユダヤ教徒の感覚ではないでしょうか。この慎み深さ。この感覚を持てれば、ユダヤ教徒と通じ合えるのではないでしょうか」

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  1. sonchousan より:

    岩上先生、前段の話長く、インタビューと言いながら、自説が長い。質問者は簡潔、明瞭、が鉄則。対談者の話の筋を繰り返す岩上先生。ともかく、くどいよ。

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