「原発事故は過去の問題ではなく、未来に続く」 ~社会医学的アプローチによるチェルノブイリ・福島の考察 2014.5.28

記事公開日:2014.5.28取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ 富山/奥松)

 「問題の解決には、放射線生態学的アプローチはもちろん、政治的な要因も非常に影響する」──。

 2014年5月28日(水)、岡山市の岡山コンベンションセンターで、第84回日本衛生学会学術総会が開催された。

 シンポジウム8「放射能汚染地域に生きる ~社会医学的アプローチによるチェルノブイリ・福島の考察~」の中では、ジトーミル国立農業生態学大学(ウクライナ)のヴァレーリイ・M・ムィクィチュク氏やムィコラ・I・ディードゥフ氏が、事故から28年が経過したチェルノブイリの抱える問題点や今後の課題などを語った。

 現在のウクライナでは、放射能汚染地域の貧困や人口流出などが大きな社会問題になっているといい、原発事故の処理に巨額の国家予算をつぎ込んでも、なお、深刻な傷跡が長期にわたって残されることを示した。

■全編動画

  • シンポジウム8「放射能汚染地域に生きる 〜社会医学的アプローチによるチェルノブイリ・福島の考察〜」
    • 座長:藤田博美氏(北海道大学大学院環境医学分野)、木村真三氏(獨協医科大学国際疫学研究室)
    • S8-1 「チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故の相違点」 木村真三氏(獨協医科大学国際疫学研究室)
    • S8-2 「事故後28年を迎えるウクライナ被災地の復興および経済状況」 ヴァレーリイ・M・ムィクィチュク氏(ジトーミル国立農業生態学)
    • S8-3 「チェルノブイリ事故により汚染された地域の放射線衛生学的居住状況の評価」 ムィコラ・I・ディードゥフ氏(ジトーミル国立農業生態学大学地域エコロジー問題研究所)
    • S8-4 「二本松市の放射線健康対策の試み」 阿部洋子氏(二本松市市民部健康増進課)
  • 日時 2014年5月27日(火) 15:55~
  • 場所 岡山コンベンションセンター(岡山県岡山市)

28年後の今もなお続く、原発事故の影響

 はじめに、このシンポジウムの座長を務める木村真三氏(獨協医科大学国際疫学研究室)は、チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故の相違点として、福島は水素爆発で、チェルノブイリでは水蒸気爆発であったこと、また、放射性セシウムの放出比が異なる点などについて解説した。

 続いて登壇したヴァレーリイ・M・ムィクィチュク氏は、「原発事故から28年経った今もなお、問題は解決することなく残っている」と話す。科学技術に起因する事故のうち、チェルノブイリ原発事故の被害は2000億ドル(2008年の試算)とされ、世界でもっとも大きかったことを紹介し、事後処理と人々の避難のために多額の国家予算がつぎ込まれてきた歴史を説明した。続けて、「間接的な損失としては、耕作地、水域、森林の使用禁止がある。さらに、進行していた原発新規増設の中止に伴う損害額も大きいものだった」と述べた。

放射線より、今は貧困が問題

 次に、現時点での被災地の経済状態を解説。人材流出、高齢化、所得水準の低さなどを挙げて、「放射線よりも、貧困と地域の発展レベルの低さが主要な問題となっている」とし、今後の国の政策措置として、地域のイニシアティブを促進する必要性を説いた。

 また、「ウクライナ国民の間では、いまだに『被災地域で生産された食品は高濃度に汚染されている』といった否定的なイメージが固定化されている」と述べ、「現実に合致しない、誤ったステレオタイプな認識を克服し、放射性物質によって汚染された土地を生産過程に復帰させることが、今後の課題である」と主張した。

 ムィクィチュク氏は「これらの問題解決には、放射線生態学的アプローチはさることながら、政治的な要因も非常に影響する」と述べて、現在のウクライナの政治情勢にも言及。「ウクライナとロシアの間に問題があることは、ご存知の通りだが、一昨日、ウクライナでは大統領選挙があり、新しい大統領が選出された。

 今後、政治的状況が改善されて、汚染地域の問題が解決に向かっていくことを願う」とスピーチを結んだ。

どんなに少ない被曝であっても影響がないとは言えない

 次にマイクを握ったムィコラ・I・ディードゥフ氏は、「農村部の住民の内部被曝は、汚染地域の農産物の影響が大きかった」と述べた上で、2009年以降、汚染地域の住民の被曝線量が減少傾向を示し始めたこと、農業を禁止されていた地域でも再開の目処が立ちつつある現状を解説した。「しかし、現在でもキノコやベリー類の汚染を測ると、相当高い数値を示す場合もある」。

 また、事故の影響による医学的評価については、「現時点で、客観的、決定的な評価はないが、甲状腺がんの発症率は上がった。その他、白内障や免疫力の低下などが現れている」と状況を語った。初期の経口(食品摂取)による内部被曝の原因として、牛乳37~370/リットル、葉もの野菜27~300ベクレル/キロ、イチゴ50~215ベクレル/キロなどの例を示し、「これらが甲状腺の被曝を引き起こした」とした。

 その上で、ディードゥフ氏は「どんなに少ない線量の被曝であっても、健康に影響がないとは言えない。原発事故は過去の問題ではなく、現在、未来の問題として続いていく」と警告した。

事故の教訓を次世代へ伝えていく試み

 阿部洋子氏(二本松市市民部健康増進課)は、放射線モニタリングポストが市内118ヵ所に設置されている二本松市の、放射線健康対策の試みを語った。「今はわからないこと、判断を保留せざるを得ない問題が多い。だから、正確なデータを取り、記録し、情報を公開し、学んでいくことが重要である」と述べ、事故の教訓を次世代へ伝えるための試みが始まっていることを紹介した。

 座長の木村氏は放射線の影響について、「何が事実であるのか、科学で証明できる段階にない」とし、「問題に対する関心を下げないために活動していても、人々の関心は徐々に下がっていくものだ。そのため、子どもたちには小さいうちから、衛生学としてこの問題を伝えていくことが、長期的に見て良いと思う」と述べた。

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