ジェフリー・サックス教授は、2025年2月19日、欧州議会で講演を行い、ウクライナ紛争を含む米国の外交政策を強く批判するとともに、1989年の冷戦の終焉から現在に至るまでの、米国の単独覇権を求める歴史を語りました。
マイケル・フォン・デア・シューレンブルク(Michael von der Schulenburg)氏が主催するイベント「平和の地政学」に登壇したサックス教授は、米国の一極覇権主義を強く批判し、ウクライナ紛争は米国による「代理戦争」であり、「欧州には、現実にもとづいた独自の外交政策が必要」だと訴えました。
欧州は米国の従属国になっている、という現実をも突きつけ、欧州の指導者らには、苦い講演となったはずですが、IWJを御覧になってきた方にとっては、随所で、我々がかねてより報じてきたことと、重なる部分があることに、気づかれると思います。
サックス教授は、皇太子(現在、今上天皇)との御成婚前、ハーバード大学に留学していた時の雅子皇后の指導教官であり、世界屈指の経済学者として知られています。
彼は、実際に世界各国の政治経済の政策決定にも関わってきました。ソ連解体前後の、東欧・旧ソ連・ロシアで各国の社会主義経済から民営化への移行の政府アドバイザーを務めてきたことは、よく知られています。
欧米諸国だけではなく、南アメリカ、アジア、アフリカ、中東の数十人の世界の指導者に経済戦略について助言を行ってきました。
2001年から2018年まで国連事務総長特別顧問を務め、現在は、アントニオ ・グテーレス国連事務総長のもとで、「持続可能な開発目標SDGs」の顧問を務めています。
- Jeffrey D. Sachs、Short Bio(Congress.gov、米連邦議会、2025年3月16日閲覧)
岩上安身によるインタビューを受けていただいた松里公孝東大教授が、「非常に世界的に評判となっている講演なので、ぜひ御覧になってください」と、アドバイスをいただいてもおります。
我々だけでなく、読者・視聴者の方々にも、広くお伝えしたいと思い、翻訳を行いました。
冷戦後、一極支配を目指してきた米国が、何をしてきたか、その過程があますところなく、しかもシンプルかつ明晰に、語られています。
世界の政治経済事情、とりわけ旧ソ連のロシア、ウクライナの現地の生の情報に通じているサックス教授の主張を凝縮したようなこの演説は、注目を集め、YouTubeでもフルヴァージョンや切り出しが数多く出ています。
ここでは、『タイムズ・オブ・インディア』がYouTubeにアップした動画をご紹介します。
講演の主催者であり、司会・紹介者でもあるシューレンブルク氏は、元国連事務次長で、現在はドイツの「急進左派」とされるザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)所属の欧州議会議員です。
シューレンブルク氏は、サックス教授を、国連事務総長の顧問、コロンビア大学教授で地球研究所の創設者、持続可能な開発ソリューションセンターの所長と、その多彩な経歴を紹介しました。
シューレンブルク氏は、「サックス教授ほど、国際的に人脈のある人物には会ったことがありません。宗教分野でも、政治分野でも、ジェフほど人脈のある人物はいません」「ジェフは世界中どこへ行っても知られています。中東でも、中国でも、モスクワでも、またキエフでも、そしてアフリカやラテンアメリカでも」と述べました。
「ジェフが特別」なのは、と、シューレンブルク氏は続け、「彼が常にアドバイザーであり続けていること」「独立性を保っていること」であり、そのことが信頼性を高めている、と評価しました。
シューレンブルク氏は、「ジェフは世界中で平和のために声を上げる人物」であるからこそ、「平和の地政学」について話してもらうために、ウクライナ紛争で揺れている欧州議会に招待したと、サックス氏を招いた理由を説明しました。
IWJは、サックス教授の講演と質疑を、全文文字起こしし、仮訳・粗訳を進めています。(その1)では、以下の小項目(IWJによる)をお送りします。
