シリアとイラクで版図を拡大し続けるイスラム系武装集団「イスラム国」。米国が8月8日からイラク国内で、さらには9月23日からシリア国内で空爆を開始するなど、状況は混迷の度を極めている。報道によれば、現在、「イスラム国」はシリアとトルコの国境に位置する要衝アイン・アル・アラブ(クルド名「コバ二」)への侵攻を続けていると伝えられている。
この「イスラム国」に関しては、欧米を中心に多くの若者が戦闘への参加を志願していることも特徴的だ。日本でも、10月6日、「イスラム国」への参加を計画していたとして、北海道大学の学生が、「私戦予備および戦闘の疑い」で、警視庁公安部に身柄を拘束された。
「イスラム国」はなぜ、これほどまでに勢力を拡大したのか。そして、そのことが、中東情勢にもたらす意味とは何なのか。元シリア大使で、シリアで独自取材を行った成果をまとめた著書『報道されない中東の真実~動乱のシリア・アラブ世界の地殻変動』を発表した国枝昌樹氏に、岩上安身が話を聞いた。
- 国枝昌樹氏(元シリア大使〔2006年~2010年〕)
- 日時 2014年10月11日(土)17:00~
- 場所 IWJ事務所(東京・六本木)
※以下、実況ツイートをリライトし再構成したものを掲載します
なぜ、多くの若者が、「イスラム国」に惹きつけられるのか
岩上「本日は、話題のイスラム国に関して、元シリア特命全権大使の国枝昌樹さんにお話をうかがいます。国枝さんは最近、『報道されない中東の真実』という本を出版されました。本日は、こちらのご本に従い、お話をうかがいたいと思います。
改めてシリアについてお話をうかがおうと思ったのは、イスラム国の登場・席巻により、状況が非常に混沌としてきたからです。欧米はあっという間に有志連合を作り、空爆を行いました。しかし、イスラム国については、周辺国との関係がよく分かりません。
日本では、北大生がイスラム国に加わろうとしたとして、警視庁公安部に身柄を拘束されるということがありました。中田考さんも関わっているということで、先日、インタビューをしました。
中田さんによれば、この北大生は高機能発達障害を持っているとのことでした。報道されている『大司教』も含め、ちょっとコミュニケーション障害を持っていて、日本国内での就職は困難である、と。そこで、イスラム国に就職という話になったのでは、ということでした。なので、今回の北大生の件は、日本の社会問題なのではないか、と。
ところで、私は先日、ドイツで取材をしたのですが、ウクライナ情勢よりも、イスラム国のほうが注目を集めていました」
国枝昌樹氏(以下、敬称略)「欧州では、プーチンの出方はある程度予測できるわけです。しかし、イスラム国に関しては、何が何なのか、皆目分からないのですね
私も昨日まで、フランスとスイスに行っていました。ここに4日前のル・モンド紙があります。『イスラム国に行く若者がフランスに多い。全体で930人ぐらいが当局に監視されている』ということが報じられています。
フランスの治安当局は、アサド政権の治安当局とコンタクトを取っています。私はシリア現地で会いましたが、彼らは『フランス政府が在ダマスカスの大使館を復活させることが条件だ』ということを言っていました。しかし、オランド大統領はそれを蹴ったんですね。
ル・フィガロ紙では、イスラム国に渡った人々の家庭環境について報じられています。『女性が多い、お母さんが悩んでいる、娘を取り返してきた』といったエピソードが書かれています。社会としてどう対応するべきか、大きなテーマになっているんですね」
「イスラム国の戦士と結婚したの」という電話が突然かかってくるケースも
岩上「背景を整理すると、どういうことなのでしょうか。イスラム系の移民からの不満などがあるのでしょうか」
国枝「そうとばかりは言えない面があります。恵まれた家庭で高等教育を受けた若者が、突然向こうに行ってしまっているのです。
自我の確立に至る過程で、自分の立場に自信が持てない人が、イスラム国に走っているのだと思います。行ってしまった娘から、『イスラム国の戦士と結婚したの』という電話がかかってきた、なんていうエピソードもあります。
