IWJ代表の岩上安身です。
新たに深刻な局面を迎えている、パレスチナ問題についての続報です。
一昨日の【IWJ号外】で、詳しくお伝えしたように、この問題を見る場合、重要な視点は「歴史性」です。
10月7日に始まったハマスの軍事作戦「アル・アクサ洪水」には、その原因となった前史があります。
10月7日からのハマスの攻撃を、国際人道法違反であると、一方的に、非難するのは、10月7日以前の出来事をなかったことにして、ハマスを一方的な「悪者」に仕立て、思考停止することに他なりません。
数年来、パレスチナ人最大の聖地、アル・アスク・モスクへの礼拝の妨害があり、丸腰のパレスチナ人をモスクから排除するために、イスラエル治安部隊が催涙ガスを噴射し、閃光弾を投げ、人を警棒で殴打するといった仕打ちが行われました。
1967年以来のイスラエルのパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区への占領政策に関して、「占領法」を、イスラエルがまったく遵守せず、パレスチナ人への人権侵害、パレスチナ人の強制移住・退去や、イスラエル人の非合法な入植事業を強行してきたのです。
数年来、日常的に、頻繁に行ってきたガザへのイスラエルの空爆は、戦争法で禁じられている軍人と文民、軍事目標と民用物(住宅地や文教施設、メディアなど)を区別せずに行う無差別攻撃でした。
オスロ合意における、二国家解決案はもはや形骸化しています。イスラエルは無制限に暴力をふるい、国際社会は誰も止めず、米国はイスラエルを支持し続けてきた歴史を忘れるわけにはいきません。
日本共産党の志位書記局長は、10月10日付の声明の中で次のように述べています。
「一、ハマスの無差別攻撃と民間人の連行は、国際人道法の明白な違反であり、いかなる理由があっても決して許されず、強く非難する」。
- 暴力の悪循環を止める自制を強く求める――パレスチナのハマスとイスラエルの戦闘について(日本共産党、2023年10月10日)
この思考パターンは、日本の左翼および大手メディアが示した、ロシアのウクライナ侵攻のときの思考パターンとまったく同じです。
それは一言で言えば、「歴史性の欠如」です。
それは、任意の1時点で時間を止めて、その1時点の行為が「テロ」であり、国際法違反である、という理由で、ハマスを一方的な「悪者」(=加害者)に仕立て、イスラエルの、殺されたり、連れ去られたりした民間人の犠牲者をクローズアップし、イスラエルを不意討ちの「テロ」攻撃にあった一方的な「被害者」(=善人)であるかのように見せかける、恣意的な情報操作です。
どんな物事にも、常に原因があって、結果があります。
2022年2月24日のロシア軍の侵攻以前に、ウクライナ政府とウクライナ軍がふるってきた武力によるロシア語話者への虐殺・民族浄化の罪を問わないことと、10月7日のハマスの攻撃以前の、イスラエル政府とイスラエル国防軍によるパレスチナ人への絶え間なく、制約もない暴力と殺戮、そして土地の一方的な収奪と不法な入植という、1948年5月15日に、イスラエルがパレスチナ人に対する民族浄化を始めた「ナクバ(大災厄)」の日から、1日も止まったことがない暴力が非難されないことは、非常に似通っています。
<ここから特別公開中>
たとえば、ハマスの絶望的な攻撃を国際法違反であると問題にするなら、まず、1967年以来のイスラエルのパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区への占領政策に関して、「占領法」(※)を、イスラエルが、まったく遵守せず、パレスチナ人への人権侵害、パレスチナ人の強制移住・退去やイスラエル人の一方的な入植事業を今も強行し続けている点も同様に非難されるべきでしょう。
※占領法とは、占領地域に関する国際人道法のこと。法規定としては、占領者は領土に対する主権を獲得しない。占領国は、その利用し得る手段の最大限度において、占領下にある住民に十分な衛生及び公衆衛生の水準並びに食糧及び医療の供給を確保しなければならない(イスラエル政府は、10月7日のハマスの攻撃の直後から、ガザ地区への水や食料、電気、ガスなどの供給を止めました。これこそ国際法違反です)。占領地域内における集団的又は個人的な住民の強制移動は、禁止する。占領国の文民の占領地域内への移送は、強制的であると自発的であるとを問わず、禁止するなどが定められている。
さらに、これまで数年来、日常的に、頻繁に行ってきたガザへのイスラエルの無差別空爆が、戦争法で禁じられている軍人と文民、軍事目標と民用物(住宅地や文教施設、メディアなど)を区別せずに行う無差別攻撃だった点も、重大な国際法違反であり、ジェノサイドであるとして、問題視されるべきでしょう。
・イスラエル軍がアルジャジーラなど国際的な報道機関が入居していた高層ビルを事前通告の上で空爆!報道機関を標的にした攻撃に非難の声!中山副大臣のイスラエル擁護発言は東京五輪総ボイコットの可能性も!?