1)米国は、ソ連崩壊以降30年以上、他国の意見に耳を傾けることなく、多くの戦争を主導し、引き起こしてきた
2)2003年のイラク戦争後、欧州は完全に発言力を失った
3)1994年、米国による一極覇権を意味する、NATOの東方拡大をクリントン政権が正式に決定した
4)「NATOは1インチたりとも東方に拡大しない」と無数の文書に記載されている
5)「NATOの東方拡大」は、33年にわたる米国のプロジェクトである
6)ロシア封じ込め政策を、米国は英国から引き継いだ
7)米国の政治システムは、メディア操作による『イメージのシステム』である
8)コソボ紛争も、南スーダンの反乱も、NATOの東方拡大も米国のプロジェクトである
9)9.11の後の7つの戦争は、ネタニヤフの戦争である
どうぞ、IWJの会員となって、全文をお読みください。
ジェフリー・サックス教授、2月19日「平和の地政学」EU議会での講演
1)米国は、ソ連崩壊以降30年以上、他国の意見に耳を傾けることなく、多くの戦争を主導し、引き起こしてきた
サックス教授「マイケル(司会のシューレンブルク氏)、(紹介を)どうもありがとう。そして、皆さん、こうして一緒に集まり、一緒に考える機会をいただき、どうもありがとうございます。
私達は今、実に複雑で、変化の速い時代に生きています。そして、非常に危険な時代でもあります。だからこそ、私達は思考を明晰に保つ必要があります。
私は、特にこの演説に関心を持っているので、できるだけ簡潔かつ明晰に話すように努めます。
私は、東ヨーロッパ、旧ソ連、ロシアで、過去36年間、起きた出来事をとても間近で見てきました。
1989年にはポーランド政府、1990年と91年にはゴルバチョフ大統領、1991年から93年まではエリツィン大統領、1993年から94年まではウクライナのクチマ大統領のアドバイザーを務めました。
私は、エストニアの通貨導入を手伝いました。旧ユーゴスラビアのいくつかの国、特にスロベニアを手伝いました。私は36年間、非常に間近で出来事を見てきました。
『マイダン(※2014年の、ウクライナにおける、ユーロマイダン・クーデターを指す)』の後、私は新政権からキエフに来るよう要請され、『マイダン』を案内してもらいました。
そして、非常に多くのことを直接に我が目で学びました。私は30年以上、ロシアの指導者達と、連絡を取りあっています。
私は、米国の政治指導者達を知っています。51年前、当時の財務長官(※第62代財務長官ジョージ・シュルツ氏)は、私のマクロ経済学の先生でした。彼または彼女らは、ある思想を伝えていました。ですから、私達は、半世紀にわたって非常に親しい友人でした。
私は、これらの人々全員を知っています。私が言いたいのは、私の見解は、二次的な情報によるものではない、ということです。
それは、イデオロギーではありません。私が、この期間に自分の目で見て、経験したことです。
私の理解では、ヨーロッパで起こった出来事には、多くの側面があります。ウクライナ危機だけでなく、セルビアでの1999年(※コソボ紛争)、イラク、シリアを含む中東での戦争、スーダン、ソマリア、リビアを含むアフリカでの戦争なども含まれます。
ここには、あなたが驚くような、非常に重要なものがあります。
おそらく、私がこれから話すことについて、非難が起こるでしょう。
※ここから先は【会員版】となります。会員へのご登録はこちらからお願いいたします。ぜひ、新規の会員となって、あるいは休会している方は再開して、御覧になってください!
https://iwj.co.jp/ec/entry/kiyaku.php(会員限定・続きを読む
https://iwj.co.jp/wj/member/archives/526942)
<ここから特別公開中>
これらは、米国が主導し、引き起こした戦争です。そして、これは40年以上も真実でした。
何が起こったのでしょうか?
