“稀代の悪法”と言われる特定秘密保護法の施行が、12月10日に迫っている。国民の知る権利を脅かすだけでなく、国家の中枢に、一般市民がアクセスできない空洞を作ってしまうこの法律は、軍国主義と国家総動員体制のもと、厳しい情報統制を敷いていた戦前の日本を連想させる。
昭和史研究の大家である、数多くの著作を発表してきたノンフィクション作家の保阪正康氏は、近頃出版された半藤一利氏との共著『そして、メディアは日本を戦争に導いた』『日中韓を振り回すナショナリズムの正体』のなかで、現在の安倍政権による歴史修正主義的な動き、さらには集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法の施行といった「軍事国家化」の動きを、戦前・戦中の動きと重ねあわせて論じている。
私たちは今、昭和史の教訓を、現在においていかに活かすべきか。そしてそれを、後世にどのようにして伝えていくべきか。岩上安身が話しを聞いた。
- 日時 2014年11月13日(木) 14:00〜
- 場所 IWJ事務所(東京都港区)
「戦場体験」に向き合うためのスタンス ~実証性に重きを置く
岩上安身(以下、岩上)「私は、以前、ソ連のことを取材しており、シベリア抑留者の協議会に参加してお話をうかがったことがあります。その時、保阪正康さんのお話をたびたび聞きました。
今、戦前・戦中史から学んで、現在を捉え返す必要があると思います。そこで、今日は、東洋経済新報社から出た、半藤一利さんとの2冊の共著について、お話をうかがいたいと思います。
保阪さんは、半藤さんとのお仕事が多いですね。これは、なぜなのでしょうか。
保阪正康氏(以下、保阪・敬称略)「私は、半藤さんが編集者の頃はあまり仕事をしてなくて、一緒に仕事をするようになったのは、彼が役員になってからですね。私と半藤さんの共通点というのは、昭和前史を調べ、次の世代への教訓を汲み取ろうという思いがある、ということです。それから、実証性に重きを置いていることです。
私の世代は、濃淡はあれど、左翼体験があります。社会主義の唯物史観という”病”に取りつかれた、という経験を、多くの人が持っていると思うんですね。しかし、社会体験を積み重ねると、それが抜けていきます。ひとまず左翼的な見方を捨て、実証的に昭和史に取り組もう、と思いました。
人の話しを聞くというのには、ルールが必要です。戦争体験には色々とありますが、一番重要なのは戦場体験です。この戦場体験が、日本ではあまり語られない。それは、本当に考えられないような体験をしているからです。
彼らは、戦場の記憶と闘って、苦悩しているんです。そのことをケアする場所が、日本にはほとんどありません。戦場に行った方に耳を傾ける際には、そういうことを含めて、聞かなければいけません。
そこで、なぜ、実証的にやらなければいけないかということですが、日本の場合、一定の考え方を下におろす、というやり方をやってしまっているからです。
昭和20年8月14日、閣議であらゆる資料を燃やせ、となった。戦争指導者が、戦犯で裁かれることを恐れたからですね。自信を持って戦争をやったというのなら、資料を残して、判断を後世に委ねればいいことでしょう。しかし、証拠資料をすべて燃やしてしまう。これは、許しがたいことですね」
「国家ナショナリズム」と「庶民ナショナリズム」の違い
保阪「歴史修正主義というのは、ヨーロッパでは極右勢力がやることで、市民権を得ているわけではありません。時に、刑法の処罰対象になることがあります。安倍総理の考え方は、歴史修正主義に近いと思います。
これは、私たちの社会の知的劣化ということと関係しています。社会が歪み、『売国奴』などとレッテルを貼るようになります」
岩上「ナショナリズムというのは、なかなか分析がしづらいものです。この本では、ナショナリズムを2つに分けて考えていらっしゃいますね」
保阪「ナショナリズムは、国家ナショナリズムと庶民ナショナリズムに分けられるのではないか、と思います」
保阪「国家ナショナリズムとは、政府、政府を支える官僚といった支配層によるナショナリズムです。国益の守護、国権の伸長、国威の発揚、といったかたちで現れます。
もうひとつのナショナリズムが、庶民ナショナリズムです。柳田國男や宮本常一が問いているようなナショナリズムのことです。生活の倫理ですとか、自然との共生、死生観の確立などです。民草の基準のことです。
かつて、昭和10年代に、国家ナショナリズムが歪み、庶民ナショナリズムを押しつぶすような事態になりました。村々では、『どうぞ、兵隊にとられないように』と、神社でお祈りしていたんですね。しかし、次々と兵隊に行くようになると、それが『お国のために』に変わるんです。
