「吉田調書」朝日新聞記事取り消し問題 「誤報ではない」「厳正な処分は不当」弁護士200人が申し入れ ~呼びかけ人・中山武敏弁護士インタビュー(聞き手:佐々木隼也記者) 2014.10.10

記事公開日:2014.10.11取材地: テキスト動画独自
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(佐々木隼也)

 朝日新聞社が非公開だった「吉田調書」の内容を5月20付の記事で報道し、後に「命令違反し撤退」とする記述と見出しは「間違った表現だ」として謝罪し、記事の取り消しと関係者の「厳正な処分」を発表したことを受けて、9月26日、弁護士9人が、朝日新聞社と同社の第三者機関に対し「不当な処分はなされてはならない」「記事全体を取り消さなければならない誤報はなかった」などと申し入れを行った。

 10月10日、IWJは申し入れの呼びかけ人である中山武敏弁護士にインタビューを行い、申し入れの経緯や、申入書の詳しい内容、申し入れ後に行われた記者会見の様子などについて、話を聞いた。

 申入書で「誤報はなかった」と断言する理由について、中山弁護士は、吉田調書、東電の記者会見、公開された東電のテレビ会議で判明した事実を重ねると、吉田所長が「所員に福島第一の近辺に退避して次の指示を待て」と指示したことや、東電が会見で「一時的に福島第一の安全な場所などに所員が移動を始めた」と発表したが、同じ頃に所員の9割は福島第二原発に移動していたことなど、「客観的な事実」は朝日の報道と大筋では間違っていない、と強調。「『命令違反で撤退』という見出しはあくまで『評価』の問題であり、これを取り消すと、これら多くの事実すら無かったと誤解させてしまうことになる」と指摘した。

 また中山弁護士は、「見出しに問題があったのであれば、続報で修正したりすれば良い話で、全面的に取り消したり謝罪するような問題ではない」としたうえで、「それで関係者を厳正に処分するということになれば、『報道の使命』そのものを放棄していくことになる」と、朝日新聞社の対応を批判した。

 この問題に端を発する、大手メディアや一部週刊誌などの、いわゆる「朝日バッシング」については、「根本的に誤報や間違いは起こり得るものなのだから、朝日新聞だけを取り上げてバッシングしていくのは、ひいいては報道全体の信用を失墜させることになってゆく。自らの拠って立つ基盤を失わせ、結局は一部の人に利することになる」と警鐘を鳴らした。

 現在、申入書には約200人の弁護士が賛同人に名を連ね、市民や報道機関の関係者などからも多くの賛同メッセージが寄せられているという。

■イントロ

  • 日時 2014年10月10日(金)16:00~17:00
  • 場所 中山法律事務所(東京都中央区)

※以下、@IWJ_Ch4での実況ツイートをリライトして再掲します。

「戦前と同じような状況になってしまう」申し入れを行ったきっかけは

IWJ佐々木隼也「まず、申し入れを行った経緯について。今回の朝日新聞の対応について、どのような点で問題だと感じ、申し入れをするに至ったか。また、賛同人からはどのような声が寄せられているか?」

中山弁護士「東京空襲訴訟の弁護団長をしていた時、『報道の自由』や『国民の知る権利』がいかに大切かということを実感した。大空襲では2時間半で10万人以上の人が亡くなり、40万人が負傷し、100万人が被災した。

 にも関わらず、大本営が報道を規制し、翌日の朝日新聞も毎日新聞も、一切その事実を報道しなかった。戦前は、『報道の自由』や『知る権利』が規制され、真実を知ることができずに市民が戦争に動員されていったという経緯がある。

 今回この朝日新聞の記事取り消し、関係者が厳正に処分される、というようなことを許せば、また戦前と同じような状況になってしまうのではないかと思い、申し入れを呼びかけた。現在、約200名の弁護士が賛同者に名を連ねている」