より正確には、30年以上です。米国は、特に1990年から91年にかけて、そうするようになったのです。
ソビエト連邦が崩壊し、米国が世界をリードする立場となり、米国は他国の意見に耳を傾ける必要がなくなりました。(※他国にとっての)レッドライン、安全保障上の観点、国際的な義務、国連の枠組みなど。
率直に申し上げて、申し訳ないのですが、1991年に私は、現代最高の政治家であったと思うゴルバチョフ氏を助けようと懸命に努力していたことを、ご理解いただきたいと思います。
私は最近、私の提案について議論した際に、国家安全保障会議(※米国のNSC)によって記録されたメモを読みました。『米国がソ連の財政安定化と改革を支援すべきだ』と私が言ったとき、彼らがそれを完全に却下し、一笑に付したと書かれていました。
メモには、特にハーバード大学の元同僚の何人かが、『大惨事を防ぐために最低限のことはするが、最低限のことというのは、我々が支援する仕事ではない』と述べていたとあります。まったく正反対でした。『支援することは、我々の利益にはならない』。
1991年にソビエト連邦が崩壊したとき、その見方はさらに強化されました。私は、該当するメモの章と節をあげることができます。
あなた方はいずれ知ることになるでしょうが、その見解は、チェイニー(※ディック・チェイニー第46代副大統領、在任2001-2009、ブッシュJr.政権)、ウォルフォウィッツ(※ポール・ウォルフォウィッツ、第25代国防副長官、在任2001-1005、ブッシュJr.政権、ネオコンのリーダーのひとり)、そして、多くの他の人物が、文字通り信じていたものです。
『これは、今や米国の世界であり、我々は、我々の望むようにする』と。
『我々は、旧ソ連を一掃する。残っている同盟国もすべて追い出す。イラクやシリアのような国々は消えるだろう』と。
そして、私達は今、この外交政策を経験しています。実質的には33年間です。
ヨーロッパは、このために大きな代償を払ってきました。なぜなら、私が知る限り、この期間、ヨーロッパには外交政策が存在しなかったからです」
2)2003年のイラク戦争後、欧州は完全に発言力を失った
サックス教授「声なき声、団結なき団結、明確性なき明確性、ヨーロッパの利益なき利益、米国への忠誠心のみ。
(※米国と欧州の間に)意見の相違があった瞬間もありました。特に、2003年のイラク戦争の頃は、フランスとドイツが『この戦争のために、米国が国連安全保障理事会を飛び回ることは、支持しない』と発言したことは、非常に重要な瞬間だったと思います。
ところで、その(※イラク)戦争は、ネタニヤフ(※イスラエルの首相)とその仲間達(※在米ユダヤ人だけでなく、キリスト教シオニストも含む)によって、米国の国防総省で、直接、画策されたものでした。
私は、関連性や相互性があったと言っているのではありません。私が言っているのは、イスラエルが直接行った戦争だったということです。
ポール・ウォルフォウィッツとダグラス・フェイス(※元国防総省政策次官、イラクのサダム・フセイン大統領とアルカイダとの密接な関係を捏造したとされる)の2人が、ネタニヤフと調整して行った戦争だったのです。
そして、ヨーロッパが声を上げたのは、これが最後でした。当時、私はヨーロッパの指導者達と話しましたが、彼らは非常に明確でした。それは非常に素晴らしいものでした。
その後、ヨーロッパは完全に発言力を失いましたが、特に2008年には、それが顕著でした」
3)1994年、米国による一極覇権を意味する、NATOの東方拡大をクリントン政権が正式に決定した
サックス教授「1991年から2008年にかけて何が起こったのかというと、米国による一極支配を意味する、NATO拡大を、米国が決定したのです。
段階的にブリュッセルからウラジオストクまで行うと。NATOの東方拡大に、終わりはありません。これが米国の一極支配の世界です。
もしあなたが、子供の頃にやったように、リスクゲームをプレイするなら、これが、ゲームボード上のあらゆる場所に平和をもたらすという米国の考え方です。
米軍基地のない場所は、すべて『敵』です、基本的に。『中立(neutrality)』という言葉は、米国の政治用語では汚い言葉です。おそらく最も汚い言葉でしょう。
少なくとも、あなたが『敵』なら、私達はあなたが敵だと知るのです。
もしあなたが『中立』であれば、反体制的だとされます。なぜなら、本当に我々に対して『反対している』ことになるからです。『我々に話していない』からです。『中立を装っている』からです。これが米国の考え方でした。
そして、1994年に正式に決定が下されました。クリントン大統領が、NATOの東方拡大に署名したときです」
4)「NATOは1インチたりとも東方に拡大しない」と無数の文書に記載されている
サックス教授「1991年2月7日にハンス・ディートリッヒ・ゲンシャー(※ドイツ連邦共和国、副首相兼外務大臣、在任1974-1992)とジェームズ・ベーカー3世(※第61代国務長官、在任1989-1992)が、ゴルバチョフと会談したことを覚えているでしょう。
その後、ゲンシャーは記者会見を開き、NATOは東方には拡大しないと説明しました。
『我々は、ワルシャワ条約機構の解散に乗じて、東方へ進出することはないし、これが法的な文脈であって、非公式な文脈ではないことを理解している』。
これは、第2次世界大戦の終結を巡る交渉であり、ドイツ統一を目的としたものであり、NATOは東方へ1インチたりとも進出しない、という合意がなされたのです。
それは明確に述べられており、無数の文書に記載されています。ジョージ・ワシントン大学の、国家安全保障アーカイブを調べてみてください。数十もの文書が見つかるでしょう。
『ゴルバチョフが聞いたNATOに関する話』というウェブサイトです。どうぞ見てください。米国が、この件に関して、あなた方に伝えていることは、すべて嘘です。しかし、アーカイブは完全に明確です」