昭和16年1月、東條英機陸軍大臣が、戦陣訓を出すんです。『戦争で捕虜になるな、死んで故郷の誉れになれ』という教えなんです。これが、国家に非常に都合のいいナショナリズムですね」
『ヒトラーの選挙戦略』の衝撃
岩上「そのナショナリズムというのは、さらにC層、感情だけのレベルで発露するベクトルが存在する、ということですね」。
保阪「例えば尖閣の問題にしても、日本と中国でお互いに議論をすると、どこかに共通点を探ろうとしますよね。それが、庶民ナショナリズムです」
岩上「今回の第2次安倍改造内閣に関しては、海外のメディアは、在特会やネオナチとの関係について多く報じています。高市早苗総務相は、この『ヒトラーの選挙戦略』という本に、賛同を寄せているんですね」
保阪「(絶句…)これは、本当にびっくりです」
保阪「昨今、日本に歴修正主義の動きがあるということで、海外のメディアから取材を受けることがあります。その際、記者の方に聞くんですが、米国の保守派、共和党が怒っているというんです。『侵略の定義はない』というが、『じゃあ、真珠湾はどうなるのか』と」
岩上「今、やっているこの配信は、国境を越えて、南米だろうがヨーロッパだろうがアフリカだろうが、どこでだって見ることができます。情報がそういう広がり方をしている時に、二枚舌のようなことを言っても、通用しませんよね」
保阪「私は、ドイツの日本近代史研究者を知っているんですが、確かにドイツにもヒトラーに関心を持つ人間はゼロではない、と。それでも、経済政策はそれなりによかった、教育行政は比較的によかった、というものです。しかし、ナチス的なものを根絶することがドイツの常識です」
岩上「ドイツは、友好的な外交によって、国際的な信頼を回復してきました。日本だけですよ、こんなヒトラーに学べ、なんて言っているのは」。
保阪「私の知り合いのドイツ人がこの本を見たら、『日独伊三国同盟がまだ生きているのか!?』と言うと思いますよ。
私は今日、もうこの本を見て、びっくりしてしまいました…。うーん、なんというか…。これはヒトラーの全面的肯定につながりかねないですよ。国会放火に始まり、社会的弱者をどれだけ抹殺したか。彼がやったのは、いかに大衆をだますか、ということです。
この本の奥付を見ると、ずいぶんと前ですね。昨今の歴史修正主義などというものは、今に始まったものではないんですね」
岩上「こうして、脈々と続いてきたものが、今になってヘイトなどというかたちで露出しているんですね」
昭和史のターニングポイントは、昭和8年 ~突出し、暴走する行政権力
岩上「先ほど、お名前の出た百田尚樹さんは安倍総理との共著を出版しているんですね。百田さん、櫻井よしこさん、金美齢さん、花田紀凱さんは、安倍総理と頻繁に会食する仲ですね。百田さん、櫻井さん、花田さんは、国連脱退も辞さない、などと言っています」
保阪「昭和を振り返って、日本がおかしくなったと分かるのは、昭和8年からなんですね。昭和8年というのは、共産党員の転向、五.一五事件の裁判、軍の意向に沿った国定教科書の改正ということが起きます。ここが、ひとつのターニングポイントだと、私は思っています。
集団的自衛権や特定秘密保護法などを見ると、今がこの時代に重なってみえますね。大事なのは、三権分立が侵される、ということなんですよ。美濃部達吉の天皇機関説などが出ますが、それを蓑田胸喜などが、『左翼だ売国奴だ』とレッテル張りをしていきます」
岩上「『歴史教科書への疑問』という本があります。ここに、安倍総理の名前が出てきます。この本に名前が出てきた人たちが、慰安婦報道でNHKに圧力をかけた議員たちです。昨日、インタビューした元NHKプロデューサーの永田浩三さんがお話してくださいました」
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保阪「昭和8,9年頃、軍は革新勢力だとみなされていました。社会を変えてくれるだろう、と。しかし、軍というのはあくまで軍であって、国家の暴力装置ですね。その軍を政治がコントロールするというのが、シビリアン・コントロールですよ。
陸軍は、機密費をたくさん持っていました。それを議員に対して、買収工作をするんですね。さらに、軍に逆らうと、自分の子どもが戦場に連れて行かれる、ということがあるんですね。東條内閣を批判した松前重義さんは、40代にも関わらず、戦場に出されたのです。
