「辺野古の反対運動が続くのは、翁長知事の『イデオロギーよりアイデンティティ』という言葉が示すように、保守と革進の対立から脱却し、沖縄市民の誇りで団結したからだ」──。沖縄タイムスの阿部岳氏は、市民による粘り強い抗議行動について、このように述べた。
2015年7月4日、東京都港区の明治学院大学にて、「『神話』でなく真実を ―沖縄・原発・これからの日本―」が開催された。2014年12月に、第20回平和・協同ジャーナリスト基金賞(PCJF賞)大賞を受賞した 沖縄タイムス社から阿部岳氏、琉球新報社から島洋子氏、同奨励賞を受賞した朝日新聞特別報道部から市田隆氏が出席して、「核の傘」「基地抑止論」「世界一安全な原発」など、戦後の日本で繰り広げられてきた安全神話と、自らの仕事について語った。
平和・協同ジャーナリスト基金は、21年前、マスメディアの危機を感じた関係者たちが、ジャーナリストを勇気づけることを目的に設立。「平和」と「協同」に関連する優れた仕事を残したメディアやジャーナリストに、毎年、平和・協同ジャーナリスト基金(PCJF)賞を贈っている。PCJF賞は日本版ピューリッツアー賞とも言われ、現在まで172団体に授与されている。
琉球新報の島氏は、「沖縄は基地で食っているのだから仕方ない」という声があることについて、まったくの神話だ、と否定する。沖縄県民総所得(実質3兆9695億円/2012年度)に占める基地収入は5%。むしろ、基地が返還された牧港住宅地区や北谷町のほうが振興に成功している、と反論した。
その上で島氏は、「どこの政治家も、自分の地元に迷惑施設の基地など置きたくない。すでに基地が多い沖縄だったら、最後は札ビラで顔をひっぱたけば言うことを聞くだろうという、中央政府の驕りがある。本当に基地が必要なら本土でも負担を、という話には絶対にならない。だから、沖縄県民は怒っている」と強調した。
朝日新聞の市田氏は、連載企画「原発利権を追う」の取材を通して感じたことを、「取材した電力会社の人々は、『日本のための原子力。裏金も必要悪だ』と開き直っていた。しかし、福島原発事故は、少なからず、彼らに悔恨の念も呼び起こしていた」と振り返った。
- 講演
- 阿部岳氏(沖縄タイムス社北部報道部長)「辺野古新基地 強行の現場から」
- 島洋子氏(琉球新報社東京報道部長)「沖縄の基地、二つの神話」
- 市田隆氏(朝日新聞編集委員)「原発利権報道の裏側」
- コメンテーター 前田哲男氏(軍事ジャーナリスト)
「毎日10分、工事を遅らせる。その積み重ねで基地建設を止める」
講演は、沖縄タイムスの阿部岳氏から始まった。沖縄タイムスは、2015年6月25日の自民党青年部勉強会「文化芸術懇話会」で、作家の百田尚樹氏や自民党議員らに「潰さないといけない新聞社」と名指しされた。阿部氏は開口一番、「潰されることになっている新聞社です」と笑いを誘い、本題に入った。
2015年4月17日、安倍晋三首相と翁長雄志沖縄県知事の会談で、安倍首相は辺野古新基地建設にあたり、「政府は丁寧な説明をし、理解されるよう努力する」と発言した。これについて阿部氏は、「憤りを隠せない」とし、辺野古の工事現場の実態をスライドで見せた。
2014年7月1日、政府・与党が集団的自衛権の行使容認を閣議決定した同じ日に、辺野古では工事が着工された。同年8月、米軍キャンプシュワブのゲート前に、抗議する市民の座り込みを妨害する鉄板を敷設。海上のカヌー抗議行動に対する海上保安庁職員の暴行の数々。これらの写真を示しながら阿部氏は、「(防衛省出先機関の)沖縄防衛局が、ボーリング調査を2014年11月から開始する予定だったが、現時点で10ヵ月遅れている。これは、現場の市民が抗議行動で止めているのが大きい」と述べた。