5)「NATOの東方拡大」は、33年にわたる米国のプロジェクトである
サックス教授「1994年に、NATOをウクライナまで拡大することが決定されました。これはプロジェクトです。これは、ある特定の政権や、何か他の政権によるものではありません。これは30年以上前に始まった、米国政府のプロジェクトです。
1997年に、ズビグネフ・ブレジンスキー(第10代アメリカ合衆国国家安全保障問題担当大統領補佐官、在任1977-1981、ポーランド出身)が、『グランド・チェスボード(邦題:地政学で世界を読む: 21世紀のユーラシア覇権ゲーム)』を書きました。
これは、単に、ブレジンスキーの思索を述べた本ではありません。これは、米国政府の決定を一般市民に説明したものであり、それが、この本の仕組みです。
この本では、ヨーロッパとNATOの東方拡大が、同時進行の出来事として説明されています。
その本には、ヨーロッパとNATOの東方拡大について、ロシアがどう対応するかを述べた良い章があります。
私は、ブレジンスキーと個人的に面識がありますが、彼はとても親切でした。
私は、ポーランドに助言していました。彼は、私を助けてくれました。とても親切で、賢い人でした。
でも、彼は、すべてを間違って理解していました。
1997年、彼は、ロシアがNATOとヨーロッパの東方拡大に同意する以外に選択肢のない理由を、詳細に記しました。
実際、彼は、ヨーロッパの東方拡大、そして『ヨーロッパだけでなくNATOの東方拡大は、計画であり、プロジェクトであった』と述べています。
そして、『ロシアが中国と同盟を結ぶことは決してないだろう』と説明しています。
『考えられないことだ。ロシアがイランと同盟を結ぶことも、決してありえない。ロシアにとって、ヨーロッパ(と同盟を組む)という使命以外の使命はない。だから、ヨーロッパが東に向かって進む中で、ロシアがそれに対してできることは何もない』と。
別の米国の戦略家も、そう言っています。
私達が、常に戦争状態にあることについて、何か疑問があるでしょうか?
米国について、1つ言えることは、私達は常に相手が何をしようとしているかわかっているのに、常にそれを間違えているということです。
私達(米国民)が、常に間違える理由の1つは、米国の戦略家達がゲーム理論で遊ぶ際に、実際には相手側と話さない、ということです。相手側の戦略が何であるかを知っているだけです。
素晴らしいことですね。とても時間を節約できます。外交は必要ないのです」
6)ロシア封じ込め政策を、米国は英国から引き継いだ
サックス教授「そのように、このプロジェクトが始まり、昨日まで、おそらく約30年間、(米国)政府は継続してきました。
約30年間のプロジェクト。(旧ソ連の連邦構成共和国だった)ウクライナとジョージア(グルジア)がプロジェクトの鍵でした。
なぜか?
米国は、イギリスからすべてを学んだからです。私達は大英帝国になりたがっており、大英帝国が1853年に理解していたように、理解しているのです。
ポール氏(ウォルフォウィッツ)は、(非常に強硬な外交で知られた)パーマストン卿(※英国首相、在任1855-1865、外務大臣、在任1830-41、1846-51)でした。
『世界島(World-Island、ユーラシア)を支配する者が世界を支配する』。
失礼、黒海でロシアを包囲し、ロシアの東地中海へのアクセスを拒否しているのは、あなた方(大陸の欧州諸国)ですよね。
そして、あなた方は、21世紀にそれを実現しようという米国の計画を見ているのです。
その考え方は、黒海沿岸国としてウクライナ、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、ジョージアが存在し、黒海を封鎖することで、また本質的には、ロシアを地域の勢力として無力化することで、ロシアの国際的地位を奪うというものでした。
ブレジンスキーは、この点について、完全に明確です。ブレジンスキー以前には、マッキンダー(※ハルフォード・マッキンダー、英国の地政学者、1861-1947)がいました。『世界島(World-Island、ユーラシア)を支配する者が世界を支配する』。
このプロジェクトは長い歴史があります。基本的にパーマストンまで遡ると思います」
7)米国の政治システムは、メディア操作による『イメージのシステム』である
サックス教授「19年にわたって、私はすべての政権を経験してきました。
私は、これらの大統領やそのチームを知っています。
クリントンからブッシュ、オバマ、トランプ、そしてバイデンへと、ほとんど何も変わりませんでした。おそらく、段階的に悪くなっていきました。
私の意見では、バイデンは最悪でした。ええ、おそらく、ここ数年は正気ではなかったせいもあるでしょう。
私は、本気でそう言っています。嫌味で言っているわけではありません。
米国の政治システムは『イメージのシステム』です。メディア操作のシステムです。毎日です。広報システムです。
ですから、基本的に機能していない(バイデン)大統領が、2年間も権力を握り、実際に再選を目指して出馬するようなことが起こるのです。
そして、とんでもないことに、彼は90分間、一人でステージに立たなければならなかったのです。
そして、それが終わりでした。あのミスさえなければ、午後4時以降に寝ていたかどうかに関わらず、彼は、立候補を続けていたでしょう。
これが現実です。誰もが、それに従っています。私が、今言っていることは失礼でしょう。
なぜなら、私達は今、この世界でほとんど何も真実を語っていないから」。
8)コソボ紛争も、南スーダンの反乱も、NATOの東方拡大も米国のプロジェクトである
サックス教授「このプロジェクトは、1990年代から続いています。
1999年に、78日間連続でベオグラードを空爆したのも、このプロジェクトの一部です。
国境は不可侵であり、それを分割することは、あってはならないことですよね?
