「提案はいくつもできる。例えば、イスラム法廷を開いてくれればいい」――。
イスラム組織「イスラム国」にパイプを持つジャーナリスト・常岡浩介氏は言う。
「イスラム国」による、邦人の殺害予告期限まで24時間を切った 1月22日午後3時、イスラム国にパイプラインを持つ常岡氏は日本外国特派員協会で会見した。
「イスラム法廷を開いてくれれば、こちらから証人を立てることもできる。もし完全無罪が駄目でも、鞭打ち刑で許されるなら、首を切って殺されるよりはマシ。譲歩を引き出す手はある」
常岡氏は「状況は絶望的だ」としながらも、「イスラム国に行く準備もある」と訴え、自身のパイプを活かした具体的な解決策を提案した。
以下、会見の模様を掲載する。
常岡氏とイスラム国のパイプライン
常岡浩介氏(以下、常岡・敬称略)「私は一昨年(2013年)から数えて、イスラム国に過去3回入り、取材しています。もともとチェチェン紛争を取材していた経緯があり、私はシリアのチェチェン人グループを取材していて、チェチェン人グループがイスラム国のオマル司令官を私に紹介してくれました。
こうした経緯から、この司令官と連絡が取り合えるようになり、取材が可能になった、という偶然がありました。そして去年8月、オマル司令官から、私のところに『湯川遥菜氏を私たちは拘束している』というメッセージが入りました。
『湯川氏にはスパイの容疑がかかっている。裁判しようとしているのだが、意思の疎通ができない。アラビア語と日本語の通訳を探している。イスラム法に基づいて公正に裁判を行ったという証明になる立会人を探している』との連絡でした。
司令官自身は湯川さんに会ったことはなく、直属の上官が湯川さんの処遇を決める権限を持っている、とのことでした。そしてイスラム法に基づいて裁判を行う、そのために通訳とジャーナリストが必要だ、と。そこで通訳で中田考先生、ジャーナリストで私が紹介されました。
私は中田先生と連絡を取り合い、司令官からの連絡を受けたことに驚愕し『すぐにイスラム国に行くべきだ』という話になり、9月の5日にイスラム国に入って、6日にイスラム国の首都・ラッカでオマル司令官と再会しました。司令官が私たちを『招待』したことで、実現しました」
シリア軍の空爆で流れてしまった湯川氏との面談
常岡「そこで司令官に事情を聞きましたが、湯川さんは身代金を取る材料にしない、見せしめのための処刑をしない、というのがイスラム国の方針だという説明を受けました。司令官はあくまで『人道的』に、イスラム国に従った公正な裁判をすると強調しました。
我々は湯川氏に会わせてもらえると聞いていたが、待てど暮らせど会わせてくれない。そして上官とも連絡がつかない。実はその頃、運悪く、シリアのアサド政権による過去最大の空爆がイスラム国に行われました。50人が亡くなり、うち35人が民間人だったということを、あとで知りました。
上官と連絡がつき、『1週間は少なくとも会えない』ということになり、中田先生はそんなに待てない、と言いました。アラビア語が堪能な中田先生がいないと裁判にならないと思い、私も1ヶ月後に出直すことにしました。
そして10月7日に再びイスラム国へ向かう準備をしていたところ、前日の6日、公安外事三課が我が家にきて、『私戦予備陰謀罪の関係先として捜索する』として、ビデオカメラやPC、スマフォ、ハードディスクなどが押収されました。これでイスラム国に向かうことができなくなったんです」
公安警察に絶たれたイスラム国との「パイプライン」
常岡「家宅捜索によるもっと深刻な影響は、私のイスラム国関係の連絡先をすべて押収され、取材源の秘匿ができなくなったことです。取材源の保護も難しくなった。オマル司令官に連絡を入れたら盗聴される危険性がある。発信元を突き止められ、攻撃されることもあり得ます。
私はすぐイスラム国関係に連絡しました。今までの電話番号やFBのアカウントなどをすべて破棄してください、捜査当局に押収されたので、あなた方に危険が及ぶかもしれない、私たちはしばらくあなた方に連絡ができなくなるかもしれない、と伝えました。
10月6日の家宅捜索後、イスラム国と連絡できないまま時間が過ぎ、そうこうしているうちに邦人の脅迫ビデオが出回り、驚愕しました。湯川氏は緊急的に危機がある状況にないと、と判断していましたが、状況が完全にひっくり返っていることに驚きました。
9月にイスラム国へ行った結果については、日本のメジャーなチャンネルで発表しています。私たちが湯川さんを解放できるかもしれない状況も報道され、日本の警察もそれは知っていたはずです。にもかかわらず妨害し、助ける機会を奪った。
私にも電話で『お前も容疑者だ』という連絡がきました。しかし検察への送致もされていない、起訴もされていない、事件そのものを警察が処理していないわけです。私戦予備陰謀罪が過去に適応された例はない。警察も妥当性がわからない事件で、情報を強権的に奪ったんです」
本来、起きなかったかもしれない邦人人質事件