イスラム国は、男性の出入りは比較的緩いのですが、女性は出来るだけ返さないようにしているようです。やはり、子供がほしい、それから、イメージの改善を図りたい、ということなんでしょうね」
岩上「ドイツに行った際、ブランデンブルク門の前で非常に大きな、反『反ユダヤ主義』の集会がありました。メルケル首相をはじめ、ドイツの閣僚が軒並み参加しました。レイシズムは絶対に許さない、とメルケル首相が演説しました。この集会の背景には、シリア帰りの人間が行動を起こした、ということがあったのですね」
国枝「米国によるイスラム国への空爆は、イスラム国に参加した若者が本国に帰り、テロの予備軍になったらとんでもない、という考えからなんですね」
岩上「日本の報道を見ていると、高学歴の人間が、原理主義的なものに引き付けられているという点で、オウムの枠組みで考えているところがあります。しかし、背景も規模も全然違うのではないかと思うのですが、いかがでしょうか」
国枝「まず前提として、イスラム国に参加しているのは、チュニジアですとかサウジアラビアですとか、ほとんどはアラブ諸国なんですね。アフガニスタンの時と比べて、欧米から目に見えるようなかたちで、イスラム国に参加する若者が出てきたということで、話題になっているのです」
岩上「彼らは、イスラム国が掲げている理念に、何らかの魅力を感じているのでしょうか」
国枝「ヌスラ戦線や自由シリア軍には、欧州からかなり人が入っていました。それに加えて、イスラム国は武器をたくさん持っているので、戦いやすいということがあるのでしょうね」
イスラム国はどのようにして生まれ、勢力を拡大したのか
岩上「イスラム国の起源についてお話いただけますでしょうか」
国枝「起源は1990年代のアフガニスタンです。2006年に『イラク・イスラム国』に改名し、2010年、アブ・バクル・バグダディが後継者になりました。彼が今、カリフを名乗っています」
岩上「スペイン語の新聞で、バグダディはモサドのエージェントなんじゃないか、という記事が出ました」
国枝「イラク戦争が始まる直前、私はバグダッドを離れました。そういう話は、当時も現地で色々ありましたが、どれひとつとして真実ではありませんでした」
2011年3月18日、ダラア市でのデモの真相~自然発生的なものではなく、人為的なものだった
岩上「シリアでは2011年、アラブの春が及んだと言われますが、それが流血沙汰になり、アサド政権と反体制派との泥沼の内戦になっていったと言われています。しかし、実態はより複雑なものであると、今回のご本では書かれていますね」
国枝「欧米諸国は、そういう構図を描いて外交を展開しています。2011年3月18日、ダラア市で、『子どもたちを返してくれ!』と主張する平和的なデモが行われました。そうすると、治安当局が出てきて4人が死亡した、と。そう思われています。
しかし、3月19日、外務副大臣が大統領特使として、葬儀に参列しています。さらに、治安当局者の側が非常にたくさん殺されています。
情報大臣によると、2011年3月18日直前、エジプト出身で、カタールで庇護を受けていたカラダ―ウィ―が、『いくらで民衆を動かせるんだ』という話をしていたといいます。3月18日の事件は自然発生的に生じたのではなく、人為的なものだったと考えられるのです。
イスラム国は、サイクス・ピコ協定によって画定された国境に対し、『激しい怒りを持っている』と言われます。一方、アサド大統領は、この国境を動かそうとは少しも思っていません。国境を変えようとしているのは、イスラエルぐらいです」
岩上「イスラエルは何を考えているのでしょうか?」
国枝「イスラエルはどんどん戦争をやっていて、領土的野心があるのだろうと、アラブ世界では言われています」
岩上「『大イスラエル主義』の野望、ということですね」
国枝「私はダマスカスにいた時、ハマスのことをよく見ていたのですが、欧米のメディアで言われているほど戦闘的ではないんです。67年6月のラインまで、ということで、イスラエルにアドバルーンを上げていました」
120人もの治安警察官が殺害される 「民主的なデモ隊がやることか」?
