百人百話「第十七話」吉田幸洋さん 2011.9.28

記事公開日:2011.9.28取材地: 動画独自

特集 百人百話

「三代にわたらないと、復興は成しえないんじゃなかろうか」

 いわき市在住。62歳。娘4人はすでに独立し、現在は妻と2人暮らし。長年携わってきた水産業は、震災により打撃を受け、再開のめどが立たない。自然に恵まれたこの美しい風土を早く元に戻したいが、果たしてそれはいつのことになるのか。互助の精神が深く根ざした故郷への愛着は強い。子や孫の安全や健康を考えれば、避難させたほうが良いと思いつつも、彼らの若い力が地元の復興に活かされることを期待してしまう。


百人百話「第六話」紋波幸太郎さん 2011.9.27

記事公開日:2011.9.27取材地: 動画独自

特集 百人百話

「妻の出産、情報に翻弄されて・・・・・」

 いわき市在住。30歳。飲食店経営。妻と2011年7月生まれの子との3人家族。事故当時、妻は妊娠6ヶ月だった。流産の後、やっと授かった子を無事出産するにはどうすれば良いのか。悩み続けた。一度は他県に避難したが、生活の基盤があるいわきで出産・育児をしたいという妻の希望で自宅に戻った。生まれた子どもの将来を思うと不安は尽きないが、補償もなくすべてが自己責任で片付けられるなか、動けずにいる。いまは、生きていくうえでの安心がほしい。


百人百話「第四話」トシユキさん 2011.9.27

記事公開日:2011.9.27取材地: 動画独自

特集 百人百話

「父ちゃん、なんで福島なの? 俺、結婚できるかな」

 いわき市在住。50歳。自営業。両親、妻、高校生と小学生の子ども2人の6人家族。埼玉県に一時避難したが、家族がこれまでいわきで築いてきた人間関係や地域コミュニティ、長男としての役割を考え、いわきに留まることを決めた。線量や食べ物に気をつけながら日々暮らしている。「結婚できるの?子どもは産めるの?」という子どもたちの言葉が忘れられない。なぜ、電気のために苦労しなければいけないのか。原発はもうご免だ。


『私たちのこれからを考える ~FUKUSHIMAの子供たちへのメッセージ~』 肥田舜太郎・鎌仲ひとみ 座談会 2011.9.25

記事公開日:2011.9.25取材地: 動画

福島県総合保健福祉センターで開催された『私たちのこれからを考える ~FUKUSHIMAの子供たちへのメッセージ~』肥田舜太郎・鎌仲ひとみ 座談会の様子。


緊急報告会「福島市渡利における放射能汚染調査結果(速報)と避難区域の設定の問題点について」 2011.9.20

記事公開日:2011.9.20取材地: 動画

2011年9月20日に開催された「福島市渡利における放射能汚染調査結果(速報)と避難区域の設定の問題点について」の様子。


福島市渡利における放射能汚染調査結果(速報)と避難区域の設定の問題点について 2011.9.20

記事公開日:2011.9.20取材地: 動画

 福島市渡利における放射能汚染調査結果(速報)と避難区域の設定の問題点についての報告会が福島市の福島テルサにて行われた。


「福島県 子育て相談会」 2011.9.19

記事公開日:2011.9.19取材地: 動画

 2011 年9 月19 日(月)、「福島県 子育て相談会」が、福島県郡山市の南東北総合卸センター協同組合イベントホールにて開催された。


百人百話「第七話」鹿目久美さん 2011.8.25

記事公開日:2011.8.25取材地: 動画独自

特集 百人百話

「福島と神奈川、娘と往き来する中で」

 安達郡大玉村在住。主婦。会社員の夫と5歳の娘の3人家族。神奈川県生まれ。結婚を機に福島県へ。事故後、発熱や皮膚疾患といった娘の体調が心配で、実家のある相模原市に避難したが、4月の入園で自宅に戻った。地元行政は放射能対策に積極的だが、健康への影響を考え、再度実家に母子避難した。避難をめぐって被害者同士が傷つけ合うのは腑に落ちない。責められるべきは国や東電のはず。人には健康的に暮らす権利があると思う。


百人百話「第一話」佐藤早苗さん 2011.8.17

記事公開日:2011.8.17取材地: 動画独自

特集 百人百話

「何でこんなに避難することが難しくなっているのか」

 福島市飯坂町在住。40代。主婦。公務員の夫と、大学生・高校生の子ども2人の4人家族。できれば子どもたちだけでも実家のある岩手に避難させたい。けれど国や県の情報を信頼する夫とは危機感に差があり、避難させられずにいる。このまま福島で復興に向かおうという気持ちと、チェルノブイリの事実を受け止め、現実を見なくてはという思いとのはざまで悩む。除染に希望をつなぎつつ、地元の幼い子どもたちの無事な成長を願っている。