確かに、コソボを除いては、国境は不可侵でした。米国が国境を変える場合には、問題になりません。
スーダンは、南スーダンの反乱に関連したプロジェクトでした。南スーダン人が反乱を起こしたから、このようなことが起こったのでしょうか?
それとも、CIAの戦略を教えてあげましょうか。大人として、これが何なのか理解していただきたいので。
軍事行動には、費用がかかります。装備、訓練、基地、情報、そして地元の反乱ではなく、大国から得られる資金が必要です。
南スーダンは、部族間の争いにおいて、北スーダンやスーダンを打ち負かしたわけではありません。これは米国のプロジェクトでした。
私はナイロビに行って、米国の軍人や上院議員、あるいはスーダンの政治に深い利害関係を持つ人々と会いました。これは一極支配のゲームの一部でした。
ご存知のように、NATOの拡大は、1999年にハンガリー、ポーランド、チェコ共和国で始まりました。
ロシアは、これに非常に不満を抱きました。しかし、これらの国々は国境からまだ遠く離れた国々でした。ロシアは抗議しましたが、もちろん無駄でした」。
9)9.11の後の7つの戦争は、ネタニヤフの戦争である
サックス教授「そして、ジョージ・W・ブッシュJr.が現れました。9.11が起こったとき、プーチン大統領は、全面的な支援を約束しました。
その後、米国は9月20日に決定しました。2001年、『5年間に7つの戦争(※イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、イラン)を開始する』と発表しました。ウェスリー・クラーク将軍がそのことについてオンラインで話しているのを聞くことができます(※)。彼は、1999年にNATOの最高司令官でした。
(※)General W. Clark: “This is a memo of how we’re going to take out seven countries in five years.”(Alessandro Del Prete、2023年3月23日)
2001年9月20日に国防総省を訪れた際、『7つの戦争』について説明した書類を渡されました。
ちなみに、これらはネタニヤフの戦争です。その目的は、旧ソ連の同盟国を一掃することと、ハマスやヒズボラの支援者を排除することでした。なぜなら、ネタニヤフの考えでは、そこには1つの国家があるべきだからです。
ただ1つの国家、それはイスラエルです。イスラエルは全領土を支配し、それに異議を唱える者は、誰でも私達(米国)が打倒します。私達ではなく、私達の友人、アメリカ合衆国が。それが米国の政策です。今朝までは(※講演の翌日に、トランプ氏が大統領に就任)。
それ(プロジェクト)が、変わるかどうかはわかりません。ただ、唯一の変化は、ガザ地区をイスラエルではなく、米国が所有するようになるかもしれないということです。しかし、この考え方は、少なくとも25年前からありました。
実際には、1996年にネタニヤフと彼の米国政治チームがまとめた『クリーン・ブレイク』(※)という文書にまで遡ります。この文書は、2国家解決案を終わらせるためにまとめられました。オンラインでも見ることができます。これらは計画です。これらは長期にわたる出来事です。
(※)A Clean Break:A New Strategy for Securing the Realm(The Institute for Advanced Strategic and Political Studies Jerusalem, Washington、2009年7月12日)
クリントン? ブッシュ? オバマ? そんな風に、日々の駆け引きとして、米国政治を見るのは、退屈なやり方です。米国政治は、そういうものではありません」
(その2に続く)