「市民が政府に、平和的解決を探せと声を上げること」――元朝日新聞中東アフリカ総局長、イスラミックサークルオブジャパン日本人部代表がシリア講演会 2015.1.10

記事公開日:2015.1.25取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・関根かんじ)

特集 中東
※1月25日テキストを追加しました!

 「数は大きな力になる。30年間、軍事独裁を続けたムバラク政権でさえ、100万人デモで崩壊させることができた」──。元朝日新聞記者で、中東アフリカ総局長を務めた川上泰徳氏は、長年の中東取材の経験を語った。

 川上氏は、混乱が続くシリアについて、「国際社会は何もしない。マーダミーヤには化学兵器も使われた。国連は化学兵器の調査はするが、食糧支援など、住民への援助は何もしない」と憤り、シリア和平会議「ジュネーブ2」についても、「ただのアリバイ作りにすぎなかった」と断じた。

 2015年1月10日、東京都港区にある明治学院大学白金キャンパスにて、 PRIME(明治学院大学国際平和研究所)共催講演会「シリア情勢~ジャーナリストとムスリムの視点から」が開催され、ジャーナリストで元朝日新聞記者の川上泰徳氏と、イスラミックサークルオブジャパン日本人部代表の前野直樹氏が講師として登壇した。

 18歳でイスラームに改宗したという前野直樹氏は、シリアのダマスカス留学の体験談を中心に、イスラームの人々の誠実さについて、時には涙を交えて語り、「シリア留学中、秘密警察の圧力も受けた。今のイスラム国は、軍産複合体など帝国主義的な利益を求める人々が、イスラームを学んでいない頭の悪い連中を操った結果だ」と指摘した。

■ハイライト

  • 講演 川上泰徳氏(ジャーナリスト、元朝日新聞記者)「中東ジャーナリストとして見たシリアを巡る情勢」
  • 講演 前野直樹氏(イスラミックサークルオブジャパン日本人部代表)「ダマスカス留学6年のムスリムの思い」
  • 全体討議

コネがないと生きられない社会のエジプト

 「人に会う、現場に行く、をモットーにしたジャーナリスト」と主催者から紹介され、川上泰徳氏が登壇した。朝日新聞社編集委員、論説委員、2度の中東アフリカ総局長を務め、今年2015年1月7日に退社したばかりの川上氏は、今後中東に拠点を移す予定だという。今回がフリージャーナリストとなって、初めての講演会となった。

 新聞記者時代のほとんどを中近東で過ごしたという川上氏は、「中東はどこも強権国家。反体制運動で捕まれば死刑の可能性もある中で、2011年の『アラブ春』は信じられないことだった」と話す。そして、現在の中東諸国はひどい状況だと憂慮し、「現状を見るだけでは、何もわからない」と力を込めた。

 まず、エジプトのムバラク政権が倒れる2011年2月11日の、カイロの朝の様子をスライドで映し出した。川上氏は、「その時、ある若者が『もう、これでヨーロパに逃げなくてもすむ、このままエジプトで生きていける』と目を輝かせていたのがとても印象的だった」と当時を振り返り、このように続けた。

 「ムスリムの中でも温和なエジプト人が、デモで強権体制を倒したことは、周辺諸国に大きな影響を与えた。その引き金になった格差社会と差別は、90年代、中東諸国での経済自由化から始まっていた。当時は政府とコネがないと、ほとんど仕事にならなかった」

ムスリム同胞団は穏健派だが、かたくなで超保守

 「エジプトも、リビア、シリアも、大統領以下、政府や軍の子息らは、皆、ビジネスに走っていた。そういう状態が格差と腐敗が蔓延する大きな原因になっていた」と川上氏は言う。

 また、エジプトでは30歳までの人口と、それ以降の年齢の人口がほぼ同数になっており、貧困格差と差別、それに若者の人口の多さが、革命に拍車をかけたとした。

 「アラブの春」のその後について、川上氏は「ムバラク政権崩壊後、選挙でムスリム同胞団が議席の4割で政権を取り、党首ムハンマド・ムルシー氏が大統領になった。ムスリム同胞団は穏健派だが、方針はかたくなで超保守だ。それが若者たちの反発を招き、ムスリム同胞団支持派と反対派に、民意が大きく割れてしまう。そこへ軍が介入、市民デモの武装排除を強行し、大勢の犠牲者を出す悲惨なクーデターになってしまった」と説明した。

