東京都福生市、瑞穂町、武蔵村山市、羽村市、立川市、昭島市にまたがる米軍横田基地周辺の井戸から、高濃度の有機フッ素化合物(PFAS)が検出され、多摩地域のPFASによる地下水汚染が明らかになった。7月5日には、PFAS含む泡消火剤が2010~12年の間、3回にわたって横田基地で漏出していたことを在日米軍が初めて認める、という報道があった。
【第2弾『東京新聞』、2023年7月5日】在日米軍が横田基地内での2010年と2012年の3件のみ、泡消火剤漏出事故を認める! しかし漏出量を明らかにせず、基地外へのPFAS漏出も否定! 防衛省は米側から知らされた時期を示さず!!(日刊IWJガイド、2023年7月7日)
北関東防衛局からの報告を受け、「横田基地に関する東京都と周辺市町連絡協議会」は、国に対し、漏出場所や漏出量等の詳細な情報を同会へ提供することと、国の責任で基地内の地下水への影響についての調査・分析・評価を行い、公表するなどの対応を求める要請を行った。
PFASは自然界で分解されにくく、環境中に長く蓄積することから永遠の化学物質(forever chemicals)と言われている。ストックホルム条約(POPs条約)により、4700種類以上あるPFAS(有機フッ素化合物の総称)のうち、2009年にはPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)が、2019年にはPFOA(ペルフルオロオクタン酸)が登録され、製造・使用・輸出入が原則禁止となっている。
PFASは、いったん、水や食物などから取り込まれると体内に長くとどまり、半減期で3年~5年とも8年ともいわれている。欧米での最新の調査・研究では、関連性を示す十分な証拠のある健康影響として、免疫力低下、脂質代謝異常(成人及び小児)、胎児や子どもの発育障害、腎がんのリスクの増加(成人)が指摘されている。
海外では、この永遠の化学物質の危険性については広く認識され、深刻な環境汚染と健康被害を及ぼすものとして、飲料水の水質に関する関心は高まっている。特に米国では、汚染の実態を把握するために大規模な疫学調査などを行っている。米国環境保護庁(EPA)はこれまで1リットル当たり70ナノグラム以下だった目標値を大幅に見直し、2023年3月にPFOS、PFOAそれぞれ4ナノグラムと、新基準値を検討している。これは2023年度末までに決定される予定だ。
バイデン政権は2024年の大統領選を控え、PFAS対策として厳しい目標値に見直すなど本腰を入れている。同じく次期大統領選に出馬表明しているロバート・ケネディ・ジュニア氏は、もともと環境保護問題に取り組んできた弁護士だが、このPFAS問題についても触れている。
今後100年ともそれ以上の汚染が続くともいわれ、世界規模の環境汚染ともいえるPFASの汚染問題は、一国のリーダーになるべき人物にとって、喫緊の課題であることには間違いない。
各国では責任ある機関によって調査・研究、汚染を軽減させるための対策が急がれている。日本政府は、数値こそ当初は厳しく設定したが、その根拠は海外の数値を参考にしたものでしかない。国際的に汚染の実態が解明されてくるにつれ、汚染状況を把握しながら自国の目標値を見直していかなければならないものだが、国は、そのための独自の実態調査などには動かず、専門家たちからは、日本政府は「自国のエビデンスを持とうとしない」と生ぬるさを指摘されている。
現在、水道水に関しては、国の暫定目標値(1リットル当たり50ナノグラム以下)を超えている浄水施設では、地下水からの取水を停止している。しかし、問題はそれだけではすまない。個人や民間の井戸などの地下水の水質管理については食品衛生法に則ったPFASなどが検査項目に無い水質検査と指導助言に基づいた保健所による不定期の水質検査のみで、決して十分な措置が取られているとはいえない状態が続いている。例えば、地方自治体で災害用井戸として指定されている個人や農業用の井戸、民間が管理する飲用井戸、それ以外には学校や大学、病院、企業といった専用水道を飲用井戸にしている場合など、PFASの検査は行われていない。検査なくして、実態の把握なく、実態の把握なくして、対策の打ちようなし、である。
IWJは、これまで強い関心を持って東京都下の水道水の汚染について取材してきたが、「水道」の枠から外れる、民間の管理する井戸も、取材することにした。今回、小金井市にある「六地蔵のめぐみ・黄金(こがね)の水」(以下、「黄金の水」とする)の水質検査がどうなっているのかを調査した。
小金井の自慢の井戸水「黄金の水」。利用登録料500円で売られているこの井戸水は、PFASの水質検査なし! なぜなのか、都や所有者に問い合わせると…
2021年12月には、『NHK』の人気番組『ドキュメント72時間』「東京・小金井 街角の水くみ場で」でも取り上げられ、全国的にも知られるようになった。この地域の住民に愛されてきた自慢の井戸水だ。この水を利用して商品化した製品を販売する店などもあり、地域振興の一翼を担っている。
