「メディアが『I am Kenji』の運動を大きく取り上げ、後藤健二氏を英雄視する発言が氾濫した時点で、湯川遥菜氏はアウトだと思った」──。加藤朗氏は、ネットメディアの台頭により、従来とは異なる情報管理の必要性を指摘した。
国際地政学研究所による今年2回目のワークショップ「イスラム国問題とどう向き合うか」が、2015年2月19日、東京・市ヶ谷のアルカディア市ヶ谷で開かれた。今回は、中東の過激派組織「イスラム国」の問題が緊急テーマに浮上し、邦人2人の人質事件をめぐる、メディアの前のめりの報道姿勢を問題視する議論が熱を帯びた。
ゲストスピーカーである桜美林大学教授の加藤朗氏は、「この人質事件では、有識者らがテレビでさまざまな発言をしたが、今となっては、メディア全体がもっと慎重になるべきだったと思う」と訴え、インターネットによる情報拡散という今日性も相まって、「イスラム国」に伝えるべきではない情報までもが伝わってしまった、と言い重ねた。
同研究所の理事長でもある元内閣官房副長官補の柳澤協二氏は、安倍晋三首相の2015年1月17日の「エジプト演説」を改めて厳しく批判。「邦人2人の解放には、安倍首相の辞任が有効」との自身の発言に批判が殺到したことを認めるも、「エジプトで、あのような勇ましい言葉を口にする安倍首相の意識が、日本国民の生命、自由、幸福追求の権利の、最大の脅威になっている」との認識を一切崩さなかった。
- 登壇者 柳澤協二氏(元内閣官房副長官補)、加藤朗氏(桜美林大学教授)
- 日時 2015年2月19日(木) 18:00〜
- 場所 アルカディア市ヶ谷(東京都千代田区)
「後藤健二氏賞賛」は何を意味したか
冒頭、柳澤氏が「今年は『戦後70年』を、この勉強会の統一テーマにしていくが、今般、『イスラム国』が邦人2人を拉致し殺傷するという、極めて重大な事件が起きたため、今日はこの事件だけをテーマにしつつ、会を進めていこうと思う」と宣言した。
続いて、加藤氏がスピーチを行った。「この人質事件を受け、テレビでは何人もの有識者がコメントを出したが、彼らの多くは中東の専門家だ。私は国際政治学の中の紛争研究という観点から、『イスラム国』の問題を論じていきたいと思う」と切り出すと、「『イスラム国』問題の特徴は、あの残虐性にあるが、残虐行為が行われる状況は、今に始まったことではない」と強調。昔と今の違いは、一般市民がその残虐シーンを簡単に目にすることが可能か否かにあり、それを可能にしたインターネットの動画投稿サイト「Youtube」の登場が、さまざまな意味で画期的、とした。
加藤氏は、「ネットメディアの台頭で、テロ集団自らが発信手段を持ってしまった。これにより、マスメディアの役割が低下した」と続けた後で、こう述べた。
「新聞やテレビが、例の『I am Kenji』の運動を大きく取り上げ、ネット上に後藤健二氏を英雄視する発言が氾濫した時点で、湯川遥菜氏はアウトだと思った。なぜなら、(湯川氏への関心度が低いことが判明した時点で)湯川氏は、『イスラム国』にとって利用価値のない存在になってしまったからだ」
加藤氏は、日本のメディアが不用意に邦人人質事件関連の報道を盛り上げたことが、事件解決に悪影響を与えた、との立場に立つ。「ネットに載った言葉は拡散され、グーグルの翻訳ソフトを使えば、粗いながらも簡単にアラビア語に変換される。大意ぐらいは『イスラム国』側に伝わってしまうのだ。人質事件では、重要な情報が『イスラム国』に筒抜けだった」と続けた。
リアル空間は暴力で、ネット空間は権威で支配
「中東が今日まで、西洋のイデオロギーを受け止め切れていないところに、問題の本質がある」──。こう議論を進めた加藤氏は、「2010年末に、チュニジアで起こったジャスミン革命がきっかけになり、広く中東に『アラブの春(反政府デモ)』が広がったが、概してうまくいっていない。西洋の主権在民型の秩序は、何度挑戦しても、中東には形づくられない」と力を込め、次のように話した。
「中東に『秩序』があった時代の主たる背景は軍部独裁で、『その独裁はいけない』という理由で政権を倒していったことで、中東に秩序崩壊が始まった」
アラブ世界では、「主権在神」という元来の中東イデオロギーと、「主権在民」の西洋イデオロギーの対立が継続中だ、と加藤氏は訴える。「この構図は、日本が明治維新の時に抱えていた問題と同種である」
柳澤氏が、「『イスラム国』は、これまでの中東の秩序崩壊の流れに中に生まれた、という説明だが、新規性を挙げるとしたら、それは何か?」と尋ねた。
加藤氏は、「現実空間は暴力で統治し、サイバー空間は権威で統治している点だ。自分らのイデオロギーをネット上に示すことに、『イスラム国』は成功している。(「イスラム国」の指導者とされる)バグダディ容疑者が実際に姿を現さない点が、その象徴と言える」と応じ、「(同じ過激派組織でも)タリバンは、現実空間の暴力支配だけに終わっている。アルカイダも、サイバー空間支配を試みたものの、作る映像がダサく、若い世代には不人気だ」と解説した。
柳澤氏は、さらに、「『イスラム国』には、ハイパー国家であるが故の増殖性がある。一部報道では、毎日約9万件の『イスラム国』支持のツイートがあり、米国務省のサキ報道官が『そういった面では米国を上回っている』と発言したらしい。では、『イスラム国』は、西側諸国のどういった部分に反発しているのか」と訊いた。
これに対し、加藤氏は、「悩むのは、今の世界に、絶対的に正当視できるイデオロギーが存在しないところだ」と話し、米国が対テロ戦争の大義に「自由と民主主義」を掲げていることを指摘しつつ、次のように語った。
「この2つは、2003年から約8年間続いたイラク戦争で、脆くも崩れた。つまり、『自由と民主主義は普遍的な秩序原理などではなく、米国による独善的なものではないのか』という疑念が、イスラム諸国に広がっているのだ」
復興支援の「危険」に向き合えるのか
中東で「自由と民主主義」が肯定されないところに、今の恐ろしい状況の根っこがある、と加藤氏は言う。「シーア派革命が、イランの中に封じ込められたように、『イスラム国』を、どこかの国の中に封じ込める対応策が考えられるが、サイバー空間での『イスラム国』イデオロギーの増殖は止められない」と指摘し、「米国がやることはすべて許される、という世界のあり方に対し、極めて先鋭的に反発心を表出させているのが『イスラム国』だと思う」と分析した。
勉強会後半は、「イスラム国」の問題に、国際社会は、そして日本は、どう対応していくのか、という方向性から議論が始まった。
最初にスピーチした柳澤氏は、「イスラム国」の蛮行に業を煮やした米国が主導する有志連合が、空爆を軸とする帰討作戦を展開していることについて、「やらざるを得ないが、根本的解決には至るまい」と発言。有志連合の攻撃が一定の成果を上げた後に、西側諸国が中東に何を行うかが重要になる、と口調を強めた。
「空爆を展開中の欧米の国々は、あの地に足を踏み入れて復興支援の仕事はできないと思う。その空白部分で出番を待つのが、日本が立つべき立場だ」
これに対して加藤氏は、日本人は、その「復興支援」を実際にはやれまい、と指摘する。