会員版(日刊IWJガイド、2021年5月17日)https://iwj.co.jp/wj/member.old/nikkan-20210517#idx-4
非会員版(日刊IWJガイド、2021年5月17日)https://iwj.co.jp/info/whatsnew/guide/48813#idx-4
また、1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で同意されたオスロ合意における、二国家解決案が、イスラエルの約束不履行によって、もはや完全に形骸化している点も問題とすべきでしょう。
イスラエルには、パレスチナ国家の建設を認め、この地で共存しようという意志はまったく認められません。イスラエルが行っていることは、大規模な戦争によって拡大してきた、占領地を返還せず、「平時」と見える日々においても、不断に、コツコツと、暴力的に土地を奪い、不法に入植し、占領地を拡大し続けているのです。その逆はありません。イスラエルは、毎日、休むことなく、強固な意志をもって、国際法に違反し続け、国際合意を破り続けているのです。
もしも、ハマスが一方的に悪いのなら、世界中でガザに連帯する行動が行われるはずがありません。こうした連帯行動は、日本の大手メディアは、一切、報道しません。
たとえば、10日にヨルダンで行われた大規模デモの様子が、SNSに投稿され、5万4000人が視聴し、約2000の「いいね」がついています。
こうしたガザに連帯するデモは、中東だけではなく、欧州でも行われています。
イタリアのミラノでは、11日(現地時間)に、ガザに連帯しパレスチナの抵抗に連帯する数百人規模の集会が行われました。この集会はSNSに投稿され、1万4000人が視聴しています。
さらに、北欧、スウェーデンの港湾都市マルメでも、パレスチナの抵抗に連帯する集会が11日(現地時間)に開かれました。SNSでは、この集会の模様を2万4000人が視聴しています。
しかし、こうしたパレスチナの抵抗への連帯が、日本の大手メディアで、大きく取り上げられることはほとんどありません。欧米でも、イスラエルを一方的に支持し、ハマスを非難する基本的な論調は変わりませんが、「ナクバ」や「オスロ合意」などの歴史に言及したり、トルコのエルドアン大統領が「イスラエルのやっていることは虐殺だ」と批判したことも織り込んでいますから、日本のマスメディアよりは「まし」です。
- Turkey’s Erdogan calls Israeli response to Hamas in Gaza a ‘massacre’(Reuter、2023年10月11日)
ハマスの攻撃にも、ロシアの侵攻にも、そこに至る前史があり、その前史の中に、原因があり、その原因を取り除くためのヒントがあります。
この前史への言及なくして、ハマスを一方的に非難し、イスラエル軍の「報復」を容認することは、圧倒的に軍事的劣勢にあるちっぽけなハマスを、比べものにならないほど、巨大な軍事勢力であるイスラエル国防軍が、ハマスの掃討を名目に、ガザの人々を殺し尽くし、ついにはパレスチナ人を絶滅させる日まで、ジェノサイドを続ける行動に道を拓くものです。
ハマスは、なぜ、このタイミングで、このような絶望的な攻撃に打って出たのでしょうか。
ハマスが今回の攻撃の作戦名としている「アル・アクサ洪水」に、そのヒントがあります。
ハマスのアブドゥル・ラティフ・アル・カヌ代表は、「イスラエルがイスラム教の聖地、アル・アクサ・モスクで繰り返し、越えてはならない『レッドライン』を踏み超えたことへの報復である」と述べています。
- イスラエルが聖地アル・アクサで「一線を越えた」=ハマス(SPUTNIK 日本、2023年10月8日)
さらに、ハマス政局のイスマイル・ハニヤ局長は、8日、「我々はイスラエルに対し、アル・アクサ・モスクに関して火遊びをしないよう何度も警告してきたが、彼らは聞く耳を持たなかった」とテレビ声明で述べています。
このハニヤ政治局長が言うイスラエルの「火遊び」とは、パレスチナ人の聖地、東エルサレムのアル・アクサ・モスクで、ラマダン(断食月)の祈りを捧げるパレスチナ人たちを、検問所を設けてモスクへの侵入を制限したり、イスラエルの治安部隊が、丸腰のパレスチナ人をモスクから排除するために、催涙ガスを噴射し、閃光弾を投げ、人を警棒で殴打したりしてきた事件を指します。
このイスラエル治安部隊による、絶え間ない嫌がらせの暴力は、アル・アクサ・モスクにおける礼拝の妨害に限りません。