▲「黄金の水」は、小金井市中央商店街協同組合が、地域活性化のためにお金を出し合い、2004年に六地蔵の敷地に地下約100mの深井戸を掘削した。翌年からは、一般の方への地下水の提供を開始した。会員登録制で、専用の水道栓カギを500円で購入すれば、誰でも利用できる。登録者数は現在5000人超。通りかかれば、ここの井戸水を愛飲する人々が水を汲みに訪れている光景に出会える。(IWJ撮影)
まずは、井戸のある小金井市に問い合わせた。小金井市としては「市は『黄金の水』を管理していない。『小金井市中央商店街協同組合』(以下、「商店街組合」とする)が所有しているので、所有者に直接確認してほしい」という回答だった。
早速、所有者である「商店街組合」の担当者に、PFASの検査を行っているかを確認したところ、次のような回答が得られた。
「商店街の管理のもと、食品衛生法にもとづいての26項目の検査を、民間会社に年一回やっていただいています。
何年か前、PFASについての新聞報道が出た時に、市に『どうなっているんですか?』と問い合わせてみたものの、『(水道水は)暫定基準値以内になっているから大丈夫です』と言われたきり、特にその後はPFASに関しては対応していません」。
さらに、「行政指導があれば対応します。貼り紙は出すかもしれませんが、今のところ検査をする予定はありません」とのことで、PFASの水質検査は行っていないことがわかった。
後日、訪れると、早速PFASについて、以下のように注意書きが掲示されていた。
「国において、科学的知見は十分でないとしていること、現時点で必ず満たす必要のある水質基準にはなっていないことから現時点での対応はしないが、強い関心を持って情報収集をしていく」とし、「懸念を持つ場合は井戸水の利用を控えてください」と書かれてあった。
▲維持・管理のための維持協賛金(カンパ)を募る案内もあり、地域活性化のために尽力してきた商店街組合の苦労が伝わってくる。(IWJ撮影)
次に、指導助言の立場にある、地域の保健センターに問い合わせてみたところ、次のような回答であった。
「(多摩地域の地下水の)PFAS問題は認識しています。たしかにPFOS、PFOAの検査はしていませんが、食品衛生法上にもとづいており、26項目の基準を満たしているので、今後も特に検査する予定はありません。
食品衛生法上、水道法にもとづいて、何かしなければならなくなったときは対応します」。
つまり地域の行政としては、政治が動き、立法府において、法が改正されるか、中央官庁が現行法下で規制を強めるなどしたら、対応する、ということである。これでは「お上まかせ」ではないだろうか?
その後、都の東京都福祉保健局・環境保健衛生課からIWJ記者へ「訂正と補足がある」として、連絡がきた。
内容は、「基本的に井戸水に関しては、所有者が管理するものですが、井戸水の指導助言を行う中での、飲用井戸の調査という位置づけで、年に一回程度で、多摩地区の50~60ヵ所(八王子市・町田市を除く)、PFOSを含めた水質検査を行っています。当該井戸の水質調査は平成18年(2006年)に行っていますが、50~60か所、と調査する数が多いため、間隔が空いてしまい、それ以降は現在に至るまで調査はしていません」との回答だった。
「これでは、行政のチェックから漏れてしまうではないか?」とのIWJ記者の問いに、担当部局の担当者は、「基本、検査については井戸の所有者の判断によるもの」というコメントに終始した。
民間にゆだねられる水質検査の是非と対応を行政に求める市民の声。そのはざまで揺らぐ地域
所有者の判断で、PFASの検査を行わない場合、実際の数値がわからないまま利用者に提供される。利用者は、数値という、健康にかかわる情報が欠落したまま、使用するかしないかを判断する、という。「個人の自由な選択」にゆだねるというのは聞こえはいいが、情報がなければ判断のしようがないではないか。
さらに、その井戸水を利用して、商品が製造・販売されている場合(実際、地域の商店街では、この水を使った食品を地域名物として売り出している)、自主的に利用するかしないか、一応は判断ができる井戸水の直接利用の住民とは異なり、「地元名産」の食物を購入する消費者は、地元だけでなく他のコミュニティから来る人に対しても開かれており、そうした地元民ではない、よそから来るお客さんは事実上、井戸水についての情報不足から、自主的な判断ができない状況下で、その商店街の食品を買い、間接的にその水を摂取してしまうことになる。
こういった事例に懸念を示し、個人や民間の井戸の検査に不十分さがあれば、自治体が検査をするなどの補助的な対応をすべきではないのか? という市民の声が上がるのは、自然な流れといえる。実際に、小金井市議会では陳情が出されたり、議員提案で都や国への意見書が採択されている。
しかし、行政の動きは鈍い。動くまでを待っていると〈その水は安全なのか、否か〉については、まったく不明のままだ。