中野正剛に、宰相論という文章があります。これを東條が読んで激昂し、司法省に逮捕しろ、と命じるんですね。憲兵隊が中野正剛を連行して取り調べます。中野はその後自宅に戻り、切腹自殺してしまいます。
ですから、行政が突出する、というのはよくないですね。安倍総理が行った解釈改憲などというのは、行政の突出でしょう。昭和史の細かいことを精査していくと、あっという間にバランスが取れなくなって、いつのまにか坂道を転げ落ちてしまうんですね」
ニヒリズムに陥らず、健全な「草の根のナショナリズム」を育てること
保阪「大事なのは、B層の草の根のナショナリズムなんですね。A層の国家ナショナリズムとC層の排外的ナショナリズムが結びついた時が、一番危ない。個人が共同体から遊離して孤立すると、いきなり国家に結びつくんですね」
岩上「国家ナショナリズムと排外ナショナリズムは、すでに結びついていると思います。百田尚樹さんが、土井たか子さんがお亡くなりになった日に、『売国奴』とツイッターで書きました。すると、『そうだ!そうだ!』と喝采するようなネット右翼がたくさん出ました」
保阪「問題は、草の根のナショナリズムが、黙ってしまうことです。ひとつは、知的劣化です。もうひとつは、社会的ニヒリズムに陥ることです。『もう知らねえよ』、というもの。永井荷風の『断腸亭日乗』がよい例ですね。
今、企業のトップなんかと話していると、『保阪さん、オレはもうしらねえよ』と言っていたりします。こういった社会的ニヒリズムというのが、すでに社会を覆っているんですね」
岩上「国会で出たヘイトスピーチ規制をよくよく見てみると、国会周辺で行われている脱原発デモの排除につなげようとしています」
保阪「それは、ナチスの手法をまねているんでしょう」
岩上「新大久保や鶴橋で行われている、『殺せ、死ね』というヘイトスピーチは、若者が主体になっているわけではありません。40代の中年の人がたくさんいます」
保阪「そうですか。はー、うーん…(絶句)。これ、世界中で報じられているんですね。だから、外国から来た記者がみんな聞くんですね」
岩上「ネットは玉石混交ですが、正しい、そこでしか見つからない情報というものがあります。そこにアクセスしなければ、分からないものがあります」
保阪「日本人がなぜ戦争に反対しなかったかというと、知識層にニヒリズムが蔓延したからですね。しかし私が、半藤さんと対談するのは、こうしたニヒリズムに少しでも抗おうということなんですね」
集団的自衛権行使容認は、軍法会議の設置に帰結する
「昭和一桁」と重なりあう、現代日本の軍事国家化 今こそ、昭和史から教訓を引き出すべき時~ノンフィクション作家・保阪正康氏に岩上安身が聞く http://iwj.co.jp/wj/open/archives/205612 … @iwakamiyasumi
貴重な証言に耳を傾けるときだ、ニヒリズムに酔ってる場合じゃないね。
https://twitter.com/55kurosuke/status/533216273669169152
私は昭和30年(1955年)の生まれです。スポーツ選手でいうと、江川、掛布、具志堅、千代の富士が同世代です。ゴルフの中島はたしか一つ上かな。音楽関係なら、ギタリストのチャー、サザンの桑田、竹内マリア、矢野顕子も同世代になります。落語家なら小朝。テレビタレントならさんま。女優の大竹しのぶも同世代です。演劇なら野田秀樹も昭和30年の12月生まれだったのでは・・。でも、やはり、強烈なのは、麻原彰晃でしょう。昭和30年生まれとしたら。最近は彼と、安倍首相がだぶってしょうがない。全く、個性は違うし、だいたい一国の総理に対して失礼きわまりないのは承知です。官邸に居られる方と獄中にある極悪の犯罪者を同列にするわけではありません。安倍首相は昭和29年のお生まれだったか・・。NHKの会長の発言問題が起こった時、度重なる舌禍に、ある公明党の幹部が「首相の周囲には普通の人間はいないのか」と漏らしたことがありました。そして、その時から私は上祐の以下のコメントを思い出し、この二人はどこか似ているのではと思いはじめました。
「麻原の予言は、大日本帝国だったときのリバイバルだと思った。日本と格段と違うのがオウム真理教の信仰だと思っていたが、自分の欲もあって信じていたが、ハルマゲドンが当たらないということになると、どうやら俺たちは日本製なのではないかと思うようになった。日本の暗部の暗部を拡大投影してしまった存在だったのではないかと考えるようになった。」(「オウム真理教とは何だったのか」二コ生収録分より)
「アベノミクス」が当たらないとうことになって、政治が「日本の暗部の暗部を拡大投影」したものに見えて仕方ありません。