しかも、アル・アスク・モスクからの排除は、今年の4月だけでなく、2021年も2022年も、繰り返されてきたのです。
- エルサレム聖地めぐり相次ぎ衝突、新たな紛争勃発への懸念高まる(BBC、2022年4月23日)
もうひとつ、日刊IWJガイド10月10日号でもお伝えしたように、今回、ハマスが絶望的な総攻撃に踏み切った背景には、「米国の仲介によるサウジアラビアとイスラエルの関係正常化交渉」があるのではないか、と指摘されています。
アラブ諸国とイスラエルが、パレスチナ問題を置き去りにして、手を結んでしまえば、最後の希望が失われます。
『WSJ』は、ハマスの攻撃は、「米国の仲介によるサウジアラビアとイスラエルの関係正常化交渉を狂わせる恐れがある」と警鐘を鳴らしています。
『ロイター』も、米国がイスラエルとサウジアラビアの関係正常化を推進し、新たな中東の安全保障秩序の構築に向けた動きが活発化していることが、ハマスとイランを警戒させた、と論じました。
「ハマスには、パレスチナ国家樹立への希望を脅かしかねないこうした動きにくさびを打ち込む狙いがあったとみられる。ハマスを支援するイランも、警戒感を強めていた」
サウジアラビアがイスラエルとの関係を正常化することで、パレスチナ人が置き去りにされてしまうという危機感が、今回のハマスの奇襲攻撃につながったと分析しているわけです。
米シンクタンク・大西洋評議会に所属する元米外交官のリチャード・ルバロン氏は、『ロイター』に、「それ(サウジとイスラエルの国交正常化)が、今回の攻撃の一番の動機だった訳ではないだろうが、ハマスの行動は、パレスチナの問題は国交正常化交渉の中のサブトピックの1つとして扱われるべきではないということを、サウジに明確に示した」と述べています。
- Israel Strikes Hamas and Hezbollah Sites, Hunts Intruders in the South(The Wall Street Journal、2023年10月8日)
- 焦点:ハマス「奇襲攻撃」の狙い、イスラエルとサウジの正常化阻止か(ロイター、2023年10月8日)
『ロイター』は10日、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子皇太子は、ハマスの攻撃後、パレスチナ自治政府のアッバス議長に対し、サウジがパレスチナへの支援を続け、自治区に平穏と安定を取り戻すための取り組みを惜しまないと述べた、と報じました。
- サウジ、パレスチナ支援継続を表明 皇太子がアッバス議長に(ロイター、2023年10月10日)
ハマスの攻撃以前から、ムハンマド皇太子はイスラエルとの和解の重要課題に、パレスチナ問題と、核開発を進めるイランを視野に入れて(民生用の)核開発を挙げていました。
ムハンマド皇太子は、「いかなる合意もヨルダン川西岸でのスモトリヒ氏(※イスラエルの財務大臣であり、宗教シオニスト党の指導者)の野望を脇に置くことを条件とすべきである」と述べ、イスラエルがヨルダン側西岸のイスラエル支配地をパレスチナに譲渡して、双方の領土拡張を凍結すべきだと主張していました。
- What a Saudi-Israeli Deal Could Mean for the Palestinians(Foreign Affairs、2023年10月2日)
今年のラマダン期間中に行われたイスラエルの治安部隊によるパレスチナ人への暴力は、SNSに数多くアップされています。
このように、ハマスによる国際法違反だけをフレームアップし、イスラエルによる絶え間ない国際法違反も暴力も収奪も非難せず、問題視せず、ハマスの攻撃を「テロ」と呼び、その「テロ」をはるかに上回る暴力・武力の行使を「報復」として正当化し、容認してきたのは、イスラエルと、それを支持するウクライナを含む、欧米日本政府と西側各国のメインストリームメディアなのです。
現在は、IWJのようなネットの独立メディアや、市民のSNSが、報道の公平性を著しく損なっているメインストリームメディアを補っていますが、SNSも民間企業であり、圧力がかかれば、SNSに制限がかかっていく恐れもないとは言いきれません。
こうした現実は、現在の穴だらけで不完全な国際法体系と国連が、パレスチナなどの、国際社会で発言力と資金と軍事力を持たない力の弱い集団を、決して守らないことを明確に示しています。





