そこでIWJは、京都大学の原田浩二准教授に「黄金の水」のPFAS検査を依頼した。実態からすれば、事情を知る地元の人々に対してだけでなく、広く制約なく消費者に対して開かれ、この井戸水のPFAS汚染の数値を調べることは、公益性があり公共性もあることなので、IWJとしては独自調査に踏み切った。もしPFASが検出された場合、不特定多数の利用者のいる井戸水なので、メディアとしては、広く世間に知らせる使命があると言える。同時に、所有者も、本来は自らの責任で調査を行い、世間に知らせる責任があるのではないか。数値を知らせた上で、利用するかしないかの判断を利用者にゆだねることが大切ではないか。
所有者の代表者である、小金井市中央商店街協同組合理事長の斉藤浩氏を訪ね、検査をしたことを報告した。斉藤氏は「民間としてやっていくのはとても大変で、勝手にやめると『なぜだ』という声もあがるので、根拠を示していかないとならない」と、民間での井戸水の管理の難しさを口にした。
開設当時、東京都と小金井市、商店街組合で補助金を出し、1000万円近く費用がかかったという。ポンプ交換やタンクの修理、電気制御装置の管理に加え、年に一回の水質検査と殺菌など常に維持費がかかる。最近は、検査費用相当の維持協賛金(カンパ)は集まるが、それ以外は商店街組合が一切の維持費を負担する。
「毎日、水道水のように日常的に使うものではないから」と、井戸の案内板にはPFASについての注意書きを掲示し、利用者には自己判断してもらっているとのこと。
IWJ記者が「地元製の食品という商品の形で、間接的に井戸水を摂取している不特定多数の消費者は、地元民だけではなく、PFASについての情報がない人も多い。そういうお客さんは、井戸水を利用して作られた食品について、PFASが入っているか否かの情報がないままでは、自己判断できないので、何らかの対応が必要になるのではないか」と質問すると、「今後、理事会にあげていきたい。対応をしていきたい」と、検討する意向を示した。
IWJがPFASの水質検査を依頼!「黄金の水」から1リットル当たり、25.6ナノグラムのPFASが検出される! 米国とドイツの新基準値(予定)を上回る
原田准教授に依頼した検査の結果は、以下の通りである。
2つのPFAS(PFOS・PFOA)の合計値で 21.7ng/L
4つのPFAS(PFOS・PFOA・PFHxS・PFNA)の合計値で 25.6ng/L
検査結果には、原田准教授の説明が、以下のように記されている。
「厚生労働省は飲料水に暫定目標値(PFOSとPFOAの合計で50ng/L=1リットル当たり50ナノグラム)を2020年4月に定めています。この水の試料ではその目標値を下回っていました。
この物質については、安全性についての検討が現在も行われています。
アメリカで検討されている基準(PFOS、PFOAそれぞれ4ng/L)、ドイツで検討されている基準(PFOS、PFOA、PFNA、PFHxS合計20ng/L)と比べますと、今回の水の数値はそれを上回っていました」。
※参考:
結果としては、「黄金の水」のPFAS濃度は、日本における暫定目標値(50ng/L)以下だった。しかし、暫定目標値の半分の25.6ng/Lであるという結果をどう判断するかについては、原田准教授の上記の説明を参考にしていただきたい。
また、同地域の給水所から供給される直近の水道水の数値は検出限界値以下の5ng/L以下(※1)であり、「黄金の水」の結果は、それよりも5倍以上高い数値だった。
こぼれおちる水質検査に求められる国や都、自治体の対応は!?
今年に入り、国はPFASに関する専門家会議などを設置し、日本のPFASに関する規制の検討は始まったばかりだ。現在の暫定目標値が、(2023年末に決定される見込みの)米国の新基準値に比べ、かなり緩いことも指摘されている。自国で行った調査による科学的なエビデンスにもとづいて、より実態に則した基準値の設定が求められている。
たとえ暫定目標値以下だったとしても、PFASを含む水や食物を摂取すると、体外に排出するには半減期3~5年はかかると言われている。去年11月から市民団体(※2)が行った多摩地域住民の血液検査で27市町村の650人のほぼ全員からPFASが検出されたことからも、影響はまったくないと言えるのだろうか。そうしたことからも健康への悪影響が懸念されるPFASはできるだけ体内に取り込まないようにすべきではないか。
こうした網の目を抜けるような事例は、ほかにもあると考えられる。東京都は、一昨年から行われている、東京都内全域を260のブロックに分けて、地下水のPFASがどれくらい含まれているかの概況調査を一年前倒しで行う考えを6月13日の都議会で明らかにしたが、海外の実態調査などの例を見ても、大規模な実態調査を要する。在日米軍が初めて基地内の汚染を認めた今こそ、国と都、基礎自治体、そして地域の企業や商店や一般市民が一丸となって取り組むべき課題ではなかろうか。
(※2)多摩地域の有機フッ素化合物(PFAS)汚染を明らかにする会
IWJがこれまで取材したPFAS関連の記事は以下で御覧ください。
※タグ:PFAS
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/tag/pfas