「戦後最大のジャーナリズムの危機だ」多くの識者から賛同の声

IWJ佐々木「賛同者からはどのような声が届いている?」 中山弁護士「伊藤真弁護士(※)からは『今回の朝日の問題が、表現の自由のみならず、この国の民主主義への弾圧ではないかと危惧している。申し入れの趣旨に全面的に賛同し、若手にも伝えていく』というメッセージが届いている。

 また、原発問題で動いている福井県の弁護士からは、『朝日バッシングは、以前の朝日新聞社記者銃撃事件が、その後の報道のあり方を変えたのと同じように、あるいはそれ以上に、大きな影響をマスコミに及ぼすと危惧している』という声も。元裁判官の弁護士の方からは、『朝日新聞が記者会見で「読者及び東電のみなさまに深くお詫びします」と頭を下げたあの姿は、世界に向けて言論人の屈服の姿を晒したものです。朝日新聞だけでなく言論人全体を萎縮させるものです』との声が届いている。

 さらに一般の人からも、『私たちも何らかの意思表示をしたいから一緒に活動したい』など、多くの声が寄せられている。朝日新聞を良く思わなかったが、今回の件で逆に朝日を支えなければ、と立ち上がった人もいる。

 共通するのは、今回の朝日の対応(記事取り消しや厳正な処分)が、『日本の民主主義にとって大変な危機だ』という認識。市民から『正義を守ろう』という声が多く届いたのは、とても心強いこと。逆にこの申入れに対する反論や批判はほとんどない。

 9月26日に行った我々の記者会見では、共に登壇した元日本ジャーナリスト会議代表委員の桂敬一氏(※)が『戦後最大のジャーナリズムの危機だ』と指摘し、ジャーナリストの斎藤貴男氏も『メディア同士が監視しあっているが、今はそんな場合じゃない』と訴えた。

 私も会見で、『これは朝日の記者を擁護するものではない。現場で必死に調査して報道したものが、厳正な処分を受けるというのは、これはみなさんたちの問題ですよ』と訴えた。こうした訴えもあり、その後我々への批判的な報道はなかった」

朝日の報道は「客観的な事実」の部分で間違っていない

IWJ佐々木「申入書では『記事を取り消すような誤報はなかったと思料している』と書かれているが、『誤報ではない』と判断する理由は?」

中山弁護士「吉田調書、東電の記者会見、公開された東電のテレビ会議で判明した事実を重ねると、朝日の報道は事実としては間違っていない。吉田所長が『所員に福島第一の近辺に退避して次の指示を待て』と指示したこと。東電が会見で『一時的に福島第一の安全な場所などに所員が移動を始めた』と発表したが、同じ頃に所員の9割は福島第二に移動していたことは事実。

 つまり、『客観的な事実』とは朝日の報道は大筋で間違っていない。『命令違反で撤退』という見出しは『評価』の問題。これを取り消すと、これら多くの事実すら無かったと誤解させてしまう。多くの人は『誤報だ』と捉えてしまっている」

 見出しに問題があったのであれば、続報で修正したりすれば良い。全面的に取り消したり謝罪するような問題ではない。それで関係者を厳正に処分するということになれば、『報道の使命』そのものを放棄していくことになるのではないか」

IWJ「朝日の謝罪会見では、杉浦信之取締役(編集担当)が『事実に誤りがあった』と明言したが、このように誤解させてしまう対応を朝日新聞側がとってしまっているということか?」 中山弁護士「そう。読者には報道全体が誤報だ、と誤解させてしまう。

 あの会見で朝日は『誤報だ』とは言っていない。記事のどこを取り消すのかも曖昧。見出しなのか全体なのか。非常に曖昧な記者会見だった。だから我々の会見でも、記者から『誤報じゃないといういうことか?』という質問が多く飛んだ。

 私は会見で、『少なくとも誤報ではない。私たちは裁判で事実はどうか、そして評価はどうか、という仕事に携わってきている。その弁護士たち約200名が、これは誤報ではないと判断してるんだ』と強調した」