シリア内戦を終わらせる意志がない国際社会

 「これは、シリアも同じ構造だった」と川上氏は言い、ダマスカスの疲弊した街の写真を見せた。2013年4月のシリア和平会議「ジュネーブ2」以前の、反体制派に制圧されたヤルムーク地区から逃げてきたパレスチナ避難者や、政府軍の兵糧攻めになったマーダミーヤ反体制地域の様子である。

 川上氏は、「国際社会は何もしない。マーダミーヤには化学兵器も使われた。国連は化学兵器の調査はするが、食糧支援など、住民への援助は何もしない」と憤り、2014年1月のシリア和平会議「ジュネーブ2」についても、「国際社会は内戦を終わらせる意志がない。ただのアリバイ作りにすぎなかった」と指摘した。

EU諸国への不法移民は年間10万人

 当時、トルコには大勢のアラブ(シリア、イラク、パレスチナ)人が逃れてきていて、ヨーロッパへ不法入国しようとしていたという。川上氏は、「人々は、東沿岸のイズミールからギリシャへ向かうのだが、逮捕されないために嵐の夜を選ぶ。小舟を使うため遭難も多い。EU諸国への不法移民は、2012年が7万5000人、2013年は10万人だ」と難民の現状を語った。

 続けて、イスラム国の誕生について、次のように触れた。「エジプトでは、政権崩壊後、穏健派のムスリム同胞団と共にサラフィーなどのイスラム厳格派も勢力を増していた。市民は革命が成功しても、民主化も自由も得られなかった。出口がない、残る道は亡命、あるいは実力行使しかないという状況が、イスラム国を台頭させた」。

 そして、「イスラム国だけを叩いても解決しない。だからこそ、しっかり国際社会の意志を見せるしかない。今、対応を間違えたら、取り返しのつかないことになる」と警鐘を鳴らし、講演を終えた。

一番の愚策はミリタリズム

 質疑応答で、「国際社会の意志を見せるしかないという解決策への、ヒントはあるのか」という質問が寄せられた。

 川上氏は、「一番の愚策は、ミリタリズム(軍事的解決)だ。シリアでは4年で20万人の死者が出た。これは虐殺に等しい。イスラエルのガザ攻撃も、国際社会は非難せずに見逃がす。それを阻止するためには、市民が政府に『平和的解決を探せ』と声を上げること。数は大きな力になる。30年間、軍事独裁を続けたムバラク政権でさえ、100万人デモで崩壊させることができた」と答えた。

ムスリムの女性を好きになって運命が変わった

 次の講師の前野直樹氏について、司会者は「東大での講演でシャーリア(イスラーム法)を根拠にきちっと答える前野氏の話に感銘を受け、今回、招いた」と紹介した。

 18歳で仏教からイスラームに改宗し、ムスリム名(アブー・ハキーム・アハマド)を持つ前野氏は、在シリア・アラブ共和国ファトフ・イスラーム学院大学シャリーア(イスラーム法)学部卒の伝統イスラーム学研究家である。

 『イスラームの豊かさを考える』『イスラームと女性(イスラーム信仰叢書7)』『イスラーム私法・公法概説 家族法編』(いずれも共著)などの著書があり、「私生活では5人の子どもたちをいかにイスラーム大好き人間に育て上げるかが最大の課題だ」という。

 前野氏は、「ダマスカス留学6年のムスリムの思い出」というスクリーンの表題を前にしてマイクを握り、自身がムスリムになる経緯について、「14歳の時に、仏教者として出家しようと誓ったが、オーストラリア留学中にムスリムの女性を好きになった。イスラームに触れたことがきっかけで、仏教からの改宗を考えた。帰国後、まだ迷っていた自分の背中をマルコムXの映画が押してくれた」と話した。

「あなたたちの悪魔も、私たちにとっては天使」という言葉の重さ

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