常岡「本来、湯川さんに会うことができていた可能性が、かなりあった。裁判では、湯川氏を無罪にする見通しもあった。彼の日記で『シリアでイスラム教に改宗した』と書いてありました。イスラム法では、イスラム教に改宗した場合、改宗前の罪はすべて許されるんです。
ただ、コミュニケーションができていないので、湯川さんがイスラム教徒になったことを、イスラム国は知らない。こちらが裁判で証明することで、無罪が取れる可能性があった。彼が助かっていれば、後藤健二さんは無理にイスラム国に入らなかったかもしれない」
「警察の捜査が湯川さんの危機的状況を引き起こした」
常岡「言ってみれば、警察の捜査が湯川さんの危機的状況を引き起こしたとさえ言えると思います。私たちの取材の妨害をした警察が、代わりに何をしたか。湯川さんは8月から誘拐されているが、捜査は進展していません。
警察は、10月には後藤さんが誘拐されていたことにも気がついていたが、やってきたことはネットサーフィンだけ。72時間の期限ができて初めて捜査本部を立ち上げましたが、過去5ヶ月間誘拐犯とのチャンネルが作れなかった捜査当局に72時間で何ができるのでしょう。
そして、この期に及んでもまだ、私たちに『チャンネルになってくれ』とは言ってこない。邦人の命を救うつもりがあるのか、首をかしげざるを得ない。邦人の命を助ける活動には、どんな協力でもする意思はあります。必要であればイスラム国にいく準備もあります。
これはネットでも書いたところでしたが、今のところ、接触はない状態です。時間が迫っている中、なぜ外務省、警察に積極性が見られないのか、疑問です」
イスラム国とは「イスラム法」で対話すべき
続いて、質疑応答へ。
外国記者「どのようにイスラム国側と交渉しますか」
常岡「10月までは『湯川さんから身代金を取らない』と聞いていたのに、現在、正反対の要求が行われています。なぜ、彼らがそういうことになったのか、何かの理由があるのではないかと聞きただすつもりです。
そして何かの理由があるなら、元の政策に戻す条件はあるのか聞きたい。例えばイスラム国は、『安倍総理が行うとした2億ドルの支援は十字軍への支援だ』と言っていますが、もし本当にそう思っているのなら、その誤解は説くことができます。
誤解でなく、わかってやっているなら、なぜわかってやっているのか、聞きます。彼らは建前上、イスラム法に従って行動します。イスラム法では、わかっていないふりをしてイスラム国への攻撃に関与していない外部の人間を脅迫する行為は、許されていません」
「公安外事三課」のターゲットにされた理由
海外記者「警視庁公安部はどういう意図で捜査をしたのでしょう?」
常岡「公安外事三課は10年前にできた組織ですが、一度も成果を上げたことがありません。3年前には、日本中のイスラム教徒のあとを付け回したデータを全部、世界中にバラまいてしまった大失態を犯した組織です。
公安外事三課が政府にどんな情報を渡していたか、私は断片的に把握していますが、デタラメばかりです。世界一無能な捜査機関だと確信しています。テロリスト予備軍を食い止めたという実績がほしかったために、ありもしない危機を煽り、捜査を捏造したんだと思います」
「状況は絶望的」だが、解決策はある
海外記者「人質が生存する可能性をどうみていますか」
常岡「状況は絶望的です。イスラム国はビデオで殺害予告した人間を必ず殺害してきました。ビデオが公開されて助かったケースはないのでは。助かったのはビデオで予告される前にお金で解放された人間に限られています。
2億ドル払うことはまったく現実的ではない。望みは少なくとも助ける方法があるとすれば、イスラム国と直接対話するしかない。そのチャンネルを私と中田先生が持っているのに、政府が活用しようとしていない。これは最大の問題です。
最悪の事態が起こった時に一番悪いのはもちろんイスラム国です。そしてこの間、何もしてこなかったのが公安外事三課。外事三課は、第二の責任者として責められるべきところがあるでしょう」
イスラム国とは「建前」を使って交渉すべき
記者「身代金は払うべきでしょうか、毅然とした態度で望むべきでしょうか。また、政府は代案を出す…殺すのでなく、もうちょっと中間的な提案はできないものなのでしょうか」
常岡「僕の意見では、身代金は払うべきではないと思います。払ったお金で今、イスラム国は活動していますので、また犯行が繰り返されるだけです。他の提案はいくつもできます。例えばイスラム法廷を開いてくれればいい。そうすればこちらから証人を立てることもできます。
そして完全無罪が駄目でも、鞭打ち刑で許されるなら、それは首を切って殺されるよりマシです。譲歩を引き出す手はあります。彼らは本音と建前を使い分けている組織だと思うんですが、建前を使い分けている以上、私たちは、彼らの建前を主張するという手があります。
彼らは『イスラム法、イスラム法』と言っているのだから、こちらも『イスラム法に従えばこうでしょ』ということでやれば、少なくとも後藤さんを殺す必然性はないはずです」