中東は今、混乱の極みにある。2015年3月25日から、サウジアラビアが隣国のイエメンに対して空爆を開始。5月3日からは地上軍を派遣し、攻勢を強めた。
スンニ派の大国であるサウジアラビアの軍事行動に、同じスンニ派のクウェート、カタール、バーレーンなど9カ国は賛意を表明。有志連合を結成し、イエメンへの空爆に参加した。
今回のサウジアラビアによる軍事行動の背景には、シーア派の大国であるイランの存在がある。米国、英国、フランス、ロシア、中国、ドイツの6カ国とイランは、4月2日、スイスのローザンヌで、イラン核問題の包括的解決に向けた枠組みで合意した。6月末にも最終合意に達すれば、欧米諸国によるイランへの経済制裁はすべて解除されることになる。イランは、イエメンで勢力を拡大してきたシーア派武装組織「フーシ派」を支援してきた。
オバマ大統領によるイランへの融和政策は、長年、米国の「傀儡国家」として中東での存在感を維持してきたサウジアラビアに、危機感をもたらした。今回のイエメン侵攻だけでなく、武器輸入額がインドを抜いて世界第一位の65億ドルに達するなど、独自の軍事大国化を進めている。オバマ大統領が中東への関与を除々に減らしていくなかで、各国は独自の路線を模索し始めている。
そして、忘れてはならないのが、イスラエルの存在だ。長年、米国内において共和党を中心に「イスラエル・ロビー」を形成してきたイスラエルだが、オバマ大統領とネタニヤフ首相との間には溝が存在する。今回のイラン核合意に関しても、イスラエルは反対の立場を明確にしている。
日米ガイドラインを改定し、自衛隊による米軍の後方支援に「地理的制約」をなくした日本は、こうした中東の混乱に対し、否応なく巻き込まれていくことになる。しかし、現在の安倍政権には、米国にひたすら追従すること以外に、独自の外交政策は存在していないというのが現実だ。
このように、混乱を極める中東情勢を、どのように捉えればよいのか。『イスラエル』(岩波新書)、『世界史の中のパレスチナ問題』(講談社現代新書)などの著者で、中東問題の第一人者である日本女子大学教授の臼杵陽氏に5月11日、岩上安身が話を聞いた。
- 日時 2015年5月11日(月) 18:00~
- 場所 日本女子大学 目白台キャンパス百年館高層棟7階(東京都文京区)
IS(イスラム国)による日本人殺害事件、「はじめから筋書きが作られていた」
岩上安身(以下、岩上)「本日は、混乱を極める中東情勢について、日本女子大学教授の臼杵陽先生にお話をうかがいます。今年(2015年)は、中東情勢は大変な状況になっています。まず、シャルリ・エブド事件が起こり、そして、イスラム国による日本人人質殺害事件などが、立て続けに起こりました。
さらにここにきて、サウジアラビアがイエメンを攻撃し始めました。これは、国連安保理の承認を得たものではないので、明々白々たる侵略戦争ではないでしょうか。他方、米国から長年にわたり悪者扱いされてきたイランが、核をめぐり、欧米各国と合意に達しようとしています。すると、これに対し、イスラエルが怒っている、という状態になっています」
臼杵陽氏(以下、臼杵・敬称略)「かつて大日本帝国は、防共の壁を作ろうとし、中央アジアから西アジアに至るイスラム圏において、『第二満州国』を作ろうとしました」
岩上「先生がご研究されている大川周明が唱えていた大アジア主義は、イスラム圏を射程に入れたものですね」
臼杵「大東亜共栄圏を構想する中で、イスラム教徒をどうするか、という問題が出てきました。当時、ヨーロッパやアメリカと対峙するために、ムスリムとつながろうという考えが存在したのですね。これは、大日本帝国が大国になるプロセスで、大川周明が考えだしたことです」
岩上「安倍総理が中東を歴訪している時に、IS(イスラム国)による日本人人質殺害予告事件が起こりました。その際、安倍総理は、日章旗とイスラエル国旗に挟まれるかたちで会見することになりました。この点について、どうお考えでしょうか」
