4月7日に7都府県に緊急事態宣言が発令され、「三密」を避けるようにとの自粛要請が出されて以来、人々でひしめきあう「三密」代表格の飲食街は一体どうなってしまっているのだろうか。
緊急事態宣言下真っ只中の4月25日、戦後の混乱期の闇市や青線地帯を経て、その時代ごとの荒波をかいくぐりながら、ディープな飲み屋街として、多くの人を魅了し続けてきた新宿ゴールデン街を訪ねた。新宿東口・ルミネエスト内にある「ビア&カフェBERG(ベルク)」の突撃インタビューも冒頭に収録。
(取材・文 山内美穂/取材・撮影 浜本信貴)
特集 #新型コロナウイルス
※公共性に鑑み8/21より2週間ほど特別公開いたします。
4月7日に7都府県に緊急事態宣言が発令され、「三密」を避けるようにとの自粛要請が出されて以来、人々でひしめきあう「三密」代表格の飲食街は一体どうなってしまっているのだろうか。
緊急事態宣言下真っ只中の4月25日、戦後の混乱期の闇市や青線地帯を経て、その時代ごとの荒波をかいくぐりながら、ディープな飲み屋街として、多くの人を魅了し続けてきた新宿ゴールデン街を訪ねた。新宿東口・ルミネエスト内にある「ビア&カフェBERG(ベルク)」の突撃インタビューも冒頭に収録。
記事目次
▲「時短営業か一斉休業か。店主同士で議論展開!」緊急事態宣言発出後のコロナ禍で中小企業・小規模事業者は、どう生き延びていけるか~自粛か営業継続かで揺れる新宿ゴールデン街を歩くその1
新宿ゴールデン街は、花園一番街より北側一帯が新宿三光商店街振興組合、南側が新宿ゴールデン街商店街振興組合で構成されている。全体の店舗数は約300軒で、北側の新宿三光商店街振興組合の加盟店は185軒、南側の新宿ゴールデン街商店街振興組合は110軒だ。
新宿三光商店街振興組合事務局スタッフを務める和田山名緒さん、そして、1976年以来44年間、ゴールデン街で『奥亭』と『O2』の2店舗を営み、新宿三光商店街振興組合理事長などを歴任してきた、奥山彰彦さんからお話をうかがえることになった。昼間のゴールデン街を歩きながら、北側の新宿三光商店街振興組合エリアを案内していただいた。
▲「完全休業してしまったほうがいいのは分かる。けれど、ひとり1人、みんな事情が違う。時短営業や業態変更などの協力を呼びかけ、話し合う場を持っていきたい」緊急事態宣言発出後のコロナ禍で中小企業・小規模事業者は、どう生き延びていけるか~自粛か営業継続かで揺れる新宿ゴールデン街を歩くその2
4月10日の記者会見で小池都知事は、緊急事態宣言下での休業要請を11日から行うと発表した。居酒屋などの飲食店の営業は認められたが、夜8時までの営業と制限された。都は休業要請に応じた中小企業に「感染拡大防止協力金」を最大100万円までを支給するとした。
発表を受けてゴールデン街では、店を閉めたり、昼間のテイクアウトでお弁当などを販売したり、夜7時まで営業して8時閉店を維持する店など、それぞれの店で営業を続けるか否かの判断をしている。
現在、『奥亭』と『O2』を営む奥山さんは、店を休業している。アルバイトスタッフは、自宅待機か、フリーで仕事をやっているスタッフもいるが、無収入か収入減になっている。
奥山さんは、スタッフから「昼の弁当を作って販売するのは構わないのではないですか? 私たちも収入がなくて困っている」と窮状を訴えられているという。都の感染拡大防止協力金はこれから申請予定だが、すぐにスタッフを救えるものではないので、昼間のテイクアウトの営業などに舵を切ろうかと思案中だが、組合内の声は様々だ。
当日、私たちが待ち合わせ場所である組合事務所前に到着すると、一足先に、組合加盟店の店主が、お二人と立ち話していた。その時、私の耳にいきなり飛び込んできた言葉が「私は、反対だな」という一言だった。店主の名前は「おみっちゃん」。「おみっちゃん」こと、佐々木美智子さんは、現在86歳のゴールデン街の「伝説のママ」である。
1968年に「むささび」を開店。その後、71年に閉店、その店をのちの衆議院議員、長谷百合子氏に譲り、店名は「ひしょう」に。72年、おみっちゃん自身は歌舞伎町2丁目で元高級クラブを大衆クラブ「ゴールデンゲート」としてオープン。75年、再びゴールデン街で「黄金時代」を借り、居抜き営業。
その後、ブラジルに渡って図書館事業を展開する。帰国の際にはブラジル移民政策で亡くなった多数の日系人の遺骨を持ち帰る…など、波乱万丈な人生を経て、現在は、縁の深いゴールデン街で、「ひしょう」に復帰したような形だ。
