24日夜、事態は急展開した。
イスラム国により、後藤健二氏と湯川遥菜氏の2人が拘束された事件で、1月24日夜、「IS」は湯川氏が殺害されたと見られる場面が写っている画像をインターネット上に公開した。画像では、オレンジ色の服を着た後藤氏と見られる男性が、湯川氏と見られる人物がひざまずいている写真と、地面に体が横たわっている写真を持っている。
この画像が公開される直前の1月24日、岩上安身は、安全保障論が専門で、中東情勢に詳しい桜美林大学教授の加藤朗氏にインタビューを行った。
加藤氏は、「IS」がこれほどまでの勢力を拡大させた背景として、米国発のグローバリゼーションが広まった結果、「近代国民国家」という枠組みが世界中の至るところで崩壊したことをあげた。
加藤氏は、そうした「近代国民国家」という枠組みが崩壊した後に現出する状況を、「グローバル・リヴァイアサン」と呼ぶ。「リヴァイアサン」とは、17世紀の政治哲学者トマス・ホッブズの唱えた概念である。ホッブズによれば、人間は自然状態では、「万人の万人に対する闘争」となる。その状態を克服するために、「国家理性」が要請される。その国家を、伝説の怪物の名に例えて、「リヴァイアサン」と呼ぶ。
「グローバル・リヴァイアサン」とは、つまり、個々の国民国家を超えて超国家的でグローバルな怪物が登場しつつあるという状況を指し示した言葉である。
実際には、世界政府は誕生していないし、世界は米国の一極支配のもとにおかれているわけではない。国家を超え出て自由に動くグローバル資本の力が巨大化する一方、多極化も進み、資本の専制支配の横暴への抵抗も強まっている。テロは、そのあらわれのひとつである。
近代において、戦争の主体は国民国家であった。しかし、ポスト近代のこのグローバル時代以降、戦争はどのような形態を取るのか。加藤氏は、「身体の兵器化」から「兵器の身体化」という図式を示しつつ、高度なテクノロジーによってシステム化された戦争の将来像について語った。
- 日時 2015年1月24日(土)12:30~
- 場所 IWJ事務所(東京・港区)
イスラム国にとって『待ってました』と言わんばかりのタイミング
岩上安身(以下、岩上)「イスラム国による人質殺害予告事件、リミットとされた72時間からさらに1日が経過しました。交渉が進展しているのかどうか、よく分かりません。ある日突然、イスラム国が殺害を発表する、ということも考えられます。
本日は、なぜこうした事件が起きているのか、その世界史的な意味について、専門家にお話をおうかがいします。防衛研究所で15年間にわたりテロや非正規戦を研究されてきた、桜美林大学教授の加藤朗先生にお話をうかがいます。
まず、今回の事件について、どのようなご感想をお持ちでしょうか」
加藤朗氏(以下、加藤・敬称略)「誰であれ、いずれ日本人がこのようなかたちで捕まる可能性はあっただろうと思います」
岩上「加藤先生も、内戦下のシリアに行かれて、秘密警察に拘束されたという経験をお持ちだそうですね」
加藤「はい。本当に大失態だったんですけれど…。あまりの恐怖で、脳内がスリープモードになってしまい、表情に表れなくなるんですね。お二人も同様なのでは」
岩上「動画公開のタイミングが、安倍総理がイスラエルを訪問している最中でした。安倍総理は、日章旗と六芒星が並んだ状態で、会見に臨むことになりました。安倍総理は以前にも、『空爆でイスラム国壊滅を』ということを言っています」
加藤「イスラム国としては、『待ってました!』というタイミングだったと思います。安倍総理としては、敵に塩を送るような発言をしてしまったのではないでしょうか。(イスラム国側が)金額を設定するというときに、2億ドルを援助するなら、こちらによこせ、ということになったのではないでしょうか。
こういうテロのやり方というのは、昔から変わらないですよね。合理的といえば、合理的なメッセージを送っていると思います。反イスラム国は許さないぞ、というメッセージです」
グローバリズムによって希薄化した「主権国民国家」という枠組み
岩上「今回、米国が、身代金を払わないように、ということをしきりに言ってきています。オバマ大統領は、1月21日の一般教書演説で、テロとの戦いを宣言してもいます」
加藤「米国がこれまでテロに屈したことがないかというと、そういうわけではありません。米国が建前として、こうしたことを言うのは当然です。米国はいろんな情報ルートを持っているので、こっそりと交渉しているのでは。たとえ日本が身代金を払っても、建前上払ったとは言わないでしょう」
岩上「加藤先生は昨年(2014年)12月9日の国際地政学研究所のワークショップで、米国は軍事的な戦いで勝つことはできても、イスラム世界での鬱積を解消することはできない、という趣旨のことをおっしゃっています」
加藤「パレスチナでは、ガザとヨルダン川西岸に政治主体ができたので、イスラエルとの間に非正規戦が行われる、ということではなくなりました。他方、イラン革命以後、テロを展開するイスラム主義が広まるんですね。
政治的イデオロギーとしてのイスラムが拡大していて、それに対抗するかたちで、ローマ帝国のように、米国発の『自由と民主主義』が拡大している、ということだと思います。