臼杵「はじめから、筋書きが作られていたのだと思います。今回の事件としばしば比較されるのが、小泉政権時に発生した2004年の事件ですが、それと同じ構図です。『日本人の安全を守る必要がある』ということを政治的にアピールするためには、非常に都合のよいものだった、ということだと思います。
ISに対するトルコの姿勢というのは、非常にアンビバレントです。現状を維持しつつ、クルド人の問題も含め、最小限の被害で済ませようという戦略が見えてきます。決して、米国の言いなりにはなっていない、という印象です」
「中東諸国は、日本が米国の属国であることを分かっている」
岩上「先日、安倍総理による訪米が行われ、日米共同記者会見が行われるとともに、18年ぶりに日米ガイドラインの改定が行われました。これにより、自衛隊による米国への後方支援について、『地理的制約をなくす』ということになりました。このことにより、自衛隊が、中東やウクライナへ派遣される可能性が出てきたのではないでしょうか」
臼杵「中東諸国からすれば、既に日本はイラクへ自衛隊を派遣した経験を持つわけで、その時に日本への認識は定まったと思います。日本のイメージは、どんどん悪くなっています。日本が米国の属国であるということは、中東諸国は分かっています。
安倍総理が、日章旗とイスラエル国旗の間で会見したということは、民衆レベルでは、『日本はイスラエルと組んでアラブ世界を攻撃するのか』というイメージとして映ると思います」
岩上「安倍総理は、米議会上下両院合同議会で演説をしました。その演説の中で、安保法制やTPPなど、国会で審議を行う前に、米国との間で勝手に約束してしまいました」
臼杵「もう、メチャクチャですね。常軌を逸していると思います。国会を何だと思っているんでしょうか」
岩上「臼杵先生は、TPPについてはどのようにお考えですか。私は、TPPというのは日本を、米国発のグローバル資本による草刈り場にしようというものではないかと思うのですが」
臼杵「日本自身が自立した国家としてやっていくことを、放棄するに等しいと思います」
イスラエルとオバマ大統領との間に広がりつつある溝
岩上「訪米を終えた安倍総理は、今度はウクライナを訪問して、ポロシェンコ大統領と会談する予定だと報じられています。さらに、国別では最大の約2500億円を支援する、ということです。これは、ロシアとの関係悪化を招くものではないでしょうか。
ウクライナ情勢については、米国のジョン・マケイン上院議員が、ネオナチとつながるなど、裏で暗躍しています。彼は安倍総理に対し、イスラエルの首都エルサレムで会談するなど、『TPPやれよ、安保法制やれよ』と釘を差して回っています」
臼杵「イスラエルとオバマ大統領とのホットラインは、既になくなっていると言われます。しかし、国防総省やイスラエル・ロビーは、いまだ健在なんですね。イスラエルは、米国の内政の一アクターだ、というわけです」
岩上「オバマ大統領とネタニエフ首相との乖離は、どのようなかたちで開いていったのでしょうか」
臼杵「パレスチナの和平交渉について、ネタニヤフにやる気がなく、決裂してしまいました。オスロ合意の破棄、という事態になったのです。これは、オバマ大統領の顔に泥を塗るものでした。
米国としては、イスラエルとの関係がある程度悪化したとしても、中東の安定を図るために、イランと関係を改善する、という流れになりました。しかし、そうすると、サウジアラビアとの関係が悪化する、ということになりました」
岩上「安倍総理は、米議会での演説を行うために、イスラエル・ロビーを頼ったのではないか、と言われています。安倍総理は1月19日、エルサレムのホテルでマケイン上院議員に『議会で演説させていただければ光栄です』と懇願した、と言われています」
臼杵「屈辱外交そのものですね」
イエメン侵攻を機に、中東での覇権確立へ動き出したサウジアラビア