百人百話「第二話」長野寛さん 2011.8.18

記事公開日:2011.8.8取材地: 動画独自

特集 百人百話

「失ってわかった、豊かな土地・福島」

 大阪・東京での17年間のサラリーマン生活の後、自然農をめざして3年前に福島に移住。妻と娘の3人家族。震災後、北海道から鹿児島まで、農業のできる安全な移住先を探して回った。地形や日当たりや降雨量から見て、いかに福島が豊かな生命力に恵まれた土地だったかを実感し、悔しかった。原発は、人間の生活だけでなく自然をも破壊する。事故は二度と起こしてはいけない。責任をとることなく、再稼働を進める人たちに怒りを覚える。


小出裕章氏講演会in福島 2011.8.5

記事公開日:2011.8.5取材地: 動画

 2011年8月5日(金)、福島県福島市にあるべルカーサにて、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏を講師に迎え、講演会が開催された。


岩上安身による「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表 中手聖一氏インタビュー 2011.7.15

記事公開日:2011.7.15取材地: 動画独自

 2011年7月15日(金)、福島市にて、岩上安身による「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表 中手聖一(なかて・せいいち)氏のインタビューが行われた。


東京電力 記者会見 10:30 2011.5.25

記事公開日:2011.5.25取材地: | 動画

2011年05月25日(水)、東京電力本社で、記者会見(10:30~、1:09′)が行われた。

 津波前の記録等を付き合わせると、津波前に配管破断が発生したデータは顕著には見られない。見えない程度の漏洩はあるかもしれないが大きな事故には成ってない。津波後に大きく破断したと考えられ、津波後のデータを時系列でまとめていると述べた。

※掲載期間終了後は、会員限定記事となります。


武田邦彦氏講演会in二本松 「福島県の復興はきれいにすることだ」 2011.5.16

記事公開日:2011.5.16取材地: 動画

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2011年5月16日(月)、福島県二本松市ウエディングパレスかねすいにて、武田邦彦中部大学教授の講演会「福島県の復興はきれいにすることだ」が開催された。


ママたちによる「いわき市長への要請」 2011.5.13

記事公開日:2011.5.13取材地: 動画

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 2011年5月13日(金)、いわき市災害対策本部のあるいわき市文化センターにおいて、「いわきアクション!ママの会/NO NUKES MORE HERTS」から、福島第一原発の事故による放射能汚染から子供たちを守るための要請が、いわき市長に対し行われた。


「作業員への物理的支援だけではなく、心の支援が大事」 ~福島原発暴発阻止行動プロジェクト(シニア決死隊)発起人、山田恭暉氏と賛同人に岩上安身がインタビュー 2011.5.6

記事公開日:2011.5.6取材地: テキスト動画独自

2014年6月17日、午後10時33分、福島原発暴発阻止行動プロジェクト(シニア決死隊)発起人で、福島原発行動隊・前理事長の山田恭暉氏が食道がんのためご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。

 2011年5月6日岩上安身が、福島原発暴発阻止行動プロジェクトの発起人である山田恭暉(やすてる)氏の自宅に伺い、インタビューを行った。


東京電力清水社長の謝罪(於福島県郡山市) 2011.4.22

記事公開日:2011.4.22取材地: 動画

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 2011年4月22日午後、東京電力の清水正孝社長、武藤栄副社長らが、福島県郡山市にあるビックパレットふくしまを訪れ、富岡町長の遠藤勝也氏と、川内村長の遠藤雄幸氏に謝罪を行った。その後、避難をしている住民1500人以上に対しても、同じく謝罪を行った。


東京電力謝罪 Part2(於福島県郡山市)  2011.4.22

記事公開日:2011.4.22取材地: 動画

※動画のご視聴は会員限定となります。

 4月22日午後、東電の清水社長や武藤副社長らが福島県郡山市にあるビックパレットふくしまを訪れ、遠藤富岡町長と、遠藤川内村長に謝罪をした。その後、避難をしている住民1500人以上に対し、謝罪をした。


飯舘村役場 単独取材(於福島県飯舘村) 2011.4.21

記事公開日:2011.4.21取材地: テキスト動画独自

 4月21日、飯舘村役場の総務課長 小林孝さんに対しIWJスタッフがインタビューを行った。IWJは、4月19日から現地入りし、取材をしていた。事故以来、多くの政治家たちが視察に訪れたという。小林課長は、4月22日には「計画的避難区域」に指定されるだろうということを見越しつつ、村の現実と苦衷を語った。


川俣町長 共同取材(於福島県川俣町) 2011.4.20

記事公開日:2011.4.20取材地: テキスト動画

 川俣町の記者である小林富久壽さんと、NPO法人「チェルノブイリ救援・中部」のメンバーが、川俣町長と会談した。そのなかで、川俣町長はこの現状をいかに回復するかの判断が悩ましいとした。多くの避難者を受け入れながらも、先へ進むために、農地の維持、住民の健康をいかに担保するかが話し合われた。「チェルノブイリ救援・中部」のメンバーたちは、汚染マップの作成と、住民への線量の公表が急務であると告げた。