どのようにしてこの世界に秩序を形成するかということが、改めて問われているのだと思います。今、主権国民国家の枠組みが、グローバリズムという中で希薄になっています。他方、イスラムという新たな秩序を作る力が台頭しています。
フランシス・フクヤマが言う『歴史の終わり』というのは、西洋型の近代国家の終わりということですね。しかし、彼が見落としていたのがイスラムの存在です。イスラムは、西洋のキリスト教型の主権国家とは異質。そのことに気づいたのが、ハンチントンだったのではないでしょうか。
イスラムが、キリスト教にもとづく政治システムと対立するかたちで広まり始めました。そのことが、イスラムによる支配の正統性をめぐる対立として立ち現れます。イスラムと非イスラムの接触点という中で、対立が起きています。支配の正統性をめぐる争いです」
岩上「イスラム国の主張は、国民国家内でのクーデターというものではないですよね。サイクス・ピコ協定で分割された境界を破棄して、カリフ制を復活させよう、というものです。ボーダーレスでグローバルな試みだと思います」
加藤「最終的な目標は、イベリア半島までを含む、かつてのイスラム帝国を復権させようというものです。彼らが考えている国家とは、私達が考えているような主権国民国家ではありません。その意味で、ネットと親和性があります。ネットの届く範囲が国家なのだ、と。
これまでの流れを見ていると、米国発のグローバリズムが進展し、それと対立するかたちで草の根の対抗運動が勃興しています。そのような中で、主権国家が破線のような状態に変化しています。主権国家が相対化されるなかで、イスラムが勃興しています。
パレスチナの問題は、最終的には主権国民国家を作ることが目標です。しかしイスラム国は、そうではありません。こうした動きは80年代から徐々に出てきていて、それの一番初めのきっかけとなったのがイラン革命だと思います」
人工知能によって戦争がシステム化された世界
岩上「先生は『兵器の歴史』という御本の中で、『兵器の身体化』について書かれています。兵器の身体化というのは、自爆テロということですよね」
加藤「ドローンは、まだ人工知能を完璧に搭載する兵器ではありません。攻撃するかしないかという判断は、人間が行います。さらにもう一歩進んで、攻撃するかしないかの判断もロボットが行うという研究が進んでいます。
人工知能が人間の頭脳を超えるとされる特異点が、2040年だと言われています。そうなったとき、戦争の形態はどうなるのでしょうか。戦場の無人化というものが言われますが、まったく違った戦争のあり方というものが可能になるのではないでしょうか。
私はグローバル・リヴァイアサンという言い方をするのですが、全世界を情報で覆ってしまえば、人工知能が無限にターゲティングして攻撃をし続ける状態が現出しえます。人間の倫理すらも、分析してインプットすることができるかもしれません。
そういった状況への最後の抵抗として、人間が爆弾を抱えて攻撃をする、という状態を捉えることができます。それを、米国のグローバルな攻撃システムは捕捉し得ない。そうした図式が今、米国とイスラムとの戦いに見て取ることができます。
こういった課題が今、私達に突きつけられています。ですから人権団体が国連などで、人工知能を使わないよう訴えています。スイッチを押すだけで、自動的に攻撃するシステムというのは、既にできているんです。
人工知能が、私達よりも優秀であることは間違いないので、人工知能が戦術や戦略を練り始めたらどうするのか、という問題があります」
イスラム国がネットを活用する理由
加藤「現在の世界で一番問題なのは、支配の正統性がどこにあるのか、ということに対する争いです。では、米国がグローバルな支配を行うことへの正統性は、誰が与えているのか。力が、その正統性の源泉なのか。こうしたイデオロギーに対するのがイスラムではないでしょうか。
中国も米国と同様、自分たちと同様のルールを押しつける、帝国としての性格を持っているのではないでしょうか。形式的には国民国家ではあるけれども、実態は帝国なのではないでしょうか。
テロの本質というのは、心理的暴力です。その拡大はリニアです。現在はネットによって、テロに対する恐怖が一気に広がっていく。ネットの出現によって、心理的暴力を世界中に広めることができます。ですからイスラム国は、ネットを活用するのだと思います。
帝国は、情報によって拡大します。ローマ帝国は道によって、モンゴル帝国は馬によって、イスラム国はネットによって、ということです。
私はかつて『現代戦争論』という本を書いたのですが、その中で、メディアのあり方がテロの形態を変えるだろう、と指摘しました。現在、ネットの出現によって、心理的暴力が伝播しやすくなっているように思います。
近代国家というのは、外在化された神(教会)からの自由と、自立した個人間の平等が前提とされています。近代化というのは、不平等をなくすプロセスでした。しかし『はたして本当にそうなのか』という疑義が、イスラム側から寄せられているのだと思います」
自爆テロは「貧者の精密兵器」