互いの誤報を叩き合うのは「報道全体の信用失墜」につながる

IWJ佐々木「朝日新聞を執拗に攻撃している読売新聞は、2011年5月21日付の朝刊一面で大々的に『海水注入中断は菅首相の意向』という誤報を飛ばした。にも関わらず、謝罪も訂正もない。産経新聞は『中国の江沢民前国家主席死去』という世紀の大誤報を飛ばしたにも関わらず、減給処分に留まった。比較して、朝日の処分は重すぎるとの声もあるが?」

中山弁護士「根本的に間違いとか誤報はある。我々も裁判に携わる時、始めから全ての事実を分かっているわけではない。色々調査をしたり、裁判をしていくなかで真実が明らかになっていく。だから誤報があれば、誠実にそれを認めて、修正していけば良い問題だと思う。

 私は狭山事件(※)の主任弁護士をしているが、150点の証拠が出てきたことでやっと真実が明らかになった。誤報や間違いは起こり得るものなのだから、朝日新聞だけを取り上げてバッシングしていくのは、報道全体の信用を失墜させることになってゆく。自らの拠って立つ基盤を失わせてゆくもの。裁判だって、裁判所の判断は信用できるという前提の上に立っている。報道機関が互いにバッシングし合っていけば、報道全体の信用失墜につながり、結局は、一部の人たちに利することになる。

 新聞というのは権力を監視するところ。それがお互いのミスを取り上げていけけば抜き差しならぬ状況になっていく。多くの人がそこをちゃんと問題視している。だから朝日新聞の社長や幹部に『しっかりしなさい』と僕は言いたい」

IWJ佐々木「朝日を擁護するとか、読売や産経も見直すところがある、ということを訴えたいわけではない?」

中山弁護士「そうです。本来は学者やジャーナリストに論陣を張ってもらいたい。弁護士としてはあくまでも記者の人権を守るという観点で動いている」

「吉田調書」公開で、本来国民が議論・検証しなければならないポイントは

IWJ佐々木「公開された『吉田調書』のその中身について、本来我々国民が議論・検証しなければならないポイントはどこだと考えるか? また、安倍政権やメディア、ネット言論による行き過ぎた『朝日バッシング』が、今後どのような悪影響を及ぼしうると思うか?」

中山弁護士「原発の設計に携わった元東芝の技術者の方が私に、事故当時『頭が真っ白になった』と言ったのが非常に印象的だった。『原発の構造を一人で分かる人はいない』、『やはり人間の力ではコントロール不能だ』とまでその方は言った。まさに吉田所長も『絶望してしまいました。イメージは東日本壊滅ですよ』と証言している。本当に制御不能な混乱状態だったということ。

 そうした状況に陥ってしまったことを重く受け止め、事故をの原因を究明し、そこから教訓を引き出すことが吉田調書の本質。しかし、問題は矮小化され、今回の朝日の件のように、本質から外れた議論にばかり目がいってしまっている」

IWJ佐々木「問題の矮小化と本質から外れた朝日バッシングは、意図的なものでしょうか?」

中山弁護士「意図的なものだと思う。朝日が謝罪したのは調書、吉田証言、池上彰氏の掲載拒否問題の3つ。しかし厳正な処分は調書の問題だけという奇妙な事態。吉田調書の問題だけが処分の対象になっている。しかし、吉田調書も吉田証言も一緒くたに『処分の対象になった』と誤解を受けるような雰囲気となっている。率直に言って見せしめではないか。何らかの大きな社会の動きの一環ではないかと思う。

 現場の記者が必死に吉田調書をスクープしたからこそ、政府もこれを公開しなければならなくなり、様々な事実が判明した、この意義は大きい。このスクープが無ければ、政府は隠そう隠そうとしていたのだから。こういう本質的な部分を見るべきだ」

崩壊はいつも内部の自主規制から始まる

(…サポート会員ページにつづく)

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