あの故・若松孝二監督に「ゴールデン街のジャンヌ・ダルク」と言わしめたほどの人物なのだ。この3月にはNHKで彼女のドキュメンタリー番組が放映されていた。
その「おみっちゃん」が、今、目の前で怒っている。
「おみっちゃん」は続けて言う。
「世の中がみんな自粛しているのだから、今はみんな(この組合全体)でゴールデンウィークまで我慢して自粛(休業)するべきなんじゃないの?(※注1)」
「無収入になるから困るって、わたしだって無収入よ!」
「一人でもこの街で、感染者が出たらどうするの? 考え直してほしい」
「自粛要請の中、続けるなんて、あなた、(奥山さん)ここの組合長をやっていた人でしょう? 意外だな」
「おみっちゃん」はそう言い捨てるようにして、去ってしまった。
一方、奥山さんは呟くように「おみっちゃん」に訴えていた。
「『東京都緊急事態措置等・感染拡大防止協力金相談センター』や、『区の産業課』に問い合わせてみてわかったことは、テイクアウトなどの時短営業(朝5時から夜8時まで)なら、営業していいって言ってるんですよ」
「アルバイトの人たちは稼がないといけない」
「昼間のテイクアウトとか、安全性が確保できる方向はないかと思っている」
そういいながらも(「おみっちゃん」の言うことも)「考えてみます」と一言添えて、ふたりの会話は平行線をたどって終わった。(※注2)
100%店を開けてはいけないという圧力がかかっているわけではないので、足並みそろえるとなると、テイクアウトというのも一つの手段としながらも「完全休業を求める声があるのはもっともだと思う」と和田山さんは言う。
「実際、感染者が出てしまった場合、街としてはマイナスイメージになるし、死に至らしめるということもあるので、完全に休んでしまったほうがいいと言うのはとってもよくわかります。
しかし、大家さんであろうと、店子であろうと、みんなそれぞれの事情がある。組合としても、強制はできないというのがあり、あくまでも要請という形でしかできない。(組合としては)お願いすることや話し合う姿勢が大切だと思っています」。
(※注1)政府が4月7日に7都府県(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡)に発出した緊急事態宣言の期間は5月6日まで。4月16日には範囲を全国に拡大した。その後、5月4日に政府は、緊急事態宣言を5月31日まで延長することを発表し、5月14日に39県が解除された。5月25日には、全国で解除となった。
6月以降、都道府県をまたぐ移動の自粛要請が全国で緩和され、7月に入ると、再び東京都の感染者数は100人を超え、7月22日に政府はGoToキャンペーンを開始。その後の都内の感染者数は400人超え、と留まることをしらず、「第二波」ともいえる様相を呈している。(※注2)奥山さんは、この議論を経て、検討していた昼間のテイクアウトの営業を取りやめた。
<ここから特別公開中>
▲「新しい営業スタイル、オンラインのバー配信が開始!アフターコロナを考えたとしても一つの活路に」
緊急事態宣言発出後のコロナ禍で中小企業・小規模事業者は、どう生き延びていけるか~自粛か営業継続かで揺れる新宿ゴールデン街を歩くその3
▲「店を閉めている店主から気が滅入ってしまう、などの声も続出。このコロナウイルスというのは、人と人を分断するので、心のケアも重要視しています」
緊急事態宣言発出後のコロナ禍で中小企業・小規模事業者は、どう生き延びていけるか~自粛か営業継続かで揺れる新宿ゴールデン街を歩くその4
奥山さんには懸念がある。
「組合全体として完全休業にすると、隠れて営業する店が必ず出てきて、そのほうが危険。営業するなら、テイクアウトなどの許可が出ている範囲で、三密を避けながら時短営業にして、ドアも開けて風通し良く、公明正大にやれないか。それすらもダメとなると、潜ってやるっていう店が出てきて、これが怖いなと思っている」。
ただ、この街では新しい試みも始まっている。
いくつかの店では、業態変更をしてオンラインのバー配信を始めているそうだ。お客を一人も入れずに、店主が一人で配信するスタイルなら、夜8時までという制限はなく、9時でも10時でも営業できる。課金システムがあったとしても営業には当たらない、と都からの回答だ。新しい営業スタイルとしてアフターコロナを考えたとしても一つの活路になる可能性を秘めていると、今後このスタイルが大きくなっていく予想だ。