国枝「シリアには、アレッポの北にちょっと、ダマスカスにちょっと、という具合に、シーア派の地域があります。しかし彼らとアラウィ派の交流はありません。アラウィ派はスンニ派との交流が絶大です。『ダマスカスの政権はアラウィ派でシーア派だ』という言説は正しくないんです。
3月18日の事件を受け、アサド大統領が演説します。そして1963年以来の非常事態令を撤廃します。これは、反体制派の長年の悲願でした。しかし、国際社会は””too little,too late””と、全く評価しませんでした。
国際社会は、民主的なデモ隊の蜂起に対し、政権側が暴力的に鎮圧していると見なしていました。しかし、6月6日、ジスル・アッシュグールで120人の治安警察官が殺害されています。こんなことを、民主的なデモ隊が行うでしょうか。
7月7日、米仏大使がハマーに行ってデモ隊を激励しています。ハマーは老人や赤ちゃんも含めて人口が80万人なのに、65万人のデモが行われたと反体制派は発表しています」
岩上「欧米が反体制派のほうを、どんどん煽っているんですね」
イスラム国とトルコの関係~「コバニの丘」の謎
岩上「もうひとつ、トルコとの関係がありますね。アサドとエルドアンは非常に仲が悪いと言われています」。
国枝「アブダビからヨーロッパに行くとき、通常はシリア上空を飛ぶのですが、その時は回避して飛びました。非常に危ないんですね。
ヨーロッパ人もアメリカ人も、トルコ経由でシリアに入り、イスラム国に参加しています。トルコ国内では、イスラム国の脅威度は、エルドアン大統領の支持者は一般の国民よりも10%低いのです。
そういうわけで、イスラム国とトルコの間では、かなりの取引があるのではないかと私は見ています。総領事を含む46人が拉致され、その後に解放される事件がありました。他は殺されているのに、なぜトルコの場合は戻ってきたのか。何らかの取引があったのではないでしょうか。
トルコとシリアの国境であるアインアルアラブ(クルド名・コバニ)を3週間にわたり、イスラム国が攻めていることが世界中で報道されています。しかし、ここが戦略的に重要かというと、そういうわけではない。
アラブ系のスンニ派がクルド系のスンニ派を攻撃している構図です。メディアはイスラム国にとってコバニは兵站上必要だと言っていますが、本当にそうでしょうか。国際社会がクルドを助ける世論を喚起することで、アサド打倒の軍を進めるためではないでしょうか。
トルコはこのアインアルアラブ(コバニ)に安全地帯を設けて、反政府軍を養成している。それをイスラム国が演出している、ということではないでしょうか」
「寝ているだけで毎年5兆円の金が入ってくる」金満国家・カタールの思惑
国枝さんのパリの話、フランスの若者がISに向かうことにご家族や社会が懸命になっている様子は、北大生が経験している日本社会とは全く違うのだと思いました。
バックグランドまで話を広げられませんが、私はフランスの若者の話を聞いた時に、かつて画家のゴーギャンがタヒチに向かった文明の腐敗への態度のようなものを感じました。
一方で北大生については、ヘルマンヘッセの車輪の下のなぞが解けたような思いがしました。
どちらも苦しいですが、新しい生き方を探す旅と、死に場所を探す旅では、後者の方が深刻ではないでしょうか。
「イスラム国」はなぜ中東を席巻したのか “報道されない中東の真実”について、元シリア大使・国枝昌樹氏に岩上安身が聞く http://iwj.co.jp/wj/open/archives/181134 … @iwakamiyasumi
記事UP待ってました。書籍『報道されない中東の真実』も読み終えたし、今から見ます。
https://twitter.com/55kurosuke/status/521638856521551873