「事故を二度と起こさないという観点からの検討と報道が少ない」ーー。
吉田調書(※)について、一部誤った報道をしたとして、9月11日、朝日新聞社の木村伊量社長が謝罪会見を行なった。木村社長が頭を下げる姿は、新聞、テレビを始め、週刊誌やネット上でも広く報道され、社長の進退を揺るがすほどの事態にまで発展した。しかし、記事取り消し謝罪について、「東電の責任追及がなされるべきなのに、朝日新聞の責任を追及するのは、論点がずれている」とした批判の声も上がっている。国を相手取り、吉田調書の公開を求める裁判を起こしていた原告らは、16日、吉田調書の記事取り消し謝罪を巡る一連の報道を受け、「問題の本質が見過ごされている」とし、緊急記者会見を開いた。
(※)吉田調書 東京電力福島第一原発事故に関して、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(政府事故調)が、事故当時所長だった吉田昌郎氏に聞き取り調査をした内容をまとめたもの。吉田氏は、事故当時、福島第一原発の最高責任者として現場の指揮をとっていた人物である。吉田調書には、現場の様子や東電本店および政府官僚とのやり取りなどが含まれている。
- 出席 木村結氏(東電株主代表訴訟事務局長)、大石光伸氏(東海第二原発訴訟原告団事務局長)、相沢一正氏(東海第二原発訴訟原告団共同代表)、朴鐘碩氏(原発メーカー訴訟事務局)、地脇美和氏(福島原発告訴団事務局長)、河合弘之氏(脱原発弁護団全国連絡会共同代表)、海渡雄一氏(脱原発弁護団全国連絡会共同代表、原発事故情報公開弁護団)、小川隆太郎氏(原発事故情報公開弁護団)、後藤政志氏(元東芝原発設計者、国会事故調協力調査員)、伊東良徳氏(弁護士、国会事故調協力調査員)、青木秀樹氏(弁護士、国会事故調協力調査員)、ほか
- 場所 参議院議員会館(東京都千代田区)
- 主催 原発事故情報公開原告団、原発事故情報公開弁護団
「朝日新聞の報道は間違っているのか」
朝日新聞社が独自のルートで吉田調書を入手し、スクープ報道を開始したのは今年5月。同月20日付けの紙面では、「所長命令に違反 原発撤退」とする見出しで「東電社員らの9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」と報道した。しかし、「命令違反」という表現は正確ではなかったとして、これを撤回。9月11日、記事を取り消すとして木村社長が謝罪した。
「朝日新聞の報道は間違っているのか」ーー。
2011年3月14日夜、福島第一原発の2号炉は圧力が上昇し、水も入らず冷却機能が不能状態に陥っていた。そして15日の早朝、冷却不能となった2号炉のメルトダウンは避けられず、水蒸気爆発などによって、大量の放射性物質が拡散する事態は避けがたいとされていた。その緊急事態の中で、事故収束作業にあたるべき作業員やグループマネージャー含めた約650人の作業員は、一時、福島第二原発に退避した。これが、故・吉田昌郎所長の指示に反していたかどうかが、今回の騒動のポイントである。
緊急記者会見を開いたメンバーの一人、原告の弁護団である海渡雄一弁護士は、「必要な作業員まで退避したのは、明らかに、吉田所長の指示に反した事態だった」と指摘した。
吉田所長、「2F(福島第二)に行けとは言ってない」
吉田所長の証言は、以下の通りである。
「本当は私、2F(福島第二)に行けとは言ってないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれなところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して、次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しょうがないなと」
証言によれば、吉田所長は福島第二への退避を指示してはいなかった。約650人の作業員の退避は、「伝達ミス」によって起こった、ということになる。それを、朝日新聞は「命令に違反した」と報じたわけだが、確かにその表現は正確ではないだろう。
新規制基準は次の事故を防げるのか
しかし、それが命令に反した退避なのか、伝達ミスによるものなのか、または、吉田所長の意志に反した指示が東電本店から出ていたのか、政府事故調による東電幹部の調書が公開されていないため、その真相は不明だ。しかし、何が真実であるにせよ、朝日新聞の記事取り消し騒動と関連の報道の多くは、「吉田調書」の本質的な問題を捉えてはいない。
「朝日新聞バッシングで週刊誌や新聞を売る・・・、買う方も買う方だが・・・。吉田調書から我々が何を受け止めるべきか、また、マスコミは何を報道しなければいけないのか。原発事故が2度と起きないようにするにはどうしたらいいのか、という視点で考えるべき」
吉田調書を読んだという国会事故調協力調査員の青木英樹弁護士はこう指摘し、続けて、規制委員会による新規制基準が妥当なものかどうか、吉田調書の公開を機に検証すべきではないかと訴えた。
「調書の中で、『どうしてこうなったか分からない』という吉田さんの発言が一杯出てくる。例えば、2号機で、なぜサプレッション・チェンバーの圧がゼロになったのか、全く分かっていない。この点(事故原因)をはっきりさせない限り、安全対策は作れない。計測器も壊れている。しかし、新規制基準では、そんなに厳しい基準は適応されていない。これではまた同じことが起きる」
青木弁護士は、その他にも、検証と解明が必要なケースが調書に散見されるとし、悲惨な事故が新たに起きないようにするための制度や基準は整っているのか、という視点が重要だと話した。海渡弁護士も最後に、作業員が退避した理由が命令違反かどうかよりも、「事故対応にあたるべき人員までが現場から離れていたことの深刻な意味を、我々は振り返る必要がある」と強調した。
「もし、(福島第二から)あのまま誰も戻らず、線量も下がらなかったら、東日本は壊滅状態になっていた。チェルノブイリでは、沢山の原発作業員が命を捨てて、鉛を投げ込んだことによって、最終的な破局を免れた。東電はそこまでやる気はなかったし、政府も覚悟はできていなかった。次に事故が起こったときに、そういう労働を命じられるのか、誰がやるのか、哲学的な問題も含めて議論すべき」と語り、原発事故への反省と教訓が大きく欠けている報道と世論に対し、強い危機感を示した。