歩きながら、ランチを出している店を訪ねた。2日前からテイクアウトのランチに切り替えたという『ルマタン』のベテランママである福田都さんは、「店を開いてから30年以上経つが、今回のコロナ禍はとても急だった」と語った。これまでさまざまなことがあったが、今回はどう対応していいか分からなかったそうだ。
事務局を一手に引き受ける和田山さんの元には、休業要請後、店を閉め、先の見えない状況で精神的に落ち込んでしまうという声がいくつも届いている。愚痴をこぼしてもらえれば、と声がけを心がけているという。和田山さんは、自粛要請が終わったあとに、気落ちしてどうも立ち上がる気力がない、といったことの心配もしていかなくてはと、月1回のアンケート調査を始めたそうだ。
「このコロナウイルスというのは、人と人を分断します。対面で直接話すことが難しいので、お金の問題も含め、よく眠れていますか? ご近所の方とはお話ししていますか? お客さんとは連絡を取っていますか? といったことに答えてもらうことにより、現状が見えてくるだろう」
▲「東京都感染拡大防止協力金の申請書を前に『来月立ち行かなくなる店が出てくる。助けて欲しい』という呼びかけに税理士が呼応、速やかな申請につながった」緊急事態宣言発出後のコロナ禍で中小企業・小規模事業者は、どう生き延びていけるか~自粛か営業継続かで揺れる新宿ゴールデン街を歩くその5
都は、4月22日から「東京都感染拡大防止協力金」の受付を開始した。早速、組合事務所でも申込書を手に入れ、すでにいくつかの店舗では申請済みとのことだ。
申込書には「『専門家による確認』によって円滑な申請と支給を目指す」とあり、ここに注目した和田山さんが、「来月立ち行かなくなる店がたくさんでてくることが予想されるので助けてほしい」と、周囲に窮状を呼び掛けたところ、ある税理士さんが「この街に携われることがうれしい」といって申請書にある「専門家の確認」を買って出てくれたという。和田山さんは、目下、大忙しで組合員の申請の対応にあたっている。
このコロナ禍をどう乗り越えていきたいかという問いに、和田山さんは「もうこれは一人では乗り越えることはできない状況だし、みんながこの街を存続させたいという気持ちはわかっているので。それでも今は、心をひとつにする場所がないのがつらいのだけれど、何かしらの形でつながっていきたい。そして行動を起こしていきたいと思っています」と力強く語った。
話を聞いていると、この街は、多様な人々の受け皿として存在し続けてきており、その都度、立ち上がり、知恵を出し合い、問題に向き合って乗り越えてきた。それは、やはり「この街が好きだ」という純粋な思いが人を突き動かしている ―そう伝わる街と人々だった。
▲緊急事態宣言発出後のコロナ禍で中小企業・小規模事業者は、どう生き延びていけるか~世界でも最多の乗降客数を誇る新宿駅・東口のインディーズビア&カフェ“BERG”に突撃インタビュー!
新宿駅東口、ルミネエスト新宿店内にある「ビア&カフェBERG(ベルク)」。小さな店舗内では人がぎゅうぎゅうになるほどにひしめき合う。2007年の立ち退き問題があがったときには2万人もの署名が集まったという、途中下車してでも寄りたいと言わしめるほどの超人気店だ。
そのベルクはこのコロナウイルス禍の中で、どうしているだろうか。到着してみると、ベルクは業態変更をして、ビア&カフェから、野菜や食料品、加工品、雑貨などを販売するマルシェへと変貌を遂げていた。
突然の取材申し込みにも関わらず代表の井野朋也さん、副店長の迫川尚子さんが快く受けてくださった。30人ものスタッフを抱えるベルクでは、現在、テイクアウトができる店へと業態変更し、お弁当や、これまでカフェで出していたパンや、野菜などを仕入れ先が窮乏しないように考慮した上で、店内にところ狭しと新鮮な野菜、果物、パン、お米、コーヒー、その他食料品がずらりと並べていた。石鹸などの雑貨も購入できる。ベルクの利用客は一人暮らしの方も多いので、アスパラの1本売りもしていて、これが好評とのことだ。
スタッフの働く場も確保しながら、仕入れ先とも支えあう、新たな取り組みでこのコロナ禍を乗り越えようとしている。ベルクの挑戦は続く。
※緊急事態宣言解除直前の5月後半に、もう一度ベルクを訪問してみた。生鮮品を販売しながら、徐々に席数を増やし、通常の営業に移行しつつあった。8月中旬、再び訪れると席数はすべて復活していたが、席と席の間をアクリル板で仕切って、テーブルの一つ一つに「Silent Berg」の告知がされていた。「30分以内の利用」、「私語を慎む」と感染症対策をとっている。