続いて、皇位継承を「男系男子」に限定したのは、明治国家が捏造したイデオロギーで、しかも外国由来のイデオロギーだった、という点について、詳しく検証した。
高森氏は、明治の大日本国憲法第1条には、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあることを指摘し、次のように述べた。
「別の血筋が混ざってこないという、血筋の受け継ぎを大切にした考え方が、万世一系という考え方。
それを考えると、旧宮家の血筋が入ってくるというのは、おそらく当時の人達の感覚から言えば、ここで王朝が変わっちゃうな、ということです。
ここで、例えば賀陽(かや)王朝になっちゃうな、とか、久邇(くに)王朝になっちゃうな、というとらえ方を、間違いなくしたと思うんです。
万世一系の考え方でいうと、旧宮家養子案というのは、万世一系を途絶えさせる制度だということです」。
高森氏によると、明治の大日本帝国憲法でも、草案段階では、女性・女系天皇が皇位を継承した場合には、どうするかといった記述があったという。つまり、この段階では「男系男子」に限定していなかったというのである。
しかし、明治の皇室典範作成に深く関与した井上前光(いのうえ さきみつ)の『皇室典範草案』には、皇位継承資格を「皇統」「男系男子」に限定する根拠が、注記されていた。
高森氏によると、このうち「皇統」については、『日本書紀』を根拠としているものの、「男系男子」については、プロシア、ベルギー、スウェーデンを手本にした、と書かれているとのことである。
高森氏は、「逆に言えば、国内の資料を上げることができなかった。国内の伝統から探し出すことができなかった」のだと指摘した。
高森氏によると、明治時代に、女性・女系天皇に反対する根拠となったのは、当時の男尊女卑の考え方だった。「女性に参政権が認められていなかった時代に、統治権を総覧する天皇の立場に、女性が就くのは矛盾している」「女性天皇が結婚すれば、(国民から)夫が天皇より上位の立場と見られる」「女性天皇が国民男性と結婚すれば、その子供が皇統とは別の血筋だと(国民に)受け取られてしまう」といった理由が、資料として残されている。
高森氏は、「(それらは)女性に参政権のない時代に、成り立っていたロジックです。だから、いまだに『男系男子』と言っている人達は、女性に参政権がない時代の発想なんです」「現在の天皇は、象徴であって統治権の総覧者ではない。むしろ、国民統合の象徴なのに、国民の半数は女性なのに、男性に限るルールって合理的なのか、という問題が突きつけられている」と、こうした根拠が現代ではまったく通用しないことを指摘した。
井上前光があげた3ヶ国は、古代5世紀のゲルマン王国が採用していた、女性の王位継承および女系継承を禁止する「サリカ法典」に由来するサリカ法理を採用していた。
明治の皇室典範には、当時のプロイセンのお雇い外国人法学者、カール・フリードリヒ・ヘルマン・ロエスレルの助言が影響していた。
しかし、井上前光があげた3ヶ国のうち、プロシアを引き継いだドイツの王室は廃止され、ベルギーとスウェーデンは、すでに女性・女系の王位継承を認めている。
また、同様にサリカ法理を採用していたフランスも、王室が廃止された一方で、サリカ法理を捨てて、女性・女系の王位継承を認めた英国、スペインなどの王室は、今も残っている。
オランダでは、3代・123年間の女王の即位実績があり、現在のウィレム=アレクサンダー国王は、ベアトリクス前女王の子供で女系、現在の王位継承順位1位は、長女のカタリナ=アマリア王女である。
つまり、男系男子に固執した国々の王室は消滅し、女性・女系を認めた国々の王室は、現在も続いていることになるのである。
■【3】エッセンス版





