はじめは少人数だった抗議行動は、どんどん大きくなっていき、市民たちは、「1日10分、工事を遅らせる。その積み重ねで止める」と話しているという。
阿部氏は、「建設資材の搬入は深夜に行なわれるため、100人以上の市民が交代で、24時間泊まり込みで監視し、抗議活動を続けている。2014年12月に翁長氏が沖縄県知事に就任し、承認審査の中断要請、コンクリートブロックによるサンゴ破壊で作業中止を要請したが、いずれも国は無視している」と、辺野古の状況を報告した。
「誇り」で団結した沖縄市民
「沖縄の市民は、なぜ反対するのか」──。阿部氏は、その理由を以下のように語る。
「本来、沖縄戦の延長で強制収用されたのが米軍基地用地だ。2009年、鳩山由紀夫首相の『(基地は)県外へ』との発言で、沖縄市民の民意は基地不要論に傾いた。また、2012年、当時の森本敏防衛大臣が、『(基地は)軍事的には沖縄になくてもいいが、政治的には沖縄が最適』と述べたことで、沖縄県民の間では、それなら、もう基地問題でいがみ合わずに済む、というコンセンサスができた」
そして、辺野古の反対運動が続くのは、翁長知事の「イデオロギーよりアイデンティティ」という言葉が示すように、保守と革進の対立から脱却し、沖縄市民の誇りで団結したからだ、と述べた。
阿部氏は、辺野古問題への沖縄タイムスの報道姿勢について、「沖縄戦後史の岐路」「地元紙として記録する責任」「愚直な現場取材」を重視していると語る。そのため、すべての記者がローテーションを組んで辺野古の現場取材に入っており、2014年6月30日から2015年6月30日まで、述べ5491時間、839人が投入されたという。また、紙面には毎日欠かさず辺野古ドキュメントを掲載、合わせてツイッターでの発信も行なっていると紹介した。
翁長知事のもと、沖縄世論に変化が現れる
仲井眞弘多前知事は、沖縄の状況について「差別に近い」と発言(2010年)したにもかかわらず、オスプレイ強制配備を認め(2012年)、首長41人の建白書を黙殺。「県民の間に怒りが高まり、沖縄の自立・独立議論が沸き起こった」と阿部氏は言う。
翁長知事が誕生して、沖縄の世論に変化が現れ、最近の世論調査では基地賛成が30%、反対が41%(朝日新聞2015年4月)となっている。2015年4月には、宮崎駿氏らが共同代表を務める辺野古募金が設置され、6月17日現在、3億4512万8873円の寄付金が集まっている。その大部分は、本土からの寄付だという。
阿部氏は、「今が、和解の最後のチャンスだ」と力を込め、「自社調べでは、安倍政権支持22%、不支持53%。全国では支持50%、不支持38%(共同通信2015年5月)だ。安倍政権がいくら反対行動を妨害しても、小選挙区制なので、(沖縄で反対派が勝っても)政権は倒れない。全国の世論の声が、沖縄の基地建設のカギを握る」と訴えた(2015年7月11日、12日に朝日新聞が行なった世論調査では、支持39%、不支持42%と数字が逆転した)。
最後に、前述の自民党議員による「文化芸術懇話会」で、出席した議員から「沖縄の地元紙は、左翼勢力に乗っ取られている」という発言が出たことに、阿部氏はこのように反論した。
「戦後、沖縄本島だけで10以上の新聞があったが、現在の2社だけが残った。両紙とも米軍に穏便で、権力監視もできなかった。のちに、米兵による事件や横暴さが目立ち、住民が抗議の声を上げ始めて、新聞社も追随する。つまり、住民とともに新聞社も成長し、言論の自由を取り戻してきたのだ」
「基地で成り立つ沖縄」「海兵隊の抑止力」の嘘
琉球新報の島洋子氏は、「沖縄は基地で食っているのだから仕方ない。右手で基地反対の拳を上げ、もう一方の手でお金を受け取る」という誹謗があることについて、「まったくの神話だ」と否定した。